『裏天使 〜さんかくとしかく〜』

 違和感3 月白ちゃん


 

 

「…………」

 気がつくと、朝日が昇っていた。

 二人を追いかけまわしている内に、時間を忘れてしまっていたらしい。

「…………」

 更に気付くと、太陽は真上に昇っていた。

 二人を追いかけまわしている内に、昼になってしまっていたらしい。おなかがすいた。

 あの二人は何処に逃げたのだろう。

 よく考えてみて、学校だと思った。学生は学校にいる時間だ。

 

 

 色々と悲しかった。

 芹沢も春奈も大事な友達だ。なのにどうして殺さないといけないのだろう。どうして二人は敵なのだろう。

 ガタガタガタ………。

 老人は仕方ないと言っている。許して欲しいと言っている。恨むなら私を恨んでくれと言っている。

 とりあえず、二人を探さないといけない。

 

 

 学校についた理香は学校の隅々まで二人を探し回る事にした。

 各教室、医務室、職員室。

 何処にも見当たらない。念のため、そんな所にいる訳はないと思いつつも、ゴミ箱や、教卓の中、ロッカーも調べて見たが、やはり見当たらなかった。何処にいるのだろう?

 屋上に行ってみる事にした。

 なんとなく宝捜しゲームを思い出した。

 小学校の頃、構内のどこかに係の人が隠した『宝』を探して、見つけたら商品が貰えるというあれだ。

 理香はあれが得意だった。今回も見つける自信はあった。大丈夫だ。

 

 

 屋上にいたのは月白だった。

「こんにちは、りかちゃん」

「うん、こんにちは、月白ちゃん」

 辺りを探してみた。芹沢も春奈も見当たらない。

「どうしたの、りかちゃん? 変だよ? うん、なんかすごく変。りかちゃん、変だよ?」

「…そう……かな?」

「うん、なんていうかね、すごく怖い。怖い顔してるよ、りかちゃん」

 月白に怖いと言われた。ショックだ。

「ねえ、月白ちゃん。私ね、人探ししてるの。芹沢くんと春奈っていう二人組なんだけど、なにか知らない?」

「…え? えと、ひとさがし? あ、あぁ、ああああああ! りかちゃん、あの二人を探しているの? そっかぁ」

 どうやら知っているらしい。つくづく捜索の基本は情報だと思い知った。

「う〜んとね、ほら、あそこにいるよ」

 月白が指差したのは貯水タンクの上だった。ちゃんと二人はそこにいた。さっき見回した時に見つからなかったのは、この二人が隠れていたからなのだろう。

「ねえねえ。りかちゃん? あの二人をどうするの? 私の友達なの、二人とも。あ、もちろん、りかちゃんも友達だよ。だから私、みんなと仲良くしたいんだ。りかちゃん、二人になにするつもりか知らないけど、でも非道いことはしないで欲しいの」

 友達。

 理香もみんなと仲良くしたい。頭の中の老人に聞いてみた。

 ガタガタガタ……。無理らしい。

 本当は二人を殺したくなんてない。けど、理香はナイフを抜いた。

「理香ちゃん!」

 芹沢が貯水タンクから飛び降りた。理香の手にしたナイフに怯む様子もなく、こちらに向かって歩いてくる。

「理香ちゃん。月白ちゃんに色々と教えてもらって、僕なりに一晩考えたんだ。君が本心で僕を殺したいのなら、僕はそれを甘んじて受け入れるよ。けど、君はそんな事を望んでいない。僕にもそれくらいは分かる。やめるんだ。ナイフを捨ててくれ。お願いだ。僕はそんな理香ちゃんは見たくない!」

「やめてぇ!」

 理香は両手で耳を塞いで蹲った。芹沢の声を聞いていると悲しくて、胸と目頭が熱くなって、涙が溢れてくる。

 殺したくない。

 芹沢も春奈も大事な友達だ。殺したいわけがない。

 けど、老人は二人を殺せと言っている。苦悩が頭痛となって、頭が割れるように痛い。

 老人は頑張れと言っている。頑張りたくない。けど、頑張らないと人類は宇宙の敵に皆殺しにされてしまう。

 理香はナイフを掴んで芹沢に斬りかかった。

 芹沢は逃げない。

「理香ちゃん……!」

 ナイフが芹沢の胸元に向かっても、芹沢は逃げない。右腕で心臓を庇うだけだ。逃げない。

 肉にナイフが刺さる、嫌な音と感触が理香の手に伝わった。

「芹沢くん……!」

 血がぽたぽたと垂れ、ナイフを伝い、理香の両手も血に染まっていく。血は熱かった。

「な、なんで! なんで逃げないのっ……? わ、私………私、芹沢くんを殺そうとしてるのに!」

 答えが分かってるつもりなのに、理香はそれを聞いてしまった。芹沢は苦痛に顔を歪ませながらも、理香に微笑んでいる。

「…理香ちゃんが好きだからだよ……!」

 理香はまた涙が溢れた。

 こんなにも自分の事を想っている芹沢を殺したくない。大事な友達なのだ。

「バカァ……! 私、そんな事言われたって困る…………困るもん! 私を……苛めないで………! 悲しませないで!」

「理香ちゃん……! 君は僕達を殺したら、絶対に後悔する。生きていけないくらい後悔する。理香ちゃんは優しいコだから。生きていけなくなるような後悔を、僕は君に与えたくない」

 理香は芹沢の腕からナイフを引き抜いた。傷口から血が噴き出し、芹沢の顔が苦痛に歪む。

 もう一度、老人に聞いた。芹沢を殺したくないのだ。

 老人は理香の希望を一蹴した。殺せと言っている。今は辛くても我慢してくれと言っている。

 理香は少し考えた。人類が全滅したらどうなるのだろう。それ以前に何処に老人の言っている話に根拠があるのだろうと思った。

 そんな考えが脳裏を過ぎったが、理香は頭を振って否定した。老人は天使なのだ。芹沢と春奈を殺した後、あの薬を飲めば天使になれると言った。あの薬は見ているだけで、喉から手が出る程、飲みたくなってくる。あの神々しさは、紛れもなく天使の薬だ。

 理香はナイフを芹沢に構える。

 やはり芹沢は逃げない。

 もう理香はなにも考えたくなかった。考えるだけ、悲しくて、そして虚しくなってくる。狂っているのかもしれない。全部が夢なら早く覚めて欲しかった。

 理香は芹沢に喉目掛けてナイフを振るった。

「理香ちゃんっっ!」

「きゃあっ?」

 突然、芹沢が抱きついてきた。

「な、なに……?」

「理香ちゃん、好きだ……!」

 もう何度も聞いた言葉だ。聞きすぎて新鮮味のなくなった言葉だ。

 けれど、胸の中が熱くて、くしゃくしゃになるような想いだった。

 悲しさや恥ずかしさで理香の胸は張り裂けそうだった。もうナイフを振るう事などできない。

「非道いよ、芹沢くん……! 私、芹沢くんを殺さなきゃいけないのに……! そんな……これから殺す時に好きとか言わないでよ……! 非道いよ……!」

「僕を殺さなきゃいけないのかい?」

「う、うん……そうしないと、みんな死んじゃうの……! 私、天使にならなきゃいけないの……! そうしないと、私も芹沢くんも、春奈も、月白ちゃんも死んじゃうの……! でも、そのためには芹沢くんと春奈を殺さなきゃいけないの……。私、どうしたらいいの?」

「僕にはよく分からない。だけど、僕は君と、そして君の守りたいものを守ってみるよ」

「ほ、ほんと……? て、適当な言葉で私を懐柔していない……?」

「約束する」

 芹沢はぐっと理香を抱き締めた。小柄な理香の身体はすっぽりと芹沢に包まれた、そんな気がした。

「はぅ……」

 ナイフが理香の手から落ちた。ことんと音を鳴らしてナイフは落ちた。また熱い涙が頬を伝っていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……! 私、芹沢くんをナイフで………刺しちゃって……私……最低だ…………お見舞いにきてくれたのに……追い出したりして…………」

「僕はそんな事で理香ちゃんを責めたりはしない」

 胸ポケットに入れている薬の瓶が熱く感じた。理香はその薬を懐から取り出した。

「はぅぅ……」

 淡く緑に透ける液体は相変わらずおいしそうだった。まだ薬は二人を殺して、さっさと飲めと誘惑してくる。

 老人も二人を殺せと急かしてくる。二人を殺してABCを取り返せと言っている。

「ふうん? りかちゃんに悪さしてるのはあなたなのね? うん、わたしにもわかっちゃった」

 老人は悲鳴をあげた。

 月白は理香にしか見えないはずの老人の腕を掴み上げたのだ。

「月白……ちゃん……?」

 老人は叫んでいる。月白が裏天使なのだと。芹沢と春奈を誘惑したのも月白だと、老人は泣き叫んでいた。

 裏天使とはなんなのか、理香には分からなかったが、ただ月白の書いたノートにそれらしき単語が入っていたのは覚えている。

「んとね、おじいさん? わたしにも言い分はあるんだよ? わたしだってね、ABCを使って大事なお友達を助けたいの。分かるかな? でね、もちろん、私だって死にたくないの。おじいさんのやり方だとね、世界中のABCを独占するために、大きなABCを持ってるわたしとか、せりざわくんとか、はるなちゃんを殺しちゃうでしょ? わたし、そういうのはヤなの」

 老人は叫んでいた。月白のやり方は世界中にあるABCを自分達のためだけに使い、自分達だけが生き残るのだと。それでは更に多くの見知らぬ人間が死ぬのだと。

「んー。知らない人の命百万個よりも、大事な人の命一個の方が、わたしには大事なんだけどなぁ。ねえ、おじいさん? ここは公平に、りかちゃんに決めてもらおうよ」

「……私?」

「うん。もしね、りかちゃんがそのお薬を呑んだなら、わたしは素直にわたしのABCを全部あげる。りかちゃんが望むなら死んであげる。死んで、全部のABCをあげる。友達だもん。りかちゃんが必要ならあげる。せりざわくんも同じ気持ちなんじゃないのかな? せりざわくん、りかちゃんにらぶらぶだし。はるなちゃんはどうかな? 知らないけど」

 理香は頭を横に振った。

「いや……! みんなを殺すなんてヤだ……!」

「それじゃあね、もし、わたしたちみたいに、天使をやめてね、うらてんしになるなら、決別としてそのお薬の瓶を割っちゃって。そしたら、わたしはあなたを仲間として迎え入れれるの」

 老人は怒り狂った。もし、理香が裏天使などになれば、もう地球を守るものはいなくなり、今すぐにでも宇宙生物が地球帝国に攻めこんで来るらしい。

 理香は手に握っている瓶を見た。

 すごくおいしそうな薬だ。こんな薬を割るのは勿体無い。けど、それ以上に芹沢や春奈は大事な友達なのだ。

 理香は瓶を足下に叩き付けた。瓶は硬いコンクリートに辺り、中身の液体を撒き散らして、粉々に砕け散った。

「……あ…」

 身体から老人が抜けていった事が理香には分かった。同時に今まで身体や精神を蝕んでいた不快感も一緒に抜けていった。

 理香の身体から分離した老人は、わなわなと泣きながら震えていた。

 馬鹿者が!

 貴様は地球帝国の全民の命を守る力を投げ捨てたのだぞ!

 責任を取れるのか………げあ………!

 喚き散らしていた老人の喉を、細い月白の腕が締め上げると、老人は蛙が踏み潰されたような悲鳴をあげた。

「んー。しかたないよ、りかちゃんがそう決めたんだもん。りかちゃんだって、悲しいんだよ? あんまり非道いコトいって、これ以上りかちゃんを苛めるなら、わたし、あなたを許さないよ? 大事な友達なの、りかちゃんは」

 ……げあ………げあ…………!

 月白の手がキリキリと老人の喉を締め付けると、老人は苦痛に歪んだ表情になり、そしてふっと掻き消えた。

「…あ…………逃げちゃった…………」

 良く分からないが逃げたらしい。

「これでりかちゃんもうらてんしになれたの。よかったね。みんな一緒!」

「う、うん」

 理香はそっと芹沢の方を見ると、さっきから、ずっとやり取りを遠くから傍観していた春奈の姿が目に入った。

 さっきから黙っているが、春奈は理香の事をどう思っているのだろうか。

「あの……」

「……あのさ、理香?」

「え?」

「あたしはあんたがどうなってるのか、なに言ってるのか、実は半分くらいしか分かってないのだけど、うん、あたし達は友達よね。うん、友達……」

「う、うん。ごめん、春奈にも非道いことしちゃって……」

「あ、ううん、いいのよ別に」

 まだ春奈は理香を友達と言ってくれた。よかった。

 

 

 屋上から降りた理香達は不思議な光景を目にしていた。

 建物内の人間が皆床に座り込んでいたのだ。

「あれ……みんな、どうしたんだろ……?」

 理香が首を傾げて月白に聞いてみた。

「んーと………気を悪くしないでね? りかちゃんがてんしさまになるのをやめちゃったから、もう地球を守れなくなっちゃったの。宇宙生物が攻撃してきたの」

「これが宇宙生物の攻撃だって?」

 芹沢が驚いたような声をあげた。驚いているのは理香も同じだ。

「うん。宇宙生物の攻撃は残酷だよ。人間みんながね物忘れがはげしくなっていくの。立つ事を忘れて立てなくなっちゃう。ごはんをたべることを忘れちゃう。寝る事を忘れちゃう。セックスすることも忘れちゃう。色々忘れちゃって、それで最後には生きてる事を忘れちゃって死んじゃうの」

 理香はちらっと春奈の表情を盗み見た。なにか言いたそうな表情なのに、さっきからずっと黙っている。

「春奈、話についてこれてない?」

 春奈は気まずそうにそうだと答えた。

「……おじいさんとか天使とか、宇宙生物とか、あたしにはなんの話なのか…………でも、みんな床に座り込んでて変だし……」

「ごめんね、春奈。えと、実は話すと適当に長いんだけど………」

「あ、りかちゃん、はるなちゃん。今はお話してる時じゃないよ。今、地球全部に宇宙生物が攻撃してきてるの。早く安全な場所を見付けなきゃ。そうしないと、ここら辺に座り込んでる人みたいになっちゃうよ? わたしたちはうらてんしだから、少しくらいなら耐えれるけど、でも、りかちゃんもせりざわくんも、はるなちゃんも、まだ宇宙生物とのたたかいかたを知らないでしょ? はるなちゃん、ごめんね。今どうなってるのかは、後でわたしとりかちゃんが優しく教えてあげるから」

「…いいよ。あたしのことは気にしないで……」

「うん、そう言ってもらえるとわたしも気が楽なのっ。ありがとう。気にしないね☆」

「…うん、気にしないで……」

 とりあえず安全な場所を探す事になった。

「で、その安全な場所ってのはどうやって探すんだい?」

 そんな疑問を口にすると、月白はにこっと笑って答えた。

「せりざわくんもお話の概要知らないのに、順応は高いね☆ うん、感心感心。えとね、ABCなの。ABCがわたしたちの力の源なの。どこか、ABCな場所ないかな? それが分かれば問題ないの」

 ABCな場所。

 理香が少し考えを廻らしていると、ある場所を思い出した。

「医務室とか……」

「ん〜? りかちゃん医務室が安全だと思うの? なんでなんで? わたしにはわかんないよ?」

「あ、私にもよく分からないけど……でも、ABC製薬ってポスター貼ってた。なんかパソコンのモニターがどうのって」

「うん〜? 見にいかないとわかんないなぁ。まあ、せっかくだから行ってみよ☆」

 理香の一言だけで医務室に向かう事になった。理香は少し不安になる。ABCが力なのは百歩譲ってもいい。けど、ABC製薬会社は会社の名前だ。しかもポスターだ。自分で口にしたのだが、そんなポスターが張ってあるくらいで、どうしてその場所が安全だと言えるのだろう。そんな小さなABCを求めて行き先を決定する月白の思考は大丈夫なのだろうか。

 この女に全てを任せて大丈夫なのだろうか? そうは思っても理香にもなにをしたらいいのか分からない。任せるしかないのだ。

 そもそも月白は何者なのだろう。

「どうしたんだい、理香ちゃん? 考え事かい?」

「あ、うん。ちょっと……」

「はぁ〜……さっき抱き締めた時の理香ちゃんはいつにもなく可愛かったよ。僕に抱き締められて、えぐえぐ泣いちゃって。いつもの元気な理香ちゃんもいいけど、たまには泣いてる理香ちゃんもいいなぁ」

「へ、変なこと言わないでよぉ……」

「………………そういうわけで理香ちゃんっっ!」

「きゃあっっ?」

 いきなり芹沢に抱きつかれて、理香は心臓が飛び出しそうになった。

「ああ〜、理香ちゃんの抱き心地はやっぱり最高なんだよねぇ〜。さらさらしてて柔らかい! 理香ちゃん、可愛いよ! 大好きだよ!」

「いやぁ〜〜〜〜! 離して離して! 抱きつかないでぇ!」

「やだなぁ、理香ちゃん。僕達はもう相思相愛じゃないかい?」

「そ、そんなこと一言も言ってない〜っっ!」

 頭をぶんぶん振っても、芹沢は腕を解いてはくれない。

 春奈が溜息を吐いていった。

「……こんな時でも、あんた達は元気でいいわねぇ」

 また“達”とか言われた。

 

 

「お、おじゃまします〜」

 理香はがらがらと医務室の扉を開けて、そっと中を覗いてみた。空調に冷やされた室内の空気が扉の隙間から噴き出してくる。誰もいなかった。

「保険医さん、いないのかな?」

「おや、理香ちゃん、ベッドがあるよ?」

「まあ医務室だから……」

「一緒に入ろう」

「そういう冗談はヤめてね」

「ははははは」

 とりあえず、入り口の扉に張られてあるポスターを月白に見せた。

 ABC製薬。パソコンのし過ぎで、目を悪くしないように気を付けましょうと書いてある。

「んー………? あああーーー、ここなら大丈夫! この部屋ねー、すっごいたくさんのABC力が集まってるよー☆」

「そうなんだ……」

 もう理香にはよく分からない世界だった。考えても分からないので、全部を月白に任せてもいいかもしれないとさえ思った。

 とりあえず、芹沢と春奈に理香は知っている事を全部話す事にした。

「…………」

 ちらっと月白を見ると、理香達を見てにこにこと笑っているだけだった。どうにも彼女はよく分からない。

 

 

「ふんふん。なるほど、なるほど。つまり理香ちゃんはそんな大変な運命を背負ってたんだね。でも、大丈夫だよ。僕が命をかけて理香ちゃんを護ってあげるからね」

「う、うん。ありがと………」

「そして、僕と春奈も、その……ああ、裏天使………というやつなんだね?」

「私もよく分からないけど………」

 理香はちらっと春奈の表情を伺った。

「…………」

 なんだか複雑そうな表情で下を向いていた。

「春奈?」

「……なに?」

「大丈夫?」

「……大丈夫よ」

 なにか釈然としなかったが、本人が大丈夫というので理香もあえて言及はしなかった。

 

 

 理香は今疑問に思っている事を全部月白にぶつけてみる事にした。

「ねえ、月白ちゃん? 色々聞きたい事があるの」

「ん〜? なになに? いいよ。わたしに答えられることならなんでも教えてあげる。ばーんと聞いて、ばーーんと」

 月白は自分の胸をぱんっと叩いて自身満々にそう言う。一々大仰なジェスチャーをとるなぁと理香は思いながらも、口にして相手に不快感を与える事もあるまいと思い、その点にはなにも言わない事にした。

「芹沢くんと春奈とは友達なの?」

「うん。どこだったかな、お昼ごはん、たまたまどっかで一緒になって、そのまま仲良くなったの☆ うん、多分それ。それであってる」

「そうなんだ……」

「ん? 聞きたいことってそれ?」

「あ、ううん、それじゃない。えっとね、天使………とか裏天使…………それから月白ちゃんが何者なのか………全部教えて欲しいの。私、まだなにも知らないから……」

 月白は腕を組んでうーんと考えている。

「えとねー……話すと長いんだけどね、てんしってのはこの星を護る人達なの。あのおじいさんとか。ああ、死にかけてたけど大丈夫かな?」

「うん……」

「それでね、うらてんしっのはね、誰がこんなセンス悪い名前つけたのかな?」

「それは知らないけど……」

「うんとね、そのうらてんしはね、元々てんしの人たちなの。でも、てんしじゃなくなったひとなの。自分達だけを守るてんしなの」

「…それって芹沢くんとか、春奈とか私のこと?」

「うん。それから……わたし」

 月白はくすりと笑う。理香はその瞬間なんとなく気付いた。月白は理香達とはどこか違う。あの老人に近い。

「月白ちゃん、あなたは誰なの……?」

「あはは☆ わかるでしょぉ、りかちゃん。わたしは月白。りかちゃんの友達の月白。それからね……てんしのひとをうらてんしにひきこむヒトなの」

 理香は自分の身体が今どうなってるかやっと気付いた。

 もう、理香は人間ではないのだ。芹沢も春奈もそうだ。裏天使なのだ。意味がわかった。

 老人は天使に導き、月白は裏天使に導く者だったのだ。

 理香は月白を選んだ。

「んー☆ そんなに複雑に考えなくても大丈夫。これからどうやって戦うかを考えたらいいだけ」

「そう……」

 なにと戦って、それからどうなるのだろう。

 ああ、そういえば、老人は宇宙生物は地球帝国、人類の敵とか言っていた。そもそも地球帝国とはなんだろう。

「月白ちゃん、地球帝国ってなに?」

「なにそれ?」

「おじいさんが地球の事を地球帝国っていってた」

「あああっ。おじいさん、もう歳だからボケてたんだよ、それ。忘れていいよ。うん、忘れて大丈夫な情報なの、それは」

 忘れても良いらしい。

 

 

 ずっと下を向いていた春奈がおどおどと口を開いた。

「……ねえ? この部屋は………その宇宙生物から攻撃されても大丈夫なの?」

「うん☆」

「………じゃ、部屋の外の人は?」

「んーーーー? わかんないけどだいたいはアウトじゃないのかなぁ? ここみたいにABCな場所に避難してる人達なら大丈夫だと思うけど。わたしにはそれ以上はわかんない」

「………それって……!」

「もう手遅れかもぉ」

 月白は窓から外を見た。理香もつられて見た。

 別にいつもと変わらない日常。

 やや傾いた陽がチリチリと道路を照らし、陽炎が昇っている。いつものように蒸し暑そうな外の光景だ。違う点といえば、犬と人間が道路に寝転がっていた事だった。

「手遅れかもぉ…」

 手遅れらしい。その言葉を聞いて春奈は立ち上がり、慌てて出口に向かったが、それよりも早く月白が春奈の前に回りこんだ。

「はるなちゃん、出て行っちゃだめだよぉ。死んじゃうよ?」

「…あ、あたし達ならちょっとは耐えれるんでしょ?」

「んー? さっきまでならね。でももうだめ。今はすごい攻撃が始まってる。こっから出た瞬間、はるなちゃん、いっぱい、いろんなこと忘れて死んじゃうよ?」

「……でも! 外にはみんな、まだいっぱいいるのに……!」

「ううーん、ごめん☆ もう無理なのー」

 春奈は蹲って泣きだした。

 理香はこの中で春奈が一番まともだと思った。理香の友達は皆ここにいる。親とかがどうなったか知らないが、まあ、もしも死んでいても仕方ない。

 そういう考え方をして、理香は自分の考え方を『おや?』と思った。

 なにか変な考え方だ。

 それ以上に親が死ぬかもしれないから『おや?』……自分で自分に突っ込んでみたが、面白くなかった。

 

 

「うーーん、みんなもいろいろたいへんだと思うけどね。今日はわたし疲れてるからお休みしたいの。ほら、ベッドもいっぱいあるし。大事なことは明日になったら言うよ」

 理香は泣いている春奈をあやして、ベッドに寝かせ、自分も別のベッドに入って眠る事にした。

 ベッドが丁度四つあってよかった。

 

 

 理香はベッドに入り横になりシーツを被ると、思ったよりずっと早く意識が落ちていく。

 疲れていたのだ。

 そのまま睡魔に身を任せ、理香は眠る事にした。

 冷房に冷やされた医務室の中、ベッドの中は温かかった。

 

 

 理香は昔から寝る事が好きだった。

 寝るのは気持ち良い。

 寝ている間は、まるで脳みそが融けているような、何物にも変え難い快楽がある。

 なにかを消費する事もなく、快楽を得られるのはどれだけ素晴らしい事なのだろう。

 

 

 永久に眠り続ける事ができたら、それだけ幸せなのだろうか。

 けれど、死にたくはない。

 死ぬのは怖い。

 死なずに永眠がしたかった。

 

 

 

 

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