『DuetNet∩eclopse 〜デュエットネット∧イクリプス〜』 二重引き篭もりと幻想、嘔吐と頭痛の果てに閃きをみた
Last2-Log 太陽と月のデュエットネット・イクリプス
シャワーを浴びてパジャマに着替え、そして気合を入れてパソコンの前に座って電源を入れた。
強くなりたい。
独りでも大丈夫になりたい。友達に、天理に甘えてばかりの自分を変えなきゃいけない。
もう皆には十分助けてもらった。怒られた。励ましてもらった。答えは自分で見付けられるはずだ。
吐き気は止まらないけど頑張る。
今度こそ根性をみせてみる。
紙風はどうだったのだろう。
なんとなく紙風を思い出してみた。
『笑ってみい。ほれ。ニコ〜っと』
『…………』
『ニコ〜っ』
『はいはい〜。にこ………。笑ったよ。これでいい?』
『うむ』
とりあえず笑ってみようと思った。
仮想都市を起動する。
辛さに負けない。いつも笑顔でいる。そうしたら心配を掛けなくて済む。
心はいつもと違う。
何処か冷静な自分がいることに気付いていた。
天理の前で無様な姿は見せたくない。それは甘えたいという心よりずっと大きい。
だから大丈夫。
『こんにちは?』
都市の街道を歩いていると知らない男に声を掛けられた。
最初自分が声を掛けられているとは思わなかったけれど、辺りには他に人がいないので振りかえった。
『え? あたし〜?』
『うん。おひとりですか?』
『ん〜。そうですね〜。ひとりです』
独り。
都市ではいつも誰かと一緒だった。こんなふうに知らないプレイヤーに声を掛けられた事は初めてだ。
『ご一緒していいですか?』
男がなにを言いたいか分かった。ホリンと遊びたいのだ。
『ネットでナンパですか?』
『あ、あはは。ナンパだなんてっ……。ちょっと遊びたいだけですよ、一緒に』
『それナンパって言う思うです』
男はバツが悪そうに頬を掻いている。
『駄目でしょうか?』
『う〜ん。そうですねぇ〜……』
いいかな、なんて考えた。
仮想都市は今まで天理といたいが為だけに起動していた。
天理と遊べない時はつけていなかった。
今日は気分はよかった。いつもより吐き気も少ない。
『えっと、じゃあ〜。楽しませてくれます?』
『わ! い、いいんですか?』
『楽しませてくれるなら〜、ね?』
ふふっと笑ってみせると男は顔を赤くした。
なんだか可愛いヒトだなあっと思うと、楽しくなってきた。
『ありがとうございます。ところで何処かにお出掛けの途中だったのですか?』
『ううん〜。ぶらぶらお散歩〜』
『それじゃあ、実はおすすめの場所があるんですよ。行ってみません?』
『楽しいの、そこ〜?』
『それはもちろん』
楽しい気分ではあった。
神風とデートした時のような虚しさはない。
あの頃に比べて気分が晴れていた。
『あ、申し送れました。僕はカノンっていいます』
『ホリンです〜』
『じゃあ、ホリンさん。よろしくね』
『は〜い』
格好いいのか可愛いのか、そんな魅力を持っているカノンと今日は遊ぶ。どう遊ばせてくれるのか、それなりに楽しみもあった。
天理は好き。
それでいい。それが大事だ。
天理が誰かと仲良くするから気分が悪くなるというのがおかしかった。
今にして思うと、どうしてあんな嫉妬をしてしまったのだろう。
本当に小さなことのような気がする。うじうじしすぎだった。
道中、天理を偶然見かけた。
天理はホリンに気付いていない。
天理が知らない男と一緒に遊んでいた。仲が良さそうだった。
前は見るだけで、想像するだけで吐き気がしていた。
だけど平気だった。
根性だって強くなった。
少し複雑な心境だったけど、でもこれくらいなら今は大丈夫だなって思えた。
多分、大丈夫。
カノンとのデートは楽しかった。
カノンはナンパしてきた割には、あまり遊びなれている様子もなく、途中途中でハズしてしまうこともあったが、それさえも一生懸命で見ていて楽しかった。
『カノンさんって慣れてないんですか、こういうの〜。でーと』
『……実はけっこう緊張してます』
『あらら……』
神風とデートをして、キスまで済ませたホリンは、妙な自信とちょっとした優越感に浸れた。
カノンの面倒を見てあげている。そんな心境だった。
『あの、ホリンさん………?』
『はいはい〜?』
『楽しかったですか、僕? なんか失敗してばかりで申し訳ないなって……。僕から声を掛けたのに』
カノンと一緒にいると、少し意地悪な答えをしてあげたくなる。オーディエの気持ちがよく分かる。
『ん〜。楽しめたと思います?』
『ご、ごめんなさい』
『ふふ〜。楽しかったですよぅ。今日はありがとでした〜』
あははっとまた頬を掻いて笑うカノン。ホリンも笑った。
また会えないか、と聞かれたので会いたいです、と返事しておいた。
久しく晴れた一日だった。
もしかしたら雨が降っていたのかもしれないけれど、晴れている気もした。
そういうのをなんていうのか調べて見た。
天気雨というらしい。
知らなかった。
学校から帰ってくると、いつものようにシャワーを浴びパジャマに着替え、パソコンを起動させてリレーターを立ち上げた。
今日はオーディエに会いたかった。
カノンと遊んで楽しかったという話がしたかった。天理とお話するのはやっぱり緊張するので、オーディエに聞いて欲しかった。
『こんにちはです、おーでぃちゃん』
『ん? ホリンちゃん?』
『えっと。実は案外けっこうお久しぶり、なのかな』
『うんうん、お久しぶりかも。ん、と。ホリンちゃんどうしたの? いつもとちがうね? チューして欲しいの?』
『ふぇ?』
いつもと違うと言われてドキっとした。
『な、なんで?』
『いつもの語尾の〜ってのがないもん』
『あぅ……』
本当にオーディエにはなんでも見通されてしまう。
『おーでぃちゃんって…………。すごいよね………』
『ふふ………☆ どうしたの?』
『あたし。やっぱりおーでぃちゃんには適わないや……』
『困ったことがあったらおーでぃちゃんに頼ってくださいな♪ 前も言ったけど、私頼られると嬉しい人です☆』
『ふに……』
『で、どうしたの? 天理ちゃんがネットやめるかもってのを聞いて落ち込んでるのかな?』
『ううん、大丈夫。へーきへっちゃら』
『そう? また泣いてるかと思ったんだけどな……』
『あたしはもうてんりちゃんに甘えない。なんかね、やっぱあたしでも色々考えることはあったもん、ってかんじ……です』
『うんうん。いい答えです』
もう天理に甘えない。
そう努めている。
けど、やっぱりオーディエには適わない。隠し事ができない。
話していると、心の中の不安をなんでも吐露してしまう。それをあるいは甘えと言うのかもしれない。
『あのね、おーでぃちゃん……』
『うん?』
『やっぱ怖いです………』
『ふふ……☆ 私はホリンちゃんのそういう可愛いところも好きです♪』
ずっと虚勢を張って平気平気と言っていたから、そんな時はオーディエに甘えたくなる。オーディエも天理と同じく、いつもホリンの心を支えてくれる。
『ねえねえ? おーでぃちゃん〜……?』
『はいはい? なんでしょ☆』
『昨日デートしてきた……』
『へえ? 意外ですねぇ♪』
『そっかな……』
『んー。楽しかったですか?』
『うん』
『ふふ☆ なんかムリして平気平気いってるようにも聞こえるけど、でも、まあいい答え、かな』
『すぐそうやってお姉さん振る……』
『精神年齢は明らかに私のが上ですね……☆』
同い年なのに精神年齢が上。
一見悩みのなさそうなオーディエだけど、でもやっぱりなにか色々な事を経験してきたのかもしれない。
『どうしたの、ホリンちゃん?』
抱き締められたい。ネットでは身体を接触させることはできないけど、でも心で抱き締められたかった。抱き締められると、リレーターでは息遣いまでは分からなくても、心は少しだけ分かり合える。
『また、ぎゅ〜ってのしてもらっていい……?』
『くすくす……☆ 最近私の愛にホリンちゃんが振り向いてくれて嬉しい♪』
『へ、へんないいかたしないでよぅ〜………』
『あららら? ぎゅーっと抱き締めて、なんて普通ネットでお願いしないでしょ♪ へんなのはどっちなのかなー、この場合?』
『や、やだぁ〜………』
変なのは自分で痛い程分かっている。そこを突かれて苛められると胸がむずむずした。
『ふふふ☆ ホリンちゃんいじめるのは楽しいですね♪ 今日はいい夜です』
『ひどいよぅ………』
『ホリンちゃん征服♪』
『や〜ん………』
『まあ、意地悪はこのへんでおいといて。ホリンちゃんなんて私にかかればいつでもいじめられますしね』
『ふに……』
『抱き締めてほしいの?』
『う、うん……』
それから一呼吸置いて抱き締められた。
『ぎゅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ☆』
オーディエに抱き締められると勇気が沸いてくる。
恐怖を忘れられる。
嬉しかった。愛されていることが嬉しかった。
だから前に一歩を踏み出せる。
踏み出さなきゃいけない一歩の手助けをしてくれるオーディエには感謝した。
そして、そんなオーディエを天理と同じくらい好きなのだと再確認できた。
好きだからこそ抱き締められたら嬉しいのだ。
『ふふ〜☆ ホリンちゃんってまるでレヅの人みたいですね♪』
『れづ…って。そんないいかた非道いよぅ……』
こんなに苛められてもオーディエだから許せてしまう。
オーディエが大好きだ。
今日は天理がネットをできる最期の日だ。
いつものように学校から帰ってきてシャワーを浴び、パジャマに着替えてパソコンの前に座った。
聖板の中で中の良かった数人でリレーターを使って天理を見送った。
それから仮想都市の廃屋のいつものメンバーと別れを惜しんだ。ラルクも天理との別れを悲しんでいたようだが、引退の理由を強引に聞き出すなどはせず、特に無茶な事は言い出さなかった。ラルクも天理の事を本当に好きだったような気がする。
聖板での送別と廃屋での送別。ホリンは両方に出席した。
送別会も終焉へと近づいた時、天理に耳打ちされた。
あの草原まで来て欲しい、と。
見上げると満月だった。満月の光だけが辺りを照らしていた。横を見れば川が流れている。森からあの川に流されてきたのだ。天理と都市で始めて会った時もそう。
しばらく物思いに耽っていると、草木を踏み分けて、ずっと穂梨が想い焦がれていた天理が姿を見せた。
『おまたせ、ホリンちゃん』
『いっぱい待ったよ〜』
『ごめんねっ。なかなか抜け出せなくて』
『もうちょっとで都市消して寝ちゃうとこでしたよぅ〜……』
『ふふ。そんなことムリなくせに……』
『む〜……』
『冗談です。待たせてごめんなさいね』
『ううん』
天理が川辺に座ったので、ホリンもその隣に座った。
優しい風が吹けば草が煽られ、川の水面に波紋が立つ。暫くそれを二人で眺めていた。
気分は落ち着いていた。
悲しくて寂しいけど、それでも心は穏やかだった。
『今日でお別れです、ホリンちゃん』
『うん……』
『ホリンちゃんの気持ちは知ってるけど……。結局天理はホリンちゃんにはなにもしてあげられなかったですね……』
『ううん』
『もう独りで大丈夫ですか、ホリンちゃん?』
『うん。へーきへっちゃら』
全然大丈夫じゃない。
寂しさの涙が止まらない。
だけど、元気に天理を見送りたかった。
『へーきなの。こうみえても、あたしは根性あるんですよ、てんりちゃん?』
『うん……』
『あはは〜っ……』
『……』
『あぅ……』
全然笑う気分でもないのに笑ってしまうと、メッキは当然のように剥がれだした。
『う……うぅっ………!』
やっぱり天理に涙を見せてしまった。
『へーきって言わなきゃなのに、てんりちゃんいなくなると辛いよぅ……! 涙が止まらないよぅ……!』
『うん……』
『う、うんってなにさ………?』
『むりしてるのが見え見えだもん……』
やっぱり天理の目を誤魔化すなんてできていなかった。
『うぅ……!』
『ホリンちゃん……』
『いっぱい泣いていい……?』
『いいよ。大丈夫。友達がいなくなって泣くのは弱いことじゃないよ』
『うぅ………。もう会えないなんてやだぁ………! 苦しいよぅ……! 胸が痛いよぅ……!』
『うん』
こうやって会話できるのが、最後だなんて信じたくない。
何気なくどんなことでも話す事のできた友達が消えようとしている。なのにそれを止める事ができない。
『痛い苦しい! 痛い! 痛い痛いいたいいたいいたい………! 張り裂けそう! 胸が痛いよぅ………!』
『みんな痛いんだよ……?』
『う……?』
『自分だけが 痛い なんて思ったらダメ。痛いのはホリンちゃんだけじゃない。みんなそう』
『わかってる、そんなの……!』
『天理だって痛いんです……』
『うん……!』
『ホリンちゃん……』
『苦しいよぅ……!』
『いっぱい泣いていい……よ。全部天理が聞く』
『うあーーーーん……!』
文字で泣きながら、リアルでも泣いた。
キーボードを叩いて、手の甲で涙を拭って、モニターをよく見て天理の最後の姿を目に焼き付ける。
永遠だと想っていた。
天理との関係。
永遠なんてないのはみんな知ってるのに、でもいざ当事者にならないと分からない。
悲しさと寂しさ、頭痛と吐き気に際限がない。
半永遠があるのなら、それはこの頭痛と吐き気。
死ぬまで消えない。
もし天国や地獄があったとして、そこに霊が逝き、その時記憶が連続しているのなら、あの世でも苦しむ。
天理との想い出がある限り、この苦痛は止まらない。
だけどそれでもいい。
天理の想いに浸って永遠に苦しめるのなら、それでもいい。
吐き気がしてもいい。
この嘔吐感が天理の置いていってくれたものなら喜んでそこに浸る。
本当は吐き気なんか嫌いだ。
だけど、どんな選択を取っても吐き気を覚えることが確定事項なら、天理のくれた吐き気がいい。
悲しいけどそれでいい。
心が痛みの深遠に沈んでいく。
悲しさの底辺に落ちていく。
天理に言われた。
負けないでね、と。
天理がいなくても頑張ってね、と。
天理に言われたなら……言う事は聞く。
『ホリンちゃん』
『ホリンちゃん……?』
『もう寝ちゃいました?』
『泣き疲れて寝ちゃいました?』
『じゃあ、ホリンちゃん……』
『天理はそろそろ落ちますね……?』
『ホリンちゃん』
『今までありがとう……』
ぎゅっと天理は抱き締めてくれた。
『天理がこうして抱き締めてあげられるのも最後……かな……?』
『うん……? なに?』
『どうしたの?』
『てんりちゃん、ありがと……』
『うん』
『また、いつか………ね。ホリンちゃん』
『いつかっていつ……?』
『ホリンちゃんが強くなった時……かな』
『うん……』
『またね、ホリンちゃん……』
ずっと天理は川辺から姿を消した。
天理がいなくなっても、ホリンはそこから動かなかった。
川の流れをじっとみていると。
時間の流れを連想して想い出が蘇った。
流れていく。
感情も思考も頭痛も吐き気も流れていく。
なにもかもが流れていく。
夢だと思いたい。
今はなにも考えたくない。