-救済の書-
発火の3章 凱旋。
壁に串刺しになったメイフェアは自分の体重で、肉が少しずつ引き裂かれ床に尻を付いた。
従事はメイフェアに駆け寄った。今ならメダルの力を使えば助けることもできる。はずだった。だけどメイフェアの身体は従事が触れると、砂のように灰化し始めた。
「これは…」
「私達もあなた達と変わらない。禁断の秘儀に手を出したニンゲンの末路よ」
「あんた達は世界を守るビショップじゃないのか」
「そうね」
メイフェアの身体が崩れていく、
貫かれた腹から灰化し、大気に混ざり分解されていく。メイフェアは灰になっていく腹を押さえている。
「痛い…」
「――――」
大丈夫か、とも言えなかった。従事が殺してしまったのだ。敵だったとは言っても、憎くもない相手を殺してしまったのだ。
「あなたはこの森の秘密を探しにきたの…?」
「いや」
「そう。あまり奥へ行っては駄目よ」
「なにがあるんだ」
「世界を歪めているものよ。あれが無数の枝の世界や樹の世界をぐちゃぐちゃ――んぅ……!」
メイフェアは悶えた。悶える度に身体が奮え、灰になっていく。
「どうした?」
「い、痛いの嫌だから、快楽神経刺激したら気持ちよく死ねるかなって――やば、夢みてるみたい。私死んじゃうんだね」
従事はメイフェアの腹から凶器の二等辺三角形を引き抜いた。メイフェアを思ってやった行為だが、肉が千切れる痛みにメイフェアは顔を顰めた。
「ごめん…」
「いいのよ、生きてるのは苦しいことだったから」
「そうなのかい?」
「うん」
――従事の懐から生命のメダルが落ちた。慌てて拾い上げた。
「…そういえば、そのメダル、何処で手に入れたの?」
「スプライトから借りたままだったんだ」
「そっか。スプライトの知り合いだったんだ」
「ああ」
「随分会ってないな…元気にやってるかな…」
ヒルダの時と同じく、従事はどうしていいか分からなかった。だけど全く悲しくないわけでもなかった。可能ならメイフェアやヒルダの命も助けたかった。
「――――」
メイフェアは起き上がった。
そして、従事を庇うように押した。メイフェアの身体が重く震えた。
「――痛…」
「メイフェア…?」
従事を庇ったメイフェアの背には、投げ斧が突き刺さっていた。服を破り、肉を抉られた背中からは熱い血が噴き出していた。
「ぐあ…」
従事も背に同じく重圧な斬撃を受けた。背の肉を重いもので割り裂かれた。またもや斧が何処からか飛んできたのだ。
「――――」
傷口は熱く脈打っている。だが徐々に熱が失われていく。
「誰だ…」
従事は斧が飛んできた方を見た。
黒こげになったキコリが野獣のような目をして従事とメイフェアを睨んでいた。
「ガルルルル。メイフェアぁ。よくも今まで威張りくさってくれたなぁ…。今のきさんなんか我輩が軽く成敗してやるぜ。ついでにそこのアーチャーも始末してやるぜ。きさんに刺された矢は痛かったぜ」
「キコリ…! お前!」
従事は二等辺三角形を弓に掛け、キコリを射ようとした。だが、出血が視力を鈍らせているのか、照準は上手く定まらず三角形はキコリの遥か後方へと飛んでいった。
思った以上に背中の傷は非道いのだ。
「どこねらってるんだぁ、コゾー!」
キコリがどたどたと見苦しく走ってきた。従事は避けようとした。だが身体が上手く動かない。
「グギガー!」
キコリは吼えた。
キコリの攻撃力があがった。
キコリは斧を振り下ろした。
斧は従事の頭に炸裂した。
「@@@」
従事は絶叫した。メイフェアに斬られ、未だ完治していない脳みそを再び割られたのだ。視界は眩暈がしたようにぐるぐると回った。
「死ねい!」
キコリが再び斧を振り上げる。キコリも神官だ。生命のメダルの秘密を知っている。恐らく次の一撃はメダルごと、従事の身体は真っ二つにする。従事はキコリ如きの斧に殺されることを覚悟した。
斧が迫る。目を閉じていても空気で分かる。もうすぐ真っ二つにされる。死なされる。死を焦らされるのは嫌だった。やるなら早くやれと思った。
いつ斬られるか分からない。あの時フラッタはこんな想いをしていたんかと考えると悲しくなった。
「――――」
いつまで経っても斧は来なかった。
目を開けるとメイフェアがソードでキコリの斧を受け止めていた。
「この糞女ぁ! ガルル! そこをどけ! 死に損ないめ!」
「他人がしているのを見て初めて分かるね。強者が弱者をいたぶる醜さは」
「うぜー! 糞女! まずはきさんからコロしてやるぜえ!」
キコリは再び斧を振り上げた。
メイフェアは避けない。避けられないのだ。
キコリの放つ斧をまともに喰らい、メイフェアは胸を縦に裂かれた。それでも、メイフェアは従事の前に立ちはだかり、キコリに対して斬り返した。だがその足は震え、ヒルダに切断された右腕、従事に貫かれた腹を初め、身体の至る所が損傷している。灰に変わっていく。
「…逃げなさいな。このダニは私が始末しておくから」
「馬鹿なことを言うな! 君は戦える状態なんかじゃない! 君を置いて逃げたら僕は最低だ! 僕はもう誰も死んで欲しくないんだ!」
「私はどうせ死ぬよ。ヒルダに謝らないとね」
「駄目だ! 僕も戦う!」
メイフェアは従事の胸に手を当てた。
そしてぐっと押した。
「私のことはもういいから――」
「メイフェア――?」
視界が暗くなった。枝の世界から別の世界に飛んだ時のような跳躍感。気付いた時、従事はメイフェアのアジトの外にいた。
従事はあの空間からメイフェアに押し出されたのだ。
「ガルルルル。あのアーチャーを我輩が逃がすと思うのか? きさんをコロしすぐに追いかけて、あいつもコロしてやるぜ! ポテチとスプライトには相打ちだったと言っといてやるぜ」
キコリは有り余るパワーをメイフェアに押し付け圧倒しようとするが、メイフェアが足払いを掛けると無様に転倒した。
「こ、この女ぁ! ひ…っ?」
メイフェアがソードを床に突き刺すと、辺りは炎の海と化した。
「ダニは高熱除菌が良いね」
「ひ、ひぃ…」
「逃げられないよ。私の炎の壁は次元も遮る。ここからは誰も逃げられない」
「ば、ばかな! きさんも死ぬぞっ?」
「そうだね」
メイフェアはヒルダに詫びたかった。
もっと良い結末の付け方はなかったのか。そう思ってもどうしようもないことだ。
意識が混濁していく。身体が燃え、灰になっていく。
(私、死んじゃうんだね…)
死への恐怖もあったけれど、生の悩みや苦痛から解放されるのは嬉しかった。
世界にいる皆にさようならと告げた。
キコリが吼えていた。