『偽シャングリラ 〜この世でたった一人、善と愛を語れる勇者様〜』
第4記 ビル 悪魔と私と勇者様、善と愛、それからヒトの尊厳
私達はビルの内部に乗り込みました。
警報がガンガン鳴り響いています。もう後には引けません。
大悪魔は最上階でしたね。
「無断侵入者は射殺する! 死ね!」
私達の行方を阻むように、警備兵達が立ち塞がりました。三人です。相手は既にこちらに銃を向けています。
困りました。普通に人は巻き込みたくないのです。でも、戦うしかないのでしょうか?
「む? あいつらは悪魔だ」
私には分かりません。でも悪魔らしいです。
「戦えるか?」
「はい、頑張ります!」
答えるよりも早く、私は小銃を構えていました。
勇者様も両手に大型の銃器を構えています。
でも、敵の方が早いですね。先に撃ったのは向こうでした。
咄嗟に開いている左腕で顔と喉を庇いました。
左胸と、左手の甲に強い衝撃がありました。
銃弾が当たったんです。
相手は私の心臓と頭を狙ってたんです。でも、防ぎました。胸には防弾スーツを着込んでいます。
私は既に銃弾を放っています。
銃弾は敵の一人の喉を撃ち抜きました。
多分、致命傷です。
その間に勇者様は二人の敵を撃ち抜いていました。
すごいです。さすが勇者様です。
勇者様は私の左手を掴みました。
私の左手は出血していました。さっき頭と喉を庇った時に撃たれたんです。
「少し痛むが我慢しろ」
「……っ!」
左手に激痛が走って、目に涙が滲みました。
お兄さんは私の手から弾丸を摘み出したんです。
「上手く骨が弾丸を止めてくれていたんだな。運が良かった。無茶をするな。お前を失ったら、俺はどうすればいい?」
「すみません」
「あんな戦い方をするならこれを付けておけ」
勇者様は懐から取り出した包帯で私の手の出血を止めてくれた後、手袋のようなものを出してくれました。
「防弾性のある手袋だ。ちょっとやそっとの弾丸はそれで止めてくれる」
「ありがとうございます……」
またです。
勇者様に優しくされると、私の胸が熱くなって、目頭も熱くなって涙が溢れそうになります。
エレベーターは動きませんでした。
階段もシャッター(隔壁?)が降ろされていて、上の階へあがれません。
「どうしましょう?」
勇者様は青ざめていました。
「何と言う事だ! これでは上の階に行けん! 作戦は失敗だ!」
私達は撤退を余儀なくされました。
「む?」
「…ぁ……」
既に出口は固められていました。
撤退も不可能です。
「どうしましょう……」
私は不安になり、勇者様の顔を見上げました。
私の肩に勇者様はぽんっと手を当てました。
「こんな事に巻き込んでしまって済まない」
「いいんです。私は自分の意思で勇者様に付いていくって決めたんです」
「そうか」
「はい」
勇者様は再び振り返りました
「引く事が出来ないのなら前進するまでだ! いくぞ!」
「はい!」
勇者様と一緒にいると安心できます。
頼もしいです。素敵です。格好いいです。男らしいです。勇ましいです。素晴らしいです。惚れ惚れします。私は何処までもあなたについていきます。
大好きです。
私たちはトイレに辿り着きました。
女子トイレです。女子トイレに男の勇者様がいるのは極めて不自然なのですが、今は非常時なので仕方のない事です。
「トイレの通風口から浸入しよう」
こんなとこからいけるなら撤退する必要なんてなかったじゃないですかー……。
てゆか、大丈夫でしょうか?
多分、私たちの動きは監視カメラに見られています。そんな狭い所に入って、そこで攻撃されたら逃げ道はありません。
「どうした? 臆したか?」
私は頭を振りました。
「いえ。いきましょう」
勇者様が決めたんです。
絶対に大丈夫です。
でも、狭い所でガス責めされるのはヤなので、念のためガスマスクは装着しておきます。
「……狭いですね」
「うむ」
私たちは這って通風口の中を進んでいます。こんな所を狙い撃ちされたら一溜まりもありません。
でも、何故か大丈夫な気がするのです。勇者様と一緒にいると安心できるのです。
私は今、勇者様と二人っきりです。二人っきりで通風孔の中を進んでいます。
「あの……勇者様……」
「ん?」
勇者様が私を見返してきました。
そんな風に見つめられたら胸が熱くなって、切なくなります……。
私は迷いましたけど、でも、自分の正直な気持ちを口に出しました。
「…私……………勇者様……好き……です…………」
「俺もお前が大好きだ」
勇者様は即答してくださりました。
今、勇者様は私の事を好きだと仰られました。
「本当ですか?」
「俺は嘘などつかん!」
嬉しいです。
「勇者様………」
「悪魔を退治したら一緒に暮らそう」
それはプロポーズなのでしょうか?
「勇者様。私などで宜しいのですか?」
「お前でなくては駄目なんだ」
私、泣いていました。
嬉しくて泣いていました。
こんな感情は生まれて初めてです。
「あ、ありがとうございます……!」
「ああ。約束だ。必ず二人とも生きてここから帰るんだ。そして二人で暮らすんだ」
「はい」
私と勇者様は約束しました。
私達が通風口から出たのは、建物の最上階のトイレでした。
パーン。
待ち伏せでした。
私が通風口から出た瞬間、先に出ていた勇者様は撃たれました。
「…ぁ……!」
パーンパーン。
蜂の巣にされています。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!」
勇者様は激しく叫び、そして私の前にどさりと倒れました。
トイレの床の上に勇者様は血を撒き散らして倒れました。
私は反射的に顔を庇っていました。
また銃声が響きました。
庇った腕と胸に銃弾の衝撃が走ります。
敵は私の頭部と胸を狙っていたみたいです。
弾丸は止まりません。私の全身も蜂の巣にするかのように、身体中に弾丸を撃ちこんで来ます。すごい衝撃です。
全身をズタズタに引き裂かれるような感触です。
防弾スーツは耐えているのでしょうか? もしかしたら、既に私の身体は蜂の巣にされているのかもしれません。
「〜〜〜〜っっ!」
私は撃たれるままでした。
気付いたら私は壁に叩き付けられたように床に座り込んでいました。
身体中の感覚がなくて動きません。びりびり痺れているようなカンジです。
私は頭部を両腕で庇ったままで前は見えなかったし、耳もキーンとしててなにも聞こえませんでした。私はまだ生きているのでしょうか?
意識ははっきりしています。自分の呼吸を確かめる事ができました。まだ、私は生きているようです。多分。
敵の一人が私に近寄ってきます。顔を庇ったままだから前は見えませんし、耳も聞こえませんけど、なんとなく気配で分かりました。
私の生死を確かめたいのでしょう。恐らく私には銃を向けて近寄っていると思います。
気配は私の前で止まりました。
動きません。私をじっと観察しているようです。
…………。
私に向けて手を伸ばしてきました……………………銃から手が離れたようです。
私はその一瞬を逃すつもりはありません。
痺れた身体中の神経に命令を送りました。
まるで水分を大量に吸った衣服を着ているように重かった右腕を、渾身の力を振り絞って上げました。
「ひっっ……!」
私の銃は男の顔面に向けられていました。
敵はいきなりの私の動きに驚き、慌てて銃に手を伸ばします。
遅いです。
私の銃弾は男の頭を撃ちぬきました。
死にました。
私は倒れ逝く男の死体を引き寄せました。ほぼ同時に、トイレの入り口付近に待機していた男達が私に雨嵐のような銃弾を撃ちまくってきます。
銃弾は引き寄せた男の死体が盾となってくれます。
銃弾の嵐の中、その盾から私は顔を出せなかったけど、死体への着弾の衝撃から何となく相手のいる角度(向き)が分かったような気がしました。
その感を信じ、私は盾から手だけを横に出し発砲しました。盾から手を出した瞬間、手に銃弾が当たりまくったですけど、勇者様から頂いた手袋が守ってくれてます。
銃声の中、男の悲鳴が聞こえました。
当たったみたいです。
盾に当たる銃弾の数が四分の三程に減った気がします。相手は四人から三人に減ったのです。
私は感を信じ、確実に一人ずつ狙い撃ちしました。
全員やっつけました。
私の足元に勇者様は倒れています。
亡くなられてます。
私はどうしたらいいのか分かりませんでした。
勇者様はトイレで殺されてしまったのです。
二人で生きて帰るって約束したばかりなのに、勇者様はトイレで殺されたのです。
この世界でたった一人の勇者様は殺されてしまいました。
私、泣いてました。
私はどうしたらいいのでしょう?
よく考えました。
時間にしては少しだったのかもしれないですけど、私は考えました。
この世界でたった一人だけ善に溢れ、本物の愛を教えてくれる勇者様。
それは何だったのか。
勇者様は言ってました。悪魔を退治するのが勇者様の役目だと。
私は勇者様じゃないです。
私では力不足かもしれません。
普通の人と、悪魔の区別もロクにつかないかもです。
でも、勇者様はこの街の都市長が大悪魔だと教えてくださりました。なら、私はその人を撃ちます。
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私は勇者様が好きでした……。
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キリンさんは好きです。
でもゾウさんはもっと好きです。
でもでも勇者様はもっともっと好きです。
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キリンさん。