-救済の書-

時の流れの1章 原始。


 

 スプライトと共に生きる決意をしてから、何度も陽は昇り沈んだ。

 毎日ただ時間が過ぎるのを待った。

 四九九九年は長い。

 スプライトに気が向いた時に話し掛け、彼女の気が向いた時に声を掛けられる。用がない時は二人寄り添って時を過ごした。互いのクビにメダルの暇を掛けたまま。

 目を閉じると何年でも眠れた。

 ただ、従事は夕日の時間になると日陰に隠れた。

 七瀬以外の女と一緒に夕日を見てしまうと、七瀬とだけの思い出に傷が入りそうで怖かった。

 七瀬以外を好きになってしまう自分を想像した。それは燃えカスのようだと自分で思った。

 

 

 時と共にニンゲンは増え始めた。

 ニンゲンは村を作り、石器を作り、獣を追った。

 従事とスプライトはヒト目を避けるため、森から山の上に移り住み、そこから下界を見下ろしていた。

 あれから千年の時が流れたのだ。

「従事、退屈ですね…」

「退屈だな…」

「そろそろヒトが火を起こす時代ですね…」

「もうそんな時期か…」

 今日も山頂からスプライトと一緒に大地を眺めていた。

 ようやく千年の時が流れた。これで五分の一だ。

「従事」

 スプライトが目で岩陰を指した。

 敵だ。

 原始人がまたメダルを狙ってきたのだ。

「僕が行こう」

 メダルをクビから外し、スプライトに預けた。そして、愛用の銀弓を手に立ち上がった。

 このメダルを外している間は僅かだが、身体は通常通り歳を取る。早く敵を始末し、スプライトの元へ戻らなければならない。

 思えば最初にメダルを見た女を、生かして返したのが間違いだったのだ。村に帰り従事とスプライトのことを喋ったのだろう。

 威嚇で一発、岩陰に向けて矢を撃つと原始人達の悲鳴が上がった。

 殺すのは好きではない。驚かせ退散させた。

 今日も頑張った。

 

 

「おかえりなさい、従事」

 スプライトの下に戻り、彼女と身体を寄り添いクビからメダルを掛けた。

 従事は不老不死の力を得た。

「ただいま」

「早かったですね」

「もう大分慣れた」

「強くなりましたか」

「どうだろう」

「久しぶりに手合わせしましょうか?」

 スプライトはにこりと笑ったが、従事はクビを横に振った。

 手合わせの間はどちらか片方はメダルを外さなければならない。寿命は可能な限り無駄にはしたくなかった。

 目を閉じた。

 また眠ろう。

 次に目が覚めるのは何日後か、何年後かは分からないが眠ろう。

「おやすみですか?」

「ああ」

「脳みそにカビが生えますよ」

 従事は寝転がった。互いのクビをメダルの紐で繋いでいるため、スプライトも従事に寄り添うように寝転がった。

 まだ空は綺麗だ。

 これから数千年の間に汚れていくのだろう。ニンゲンが汚していくのだ。

 歴史通りに進むのなら。

「なあ、スプライト」

「はいはい?」

「もしも、だよ。僕達が意図的に歴史を変えるようなことをしたらどうなるのかな」

「どうでしょうね。どう足掻いても元の歴史と同じようにしか進まないのかもしれません。元の歴史にも過去に遡った私達がいたのかもしれませんし」

「そうだな」

「変わるかもしれませんけど。変わると困るでしょう? 七瀬さんに会えないと」

「ああ」

 今日もスプライトと身体を寄せ合わせている。

「どきどきする」

「私が七瀬さんなら殴ってますよ…」

 殴られるらしい。

 七瀬ともいつか、このように身体を寄せ合わせた。

 スプライトといるとその時の喜びを思い出した。

 

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