-救済の書-
真実の3章 魔性。
@月@日 雨
男なんて嫌い。
だけど、たった一人だけ嫌いじゃない男がいた。幼い頃、あの森で出会った男がいた。
思えばあの森は不思議な場所だった。この文明頂上時代において、ニンゲンの手が加わっていない天然の森というのは、私にとっては不思議な存在だった。
そこであの男と出会った。
名前も知らないあの男は寂しそうに大樹を背に、独りで雨に打たれていた。森に迷った私も同じく雨を凌げる大樹を背に雨宿りをした。
その時、言葉を少し交わした。
私には難しい話は分からなかったけれど、男は疲れているようだった。
@月@日 雨
白姫ちゃんが寝起きの私の顔を覗き込んでいた。
「おは、リンカちゃん」
「おは、ひめちゃん…」
「リンカちゃん、ごはん作れる?」
「うん…」
寝ぼけた頭のまま洗面台へ行き歯を磨いた。キッチンに向かい調理した。二人分作った。二人で食べた。別に美味しくはなかった。
白姫ちゃんは気を利かせているのか、なにも話そうとしなかった。私もなにも話さなかった。気まずくはなかった。
不意に涙が零れた。胸が熱く込み上げ、目から感情が零れ落ちるように涙が出た。
「う、うわ、リンカちゃん平気っ?」
「平気…」
ごはんが塩辛くなった。
気持ち悪くなって吐いちゃった。白姫ちゃんは怒らなかった。
白姫ちゃん大好き。
@月@日 曇り
学校に行く勇気も気力も生まれなかった。
今日は自宅待機することにした。
白姫ちゃんが遊びに来てくれた。
寂しくはなかった。
白姫ちゃん大好き。
@月@日 雨
七瀬ちゃんに会いたいのに会いたくない。
会うのが怖い。会うのは単純な喜びではあるけど、今会ってしまうと余計な言葉から友達の関係が壊れる。きっと冷静な会話はできない。高ぶった感情も、生まれた嫉妬も、下手をすると七瀬ちゃんとのニンゲン関係を傷つける結果に終わりそうだ。
だから会いたいのに会えない。
そういうわけで今日も自宅待機。私はダメなコ。
ご飯たべたら吐いちゃった。
@月@日 曇り
私が死んだら七瀬ちゃんは泣いてくれるかな。
そんなことを考えていた。
考えていたら夜になった。
一人でご飯を食べて、一人で寝た。
@月@日 雨
嘔吐と罪悪感の夢を見ていた。
私には嘔吐癖がある。ニンゲン関係、こと七瀬ちゃんや白姫ちゃんのことに関して、上手く関係が運べないとすぐに胸が苦しくなり、嘔吐してしまう。
粗末にすることのは嫌い。駄目なニンゲンだけど、母親は一つだけまともなことを私に教えてくれた。母親は幼い頃、鶏肉料理店に行ったらしい。その店は客の目の前で鶏を絞め、焼いて調理し、皿に乗せる店だった。
幼い母親は泣いた。寸前まで生きていた鶏が、焼かれ皿に乗せられて出されたことがショックだった。それでも母親は鶏肉を食べた。大人になった母親は私にこう言った。その鶏は食べられるために死んだのだから、食べてあげないと可哀想だ、と。
七瀬ちゃん達と上手くいかないとすぐに胸が苦しくなり、嘔吐してしまう。それは食した命への冒涜に値すると私は思っている。だから食も減っちゃう。
私、餓死で死んだりして。
@月@日 雨
粗末にすることは嫌いだった。殺人やジサツを悪いと思ったことはない。ただ、それらが粗末に繋がるのなら、私は好きにはなれなかった。
無駄に動植物を殺すことはよくない。糧は無駄ではない。それはニンゲンも例外ではない。とにかく嘔吐は大きな罪悪感を生む。
@月@日 晴れ
目が覚めたらちゃんと隣に白姫がいた。嬉しかった。
呼び鈴が鳴った。
誰だろうと思いモニターで外を見ると、そこにいたのは制服姿の七瀬だった。きっと学校をサボり過ぎたから心配掛けちゃったんだ。
「おっは、リンカちゃん」
「おっは、七瀬ちゃん」
白姫もリンカの後ろから「おっは」と挨拶していた。
「リンカちゃん、ひめちゃん。ガッコウいく?」
「いく」
「いく」
今日は三人で登校することになった。
七瀬ちゃんも白姫ちゃんも二人とも優しい。
そんな二人に心配掛ける私は悪いコだと思う。
@月@日 すごく晴れ
今日は七瀬ちゃんと楽しく過ごした。
この前の男のヒトとはどういう関係なの、そう聞こうとしたけど、また怖くなってきたので聞けなかった。
変なリンカちゃん、と言って七瀬ちゃんは肩を竦めてた。
変らしい。
@月@日 曇り
私はずるい。
落ち込んでいた時はあんなに白姫ちゃんに頼ってたのに、七瀬ちゃんと仲良くなると、白姫ちゃんより七瀬ちゃんと一緒にいたい自分がいる。
白姫ちゃんも大好きなのに。
私、最低。
@月@日 晴れ
授業中も集中できなかった。
やっぱり気になる。
七瀬ちゃんとあの男のヒトの関係。
というか、これじゃ私、本当に同性愛者だ。白姫ちゃんにからかわれても仕方がない。
陰鬱な気持ちになった。
精神下降中。
@月@日 曇り
「りーんかちゃん」
七瀬ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「平気…?」
「ん? うん」
「なんか悩みがあるなら相談乗るよ…?」
「へえき…」
「そっか…」
七瀬ちゃんは少し考えてかラ言った。
「今日、今度緒にどっか遊びにいこっか?」
「うん、いく」
七瀬ちゃんから遊びに誘われた。
嫌われているか、好かれているかでなら好かれている。その事実が嬉しかった。
@月@日 雨
今日も気づいたら夜になっていた。
一日なにしてたんだろう。
夕食を作り、入浴を済ませ、歯を磨き、今日も日記と向かい合った。
私にとって七瀬ちゃんはなんなのだろうと考えた。
『特別な友達』
相手からもそう思われていることを願った。
今日も嘘吐きと自分を罵った。
なんだか疲れる人生です。