『偽シャングリラ 〜この世でたった一人、善と愛を語れる勇者様〜

 第3記 金持ち専用区域 射殺と胸のドキドキ


 

 

 私はお兄さんの家に案内されました。そういえば、途中で病院へ寄ったのですけど、お兄さんの千切れたアレはちゃんと治療できるそうです。すごいですね、現在の医学は。

 で、お兄さんの家なんですけど、すごく立派な家です。いかにもお金持ちってカンジです。けれど、家の中はしんと静まってました。

「……お兄さん、一人暮しなんですか?」

「ああ。悲しい話だが他の人間は信用できない。同じ屋根の下で誰かと暮らしていては、さすがに俺の正体がバレるかもしれないからな……」

 お兄さんは寂しそうに言いましたが、この人の性格を考えたら当然です。私、犯されかけたんです。

「そういえばお兄さん、よく脱獄できたですよね? その辺りを詳しく教えて頂けないと、私、お兄さんが勇者様だって信用できないですよ」

「看守が俺の愛に伏したのだ」

 本当なのかな?

「さて、これから悪魔退治に出掛ける訳だが」

「えっ? えぇ? こ、これからっ?」

「そうだ。こうしている間にも、善や愛は次々と失われていっているのだ」

「はぁ……」

「では武装だ」

 お兄さんが私を案内した部屋は倉庫でした。

 倉庫には銃器がいっぱいありました。マシンガンみたいなのとか、バズーカみたいなのとか……私は兵器には明るくないのでよく分からないんですけど、とにかくいっぱいありました。

「あの……この物騒なので悪魔と戦うのですか?」

「そうだ」

「まるで人間と戦うような武器なんですけど……」

「悪魔は常に人間に成り済ましているのだ」

「その悪魔って誰のコトなんですか?」

「誰と言われても、細かいものをあげるとキリがないな。が、大悪魔はこの都市の都市長だとは言っておく」

 はぁ。

「一つお聞きしたいんですけど、悪魔は人間に成り済ましてるって、人間と悪魔の違いはどうやって見分けるんですか? お兄さんにしか見分けられないなんて言うんだったら、私は手伝いませんよ。変な妄想に取りつかれてるかもしれない人に協力して、人殺しの片棒担ぐなんてヤです」

「大丈夫だ。お前は俺が認めた相棒だ。見分けられるさ」

 はぁ……。

「じゃ、もしあなたが悪魔だって人がいういて、私が普通の人間と区別つかなかったら、その時点で私はあなたは嘘吐きの人って見なして、本物の勇者様を探しにいきます。いいですね?」

「ああ、いいだろう」

 はぅ、なんでこんなコトになっちゃったんでしょう……。

 

 

 こうして武装した私達はこの地区の中央にある、一番偉そうな建物に殴り込みを掛ける事になりました。

 武装といっても、ごつごつとした格好はしていません。そんな怪しい格好してたら捕まります。衣服の中に防弾スーツを着込んで、武器を何個か積め込んだリュックサックを背負ってるだけです。一応、ポケットにも小銃が入っています。

 そして、今目の前にその建物があります。私達はその建物を見上げています。大きな建物です。最上階にこの都市の一番偉い人がいるそうです。

「あ……」

 そんな私達の前をとある男の人ばかりの一団が通りすぎました。

 その男の人達は私を一瞥します。でも、隣に勇者様のお兄さんがいると、敬礼して立ち去ろうとしました。

 忘れもしません。このお金持ち専用区域に来た時、私の脚を撃って、それから道案内のお兄さんを撃ち殺した人達です。

 憎いです。

 目の前でお兄さんが殺されて、私は何もできませんでした。

 倉庫の中でへらへらと笑って、私に品の悪い冗談を飛ばしていたお兄さんはこの人達に殺されたんです。

 それから、今だから言える事ですけど、あの時、私すごく怖かったんです。

 殺されるかもしれない、というのは恐ろしいものです。

 でも、お兄さんは胸を撃たれた時、まだ生きてたんです。そのお兄さんの頭を撃ちぬいたんです、この人達は。

 あの時、この人達はニヤニヤと笑って嬉しそうでした。私を性の対象として、玩具として見下していたあの顔は忘れられません。お兄さんをゴミのように処分してたあの顔も忘れられません。

 この人達が憎いです。

 私の人格が疑われるかもしれないですけど、私だって人間です。

 この人達もお兄さんと同じ目に遭って欲しいです。

「…………」

 

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「…………」

 男の人達の背からゆらゆらと紫色のモヤが立ち上っているのが見えました。

 私には分かりました。この人達は勇者様の言う悪魔なんです。

 悪魔だからあんな非道い事ができたんです。

「勇者様、あの人達悪魔です」

「……何? そうなのか?」

「そうなんです」

「俺には普通の人間に見えるのだが……」

「私には分かるんです。背中から紫色のモヤが浮かんでるんです」

「紫? モヤ? 何の事だ? お前にはあいつらが悪魔だって分かるのか?」

「はい」

「分かった。お前を信じる」

 勇者様は立ち去っていく男達の背に銃を向けました。

 男達は気付いていません。

 銃弾が跳びました。ガチャンガチャンと、銃は機械的な音を鳴らしてますけど、銃声はほとんど聞こえません。そういう銃らしいです。

『…………っ!』

 男達は背中と後頭部を蜂の巣にされて、声に鳴らないような悲鳴をあげています。

 そして、皆ばたばたと倒れました。

 死にました。

 悪魔は死にました。

 

 

 私達の前には死体が数体転がってます。

 ここまで来たら私も覚悟を決めました。悪魔はいます。このお兄さんは勇者様です。私はどこまでもお供します。それでいいです。

「勇者様、いきますよ」

「うむ」

 死体が転がってるんです。ぐずぐずしてるわけにはいきません。迅速にこの都市に巣くう大悪魔を始末する必要があります。

 私達は前進します。

 ビルの前には門番らしい人達が立ち塞がっています。

「勇者様、私、悪魔を退治するのは良い事だと思うです。でも関係ない人を巻き込みたくはないです」

「無論だ」

 あの門番さん達からは………なにも感じません。見えません。普通の人間みたいです。

「……あいつらも………悪魔だ」

「え?」

 私には何も見えません。紫色のモヤは見えません。

「なにも見えないですよー?」

「俺には分かる。あいつらの邪悪な魂の波動が」

「ごめんなさい。分からないです……」

 波動とはなんのことでしょうか? 勇者様はなにかを感じているんでしょうか?

「どうだ? 俺が信用できないか? お前は最初に言ったな? 俺に見えて、お前に見えないものがあったら、その時点で俺を見限ると。どうする?」

 あの時の私は認識が甘かったから、そんな事を言ってしまったんですね。

「いいえ、私は勇者様を信じます」

「そうか」

「私がいきます。まだ敵には私達の存在は気付かれてないんです。相手も女の子の私なら油断すると思います」

「わかった、任せる」

 私は勇者様の期待に応えるべく、門番達に近寄りました。門番は三人です。

「ん? なんだい、お嬢ちゃん?」

「見た所、キミはこの街のコじゃないね。誰に飼ってもらってるんだい?」

「迷子になったってなら、ちゃんと飼い主を呼び出してあげるけど?」

 飼ってるとか、飼い主とか非道い台詞ですね。

 この人達が悪魔なんでしょうか?

 私には普通の人との区別がつきません。

 でも、勇者様は悪魔だって言いました。

 私は今、ポケットの中で銃を握り締めています。

 これをこの人達に向けて撃ち放てば、この人達は死にます。

 そんな事をしていいのでしょうか?

 あの人は本当に勇者様なんでしょうか? 変な妄想に獲りつかれているだけなのかもしれません。でも、私にもさっきの男達から変なモヤが見えて、直感的に悪魔だって分かりました。でも、それは私がそう感じただけで、幻だったのかもしれません。

 私が今、この人達に向かって銃を撃てば、この人達は死にます。多分、簡単に死にます。

 それでいいんでしょうか?

 

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 いいんです。

 私はお兄さんを勇者様だって信じたんです。

 この人達は悪魔です。

 私はポケットから銃を取り出し、即座に発砲しました。

 腕に軽い反動があって、カシャンっと響いただけでした。その反動も決して強すぎるものではなく、むしろ銃弾が放たれた事を体感するのに適した反動でした。

 門番の一人は喉から血を吹いて倒れました。心臓を狙おうとも思いましたけど、もしかしたら私と同じように防弾スーツを着込んでいるかもしれなかったから喉を狙いました。

 残った二人の門番に動揺が走ったのが分かります。でも、その動揺は無駄なアクションです。無駄です。その間に私は二人目に発砲していました。

 死にました。

 最後の一人です。

 逃げ腰になりながらも懐に手を入れています。でも遅いです。

 私は撃ちました。

 死にました。

 門番は全滅です。

 

 

「頑張ったな」

 目の前には死体が三つ転がっています。勇者様が私の肩に手を当ててくれました。

 私、震えてます。

 これで正しいのでしょうか?

 死体は血を流して倒れています。

 私がやったんです。

 私が射殺したんです。

 震えてる私を勇者様は後ろから抱き締めてくれました。

「怖いか?」

 私の背丈は、勇者様のおなか辺りです。勇者様が後ろから私を抱き締めてくれると、私は勇者様にすっぽりと包まれるみたいです。私ってまだガキなんだなって思っちゃいます。

 勇者様の身体は温かかったです。震えも次第に治まってきました。

「すみません……」

「気にする事はない。お前は俺のために頑張ってくれているんだ。俺に出来る事なら何でもする」

 ありがとうございます、勇者様。

「…………」

 勇者様に抱き締められていると、胸がドキドキしてて、なんだか切なくて、目頭が熱くなって涙が溢れそうです。このままじっとしていたいです。

 そういえば、私、物心ついた時から、誰にもこんな風に優しく抱き締めてもらった覚えはありませんでした。、

 私、勇者様が好きになったのでしょうか?

 わかんないです。

 

 

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