-救済の書-
終世の2章 祝福。
従事は何処かの野原に転がっていた。
空気で分かる。ここは枝の世界ではない。樹の世界だ。いつかのリンカの日記で見た世界と同じ空気だった。
そしてこの世界では邪悪な視線がいつも住人を見張っている。
従事は何処に飛ぶか悩んだが、文明最長上時代へと向かうことにした。あの時代には本当の七瀬がいる。
「―――?」
時空の果てから誰か追ってくる。
敵だ。恐らく神殿騎士団だ。従事は逃げるように、別の時代へと飛んだ。
「――」
従事は森の入り口にいた。
時代を飛んで逃げたのだ。神殿騎士団は振り切った。ここは悪魔の森だ。夢中で飛んだから、ここが七瀬の時代かどうかは分からない。だけど近くに七瀬を感じる。従事は森の中を歩くことにした。
ここが樹の世界なのだ。枝の世界と見た目は変わらない。だけどこの世界にあるものは怏々と生気を放っていた。枝の世界のように造られた世界ではない。
雨が降っていた。
背後は文明頂上時代を象徴する無数のヒカリと建物が煌めく街だった。従事は森の中へと入った。
雨は嫌な臭いだった。空気の澄んだ森の中にいたかったのだ。
誰かの足跡を見つけた。
七瀬かもしれない。そう考え従事は足跡を追った。こんな文明の時代に悪魔の森は似合わない。だけど確固たる存在として森はここに君臨していた。
足跡は大樹の下まで続いていた。幼い少女が雨宿りをしていた。七瀬ではなかった。
「――誰?」
「僕は従事って言うんだ」
少女は俯いた。
従事はこの少女を知っている。枝の世界を作った少女だ。そして七瀬が気を許した友人なのだ。
従事は少女と話すことにした。樹の下で雨を避けながら互いに聞かれたことを話した。少女の親は最低の領域に位置するニンゲンらしい。だけど、自分も同じく最低だと少女は言った。
少女は一冊の本を持っていた。
「それは?」
「――お話を書いているの。友達に見てもらってるの」
「その友達のこと、好きかい?」
「うん」
性別も生きた年月も違う少女に、従事は自分の影を見た気がした。従事はこの少女がこれから作る妄想の産物なのだ。
よく見ると少女は膝の上でリスを飼っていた。二匹のリスだ。
「アリカ、暴れちゃ駄目」
「――――」
「フラッタも大人しくしてて」
アリカとフラッタ。それがこのリスの名だったのだ。きっと、あの枝の世界はこの少女が愛した世界なのだろう。
「君」
「うん?」
「よく懐いてるね、リスさん」
「うん」
「好きなのかい?」
「うん。家族だもん、大好き」
愛されているアリカもフラッタも幸せそうだった。その幸せな世界は枝の妄想の世界へと続く。幸せな世界に土足で踏み入り、ぶち壊したのは誰だ。従事は吐き気を覚え、口に手を当てた。
――神殿騎士団が追ってくる。
「どうしたの?」
「なんでもない。僕はもう行くよ」
「うん、またね」
「またね」
従事は少女に背を向けた。
そしてほんの少しだけ未来へと飛んだ。追ってくる気配には覚えがある。
(スプライト)
戦いたくはなかった。