DuetNet∩eclopse 〜デュエットネット∧イクリプス〜』 二重引き篭もりと幻想、嘔吐と頭痛の果てに閃きをみた

 Log.1 心の夜明け


 

 

 中学校から帰った穂梨(ほり)はシャワーを浴び、日中にかいた汗を流しておいた。まだ夕方だけどパジャマに着替え、パソコンの前に座る。

 これでいつでも寝る準備はできた。今日もゆっくりネットワークを愉しめる。

 シャワーを浴びている間にパソコンの起動は完了している。穂梨はいつものようにマウスを滑らせ、リレーター【Relater】という名前のチャットソフトを起動した。

 電子音が鳴りリレーターのウインドウが開かれる。その中にネット仲間の名前が表示された。ここに名前の表示された者は今この瞬間パソコンを使用している。今は七人いる。穂梨のネットワーク上での名前“ホリン”も記されている。仲間にも自分が今パソコンを起動した事は伝わったはずだ。

『きゃは♪ ホリンちゃんだー! おかえりぃ☆ ガッコ終わったとこ?』

 さっそく同じ歳の女の子友達、オーディエからメッセージが入った。ホリンが常駐している世界最大級の巨大掲示板群で知り合った友人だ。

『ふに〜………。おーでぃちゃん、ただいま〜。ガッコでした。なんだか疲れちゃったよぅ……』

『? どしたの?』

『ん、と……。うー……。別に大してなんもないんだけど〜……。でもやっぱ学校から帰ってくると、あ〜、疲れたぁって言っちゃうんだよね〜……』

『きゃはは☆ ホリンちゃんって根性ないもんね♪』

『みゅぅ〜……。どーせ、あたしは体力も根性もないですよーだ……』

『ホリンちゃん、メールみてくれた?』

『まだ〜………』

『じゃあ読んだら返事くださいです☆』

『は〜い』

 メーラーを立ち上げて着信メールをチェックする。二通のメールが届いていた。

 一通目を確認。差出人はオーディエだ。

 

――こんにちは、ホリンちゃん。

   おーでぃちゃんです。

   今日は誕生日だよね。おめでとうです。

   おーでぃちゃんからはこれをホリンちゃんに送ります。

   頑張って作ってみました。気に入ってくれると嬉しいです――

 

 メールには音楽ファイルが添付されていた。

 続けてもう一通のメールを確認。メールの差出人は天理(てんり)。オーディエと同じく、同い年の女の子友達の天理だ。

 

 ――天理です。ホリンちゃんお誕生日おめでとねっ

   なに送るか悩んだけど

   心を込めて(込めたつもり)絵を描いてみました。

   ちょっぴりヘタレなのは御容赦くださいね

天理――

 

 こちらのメールには画像ファイルが添付されていた。ホリンのイメージイラストだ。一生懸命描いてくれたのが分かる。誕生日のホリンのイラストはとても幸せそうだった。

 絵を保存しじっくりと鑑賞しながら、オーディエに貰った音楽ファイルを再生する。

 さすがにオーディエはよくホリンの好みを熟知している。ホリンも音楽には明るくないので詳しいことは分からないが、サイバーチックな感じのするこの音楽をホリンはとても気に入った。

 なによりオーディエが作ってくれたというのが嬉しい。

 オーディエも天理もホリンのプロフィールを見てくれていたのだ。それで誕生日のためにこんなものまで作ってくれていたのだ。音楽を聴いていると胸と目頭が熱くなった。

 メーラーを閉じ、さっそくオーディエにリレーターで返事を送る。

『メールみましたです〜……。添付ファイルも確認〜………』

『うん』

『うぅぅ、おーでぃちゃん………!』

『ん?』

『あぅあぅ………』

『お? どしたの?』

『お、おーでぃちゃん……! あたし、嬉しい……! 泣くくらい嬉しい…………!』

 キーボードを叩きながら涙を零してしまった。

『あはは☆ それはよかった。ホリンちゃんのコトだから、またホントに涙流してそう♪』

『はぅぅ……』

 お見通しだ。

『…あ、あのねあのね………。てんりちゃんもプレゼントくれたぁ〜………』

『なにもらったの?』

『いらすと〜……。私のイメージ絵らしいです………』

『みたい〜。私もみたいな〜☆』

『あとで許可とって、あたしのホムぺに【お誕生日にもらったもの】ってコンテンツ作ってそこに収納させてもらう〜。おーでぃちゃんのくれた音楽も収納していい……?』

『あんなのでよかったらどーぞ♪』

『にゃぁ……。おーでぃちゃん、ありがとです……。この音楽かっこいいよぅ。私これ好き〜………』

『よかった♪』

『ありがとです……』

『ふふ♪』

『ところで、てんりちゃんはいないのかな……? お礼言いたいの……』

 リレーターでは天理は現在オフライン状態となっている。

『さっきまでいたんだけどね。今は落ちちゃってるみたい』

『うにゃ……。じゃあ来たらお礼言うね……。メールとかじゃなくて直接言いたいの……』

『うんうん♪』

『はぅぅ。おーでぃちゃんも、てんりちゃんも大好きぃ〜……。ありがと〜……』

『あはは☆』

『にゃぁ……』

『じゃ、ホリンちゃん。私ちょっといろいろ巡回してくるね♪』

『あ、あたしも巡回してくる〜………』

『それじゃあ、またあとでね♪』

『は〜い』

 そう返事をして会話ウインドウを閉じようとした時、オーディエから再度メッセージが入った。

『ホリンちゃん?』

『はい?』

『ちゅっ……☆』

『はわ?』

 キスされた。

 ネットワーク越しに文字を通してキスされた。

 本当のキスではなく、ただの『ちゅっ……☆』という文字だけなのに胸がドキっと震えた。

『じゃね☆』

『う、うん………』

 少し頭がのぼせた穂梨は会話ウインドウを閉じ、パソコンの前から立ちあがって、そのままふらふらとベッドに倒れ込んだ。

 

 

 ベッドに転がって布団をぎゅっと抱き締めて、穂梨はごろごろと悶えた。

 嬉しい。とても嬉しい。

 オーディエや天理の優しさが身に染みる。今もオーディエと話していて、最後にキスまでされて、気分は高揚している。

 穂梨が今布団を抱き締めているように、オーディエにぎゅっと抱き締めてもらいたい。優しく温かく抱き締めて欲しい。

 女の子同士なのになにを考えているのだろうと思い、顔が真っ赤になった。

 赤くなったあと馬鹿だなって自分で思った。

 

 

 いつのまにか眠っていた。

 あのまま布団に顔を埋めたまま、ぽかぽかと温かくなって眠ってしまったのだ。

 時計を見る。二十一時……夜の九時だ。相変わらず家の中はしんとしている。こんな時間になっても誰も帰ってこない。穂梨の誕生日なのに今日も誰も帰ってこない。けどそれは仕方がない。穂梨が生きていられるのも両親のおかげなのだ。感謝さえする。姉はただの夜遊びなのだろうが。

 おなかがすいた。こんな時間まで昼寝して今ごろから夕食なんて不健康だ。明日からは気をつけよう。身体に悪い。美容に悪い。

 キッチンへと行き冷蔵庫を漁る。ヤキソバとキャベツがあったので調理して食べることにした。

 自分で調理したそれを食べていると電話が掛かってきた。

 電話は姉からだった。今から帰ってくるらしい。お土産はなにがいいと聞かれたので、適当にと頼んでおいた。

 姉が帰ってくるまでまだ時間がかかりそうだ。やることもないので、穂梨はまた自室に戻ってパソコンの前に座る事にした。

 やることのない時はパソコンに限る。

 

 

 パソコンはつけっぱなしだった。

 そういえばオーディエにキスをされて、高揚した気分のままベッドに転がったのだった。リレーターも起動した状態のままだ。

 何通かメッセージが届いている。そういえば退席中と表示する事さえしていなかった。各メッセージに目を通す。

『ねえねえ、ホリンちゃん?』

『あれ、ホリンちゃん、いないの?』

『まだいないのかな?』

『あー、ホリンちゃん? 私、いっかい退席するね。家事しないとっ☆』

 他にも色々あったがオーディエからのメッセージが圧倒的に多かった。とりあえず一通り読み会話ウインドウを閉じていると、天理からのメッセージも入っていることに気が付いた。

『こんにちはです、ホリンちゃん』

『あれ? いません?』

『じゃあ、また後でね』

 リレーターを確認すると、今オーディエはオフライン状態になっているが、変わって天理がオンライン状態になっている。今いるのだ、天理は。

 さっそくメッセージを送る。

『ただいま、てんりちゃん〜』

 待つ事数秒。返事が来た。

『おかえりなさい』

『うん〜』

『退席してたの?』

『ふにぃ〜……。パソつけたままお眠りしてました〜………』

『こんな時間まで寝てたの? 夜寝れなくなるよ?』

『ついうっかり………』

『メールみてくれました?』

『うん。見た〜……』

『お誕生日おめでとです』

『あ、ありがと〜……』

『うん』

『あ、あの………』

『うん?』

『ほんとにありがと………! あたし、涙がでるくらい嬉しかった……!』

『オーバーだなぁ……』

『だってだって………。すごくあったかいんだもん………! みんなのこころ………!』

『おーでぃちゃんも音楽つくってくれた〜……』

『よかったね』

『うん〜……ね、ね? てんりちゃん?』

『はいはい?』

『てんりちゃんから貰った絵。私のホムぺの【お誕生日にもらったもの】ってコンテンツに入れさせてもらってもいい……?』

『いいよー』

『わ……。嬉しいです〜………』

『ちょっと恥ずかしいけどねぇ……』

『う〜、そうなの〜? てんりちゃん、絵うまいじゃん〜』

『ふふ。ありがとね』

 天理と会話しながら、ホリンはいつもの巨大掲示板群を巡回する。

 巨大掲示板群の一角、『聖なる掲示板』でホリンはオーディエや天理と出会った。

 思えば、聖なる……などという名前に興味を引かれて中を覗いて見れば、その実単なる雑談掲示板だった。けど、ここでは色々な友達、仲間と出会った。すっかり思い出の場所となった。ネットワーク上での故郷は何処かと聞かれれば、ホリンは間違い無くこの掲示板を差す。

『ホリンちゃん、今なにしてます?』

『聖板を巡回してる〜。私宛ての書き込みにレスいれてるとこ〜』

『人気あるねぇ』

『あは。てんりちゃん宛てにも書き込みあるよ〜』

『ん。じゃ、あとでレスいれときますね』

『うん〜』

『あ、そうそう。ホリンちゃん?』

『なに〜?』

『これみて』

『ん?』

 天理が提示したのは何処かのサイトのアドレスだった。

『はえ? なにこれぇ?』

『見て』

『は〜い』

 アドレスをクリックし目的のサイトにジャンプする。ページが表示され、中身をざっと目を通して、ホリンにもこれがなにか分かった。

 噂くらいには聞いたことがある。ネットワーク上に展開されている仮想都市の案内だ。

『仮想都市〜……』

『うん』

『てんりちゃん、これ始めるの?』

『わかんないけどやるかもです。面白そう』

『お金かかるの?』

『今ならテストプレイヤー参加ってことで無料みたい』

『はぇ〜……』

 もう一度サイトの紹介を見る。

 ネットワーク上に3D演算により構成された仮想都市。そこの一住人となって、リアルに近い擬似生活を体験できるソフトらしい。

 特別な機材などは必要なく、ある程度のパソコンの性能さえあれば、キャラクターの視点がモニターに表示され都市での生活が楽しめるようだ。

 3DタイプのリアルタイムネットワークRPGみたいなものなのだろう。

『仮想都市っていうくらいだから、ゴーグルみたいなのをはめて遊ぶのかと思った〜……』

『そんなんじゃないみたい』

『うん〜』

『ホリンちゃんもやってみます?』

『タダなんだよね〜』

『です』

『おもしろいかな〜………?』

『ゲームが好きなら楽しめるんじゃないかな?』

『ゲーム超好きぃ〜』

『だよね』

 天理達とはネットワーク越しにしか会えない。一緒にゲームで遊べるのならホリンもやってみたい。

『考えとく〜』

『うん』

『おーでぃちゃんもやるのかな〜?』

『それは本人に聞いてみないとなんとも……』

『ん〜、もちょっと説明とか読んでおくね〜』

『じゃあ、またあとでね』

『うん〜』

 会話ウインドウを閉じて仮想都市の説明画面へ戻る。

 ソフトの起動に必要な動作環境を確認しても問題ない。料金も念のため確認したが、天理の言った通り現在は無料での体験プレイができるらしい。

 とりあえずダウンロードすることにした。あとでやっぱり必要ないと感じたなら削除するばいいのだ。どうせ無料なのだ。

 無料って素敵だなって思った。

 

 

 と、その時に姉が帰ってきた。

 ケーキを買ってきてくれたらしい。最近は姉と話をする機会もあまりないけれど、わざわざケーキを買ってきてくれたその好意は嬉しかった。

 時計を見れば日付が変わりかけている。よく考えたらこの姉は、穂梨と一歳しか変わらない高校生なわけで、それが毎日こんな時間に遊び歩いて帰ってくるのは普通じゃない。

 ちらっと姉の顔を覗き込んで、少し考えて、一々詮索するのはやめた。

 姉だって子供じゃない。自分のする事は自分で責任持っているだろう。

 ケーキがおいしかった。ジュースもおいしかった。

 

 

 少しお酒の入った姉を寝室で寝かせてから、またパソコンに向かった。仮想都市のダウンロードは既に完了していた。

 リレーターを確認すると、天理の名前はなかった。代わりにメッセージが送られていた。

『ホリンちゃん?』

『あれ………また留守なのかな……?』

『今日は天理はもう落ちますね? 眠いです』

『また明日ね』

 との事らしい。

 ホリンは寝ようにも、うっかり夕方に寝てしてしまったため眠れそうもない。どうせ暇なので仮想都市を先に体験プレイしてみることにした。

 ダウンロードした仮想都市のインストーラーを起動させ、プレイを開始できる状態にしておく。

 インストール状況を示すバーがゆっくり〇から一〇〇パーセントになるのを見続けていた。なにもせずに画面を見つめていた。窓の外を振る雨を眺めているのと似ている気がした。

 そんなものを楽しいと感じている自分が少し駄目だなぁと思った。もう少し時間は有効に使わなければならない。インストールが完了するまで漫画でも読むことにした。

 漫画は大好きだ。

 

 

 漫画を読み耽っていると、気が付いたらインストールは終了していた。時間は午前二時。インストールが完了してから随分時間が経っていたようだ。漫画に夢中になって気付かなかった。

 さっそく仮想都市をプレイする事にした。都市の起動ファイルを実行すると、まずキャラクターの登録画面に入った。

 名前はそのままホリンにしておいた。性別は女。これもそのまま。髪型や服装、それぞれのパーツの色を設定しゲームを開始する。

 画面が一度暗転し次に明るくなった時、登録された都市住人のホリンは森の中に立っていた。

 とりあえず歩いてみる。キャラクターが前に進むと、一緒にモニターに映し出されている森の風景も前進する。しばらく森の中を歩き続けた。

 操作方法が複雑で最初はなかなか取っ付きも悪かったが、徐々に慣れてくるにしたがって世界が見えてきた。

 一歩踏み出すごとに草木を掻き分ける音がする。

 鳥が囀っている。足下には草が生えている。見上げれば太陽が眩しい。一つ一つが細かいのだ。

 目の前を人が通り過ぎた。今のもプレイヤーなのだろう。今この瞬間、誰かは知らないが、リアルタイムでプレイしているのだ。

 森の中を散歩しているだけでも楽しい。仮想都市というくらいなのだから街が舞台なのだろう。

 見た事もない街に憧れるのは、まるで冒険者のようだ。

 少しドキドキした。

 

 

 気付いたら午前五時になっていた。

 今日も学校があるのだ。そろそろ寝ないといけない。なのであと少しだけ遊んだら寝る事に決めた。

 

 

 次に気付いた時は七時になっていた。

 もう寝たら学校にはいけないだろう。

 結局徹夜してしまった。

 穂梨はこんな時間に入浴し、朝食を取り、聖板の自分宛てに入ってる書き込みにレスをいれて学校にいくことになった。

 

 

 とても楽しかった。

 

 

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