DuetNet∩eclopse 〜デュエットネット∧イクリプス〜』 二重引き篭もりと幻想、嘔吐と頭痛の果てに閃きをみた

 Log.6 休息


 

 

 カレンダーを見ると、もう年も終わりに近づいていた。

 ずっと仮想都市をやっていた気がする。

 楽しかった事、それ以上に痛々しかった出来事、天理とオーディエに怒られた事。

 全部、胸の中にしまっておこう。

 天理を脅迫した事による羞恥心と罪悪感は今も消えない。

 思い出しただけで泣きそうになる。

 あの件は天理は許してくれた。オーディエも流してくれた。だけど胸の中では永久に消えない。

 この苦しみは罰だ。

 大事な友達相手に卑怯な手段を用いた罪、苦しめた罪への罰だ。

 だから甘んじて受け入れる。

 涙も吐き気も受け入れる。これは忘れてはいけない苦しみなのだから。

 

 

 今日もシャワーを浴びてパジャマに着替え、仮想都市を起動し、いつもの廃屋へいく。

 最近は天理に対して上手く声を掛けられない。

 会話している時、ついつい天理の顔色を伺ってしまう。緊張してしまう。ぎくしゃくしてしまう。自然に振る舞えない。

 意識しすぎなのだ。

 廃屋でゲームが開始されると、天理と紙風が座り込んで喋っていた。

『あ。ホリンちゃん、こんにちはー』

『こんにちはじゃ』

 ホリンのログインに気付いた二人はすぐに声を掛けてきてくれる。

 天理はいつも普通だ。普通に接してきてくれる。

 嬉しい。

 逆の見方をするならば、自分は既にこのような挨拶さえもできなくなってしまった。以前は普通に声を掛けられた。そう思うと悲しい。

『うん〜。こんにちはなの〜』

 もしも、誰か好きな男性が出来たなら、天理とも普通に接する事ができるかもしれない。天理に依存しすぎているからおかしな事になるのかもしれない。

 ちらりと紙風を見た。

 紙風は好きだ。ちゃんと好意も持っている。考えたらホリンが呼び捨てで名前を呼ぶのは紙風だけだ。天理やオーディエでさえも呼び捨てではない。

 ぼんやりと紙風とデートをする光景を想像してみた。

 仲が良さそうだった。

 だけど、やっぱりどこか寂しそうな自分がいるのも分かっていた。

 そもそも天理から離れるために、紙風とデートをするという考え方がおかしい。もっと根本的な問題をあげればネットワーク上でデートをしようという発想そのものがおかしい。

 だけど、なんとなく気分転換がしたかった。

 天理とではなく、他に好きな人と遊びたかった。オーディエでも紙風でも、他の誰かでも好きな人なら誰でもいい。

 今日は天理と上手く遊べる自信がなかった。

『紙風〜』

『ぬぬ?』

『ちょっと遊びにいきたいんだけどつきあってくんない〜?』

『なぬ?』

『てんりちゃん、紙風借りてっていい〜?』

『いいけど………』

『きまりねきまり〜』

『ワシの意志は関係なしかあああああああああああああああああああああ』

『ん、と〜……。嫌?』

『いや、かまわんて』

『ありがと〜。じゃいこ〜?』

『うむうむ』

『じゃあ、てんりちゃん、あたしちょっとデートいってきますね〜』

『なぬ? デート????』

『はーい。ごゆっくりどうぞー』

『またんかあああああああああああああああああああああああああ』

 紙風は叫んでいたけど、だけど大丈夫。

 紙風はホリンには優しい。今はその優しさに甘えたかった。

 

 

『で、なんじゃ、デートって』

 紙風を廃屋から連れ出し、誰もいない所まで来るとそんなことを聞かれた。

『恋人ごっこ〜』

『なんじゃそれは』

『あたしと〜』

『うむ』

『あなたが〜』

『うむうむ』

『恋人ごっこ〜』

『なんでじゃあああああああああああああああああああああああああああああああ』

『む〜……』

 喚き立てる紙風にホリンは上目使いでお願いしてみた。

『いいじゃん、デートくらい〜』

『ぬぬぬ……』

『う〜……。そりゃ、どうしても嫌ってならやめるけどさ〜……』

『いや、そりゃワシはホリン嫌いじゃないけど』

『うん』

『てか好きだけど』

『うん』

『むむむ……』

『む〜……』

『ワシ、前も言ったけど好きなヒトがいてな』

『いいじゃん、恋人ごっこなの〜。ごっこ〜。今日だけの遊びなの〜』

『ぬう……』

『ごっこなの〜。お遊びお遊び〜』

『うむ』

『だめ〜?』

『まあ、それでホリンの気が済むのなら……』

『や〜んっっ。紙風大好き〜っっ』

『うむうむ』

 デートをするには向いてない仲と会話だったが、これでもいいやと思う事にした。

 

 

 二人一緒に街を歩き、森を歩き、山を登ったりしてみた。なにかをするわけでもなく、だらだらと話ながら歩き回った。

『なんかゆっくりとしたかんじ〜』

『ぬぬ?』

『なんか、あたし最近ばたばたしてばっかだったもん〜』

『ほうほう。たまにはゆっくりするのもよいかも』

『だよね〜』

『うむ』

『で、紙風の好きなヒトって誰なの〜?』

『なぬ?』

『前、失恋とか聞いたら図星っぽかったじゃん〜? その時からちょこっとは気になってたのね〜』

『ぬぬぬ……』

『あんときはごめんね〜。ほんとにそうだとは思わなかったもん〜』

『まあ、かまわんて』

『で、どうなの〜? 好きなの〜? ラヴなの? ね、ね? どうなの?』

『まあそうであるような、ないような』

『ふ〜ん』

『うむ』

『なんか恋人ごっこしてる時にする会話じゃないのかも〜?』

『だーな』

『まあごっこだもんね〜』

『うむうむ』

『関係ないけどデートって普通なにするものなのかな〜?』

『そりゃあ』

『うん?』

『どっか遊びにいったりとか』

『いってるね〜』

『話したりとか』

『してるじゃん〜?』

『うむ』

『あとは〜?』

『知らん』

『なるほろ〜。紙風が振られるのも納得〜』

『ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 そしてまた歩き続けた。

 

 

 ほこらの前にきた。

 天理とラルクが子供を授かったというほこらだ。

『いってみよっか〜?』

『なぬ?』

『いいじゃんゲームだし〜』

『子供つくるのか?』

『ためしにね〜』

『いやじゃいやじゃいやじゃいやじゃあああああああああああああああああああああ』

『なんでさ〜っ?』

『ぬぬぬ………』

『ゲームじゃん』

『ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………』

『なになに?』

『人に見られたら恥ずかしいし』

『あなたはそんなガラじゃないでしょ〜』

『むむむ……』

『う〜……? どーしてもいやならやめるけど〜……?』

『いやとかじゃなくて』

『うん?』

『ほらあれ』

『〜?』

『ワシの好きなひとってホリンも知ってるヒトで』

『あ〜……』

 なんとなく予想がついた。いつもの廃屋にいる女性だと思った。

『念のためにきいとくと、あたしやてんりちゃんってオチじゃないよね〜?』

『ちがう』

『じゃあ消去法で女のヒトはあと一人しかいないから、まあ誰だかわかっちゃったんだけど〜……』

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

『でも振られたんでしょ〜?』

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

『あ〜、ごめんなさい〜……。だいじょ〜ぶ…………?』

『むー……』

『ん〜……。子供はやめとく〜?』

 紙風は少し困った顔をしていた。

『いや。別にいやとかじゃなくて』

『うん』

『ワシ、前振られたばっかで』

『うん』

『で、振られたばっかで、いきなりホリンと子供つくってるとか見られたら………』

『ああ〜……』

『ガクガク』

『なっとく〜』

『てか』

『ん?』

『もう振られとるのに、なんでワシそんなことこだわっとるんじゃ?』

『んー。わかんないでもないんだけどね〜………』

『むう……』

『あのひと子供いたよね〜。都市内で〜』

『いる』

『ちょっと聞きたいんだけどさ〜。紙風あなた、都市内でさ、子供云々のお話で好きなひとが、他のヒトと仲良くしてたらムカツクタイプ?』

『ぬう………』

 紙風は顎に手を当てて唸っている。

 そして困ったように口を開いた。

『そうかも。目の前でいちゃつかれると、ワシ……』

『うん?』

『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

『……』

『って、なる』

『ゲームなのにね〜』

『ほんまじゃ』

『あたしたち似てるのかも〜』

『似てるかも』

 仲間がいたような気になれてちょっと嬉しかった。

『で、子供どうしましょ〜』

『まあ…………。別にかまへんかも』

『いいの?』

『ううむぅ……』

『うん?』

『まあ、いいか』

『ホントにいいの〜っ?』

『かまへんかまへん』

『や〜ん……』

 嬉しいのか虚しいのかもよく分からない。

 とにかく子供を頂くためにほこらの奥に進む事になった。

 

 

『ホリン』

 ほこらの一番奥で子供を頂いているときに紙風に声を掛けられた。

『ん〜?』

『あのな、ワシな』

『うん』

『今月で都市やめるかも』

『……ふに?』

『やめないかも』

『……なんで?』

『ネットができなくなるかも』

『うん……』

『続けられるかも』

『紙風やめちゃうとさびしい……』

『ワシも寂しい』

『ネットやめちゃうのってさ〜。ネット死なのね。いなくなるっていうのは、もうあえなくなるってことは、ネットでは死んじゃうってことと意味一緒だから………』

『だなー』

『好きなヒトが死ぬのとか見たくない……』

『ワシもじゃ』

『ごめん〜………。家庭の事情?』

『うむ』

『あたし、こうみえても結構紙風好きだったんだよ?』

『ワシもホリン好き』

『ありがとー……』

 そっとキスしようとしたら、紙風も嫌がらずに受けてくれた。

 少しだけ癒された。

『あたし達ってなんかへんな関係〜……』

『なにが?』

『なんつーのかな〜。あたし達ってゆーか、ネットでのこういう関係……』

『ぬぬ』

『顔とか見えないのに………ヒトって好きとか嫌いになるっていうのが………なんか不思議〜……』

『だなー』

『ネット上でデートしたりとか〜………。あ、あのさ〜………。子供っていうのはさ、これは仮想都市っていうゲームのシステムだけど、でもデートそのものはあたしとあなたの二人のデートって思ってもいいのかな〜……?』

『そういうことになるかのー』

『ゲームとしてじゃなくて、ちゃんとしたデートって思っていいのかな……?』

『ぬぬぬ?』

『ん?』

『なんかホリン変』

『へんかも〜……』

『変なものでも食った?』

『そうやって茶化さないの』

『むう……。でもまあ……』

 紙風はそっぽを向いていった。

『ワシは嬉しい、ホリンとデート』

『うん〜っ』

 もういっかいキスしてみた。

 嬉しかった。

 

 

『ただいまです〜〜っ』

 紙風と分かれて廃屋に戻ると天理はまだいた。一人で子供の面倒をみていたようだ。

『おかえりなさい』

『でーとしてきた〜〜っ』

『おめでとー』

『でーとでーと』

『紙風さんと?』

『うん。まあ適当なかんじのデートだったけどそれなりに楽しかったっっ』

『よかったねー、ホリンちゃん』

『や〜ん……。てんりちゃん、あたしがどっかででーとしてもあんまり気にしてくんない〜………。普通、気になんない〜?』

『全然』

『む〜…………。あたしがてんりちゃん好きなの知ってるくせに意地悪だよぅ……』

『てんりは意地悪ですよ?』

『ふに〜………』

『ふふ……』

 今日も天理には年上振られているけど、それでも天理と話していると癒された。

 

 

 廃屋に来る前、ほこらを出た時に紙風に言われた事があった。

『ホリン』

『うん〜?』

『都市つらいんか?』

『うー? なんでそう思うの〜?』

『なんとなく』

『ううん〜……。へーきへーき〜………』

『むう……』

『まあ〜……』

『ぬぬ?』

『割と都市やめたいと思ったりすることはあるのね〜』

『なんでじゃ?』

『……てんりちゃんの件でもね〜…………あたし、今ネットだけでなくてリアルでも子供嫌いになっちゃったし〜………。子供みたらけっこう吐き気する……。都市だってね、てんりちゃんと遊んでる間は楽しいんだけどね。それ以外の時は都市つけてるだけで吐き気したりするかも。ラルクさんがてんりちゃんと仲良くしようとしてる日なんて最悪〜。やめたい思うことあるゆーか、すぐにでもやめたい思ってたりね〜…………』

『ううむ』

『でも、都市つけてないと、ほんとにてんりちゃんと遊べないもん………』

『ホリン』

『うん?』

『天理いない間はワシと遊ぼう』

『はえ?』

『だから都市は続けよう』

『あなた今月終わりでネット終わりなのかもでしょ〜…………?』

『いや、まあ多分大丈夫』

『むー……』

 また心配かけすぎている。

 よくないな、と思った。

 

 

『てんりちゃん〜?』

『なにー?』

『あのね〜』

『うん』

『あたしってかわいいと思う〜……?』

『……はい? なにいきなり?』

 天理は少し困った顔になって答えた。

『まあ…………そういう趣味の男のヒトならかわいいって思うんじゃない?』

『てんりちゃんはどう〜………?』

『なにが?』

『あたしをかわいいっておもう?』

『ああ、そう繋がるのね……』

『う、うん〜……』

『わかんない』

『ふに……』

『そもそも質問の意味が……』

『だからてんりちゃんから見て、あたしがかわいいかどうか〜………。って、あ、あのね。別にあたしはれづのヒトとか、ネットストーカーさんとかそんなんじゃないからねっ』

『だったら困るー』

『う、うん……』

『んーと、ホリンちゃんは…………そだねー』

『う……?』

『まあ、かわいいかな。ホリンちゃんは天理のかわいい大好きなお友達、です』

『ふにゃ……?』

『だからあんまり変なコトしちゃ駄目だよ』

 こつんと額を小突かれた。

 涙がぽろぽろと零れた。

 

 

 

 天理は大好きだし、紙風も大好きだ。

 オーディエも大好きだ。

 大好きな人達といつまでも一緒にいれたなら幸せなのにな、と思った。

 毎日こうやって、天理に意地悪されたり、額を小突かれたりしていたら幸せだ。

 

 

 紙風がネットワーク上から消えたら泣くのだろうか。

 泣くだろう。

 

 それではもしも天理が消えたら、と以前の天理の言葉を思い出して考えてみた。

 泣くくらいでは済まないという事が自分で分かっている。

 

 恨んで呪うのはラルクだけではない。

 天理に対してさえも黒くて嫌な感情を持つだろう。自分も嫌いになるだろう。

 

 何度も夢見た事。

 もしも大好きな人に捨てられるなら、自分の手首を切り落としてその人に見せ付けてやりたい。

 そんなことしてはいけない。それは分かってる。

 けど、どんなことをしても、天理の心から忘れられたくない。

 

 本当は宛て付けで自殺くらいしてやりたい。

 でも死ぬのは怖い。だから手首。

 手首を切るのも怖いけど、それでも分かって欲しい、この手首を切ってもいいという想いを。

 

 

 

 心が濁っているのが自分でも分かった。

 そんな未来は見たくない。

 

 

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