-救済の書-
狭間の2章 果実。
矢を放てば戦いになるというのは間違いだった。
従事は確かに矢を放った。
だが戦いにはならなかった。
「――――」
スプライトは背を向けたまま、矢をソードで叩き斬った。
そして、次の瞬間には従事の目の前にいた。
ソードの柄で従事の頭を叩き付けた。
メタル製のグリーブで従事は腹を蹴り上げられた。
「@@@」
従事は悶えて転がった。
のた打ち回る従事のクビにスプライトはソードの刃を当てた。
負けた。
殺されるのだろうか。
「私と戦うなら、もう少し腕を磨いてください」
「そうか…」
スプライトはそう言い刃を収めた。
七瀬を守るために強くなる。
そう彼女と約束した。
強ければフラッタを死なせることもなかった。
アリカを悲しませることもなければ、七瀬と離れ離れになることもなかった。
弱い自分は嫌いだった。
強いスプライトは弱い従事を殺さなかった。
「――」
意識を失っていたらしい。
従事が目を覚まし辺りを見渡したが、洞窟内にスプライトの姿は見当たらなかった。
入り口の方から甲高い金属靴の足音が聞こえてきた。これはスプライトの足音だ。
「あ、おはようございます」
「朝か…?」
そういえばスプライトに戦いを挑んだのは夜中だった。
気を失っている間に夜が明けたのだ。
「朝食になりそうなものを取ってきました」
そう言い、スプライトは大量に取ってきた木の実を床に置いた。
「食べます?」
「…僕はスプライトに弓を向けたんだ。一緒に食べる資格なんてないだろう」
「私は気にしていませんよ。従事はまだまだ未熟ですから、あんなものを戦いとは思いません。ごはんはみんな一緒のほうが楽しいですよ」
顔の前に木の実を差し出された。
確かに腹は減っていた。
スプライトはにこりと笑った。
「――」
従事は木の実を受け取ってしまった。齧った。
甘い果実はスプライトの優しさのようにも思えた。
「おいしいですか?」
「おいしい」
「よかった」
スプライトの笑みが胸に痛かった。
こんなに優しいスプライトに、従事は目的のために矢を向けたのだ。
「従事? どうしたんですか?」
どうもしない。
自己嫌悪だった。
それでも、七瀬は大事だった。
自分でもおかしいと思っている。何事においても七瀬が優先される。もはや信仰心に近いと自嘲した。
「――――!」
従事は再びスプライトに向かって弓を引き、己の主張を直撃させるように矢を撃ち放った。
矢は余裕で避わされ、洞窟の壁に突き刺さった。
スプライトは目の前にいた。
ソードの柄で従事の頭を叩き付けた。
メタル製のグリーブで従事の腹を蹴り上げた。
「@@@」
またもや従事は悶えて転がった。