-救済の書-
永劫の3章 世界の狭間。
「メイフェア様」
神官キコリがメイフェアの前に走ってくる。そして跪いた。
メイフェアはキコリに発言を許した。
「森の奥へと向かっている者がいます!」
「何者かな?」
「男と女です!」
「そう」
「メイフェア様、如何なさいましょう!」
「神官キコリさん」
「は」
「貴方の有能さはポテチやスプライトから聞いているわよ。どうかその力を私の為に発揮し、ダークエナジーを持つ者共を倒してくださいな」
「お任せあれ!」
キコリは神殿騎士を引き連れ森の奥へと向かった。
従事とヒルダは更に森の奥へと踏み込んだ。
もはや方角も時間も曖昧になる。この森の深部はまさに世界の迷路だった。
従事はアークビショップのことを考えていた。もしも、従事が七瀬を求め続ければ、スプライトとも戦う時が来るのか。そして、アークビショップとは三人と一人であることを思い出した。まだ名前も知らぬ最後の一人はどんなニンゲンなのだろう。
「そういえば、私あなたのことなんて呼べばいいかしら」
「従事でいいよ」
「じゃあ、私はヒルダで」
「ああ」
「で、従事。さっきから誰かが私達をずっと視ているわけだけど」
「視られているな」
「何処から見られているか分かる?」
従事には分からなかった。ただこれは直接的な視線ではなく、逃げようのない悪意と絶望の視線だ。例え時間や空間を飛んだとしても逃げられない。
「この世界で生まれた魔王。あれはこの枝を作ったニンゲンの負の感情の塊よ。世界の破滅をずっと願っていたある女の子が作った世界よ」
――六―芒リン―カ。従事の頭にまた夢に出た少女の名前が過ぎった。ずきずきと頭が痛んだ。七瀬と一緒に夕日を見た少女。
「その、女の子は、なにを、願ったのだろう…」
声が掠れていた。
あの夢に七瀬はいた。
「この世界を作った女の子達もずっと誰かに視られていた」
「ああ。どうして君がそんなことを知っているんだ」
「私達は樹の世界にはいけない。だけどこの世界は確かに樹の世界に存在していたその女の子が作り上げた心の世界よ。この世界には六冊の本がある。日記よね。私はその一冊を読んだ」
「誰かに視られていたことが書かれていたのか」
「そう」
本。遠い記憶が従事の中に蘇った。村で従事と一緒にいた七瀬はいつもなにかの本を持っていた。
従事とヒルダは更に森の奥へと歩を進めた。
「待て!」
神殿騎士団達が現れた。
八人だった、アークビショップはいない。
「従事」
「ああ」
ヒルダと従事は戦闘態勢を取った。だが、従事は中央の斧を持った神官の姿を見て、遥か昔の記憶が蘇った。
あの斧がフラッタのクビを跳ねたのだ。
「神官キコリ…」
「ん? なんだ、我輩の名を口にする君は。何処かで会ったかな?」
「忘れたのか。お前は僕の友達、フラッタのクビをその斧で跳ねたんだ」
「我輩のホーリーアックスが処刑したニンゲンの数は万にも昇る。下賎な罪人一匹ずつの名を覚えているわけがなかろう」
キコリはそう言い、斧の刃を舌で舐めた。うへへと声に出して笑っている。
「この森へ立ち入った者は生かして帰さん。きさんらはここで時空の狭間に散ってもらうぞ。かかれ!」
キコリが斧で部下に指示すると、神殿騎士団七人は従事とヒルダに向かって駆けてきた。
従事は矢を七発放った。
一人一発ずつ当たり、キコリの部下は全滅した。
「うおう?」
キコリは感嘆の声を漏らした。
「――――」
従事は己の強さを実感した。
そうだ。従事はずっとスプライトの訓練を受けていた。この戦闘能力は今や彼女に近づくまでに至っている。もはや下層の騎士等に劣りはしない。
「なるほど。思い出したぞ。君はあの時のアーチャーだな。ここよりも未来の世界で我輩のホーリーアックスがクビを跳ねた、フラなんとかっていう嫌われ者の仲間だな」
「フラッタを侮辱する気か」
キコリは斧を手に、腰を下ろして唸った。
「ガルルルル。カスをゴミと言ってなにが悪い」
その眼光はもはや神官ではなく、野獣だ。キコリは全身の筋肉を膨らませ、従事達へとじりじりと寄ってきた。
キコリが一歩、一歩と近寄る度に従事は先程の己の強さの自負が思い上がりであることに気付いた。キコリの激しい野生の闘気は決して楽に勝てる相手のものではなかった。
ヒルダも武器を手にした。
それはスプライト達が手にしていた神殿のソードであった。
「あなたのような者が神官の地位に就いているなんて、聖都も堕ちたものね」
「舐めるなよ。我輩は本来スプライト様の部下であったが、余りの有能さをポテチ様にも買われ、そして今はメイフェア様に仕えているのだ」
「メイフェア…! やっぱりここにいるのね!」
キコリはにたりと笑い、吼えた。
「きさんらがメイフェア様に会うことはない! 何故ならここで朽ち果てるからだ! い・く・ぞー! これが神官キコリ様のアルティメットボディだ!」
キコリの身体が今までの何倍にも膨れ上がった。全身の筋肉が膨れ上がったのだ。ぱんぱんに張った肉が窮屈そうに衣服に閉じ込められている。
「死ねー!」
キコリはどかどかと従事とヒルダに向かって駆けてきた。
従事はヒルダに目配せした。
弓を射た。
「ぎゃー」
矢はキコリの足を撃ち抜き転倒させた。
「――――」
転倒したキコリの背中にヒルダはソードを突き刺した。
「ぎゃ!」
刺したソードで肉を抉るように回転させた。
「うぎゃああああああ」
「メイフェアは何処にいるの? 言わなきゃもっと痛いよ?」
「う、うぎゃあああ! い、言います! 言わせて頂きます!」
キコリにメイフェアの居場所を教えてもらうことができた。