『DuetNet∩eclopse 〜デュエットネット∧イクリプス〜』 二重引き篭もりと幻想、嘔吐と頭痛の果てに閃きをみた
Log.5 命の盾
確かめたい事。
それがあるから今日もシャワーを浴び、パジャマに着替えてパソコンの前に座り都市を起動する。
『てんりちゃん、てんりちゃん〜っっ!』
都市を起動して廃屋でゲームが開始されるなり、ホリンは隣で座って皆を待っていた天理の肩を揺さぶって声を掛けた。都合がいいことに今日はまだ天理しか来ていない。
『…いきなりなに……?』
『でーとして〜っっ!』
『はあ?』
『でーとでーと! ちょっと付き合って欲しいの〜』
『よくわかんないけど、一緒にどっかに遊びにいきたいのね?』
『そう〜!』
『ん、と。天理は塾いかなきゃだから、もうちょっとしたら落ちなきゃなんだけど………。夜ででもいいかな?』
『わ? いいの?』
『うん、いいよ』
『やった〜〜! 夜でも全然おっけです〜っ! てんりちゃん大好き〜っっ!』
あまりに嬉しくて、ついつい天理に抱き付いてしまった。
ポカ! そんな効果音を鳴らして、画面の中でホリンは天理に殴られた。
『や〜んっ……!』
『いきなり抱き付くのは禁止っていつも言ってるでしょ』
殴られてもとても嬉しかった。
嬉しすぎて、身体がうきうきしていた。
夜まで時間があるので、久しぶりにパソコンから離れて、家の掃除でもする事にした。気分が良いと、自分から掃除をしようなんてさえ思ってしまう。
掃除が終わった後、まだ夕方なのに珍しく姉が家にいたので、今日は一緒に夕食を食べようという事になった。
機嫌のいい穂梨を見て、姉は「彼氏でもできたの?」などと聞いてきたので、穂梨はや〜んとのろけておいた。
彼氏なんていなくて、女の子が好きになっているなんて知られたら、いい笑い者にされてしまう。
けど、そんな後ろめたさを差し引いてもまだ、今日は気分がよかった。
夕食を終え都市を起動すると、いつものように廃屋から再開された。部屋の隅には紙風が座っている。
『紙風こんばんは〜』
『ぬおっっ?』
声を掛けると紙風は驚いたように跳び上がった。
『ぬおっっ? てなに〜?』
『びっくりした』
『ま、別にいいんだけど〜。で、なにしてんの〜、そんな端っこで〜?』
『うむむ…』
『うむむ〜……?』
『ほれ、あれ』
『あれ?』
『休憩じゃ』
『ああ、そうなん〜………』
『うむ』
『あはは〜。もしかして失恋したとか〜?』
『ぬおおおおおおおおおおおお』
冗談で言っただけなのに、紙風はのた打ち回って叫び出した。
『なんで知っとるんじゃあああああああああああああああ』
『あれ〜?』
『おおおおおおおおおおおおおおお』
『もしかして当たったの〜……?』
『ぬぬぬぬ』
『ごめんね〜……』
『ぬう……』
『ま、元気だしてよね〜』
『うむうむ、大丈夫じゃ。ワシはいつも元気じゃ』
『それはよかった〜』
『うむ』
『じゃあ、あたしはちょっと街でもぶらぶらしてくるね〜っ』
『おう』
『じゃね〜』
浮き足立って胸がどきどきしていても、あとで天理と遊ぶ事を考えたら不安になってしまう。
ちゃんと言いたい事を言えるだろうか。
不安もあった。胃がきりっと痛む。
なんとなく分かっていた。
今の自分のこの明るさは、半ば精神的に追い詰められたヤケから来ている。
天理が振り向いてくれないなら、もうそれでもいい。嫌われてもいい。だけど、この想いは聞いて欲しい。天理の答えを聞きたい。
今はそれがホリンの全部だった。
約束の時間よりも五分早く待ち合わせ場所の街の東門に来たのに、天理はすでに待ってくれていた。
『てーんーりーちゃーんっ!』
天理にいきなり後ろからぎゅうっと抱きつくと、案の定ぽかっと頭を殴られた。
『だから。抱き付かないで、と何度も……。特に人のいる所では……』
『は〜い』
『次やったらマジ怒るからね?』
『え〜っっ。抱きついてるだけじゃん〜っ』
『恥ずかしいの、天理が』
『は〜い……』
『で、どこにいく予定だったの?』
『ん、と……。う〜………んと……』
『?』
『それはあとでいいから。たまにはお買い物とか街の中をぶらぶらするのを付き合って欲しかったの〜』
『うん。じゃあ、ここ人多いからとりあえず移動しよっか?』
『うん〜』
賑わう夜の街を天理と二人で歩き回り、一緒に買い物をしたり、ミニゲームを楽しんだりした。
天理と一緒にいる時間はすごく楽しい。嫌なことも忘れられる。
だけど怖さはいつも忘れられない。
天理に拒絶されるのが怖い。どうなるかは分からない。だけど、今日天理に言いたい事は言う。振られても嫌われてもいい。
こんなに胸が切ない状態を持続させることなんてできない。
全部言う。
『てんりちゃん、こっちこっち〜』
『ん?』
誰もいない古びたワンルームの空家に天理を誘ってみた。入ってくるなり天理が意外そうに首を傾げた。
『どうしたの、こんな部屋? 買ったの?』
『たまたま空家みつけたの〜』
『持ち主さんいないの?』
『調べてみたけど空家空家〜。で、さっきね、お役所さんに交渉したら、あたしにここ使う権利まわってきたの〜』
『へえ』
『らっき〜』
『ホリンちゃん、ここに引っ越すの?』
『あ。ん、と〜。まだわかんない〜』
『ん……』
ベッドに飛び乗ってみた。
ぽーんとホリンの身体が反動で撥ね上がる。
『みてみて〜、てんりちゃん〜。すごい弾力〜。ベッドがぽよんぽよんしてる〜』
『ホリンちゃん、あんまり足ばたつかせると………パンツ見えるよ?』
『や〜んっっ。そんなトコばっかみないでよう〜っっ……!』
『見てるんじゃなくて見えるの……』
『む〜……。てんりちゃん、ノリが悪いなぁ〜』
『なんのノリさ?』
『てんりちゃん、見た目は清純そうだから街中でパンツ見せます、いっかいいくらとかでお金とったら儲かりそう〜』
『……帰っていいですか?』
『だめだめ〜』
『はぁ……』
『あたし、なんだか遊びすぎて疲れちゃったです〜………』
『天理も疲れました……ほんっと〜に!』
『や〜ん。てんりちゃん、言葉にトゲがあるよぅ〜』
『ホリンちゃんは最近セクハラがひどいです』
『むにゅ〜……。セクハラなんてしてないもん〜……!』
『そうかなぁ?』
ぽよんぽよんと撥ねるのをやめてベッドの上で寝転がった。
『あ〜……。こんなベッド、ホントに欲しいな〜』
『うん』
『疲れちゃった〜。このまま寝たい〜』
『じゃあ、おやすみなさい』
『あ〜、もう、冷たいよぅ〜。てんりちゃんも一緒に寝ようよ〜。ほらここ、ここ〜』
ベッドはホリン一人には十分すぎる程広い。隣をぽんぽんと叩いてみた。
『天理は女の子と一緒の布団で寝るような趣味はないです』
『えー! 一緒のベッドで寝たかったのにぃ〜!』
『い・や』
『あぅ……』
『むぅ。あたりまえでしょー……』
『けちぃ〜……』
言おう。今日はそのために天理に付き合ってもらった。
今がいい。今言わなければならない。
『あ、あの、てんりちゃん…………!』
『ん?』
『だ、大事なお話があるの!』
『……なに…?』
深呼吸しても落ち着かない。キーボードを打つ手が震える。
今から言う事はむちゃくちゃだ。
半分脅しが入っているようなものだ。だけど、全部を捨ててでも天理に言いたいことがあった。
『あたしのネット生命全部かけてもいいっ! だめなら都市も聖板もリレーターもメールアドレスも全部捨ててもいいっ! 都市、てんりちゃんとここで暮らしたいの!』
『え……?』
『だめならあたしネットやめる……! 今の状態なら苦しいだけだもん! てんりちゃんにあたしを選んで欲しい……! ラルクさんよりあたしを選んで欲しい……!』
『ちょっと落ちついて………ね?』
『落ちついてるもんっ! ずっと三日くらい前から言っちゃおうと思ってたもん! やっと言えたもん!』
『…………』
『へ、返事は明日でいいっっ! ちゃんと考えた答え欲しいの! だめなら諦めるからっ! そんだけ覚悟決めていってるんだもん、あたし!』
『ホリンちゃん』
『あたし、今日はもう落ちる! おつかれさまでした!』
『ホリンちゃん、待って』
待ちたくない。
天理の静止を振りきって都市を終了させた。リレーターは終了させた。今残っても天理に説教されるだけだ。
こんな脅迫染みたやり方は駄目だという事はよく分かってる。だけど、天理と一緒にこの部屋で住みたいんじゃない。
答えが知りたかっただけだ。
自分のネット生命を盾に取ったら、天理はホリンとラルクとどちらを選んでくれるか。それが知りたかっただけだ。
もし駄目なら本当にネット生命を捨てる。それだけの覚悟は持って聞いた。
どう転んでもいい。
言いたいことは言った。
今日はもうなにも考えずに眠りたかった。
結局夜は殆ど眠れず、学校では眠すぎて吐き気を覚えた。
大丈夫だ、と言い聞かせる。心労による胃の痛みから発生する吐き気よりはずっと楽だ。
だけど、学校で授業を受けていると不安になる。そして、あんな脅迫染みたやり方で天理にお願いした事が胸をちくちくさせる。やはり今日もいつもの吐き気はあった。
シャープペンシルの芯が何度もぽきぽき折れる。消しゴムをついつい細かく千切ってしまう。
落ち着かなかった。
落ち着きのなさと眠気が手伝って、結局今日は体調不良という事で学校を早退させてもらう事にした。
家に帰ってすぐにベッドの中に入った。
眠かった。
今は本当なら学校に行っている時間なので、パソコンに触るわけにはいかない。おとなしく夕方まで寝ていよう。
胸が切なくて苦しかった。
夢をみていた。
仮想都市を初めてプレイした頃の夢だった。
不安なんてなにもなかった。毎日が楽しかった。もちろん胃の痛みも吐き気もなかった。
天理と遊んでいた。
幸せな時だった。でも、あの時はあれが普通だと思っていた。
目が覚めるともう夜だった。
楽しい夢をみて目が覚めると気が滅入る。永久に夢をみていたかった。夢の中は楽しかった。
楽しかった夢の中。涙が滲み出た。
今日も家には誰もいない。
いつものようにシャワーを浴びて、パジャマに着替えてからパソコンの前に座った。ごはんを食べる気にはなれなかった。
緊張気味にリレーターを起動する。
だけど天理はいなかった。
心臓を鷲掴みされたような気になった。いつも天理はこの時間にはいる。
昨日の事を気にしているのだろうか。答えを窮しているのだろうか。こんな脅迫紛いのことをしているホリンに愛想を尽かしたのかもしれない。
胃が苦しくて口の中が酸っぱくなってきた。
『ホリンちゃん?』
オーディエから声を掛けられた。
ドキリと心臓が高鳴った。
『は、はい〜?』
『今、時間あります?』
『あ、ある〜………』
『そう』
『う〜……』
『ホリンちゃん』
『はぃ……』
『まあ分かってるみたいだけど、私怒ってます』
『あぅ……』
『めちゃくちゃ怒ってます』
『う……』
『天理ちゃんから聞きました。ホリンちゃんが自分の引退を盾に一緒に暮らしたい〜みたいなこと』
『ん……』
『あのね、ホリンちゃん』
『はい……』
『私が怒ってる理由わかる?』
『姑息なこと………』
『それもあるんだけど…………天理ちゃんの気持ちになって考えてみなよ』
『てんりちゃんのきもち……』
『いい? ネットを引退するって意味わかる? もう会えなくなるっていう事なの。ネット死ってことなの』
『う、うん……』
『そ・れ・を! 天理ちゃんに押しつけるってのは、いくらなんでもだめでしょ! 天理ちゃんがもしもホリンちゃんが引退しなきゃいけない選択とらなきゃいけない場合ってのを考えた? ホリンちゃんは駄目なら引退してもいいくらいの覚悟はあったかもだけど、その時天理ちゃんの気持ち考えた? 自分のせいで友達が引退するのってわかる?』
言葉が胸にざくざくと刺さる。
刺さりすぎて痛すぎて涙がぽろぽろと零れた。
『あたし、ばかです………!』
『もう……! 天理ちゃん困ってたよ?』
『あぅ……』
『えらそうなこと言っちゃってごめんね。でも、さすがにちょっとカっとなっちゃった、私』
『ううん……。あたしがばかなだけだから…………怒ってくれてありがと………』
『むー……。ホリンちゃん?』
『う……?』
『ちょっとパニくってるのかな、ホリンちゃん』
『そうかも……』
『ふむ……』
『なんていうか……………。あたし、ばかすぎて自分が嫌いになれそう……。こんな非道い手段取って、てんりちゃん困らせて、おーでぃちゃんに怒られて、人間として恥ずかしくて……』
『うんうん。反省してるじゃない。いいじゃん、もう』
『はぁ……』
『溜息おおいね』
『うん……』
『なになに? 落ち込んじゃったの?』
『うん……』
『いちいちかわいいなぁ、ホリンちゃん♪ ほらほら、ちゅっ☆ ちゅっ☆』
『むにぃ……』
『泣いてるでしょ?』
『うん……』
『ふふ〜☆ ホリンちゃん、泣かしちゃった。なんかすっきり♪』
『はぅ……』
『冗談ですってば☆』
『おーでぃちゃん、きらい〜……』
『嫌われちゃった』
『あ、あの……』
『うん?』
『ありがと……』
『ん……☆』
『後でてんりちゃんきたらあやまっとく………』
『うんうん』
なにしてるんだろうと自分で自分の胸を掻き毟った。
駄目だ。
昨日は冷静ではなかった。
ずっと待っていて胃が苦しくなってきた。よく考えたら今日は朝からなにも食べていない。食べる気もしない。
おなかはすいているのに食欲がない。胃が空腹を訴える音を鳴らしているのだ、ずっと。だけどなにも食べたくない。
夜中までずっと待ってると天理がリレーターにサインインしてきた。
天理から声をかけられたくなかった。先に謝りたかった。
『ごめんなさい! てんりちゃん………!』
『……ん』
『あたし、ばかでした………。おーでぃちゃんにも怒られた……。てんりちゃんのことなにも考えてなかった………』
『…うん………』
『お、怒ってる……?』
『この場合、怒ってない方が不思議かと……』
『はぃ……』
『むぅ……』
『あたし、なんかすごくばかです。最悪です………』
『そうだよ……』
『うん……』
『なんだかんだいって、ホリンちゃん一番やっちゃいけないことやってる』
『ごめんなさい……』
『天理からもごめんなさい……。ホリンちゃんがこんなことするまで追い詰めてるのは天理だよね……』
胃が痛かった。そんな言葉を天理に言わせたくなかった。
『ううん……。あたしが勝手に変なことばっかぐるぐる考えてやっちゃったことだから……』
『ん……』
『……あたしね、なんとなくわかってた…。吐き気がしてたのは、てんりちゃんと遊べないからじゃない。最近はよく遊んでるもん。その時は吐き気しない。でも一緒にいないと不安になって吐き気する。前はそんなことなかった。一日二日会わなくたって普通だった……』
『うん……』
『………これいったらてんりちゃんに嫌われそうでこわい………』
『言ってみて』
『でも……』
『いいよ……? 聞いてほしいんでしょ?』
天理に対して心に鍵なんて掛けていない。無防備だ。
だけど天理にはなにもかも、心の全部をみられても構わない。好きだから。
『もう言っちゃう。あたし、ラルクさんに嫉妬してる………』
『うん……』
『てんりちゃんがラルクさんと仲いいと胸がちくちくする……。もしてんりちゃんが私かラルクさんかどっちを選んでくれるとか、そんなこと考えたら吐き気がとまんなくなる。怖くて胃がいたくなって……。それでこんなことしちゃって……』
『まあ、なんとなく想像できてました。そうだろうなって……』
『ねえ、てんりちゃん……』
『……うん?』
『あたしね……。あんな脅迫染みたことやってでも…………それでも確かめたいことがあった………。引退を盾に、ぎりぎりの崖っぷちに自分をおいて、それでてんりちゃんがあたしを取ってくれるかどうか………。それが知りたかった………』
『うん……』
返事が来るのに少し時間がかかった。
指先が冷たくかじかんで、血液が逆流する思いの時間だった。
『……もし昨日のが本気だったとしても、天理はホリンちゃんのお願いは答えられないです』
『はい……』
振られた……。今回は胸ではなくて頭に突き刺さった。頭痛が激しくなる。吐き気じゃなくて、涙が滲み出た。
『いい……です。答えが聞きたかっただけだから…………。それがラルクさんなら……それも仕方ないって思ってます……』
『………』
『…………』
『天理は……』
『うん……』
『どっちかしか選ばなきゃならないんだったら………』
『え……?』
『どっちもいらない…………』
今度は恥ずかしかった。
なんて非道いことをしたのだろうと、今になって罪悪感と羞恥心で胃がきりきりと痛んだ。
『天理はホリンちゃんもラルクさんも大好きです………。どっちか片方とかそんなこと選びたくない……』
『ごめんなさい、ごめんなさい………! 私、やっぱりばかだった……!』
『うん……』
『てんりちゃん試すみたいなことして……! 自分が情けないです………』
『ん……』
『怒って……よぅ……。ばかなあたしを……!』
『ううん…』
『あたしだって………てんりちゃんと紙風とか………おーでぃちゃんどれかなんていわれたら………選べないのに……! それとおんなじなのに……!』
『…………』
『非道い人間でした、あたし………』
自分が屑に見えて嫌だった。嫌過ぎて吐き気を覚えた。
いつもの吐き気とは違う。羞恥心や罪悪感から来るものだった。
『ごめんなさいごめんなさい……』
胸が痛い。
痛々しい、とても。
『やっぱり天理、ホリンちゃんを苦しめちゃってるね』
『あたしが勝手に痛がってるだけだもん…………』
『天理ね、前から思ってたのね』
『え……?』
『ホリンちゃんが天理を好きになりすぎて…………。それが原因で人間関係こじれるくらいなら、その前にネットから引退するつもりでした』
その文字を見て心臓が冷たくなるように、全身に鳥肌が立った。
天理と会えなくなる。振られる。捨てられる。そんな自分を想像したくない。
『…いや……そんなのいやぁ………!』
いや、いや、と言いながらキーボードを叩いていたら、悲しくて泣いた。泣きながらキーボードを打った。いや、いや、と。
それから少し落ち着いて謝った。
『…ごめんなさい。あたしが悪いんだよね……』
『さっきは選べないっていったけどね……。あれはまだ表面的な天理だよ……。本当の天理は面倒に巻き込まれるのを避けている、いつも……』
『うん……』
『いつも天理はそう。天理は友達はいるけど親友いないのね』
『ん……』
『だから裏切りもするし、裏切られたりもする。薄く浅い関係ばっかり』
苦しい。
天理の冷たい言葉が胸に刺さって痛くなる。
『ホリンちゃんは天理のなにをみてきたのかな……。優しいと思ってた?』
『思ってた……さっきも……どっちも選べないって………』
『ネットって相手の悪い部分見えにくいもんね』
『…うん……』
『天理はけっこう冷たいよ? 縁だってその気になったら切れる』
天理の打つ一文字一文字が冷たくて怖い。
恐怖さえ覚えた。
『あの……』
『ん?』
『…縁きれるって…………あたしとも……?』
『どうだろうね。切れるかもしれないし、切れないかもしれない。わからないよ、そんなの。その時にならないと、ね』
『でも……。こうなる前にネット引退するべきだったって…………』
『もう問題起こっちゃったしね。今更やめたってなんにもならないでしょ。だからこれからのことはわかんない』
『ごめんなさい……』
『いいよ』
『ん……』
『んー。あのね、ホリンちゃん』
『…なに……?』
『ホリンちゃんはどうしたいのかな?』
したいことなんてなにもない。
幸せになりたい。
『…わかんない……』
『じゃあ、天理にもわかんないです』
『だって……あたし、てんりちゃんといたいけど…………でも、だからっててんりちゃんと一緒にいたいとか、ラルクさんより私を選んでとか…………あたしにそんなこと言う権利もないし…そんなお願いはしたくない…………』
『あたりまえです』
『はぅ……』
『天理はホリンちゃんのものじゃないです』
『……それはわかってて。だからずっとてんりちゃんに聞いてほしいことあったけど、でもなにもいえなくて………………だけど苦しくて。胸が痛くて………けど、てんりちゃんにそんなこと言ったらだめで…………ずっとなにもいえなくて…………で、昨日はついあんなことお願いしちゃって………』
『むぅ…………。極端だなぁ……』
『怖いの……』
『ん?』
『てんりちゃん、もしかしたらネットやめるかもしれないって……。考えたらこわいの……。苦しい。さっきからキーボード打つ手ががたがた震えて涙も止まらないの……こわくて……』
『んー。大丈夫だよ』
『う……?』
『ネットやめるって言ったのはあくまで最終手段。てゆーか、もし天理がホントにそんな選択するならそっちのがすごいくらいだよ?』
『ん……』
『やめないやめない。大丈夫』
『うん………』
『…なんか話の流れ的にホリンちゃんを追い詰めちゃったかな………?』
『へーき……』
『へーきっぽい返事じゃないなぁ……。大丈夫だよ』
『うん……』
さっきまで回線越しに伝わってきていた天理の冷たさは今はもう感じない。モニターから伝わってくるのはいつもの優しい天理の空気だ。
だけど、ここまで聞いたら覚悟を決めて、天理に一つだけ約束して欲しいことがあった。
『てんりちゃん、おねがいがあるの……』
『なに?』
『考えたくないけど…………もしもあたしが天理ちゃんに愛想つかされて捨てられるなら…………我慢もできないし………耐えられないかもだけど』
『うん……』
『でも………一個だけお願い………』
『なに?』
『もしも会えなくなるなら…………リレでもメールでもいいから…………。最後に会えなくなるって教えて………。知らない間にいなくなったらとか考えたら…………ちょっと会えない間に、もしかしたらもう引退したとか考えたらこわいから…………』
『うん』
『聞くのは辛いけど………。でも、もし引退するなら最後にその旨あたしに教えてください…………』
『…んー……』
少しの沈黙のあと天理は答えてくれた。
『わかった。約束する』
『うん………』
たくさん泣いた。
キーボードに涙が零れる。
『はぅぅ、てんりちゃん………。涙がとまらないよぅ……』
『うん………』
『ごめんなさい………。あたし、てんりちゃんに迷惑ばっかりかけてる………。都市やめるとか、そんな遠まわしな言い方でてんりちゃんの気を引こうとしたり………。ホントはわかってたもん。てんりちゃんがあたしのこと、私が吐き気いっぱいで調子悪いの知ってるって………。だって、あたし、てんりちゃんの気を引きたくて、わざとてんりちゃんの前で調子悪そうにしたり………』
『知ってるよ。ホリンちゃん、わかっててやってるんだろうなって。天理とかみんなに心配してほしかったんだろうなって』
『あたし、ばかで……。てんりちゃんに心配かけて………まわりくどいことばっかやって………自分が情けなくて………! すごくばかみたいで……』
『いいよ……?』
『う……?』
『馬鹿なことでも天理が受け止める……』
『はうぅ〜………』
『ちゃんと天理が怒るから……』
すごく愛されてる。
けど、天理の冷たさも垣間見えた。
天理の冷酷な言葉は怖い。
だけど、優しい言葉は心が癒される。
少しだけ、ほんの少しだけ。
今までなにも知らなかった天理の一面が見えたような気がした。