-救済の書-
発火の2章 死地。
従事は弓を何度も射た。
メイフェアの次に飛ぶ位置を予測し、二手も三手も先に相手の逃げ道を潰していく。だが、従事はやはり力の差を思い知った。スプライトは手を抜いていたのだろう。敵対したアークビショップの強さは従事如きが如何なる手段を持っても適う相手ではなかった。
「遅いよ」
目の前にメイフェアがいる。従事は腹をソードで貫かれた。
「@@@」
ソードで腹を刺されたのは生まれて初めてだった。従事は絶叫した。体内に刃物が侵食する。肉は裂かれ、冷たい金属が臓器を潰し、背中へと貫通した。
「死ね」
そしてソードから火が吹き上がり、従事は焼かれた。
「あなたはヒルダ未満ね」
メイフェアがソードを凪ぐと、従事は身体を更に斬りつけられ、炎上したまま床に転がった。
――そして肉体の再生が始まる。
「うん――?」
スプライトから預かったままの生命のメダルが力を解放しているのだ。
従事の肉体は修復されていく。
「生命のメダルか。そんなもの持っていたんだ? でも所詮枝の世界の産物ね。本物じゃないわ」
従事は無様に床を転がり、肉を焼く炎を消火し黒こげのまま両手を床に着いて上半身を起こした。
メイフェアの足が見えた。見上げればソードを天に構えたメイフェアが立っていた。
「死になさい」
ソードの刃が従事の脳天に直撃した。鋭利な刃物は従事の頭の肉と骨を裂いて、身体を真っ二つにしようとする。
「@@@」
ソードが脳みそを断裂し始める。
このままでは従事の身体もろとも、クビから下げたメダルは真っ二つにされる。従事は脳みそを割られながらも、己の身よりメダルの退避を優先した。
従事の身体はメイフェアのソードにより、綺麗に真っ二つに裂かれた。
「うぁうぁぁぁうぁぅぅぁ…」
だが辛うじて逃がしたメダルを持つ手から、従事の身体は再生された。
「う。うぁあ…」
脳みそを斬られたのは初めてだ。肉体が修復されても、従事は斬られた時の恐怖を払拭することはできなかった。
「往生際が悪いわね」
従事は必死に考えた。まだ修復の終わっていない潰れた脳みそで必死に考えた。この圧倒的な死の現実を打開する方法を考えた。
過去、幾多のニンゲンが己よりも強い敵に挑んできた。
従事の出会ってきた者の中でも、フラッタは神殿騎士団に挑み、アリカはポテチに挑み、いつかの老人はスプライトに挑み、ヒルダはメイフェアに挑んだ。
皆敗北した。
「――――」
メイフェアが近付いてくる。それは死の歩みだ。
「――――――」
越えられない壁。
如何なる運を持っても、如何なる力を持っても越えることのできない壁はどう攻略したらいいのか。
ヒルダは言っていた。アークビショップは通常の方法では絶対に倒すことができないと。
ヒルダの最期の戦いを思い出そうとした。だけどメイフェアが近付いてくる足音が気になり、従事は現実に引き戻された。
「いい加減死になさい」
――六芒リンカ。
断裂した従事の脳みそにこの枝の世界を創ったであろう少女の名が過ぎった。あの少女ならどうするかを考えた。
あの少女は七瀬が大好きだった。彼女に会うためなら障害物を排除する。どんな手段を用いても。従事は考えた。
たくさんのキーワードが頭の中を駆け巡った。「クビ」「プリン」「@@@」「右を見た左を見た」、違う、それらは違う。自分が世界の作り主なら、この世界にある物は全てが自分の意のままであり、ただの石は至高の武器でもあり、究極の防具でもあるはずだ。
手を伸ばせば、そこには赤い夕日がある気がした。それは七瀬と一緒に見たあの夕日だ。従事はそこに手を伸ばし、「それ」を掴んだ。
従事とアリカとフラッタの三人の友情を思い出した。
リンカと七瀬と白姫、三人の絆を思い出した。
ポテチとスプライトとメイフェアの関係を想像した。
これらの三辺は決して正三角形ではなかった気がした。一点のみが残りの二点から離れている。
一人は非道く残りの二人からずれた位置にいる。
「――――!」
従事は咄嗟に手にしていたものを前に架ざした。
それは硬く、打撃を受けても破壊されず、まるで盾のようにメイフェアのソードから従事を守った。
「む? なにそれ?」
「―――二等辺三角形だ」
ニトウヘンサンカッケイダ。
鋭利な三角形はメイフェアのソードを確かに受け止めていたのだ。その硬い平面は強力な盾であると同時に、一点のみ突き出した鋭利な二等辺三角形は強力な刃物でもあった。
従事は二等辺三角形でメイフェアの腹を凪いだ。
「――痛っ」
ずぶりと無敵のメイフェアの肉はプリンのように抉れ、血が噴き出した。
「よく切れるのね…」
「僕は…まだ死ねない…!」
従事は二等辺三角形でメイフェアに斬りかかった。メイフェアはすぐさまソードで己の身を庇う。だけど三角形はまるで砂を切るように、一切の抵抗もなくメイフェアのソードを分断し、彼女の肩にその身を食い込ませた。
血が溢れた。
最強を謡われるアークビショップが従事の一撃で重傷を負っている。
「痛い……」
メイフェアはふらふらと後方に下がる。従事は武器を下ろした。だけど、メイフェアはまだ戦いを続けるらしく、折れたソードを従事に向けて構えた。
「やめるんだ。これ以上は無意味だ」
「そんなわけのわからない武器に負けておめおめと帰れるわけないでしょう? ダークエナジーを持つ者はやっつけないと」
メイフェアは飛び掛かってきた。
従事は敵を撃つ覚悟を決め、弓を構え二等辺三角形を矢のようにメイフェアへ射た。三角形はメイフェアの腹を突き破り、後方の壁にメイフェアを串刺した。
「痛――」