『DuetNet∩eclopse 〜デュエットネット∧イクリプス〜』 二重引き篭もりと幻想、嘔吐と頭痛の果てに閃きをみた
Log.3 二重引き篭もり
シャワーを浴びて、パジャマに着替え、パソコンの前に座る。
いつものように都市を起動させようと思ったが、今日はまずリレーターを起動させる事にした。ここ数日、どうせ都市を始めたらリレーターが使えなくなるという理由からか、ついつい面倒になってリレーターに触れていなかった。
リレーターを起動すると、サインイン者の中にはオーディエがいた。
『あ、ホリンちゃんだ☆』
『ただいまなの〜』
『おかえりぃ♪ & おひさしぶり☆』
『お久しぶりって程でもないじゃん〜』
『三日は喋ってないよ☆ ホリンちゃん全然サインしてないもん。天理ちゃんも』
『にゅぅ〜……。都市が……都市がぁ〜………』
『ホリンちゃん、はまりすぎ……』
『そ〜なのね〜。で、なんか夜遅くまでやっててねぇ〜。ガッコ、もうねむくてだるくて〜………。つっかれちゃったぁ〜』
『だめだめじゃん☆』
『うにゃぁ〜………。あたしはでりけーとだから、眠たくなったらガッコでも寝ちゃうんだよぅ〜……。おーでぃちゃんみたいに頑丈じゃないもん〜』
『デリケートじゃなくて虚弱、怠惰っていうんです、ホリンちゃんのは』
『む〜……』
『で、今日も都市?』
『もう少ししたら始めようかなって〜』
『そんなにおもしろいんだ?』
『うん〜、とっても〜。なんつーかねぇ、あそこってね、ホントに生活してる〜っってカンジでね〜…………こう、夢中になっちゃって、まあそんなの〜』
『ホリンちゃん、ここんとこずっとリレ落ちてるし、聖板に来る時間も減ってるし』
『あぅあぅ……。そんなに減っちゃってる〜………?』
『激減してます☆』
『やぁ〜ん』
『あはは♪ そんだけ面白いんでしょ?』
『う、うん〜。なんかもうハマりまくってる〜』
『ま、ちゃんと夜は寝るようにね。毎日徹夜でやってたらだめだよ☆』
『はぁい〜……』
『身体には気をつけないとねぇ』
『う、うん〜……』
『きゃはは☆ 今日もホリンちゃんは素直だねぇ♪ かわいいかわいい』
『む〜……。もう都市いってくるもん〜……』
『はいはい♪ じゃ、またねぇ♪』
『またねぇ〜』
オーディエとの会話ウインドウを閉じ、仮想都市を起動させた。今日も都市での生活を満喫するのだ。
やっぱり病んでるな、とまた思った。
ホリンが立っていたのは都市の外れの方にある廃屋の中だった。この辺りは寂れていて、昼間なのに誰もいない。ホリン達も溜まり場にするには都合が良かった。
ホリンが現れた目の前に、天理は座って待っててくれていた。
『てんりちゃん、おっまたせぇ〜』
『待ったよ』
『や〜ん。てんりちゃん意地悪〜』
『まあいいんだけど。もう一人待ってる人いるし』
『はえ? 誰かここに来るの?』
『うん。昨日山にいった時にあった人がいるの』
『ん〜? どんなひと〜?』
『男の人』
『はえ……?』
『おとこのひと』
胸がちくりとした。
駄目、女の子なのに、と穂梨は頭を横に振った。
『なになにそれ〜? どういうお知り合いなの〜?』
『昨日ね、森で変な怪物に襲われたの。で、助けてもらったんだけどね。ちょっと話し込んでたら、また会いたいって』
『そ、そうなんだ〜………』
『うん』
『む〜……』
『どうしたの?』
『てんりちゃんが男の人といちゃいちゃするのってむかつく〜……!』
『いちゃいちゃって…………。ちょっと喋っただけだよ?』
『別にいいですもん〜。てんりちゃんきらい〜』
『子供染みてるなぁ……』
天理が溜息を吐くような動作を見せた時、入り口の扉が開いた。男が四人、女が二人入ってくる。
『天理ちゃん。お待たせ』
男の一人が天理の前に歩いてきた。男にカーソルを合わせるとラルクという名前が表示された。
『昨日いってた仲間を連れてきたよ』
ラルクはホリンなど目にも入っていないように天理に話しかけている。
『こんにちは、みなさん。天理です』
天理の言葉にラルクの仲間達はみな自己紹介を始めた。その間、ホリンはそれを見ているだけだった。
それに天理が気付いたのか、ホリンを紹介してくれた。
『このコが昨日いってたホリンちゃんです』
『あ、よろしくね、ホリンちゃん。ラルクです』
『は〜い、ホリンです。こっちこそよろしくですね〜』
なんだか釈然としないが、ホリンはにこやかな笑顔を返しておいた。
釈然としない。
しないが我慢した。
夕食の後、みんなで洞窟に出掛ける事になった。
天理は他のみんなと仲良く話し、ホリンは自分でも意外と思えることにラルクと話しながら歩いていた。
『天理ちゃんとはその掲示板で知り合ったんだ?』
『聖板っていうの〜』
『どれくらいの付き合いなの?』
『半年くらいかな〜』
『仲いいよね』
『うん〜』
『いいなぁ』
『あはは〜』
やっぱりか、と思いまた胸がちくりとした。よく考えたらラルクは、わざわざ天理に会うために廃屋にまできたのだ。
けど、別に悪い人じゃあないなとは思った。
ゲームをやめる前、ラルク達にメールアドレスを訪ねられた。今後も一緒に遊びたいとの事だ。
隣を見ると天理は二つ返事で了承し、メールアドレスを教えていた。甘いなぁと思いつつも、仕方ないのでホリンもメールアドレスを教えた。
更にリレーターを使ってるかと聞かれたら、ホリンが答えるよりも早く天理が頷いていた。ラルクが都市をプレイしていない時でも会いたいというので、天理は自分のリレーターアドレスを教えた。話の流れでホリンも教える事になった。
こうして、ここにいる全員が今日から一つチームになった。
ラルクが天理に好意を持っているのがひしひしと感じられた。楽しくない。
天理がまんざらでもないのが拍車を掛けて楽しくなかった。
だけどそれを顔に出すと良くない結果になりそうなので、ホリンも皆に楽しそうな表情を見せておいた。
パソコンを切って入浴して、さっさと寝ようと思っていたら、ちょうどその時に姉が帰ってきた。
玄関で出迎えるや、姉は半分寝ぼけるように穂梨に寄り掛かってきた。お酒のにおいがぷんぷんする。酔っ払っていた。
穂梨に抱き付いてくる。
姉をなんとか寝室まで連れていきベッドに寝かせておいた。
穂梨は身体に移ったお酒のにおいを落とすためにもう一度入浴した。そういえば久しぶりに都市以外で人と関わった気がした。
姉の可愛い寝顔を見ていたら、都市で覚えたいらいらが多少は和らいだ気がしたので、今日は姉に感謝することにした。
そう、よくよく考えたらただのゲームだ。いらいらする程の事ではない。
それ以前に天理とは女の子同士だという事に、穂梨はまた赤面してベッドに飛び込み、掛け布団に抱き付いて、ごろごろと転がって恥ずかしさに耐えた。
今日もいつものようにシャワーを浴びてパジャマに着替えて、仮想都市を起動する。
立っていたのはすっかり住みついてしまっている廃屋。皆座って談笑していた。ホリンが来た事に気付くと皆挨拶してくるので、ホリンもそれに答えておいた。
ホリンの隣に男が座った。
『ホリン』
『あ、かみかぜ〜』
『学校終わったところか?』
『うん〜』
『ほうほう。中学生は学校さえ行ってたらいいんだから気楽でいいのう』
『はいはい〜。どーせ気楽ですよ〜』
紙風はいつも最初にホリンに話しかけてくれる。大事に思われてるようで嬉しい。
『あ。ねえねえ、紙風〜?』
『ぬ?』
『ラルクさんとてんりちゃんは〜?』
『さっき二人でほこらにいった』
『そうなんだ〜……』
最近は天理に遊んでもらってない。天理はよくラルクと一緒にいる。
基本的に天理の方が学校から帰ってくるのが早い。ホリンが来た時にいつも天理はラルクに誘われてどこかに出掛けている。
天理と遊びたいのに、と苛々して近くにあったぬいぐるみを殴りつけた。
『紙風〜。どこのほこら〜? つれてってよ〜』
『ぬう?』
『私もいく〜……』
『むぅ………』
いったところで仕方ないのは自分でも分かってる。けど、ラルクが天理と二人っきりでいるのが落ち着かない。
天理が盗られそうで怖かった。
けど、ホリンが出掛けるよりも早く、扉が開き二人が帰ってきた。
『うぃーす。ただいまー』
『ただいまです』
二人一緒にただいまという。面白くない。
『今日はみんなに聞いて欲しい事があるんだ』
嫌な予感がして仕方がない。
今二人で出ていって帰ってきて、それで聞いて欲しい事なんてロクでもない事しか想像つかない。
『俺達、子供を作ることにしたんだ』
噴き出した。
飲んでいたオレンジジュースがモニターとキーボードに飛び散った。
なにそれ?なにそれ? と頭の中に疑問符が跳び回っている。
『さっきほこらで祝福受けてきたんだ』
『受けてきたんです』
『今晩、一日徹夜でほこらに篭らないといけないみたいなんだ』
篭ってくるらしい。
ゲームのことなのに胸がちくちくした。都市内において、晴れて天理とラルクは公認のカップルになったのだ。
落ち着かないけど、大丈夫と自分に言い聞かせた。
たかがゲームのことだ。ゲームと現実の区別つかなくなる程、頭は悪くないと自分に言い聞かせた。
皆がおめでとうと言っているので、ホリンもおめでとうと言っておいた。
言っただけだ。
めでたいなんて欠片も思ってない。
学校から帰ってシャワーを浴びてパジャマに着替え、今日も都市を起動させた。
廃屋には赤ん坊がいる。
自動で泣き声をあげている赤ん坊を、今日も天理が面倒をみていた。皆も赤ん坊の顔を覗いてわいわい言っている。
ラルクは出掛けているらしいが、さすがにこの状況では天理に何処かに遊びにいきたいとは言い辛かったので、我慢して一人で遊びにいくことにした。
『ホリン』
『ん〜……?』
廃屋を出た所で紙風に呼び止められた。
『なんじゃ、元気ないのう』
『あたしだってそんな日くらいあるよぅ〜……』
『いや毎日元気ないし』
『む〜……』
廃屋の壁に背をつけて座り込むと、紙風も隣に座り込んだ。
『つまんない〜……』
『ぬぅ……』
『天理ちゃんと遊びたい〜……』
『遊べばいいじゃん』
『ラルクさんいるじゃん〜………』
『だな〜』
『つか、なんで子供とかそんなシステムあるのさ〜……』
『なんでじゃろうな〜』
『〜ってあたしの喋り方真似しないでよぅ〜』
『むぅ……』
困ったように紙風は唸った。
心配してくれているのは分かる。心配ばかり掛けて申し訳ないと思う。
『まあ、あれじゃ。その内天理も飽きるじゃろ』
『うん〜……』
『ゲームじゃ、ゲーム。天理とは友達なんじゃろ?』
『ん……』
『そんなに気にするな』
『は〜い……』
『何処かに遊びにいくか?』
『いかない〜』
『むぅ……』
『ごめん紙風』
『ん?』
『あたし今日はもう落ちる』
毎日寝るまでやっているのに、今日は夕方なのにもう落ちることにした。だけど今日はこれ以上ゲームを続ける気にはなれなかった。
『おつかれさま、紙風〜』
『うむ。おつかれじゃ』
窓から廃屋の中を覗いたら皆盛り上がっていた。ラルクもいつのまにか戻っていた。
楽しそうな廃屋を横目にホリンは都市を終了した。
暗い気分のまま都市を終え穂梨はベッドに飛び込んだ。
楽しくない。
仮想都市が楽しくない。
楽しくないゲームならやめてしまったらいい。ゲームなのだ。飽きたならやめたらいいのだ。
なのにやめられない。
はぁ、と溜息を吐いた。
ゲームをやめたら、それこそもう天理と遊べない。時間は減ったとはいえ、天理はまだホリンと遊んでくれる。
なんでそんな考えになるのか、自分で自分を見つめなおしてみた。ホリンは友達だ。リレーターでも繋がっているし、聖板でも会える。どうして遊べないなんて考えてしまうのか。
原因はなんとなく分かっている。
最近は本当に学校と食事、入浴と睡眠時間以外はずっと都市で遊んでいる。天理も同じくらい都市で遊んでいる。あのゲームに夢中になっている。
天理とは今、都市でしか会っていない。
その都市でさえ、天理はラルクと遊んでいる時間が多くなり、ホリンは彼女と遊べる時間が減っている。だから苛立つのだ。
都市をやめたら天理と遊べなくなる。
だからやめられない。
今は面白くないけど、やめるわけにはいかない。
二重引き篭もり。
不意に思いついた言葉だが、穂梨は自分にぴったりだと思った。
穂梨はよく家の中でパソコンを触っている。空いている時間の多くはパソコンに費やしている。休みの日は一日中パソコンに触っている事も珍しくなかった。
それでも以前はネットワーク上の色々な所を跳び回っていた。部屋でパソコンに向かってばかりいたけど、ホリンとしてネット上では走り回っていたのだ。
そしてある日、聖板に辿りつき天理達と知り合い友達になれた。
リレーターにもネット上で知り合ったたくさんの友達が登録されている。
今はそのネットの中でさえ仮想都市の中に引き篭もっている。
引き篭もっている世界の中から、更にもう一段引き篭もってしまっている。
だから二重引き篭もり。
二重引き篭もりでもいいから天理とは仲良くしたかった。
天理が好きだから。