-救済の書-
永劫の4章 森の奥。
メイフェアは大きな溜息を吐き、ずきずきと痛む頭を抑えた。
非道く陰鬱とした気分だった。この世に生を受けたのはいつか。幼い頃、ポテチやスプライトと過ごした時を思い出した。昔、という言葉もおかしい。時の輪から抜け出し、世界の守護者となったのだ。
失った物は戻ってこない。
メイフェアは鈍く痛む頭を抑え、呻いた。
強烈なダークエナジーを持つ者達が近付いてくる。戦いなど好きではないのだ。
「うぅ」
頭が痛い。
この森の深遠の空気に触れていると、精神が徐々に蝕まれる。それでもメイフェアは世界の歪みの秘密はここにあると思っていた。枝の世界はそもそもが妄想だ。だが悪魔の森は枝の世界で育まれ、森は樹の世界に進出するまでに至った。
メイフェアは本を読み終え、閉じた。
ヒルダはソードをキコリの背から引き抜き、血を払った。
従事はキコリの襟クビを掴み上げている。
「僕は暴力は嫌いだ。だけどお前には恨みがある。フラッタが殺されたことは、確かに僕達にも非がある。しかし、彼の死を冒涜する権利など誰にもありはしない!」
「ひ、ひぃ! な、何故キミは枝のニンゲン一人殺したことをそんなに怒っているんだ。枝の世界のニンゲンなど、生きている時代に飛べばいつでも会えるじゃない…へぶ!」
従事の拳がキコリの顔面に減り込んだ。
ヒルダはキコリが吐いたメイフェアの居場所へ向かおうと、歩を進めた。
「ヒルダ」
「メイフェアと会ってくる」
「僕も行く」
「駄目よ、死ぬわよ」
従事はキコリから手を離し、ヒルダに向き直った。
「君はなんか…放っておくと壊れていきそうだから。なんか偉そうな言い方になっちゃうけど、壊れそうな女の子は放っておいたら駄目みたいな…」
「失敬ね」
「ごめん…」
「いいよ。ありがとう。好意は嬉しい。一緒にいきましょうか?」
「ああ」
ヒルダは初めてメイフェアと会った時のことを思い出した。
神官としての地位、剣の腕、女の魅力、ニンゲンとしての出来の良さ。メイフェアは正しく多くの面においてヒルダの『上位互換』であった。ヒルダはメイフェアになにか一つで良いから勝ちたかった。
妬みと憧れの違いを考えた。もし対象物が自分に対してポジティブに作用するなら憧れになる。ネガティブなら妬む。
今度は負けない。メイフェアに勝つ。
従事はヒルダの後ろを歩きながら考えた。
辺りを見渡した。木ばかりだ。確かに幼い頃から悪魔の森には来ていたが、こんなに深くまで来たことはない。
「――――」
だと言うのにここは懐かしい。まるで故郷に帰ったかのような気分だった。
「どうしたの?」
ヒルダが振り返る。
「なんでもないよ」
「ならいいけど。ついたわよ、メイフェアのアジト」
従事は何処がアジトなのか分からなかった。
目の前には赤い壁しかなかったのだ。
だがその壁は巨大な扉であると、辺りを見渡して初めて分かった。
「ここか。どうやってはいるんだ?」
「扉、開いてるわよ」
ヒルダが指した場所はやはり壁にしか見えなかったが、ひび割れのように隙間が出来ていた。
「どうして開いているのかしら」
「多分、馬鹿なキコリが逃げ帰って閉め忘れたんだと思う」
「納得」
従事とヒルダはメイフェアのアジトへと足を踏み入れた。