『偽シャングリラ 〜この世でたった一人、善と愛を語れる勇者様〜

 第1記 巨大都市 金持ちの優越と、貧乏人の安い命


 

 

「はわぁ……」

 こういうのを大都会って言うんでしょうか?

 夜なのにあちこち青とか赤いライトがピカピカしているし、まっすぐ道を歩けないくらい、たくさん人がいます。騒々しいです。

 ちょっとここは窮屈なので、人の少なそうな道にそれる事にしました。裏道を通りましょう。

 ここに私のお目当ての人がいるのでしょうか?

 そして、私はその人に会えるのでしょうか?

 私、今ドキドキしています……。

 

 

「ふぁ……」

 裏道に来たわけなんですけど。

 確かに人の歩いてる数は少ないんですけど、あちこちに人が座り込んでたり、寝転がってたりします。浮浪者………ってカンジじゃないですね。なんかみんな髪を染めてるし、これが噂の『ヤンキィ』という人たちなんでしょうか?

 なんかニヤニヤ笑って私の方を見てます。困りました。

 と、一人私の方に近づいてくるお兄さんがいます。この人も髪染めてます。茶髪です。足取りがフラフラしてて危ないですね。

「はははぁ、こんなとこにひとりでどうしたんだい? ひひぃ、悪いお兄さんに性的に食べられちゃうよぉ。ヒヒヒヒヒ」

「えっと……人探ししてるんですよー」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ。人探しかぁー」

 茶髪のお兄さんはやたらと嬉しそうに笑ってます。はぅ、どうしましょう?

「いいぜ、いいぜぇ。おいらが手伝ってやるよぉ」

「はえ?」

「とりあえず立ち話もなんだしなぁ、あっちにいこうや。おいら達が家代わりに使ってる倉庫があるんよー」

 全く信用できません。ついていったら犯されそうです。

「あー、えっとー…………御厚意は嬉しいんですけど、やっぱり遠慮しときますー。一人で大丈夫ですよー」

「ひゃひゃひゃぁ………」

 お兄さんは全然聞いてくれません。それどころか、私の手を強引に掴み取りました。

「あ、あの〜……?」

「いいから来いよ。ひゃひゃひゃ、おい、おまいら、姫を倉庫に連行だぁ。あひゃひゃひゃひゃ、連行とレンコンって似てるよなぁ?」

 はえ、気付くと私は囲まれてました。

 駄目です、逃げられません。

 私、いきなり、とんでもない失敗をしてしまったみたいです。

 

 

「はえ〜」

 本当に意外な事に、お兄さん達の私への待遇は素晴らしいものでした。いえ、素晴らしいというのは金銭的な意味ではなく(倉庫に無断で住みついてるくらいですし)、非常に好意的だったという意味です。

「あひゃひゃひゃひゃぁ。怖がらせちゃったかなぁ。ひゃひゃひゃぁ。すまんねぇ。おいら達、くすり打ちすぎてこんなになっちまってよぉ。でも、わかってくれよぉ。おいら達も好きでくすりなんてしてないんだよ。うたなきゃしんじまうからだよぉ。あっひゃっひゃ」

 お兄さん達は、この都市の汚れた空気や水のせいで悪い病気になってしまったそうです。でもお金のないお兄さん達は生き長らえようにも安い薬しか買えず、こんな風になってしまったそうです。それになんか決まりがどうとかで表通りに出るコトも許されず、あんな裏通りに閉じ込められてるそうです。

 かわいそうです。私、ぱっと見で判断しちゃった自分が恥ずかしいです。

「ひゃひゃひゃ。きみも人探しならぱぱあっと早く済ませて、こんなトコから出ていった方がいいよぉ。おいら達みたいになっちまいますのです! あぁ、ちくしょぉ。上手く喋れねぇー」

「はわ、お気使いありがとうござますー。でも、どうして私に親切にして頂けるんでしょう? 私になんか期待されても、なんもできないですよー」

 ちょっと不思議なので聞いてみました。

「おいらたちゃ、こんな有様だからよぉ。女の子とは会えねぇんだよォ。女の子はみんな表の世界の金持ちんチでいい思いしてんだろぉなー。だからあんな裏通りでキミみたいな可愛い女の子見つけた時、おいらたちゃ涙が出そうだったよー」

 なるほどです。かわいいなんて言われると、私も光栄の至りです。

「キミみたいな可愛い女の子がいるだけで、おいら達は元気になれるんだ。いるだけで十分。おいら達に出来ることならなんでも言ってくれよぉ」

 本当にいい人達に見えます。こんな人達も偽善なんでしょうか?

 私はこの世に偽善ではない善の人は、もうたった一人しかいないって聞きました。ここにいる人達は違うのでしょうか? よく分からないです。

「それじゃ、一つお聞きしてもいいですか?」

「ははは、なんだい? ひゃひゃひゃ、なんでも聞いてくれや」

「私、世界の何処かにまだ一人だけ、善に溢れて、本物の愛を教えてくれる勇者様がいるって話も聞きました。その人を探してるんです。なにか御存知ないでしょうか?」

「あー?」

「善―? アーヒャヒャヒャヒャヒャ」

「愛―? イーヒヒヒヒヒヒ」

 またお兄さん達は壊れて笑い始めます。話がなかなか進まないけど、ここは我慢です。

「何か御存知ないですか?」

「ヒヒヒヒヒ。おいらも噂だけなら聞いたことあるよ。そん人のこと。何でもこの腐敗した世界の最後の善人だとか、愛の狩人だとか。あひゃひゃひゃひゃ。けどなー、この都市の一番のオ偉いさんの反感買ったかなんかで、牢獄に閉じ込められたんだと。ハハハハハ、涙が出るくらいかわいそうだぜー!」

「捕まってるんですか?」

「うわさだよ。う・わ・さ」

「そうですかー。ん、ありがとうございます。じゃ、私、その人に会ってきます」

「ひゃひゃひゃ。無理ムリむりMURIだってー!」

 はえ? ムリなんでしょうか?

「この都市のオ偉いさんに捕まえてるんだぜぇ? もち面会謝絶―。会えるわけなんざねぇよー。しかも死刑間際だってよー! ヒヒヒ。それに噂だ。ホントにいるかどーかもわかんねぇー!」

「でも、私はその人に会いたいんです!」

「ノーノーノー! 気持ちだけでは上手くはいかないものさ………なんてなぁ、アヒヒひ」

「ついでに言うと、そこは特別金持ち専用区域だー。普通の人間じゃはいれねー!」

 なるほどです。

 よく分かんないですけど、つまるところ要点をまとめてみると、この都市の一番偉い人はすごい極悪人さんで、私の探してる人が目障りだから捕まえたんですね。

「オイラたちゃー、アンタが捕まって、金持ちのブタ共に犯されて、散々慰みものにされて、飽きたコロに処刑されたりされるのがヤなんだよー。わかってくれよー」

「はぅぅ。やっぱ捕まったら、私犯されるんでしょうか?」

「そりゃそうさ。常識だぜぇ。じょ・う・し・き。キミみたいなかわいいコが捕まったら犯されるのは常識さー。悪いコトはイワネェ、ヤめときなー☆」

「うー、それでも私は行かなきゃいけないんです! その人に会いたいんです!」

 そうです。

 私はその人を探すために、色々な世界を回ってるのです。引けません。

「そうかー。多分キミはおいら達がどんなに止めてもいくんだろぉなー。アヒャヒャヒャヒャ」

「はい!」

「あいあい。キミのイシの硬さはよーくわかったよぅ。が、キミはオレタチのかわいい姫だ。希望だ。夢だ。全てだ。むざむざ犯されにいかせるわけにゃーいかんねー。オレタチが力を貸してやるぜー。よろこべ!」

「はえ?」

「土地感も都市の制度も知らないキミじゃ、一人じゃムリだろーって優しくしてやってんだよ! ああ? 素直に喜べ!」

「は、はい! あ、ありがとですっ」

 この人達の口の悪さって、ホントに安物の薬が原因なんでしょーか。ちょっと疑問です。

 でもご厚意は嬉しい限りです。

 

 

 私は再び表通りに戻ってきました。東の空が暗い夜の闇から、少しずつ白けてきてるにも関わらず、ここは相変わらず人が溢れ返ってます。みなさん、元気ですね。

 とりあえず、私は『特別金持ち専用区域』とやらに向かう事にしました。なんかすごい名前ですけど、多分あのお兄さん達が薬打っておかしくなってるだけで、ホントはちゃんとした名前があるんだと思います。

 お兄さん達の聞いた噂だと、ここに私の探してる人が捕まってるかもって話です。

 私は人の波を掻き分けて進みました。

 身体が揉みくちゃにされます。それでも頑張って進みました。しんどいです。

「……ふぁ?」

 急に開けた所に出ました。

 いえ、開けてないです。ただ、今歩いてた所よりも全然人が少ないですからそう思ったんです。

 どうやら行き止まりみたいですね。大きな川が私の行く手を遮ってます。周りを見渡しても橋なんてないです。

 私は目を凝らして川の向こうの方を見ました。

 あそこが『特別金持ち専用区域』らしいです。ぱっと見たところ、その名前とは裏腹に静まってます。こことは違って、街が光ってないです。

 お兄さん達の話によると、『特別金持ち専用区域』というのは川に囲まれてて、こっち側とその専用区域は隔離されてるそうです。

 ムリです。

 今日は諦めて帰る事にします。いっぱい歩いて疲れました。

 

 

 太陽が真上に昇って、やや傾きかけた頃に私は目を覚ましました。明け方まで歩いていたので仕方ないです。

 ここは倉庫です。私はソファーの上で寝てました。結局寝る場所も見つからなかったので、お兄さん達のご厚意をありがたく受けるコトにしたんです。なんか寝てる間に身体を撫で回されてた気がするけど、気のせいだと思いたいです…………。

 さて、と。

 私は『特別金持ち専用区域』てとこに行かなきゃなんですけど、どうしたらいいんでしょう?

 とりあえず起き上がって、居間に顔を出す事にしました。倉庫だけど居間と呼ぶらしいです。

 居間ではお兄さん達がドラム缶をテーブルのように使って朝ごはんを食べてました。缶詰です………いえ。朝ごはんじゃないですね。お昼ごはんでした。

「おはようございます」

「おぉぉぉ………寝起きも可愛いねぇ。キミもメシ食うかい? こんなものでよかったら」

「あ、ありがとです。ところでちょっとお聞きしたいんですけど、お金持ち専用区域に入るのに、なんかいい方法ないですか?」

「んあー? 入れるわけないだろ、ヴォケか!」

「はぅぅっ……」

 ヴォケ!、なんて言わなくても…………。

「あーあー、お前は少しは落ち着けよ。入る方法か? 俺にちょっとくらいなら考えがあるけどな」

「ホントですか?」

「あーあー。ホントホント。まあ、とりあえず夜になってからだな」

「はい! ありがとうございます!」

 ……大丈夫なんでしょうか?

 

 

 私と、それから私に協力してくれるコトになったお兄さんの二人で、また昨日の川のとこまで来ました。

 私の行きたい『お金持ち専用区域』はもちろん川の向こうです。

「どうやってあっちにいくんでしょうか?」

「ほれ」

 お兄さんが指で差したのは私の足元のマンホールでした。

「この都市は下水道は全部繋がってるからなぁ。もち川の向こうの専用区域もな。こっからいくぜぇ」

「……下水道ですか」

「なんでぇ? 気に食わないのかぁ?」

「いえいえいえ。いきますいきます!」

 お兄さんはそう言うけれど、本当にそんな簡単にいけるのでしょうか?

 不安になってきました。

 

 

 お兄さんの案内に従って、私は今、とってもヤなにおいの漂う下水道を歩いています。

 下水道ってのは通路の真中を下水が流れてて、その両脇を人が歩けるように道になってるんですけど。

 私はその道を歩いてるんですけど。

「はぅぅっ……」

 鼻をハンカチで押さえていても、思わず弱音を口にしちゃいます。

 非道いにおいです。

 生ゴミだの、排泄物だの、小動物の死骸だの、ロクでもないものが下水、私の隣を流れています。

 吐いちゃいそうです。

「も少し頑張れよ。あんたみたいないいとこのお嬢ちゃんには分かんないかもしれねぇけど、世の中我慢だって必要なんだぜぇ?」

「はぅ。分かってますよーっっ」

 でもこのにおいはあんまりです。はぅ。

「ほいほい、ついたぜ。ここから上ったら、もう専用区域だ」

 ハシゴがありました。どうやら、ここを昇ると、川の向こうのマンホールに繋がってるみたいです。

「どうした? いかないのかい?」

「あの……先に昇ってくれませんか?」

「なんだい? ヒヒヒ。怖いのかい?」

「いえ、そうじゃなくて……」

「なんだよ。ハッキリいいな」

 本当に分かってないのでしょうか?

「……私、スカートだから」

「あひゃひゃひゃひゃ。しっかりバレてたかーっ」

 ………このお兄さん、割とさらりと最低です。

 

 

 パーン

 

 私たちがマンホールから出てほんの数秒経った時の事でした。銃声が響きました。

「……ぁ………」

 私はなんて口にしたらいいのか分かりません……。

 なにか言おうとしたけど、なにも言えませんでした。

「あがぁぁぁぁぁ…………!」

 お兄さんの胸から血が噴いていました。

 撃たれたんです。

 突然の事で私はどうしたらいいのか分かりません。

 どうして、いきなりお兄さんが撃たれたのか分かりません。

 でも、お兄さんを助けなければなりません。お兄さんに駆け寄ろうとしました。

 

 また、銃声が響きました。

 

「……っっ」

 私の脚はなにかに引っ掛かったように、上手く動かなくなり、私は顔面から地面に転んでしまいました。

 痛いです……。

 痛いのは顔じゃなくて脚です。左足首がズキズキ痛みます。

「……ぁ…」

 私の左足首の白いソックスは血に染まってました。撃たれたんです。

 痛い……。

 痛いけど、でもお兄さんを助けなきゃ。

 だけど、お兄さんはピクりとも動きません。信じたくないです。さっきまで喋ってたお兄さんが死んじゃうなんて。

 また銃声が響きました。

 お兄さんの頭が赤く弾けました。お兄さん、今度は頭を撃たれたんです。

 私にも分かりました。お兄さんは殺されたのです。

 今、一つの命が私の目の前で失われたのに、私はなにもできませんでした。

 次は私も殺されるのでしょうか?

 けど、銃声はもう鳴りませんでした。その代わりに下卑た男たちが私たちを取り囲みました。銃を持っています。

 男たちは足を撃たれて動けない私を、ニヤニヤと笑って見下ろしています。

 ふと、倉庫にいたお兄さんの言葉を思い出しました。

 

オイラたちゃー、アンタが捕まって、金持ちのブタ共に犯されて、散々慰みものにされて、飽きたコロに処刑されたりされるのがヤなんだよー。わかってくれよー

 

 なるほど。

 どうやら私を殺す気はないようです。

 私は男たちの顔を見渡しました。この男たちがお兄さんを殺したんです。

 五人。全員しっかりと顔を覚えました。

「ハハハ。すっかり黙っちゃって。普通なら泣き叫んで、命乞いをするもんだけどな」

「腰が抜けたんじゃねぇの? 目ぇ開けたまま気絶してるとか」

「ショックで小便漏らしてねえかぁ?」

 男の一人が私のスカートに手を伸ばそうとしましたけど、それを一番エラそうな男が止めました。銃を頭に突きつけて止めました。

「獲物に手を付けないのは俺達のルールだ。それを破るならお前を殺す」

「……すみません………」

「このオトコの方は下水道に捨ててもいいんですか?」

「ああ」

 

 すみません、お兄さん。

 私のせいです。謝ったってゆるされない事です。

 お兄さんの命が失われたのは、もう取り返しがつかないです。

 ごめんなさい。

 

 

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