-天使のデザイア- シャインプロセス
木葉はずっと見ていた。
ハヅキと喚姫、泉の『戦い』を。
木葉はハヅキに大事にされている。だけど、決して彼の人生の中で目立った存在ではなかった。木葉も喚姫と同じ感情を持ったこともあった。
何億年経とうとも、愛情は忘れなかった。
ハヅキに大事にされた記憶も、一緒に食べた料理の味も、なにもかも、全てを覚えている。結果がどうなっても、木葉はハヅキの傍にいたいと思った。
ニンゲンじゃなくなった時でも、ハヅキは自分のために頑張ってくれた。そのことも全部覚えていた。
「――――――」
振り下ろされた悩ましい剣は泉の首を落とすこともなく、地面に強く打ち付けられた。
喚姫は悔しそうに、涙まで流してハヅキと泉を睨みつけていた。
「…………そうです。その通りです。私にあなた達は殺せません」
「喚姫」
「あなた達に刃を突きつけた以上、私はあなたとは一緒にいられません。情けは屈辱です。殺しなさい!」
「まあ、その前に泉の傷を治してくれんか。お前の力なら容易いはずだ」
「――――」
喚姫はなにもしなかった。ただ、こう言った。
「もしも、あなたが私を信じているのなら、『奇跡』を使えるでしょう…」
回復の奇跡。
遥か昔に持っていた信仰心と、その見返りとして得た能力。二度と使うことはないと思っていたその力を、ハヅキは今一度解放した。
泉の身体が淡い光に帯び、修復されていく。
「大丈夫か、泉」
「…………」
泉は複雑な表情をハヅキに向けていた。
「昔もこうやって、貴方に傷を治してもらっていたよね」
「ああ」
「じゃあ、私は行くね」
「何処に行く」
「私は貴方とは道を違えたから。ここにはいられない」
「――泉」
「行く。また、いつか会おう。ね、約束」
「――――」
泉の『約束』にハヅキは苦笑した。
本当は泉を行かせたくない。だが、再開を約束したのなら、ハヅキは泉を信じてしまうから、きっと行かせてしまう。泉はそれを知っていて言っているのだ。
「ああ、約束だ」
ハヅキはくつくつと笑うと、泉も微笑んだ。
そういえば、再開してから泉の笑みなど見たこともなかった。久しい笑顔だった。
「またね、ハヅキ」
「ああ。またな、泉」
泉は背を向け、この真っ白な天界を歩いていった。姿が見えなくなるまで、一度も振り返らない……………そう、思っていたのに、泉は一度だけ振り返った。
「そういえば」
「うん?」
「独り言、言わなくなったよね。ハヅキ」
「!」
独り言。
ハヅキの脳内にいた少女は何処へ行ってしまったのか。
「じゃあね」
そんな疑問に泉が答えられるわけもなく、彼女は去っていった。
「マ……リー…」
アスペタクルとの戦いの時、ハヅキの呪縛を解いてくれた少女がいた。
ハヅキを管理するもう一つの心。
「マリー…」
喚姫は地面に座り込み、嗚咽をあげて泣いていた。
「喚姫…」
「なんですか…」
喚姫は未だ反抗的な目でハヅキを睨みつける。
「神様ならマリーを……知らないか……?」
「……? 誰ですか……? また新しい女の子の名前ですか……?」
新しくない。
本当の意味で生まれた時から傍にいた少女だ。
だが、神様ですらその存在を知らなかった。
「喚姫」
「……なんですか」
「ちょっと立て」
促され、喚姫はしぶしぶ立ち上がった。
立ち上がった喚姫の頬をハヅキは撫でた。
「な、なにをっ」
「神様ってなんでもできるのか?」
「まあ、人並みの神様程度には……」
「よし。じゃあ、帰るか。あの星に帰ったら、新しい世界を作ろう。この俺に楽しい世界を作る算段があるんだ」
「―――この期に及んで、まだ私にあなたと一緒にいろっていうんですか…」
「当たり前だ。俺はこんなに頑張ったんだ。褒美くらいは欲しいぞ」
「そうじゃなくて……。私は…あなたに滅茶苦茶したんですよ……」
「だって、それはお前が俺に優しくして欲しいからだよな」
「――――」
喚姫は悔しそうにハヅキを睨んだ。
「そうそう、そういう顔を見たことなかったんだよな。いや、何億年もかけてここまで来た甲斐もあったぜ」
「本当に馬鹿です」
喚姫は俯いたまま、涙を流した。
「……信じていいんですか」
「いいぞ」
まるで童女のように、喚姫は大声で泣き出した。
「面白い案ってどんなのですか?」
星の海を跳び、元いた世界に帰っている途中、喚姫が声をかけてきた。
「そうだな。まず、その世界はいくつかの大陸で分断されているんだ。で、それぞれ信じている神様が違う。ある大陸では喚姫が信仰され、またある国では俺が崇められる。で、俺と喚姫でゲームをしようぜ。どっちが国を栄えさせられるか。村一つで一点、街は二点とか決めて、先に点数を集めたほうが勝利とか」」
「悪趣味ですね」
「まあ、いいじゃないか。栄えるのはいいことだぜ。思うに今までの世界は喚姫が一人で治めてたからおかしいんだ。順番性にするとか、領域を分けるとかしたほうがいい。同じやつがずっと管理してると、段々と濁ってくるものだ」
昔、ゲームで喚姫と一緒に遊んだことを思い出した。またそういう遊びがしたかったのだ。
「ああ、濁ってきたからハヅキみたいなのが生まれたんですね」
ハヅキはげんこつを喚姫の頭に振り下ろした。
「い、痛いです。女の子に暴力振るったらいけないんですよ。あ、新しい世界は男性よりも、女性が尊重される世界にしましょう。女に手をあげた男は後ろ指さされるんですよ」
「愚か者め」
ハヅキは喚姫のその案を一笑に蹴った。
木葉は楽しそうに新世界の話で盛り上がる喚姫とハヅキを見、複雑な気持ちだった。
ハヅキは分からないのだ、女の気持ちが。
きっと、去った泉の気持ちも、今の喚姫の気持ちも、木葉の気持ちも分かっていない。
「――――
木葉は悲しいことを考えてしまった。
アスペタクルの下にいた時も、喚姫の下いた時も、ハヅキは助けにきてくれた。だけど、それは彼の自分の信念に反することができない『義務』みたいな感情に助けられたのではないのか。
ハヅキの視界の中では木葉など脇役に過ぎないのではないか。
そう、彼の心を疑ってしまい、寂しい気持ちになる時もあった。
「木葉さん」
いつの間にか、喚姫が木葉の隣にいた。
「私達は彼を幸せにできているのでしょうか?」
「――――」
そうだ。
木葉はまた自分を恥じた。
もっとハヅキに『与えられたい』と思うばかりで、ハヅキにどれだけの愛情を与えたのか。
木葉は頷いた。
「木葉―」
「あ、はいー?」
「お前は一番貧乏な国を治めることになったぞー」
「えええっ。な、なにそれっ。意味わかんないよっ」
久しぶり。
久しぶりにハヅキと会話ができた。
だけど、自然に話せた。
幸せであり、嬉しい気持ちがあったのも、また事実だったのだ。