-天使のデザイア- メガクラックション

1章 吸血戦闘


 

 今日もトレーニングルームの中で武器を振るう。

 ハヅキは鍛錬を続けた。

 とにかく目標に向かって武器を振り下ろす時の迷いを切り捨てた。

 心を鋼に化し、大事な者を守るためには、その他の全てを犠牲にできる心を求めた。

「―――――!」

 気合を入れ、武器を的に向けて振り下ろした。

「――――!」

 感情を全て押し込めて鍛錬を続けた。

 打ち込んでいる時は泉のことを考えずに済んだ。

「ハヅキさん」

「ん?」

 飛花だった。

「どうした、飛花」

「少し休んだほうがよくないかなってー」

「どうも精神が昂ぶっていてな」

「明日だもんね」

 そうだ、明日だ。

 この組織も随分と力を付けた。これまでも何度もメガアクマを屠ってきた。

 だが、明日はこれまでのような優しい戦いにはならない。メガアクマの根城の一つを攻撃するのだ。

 目標はそこに囚われている多くのニンゲンの開放と、敵施設の占拠。今回の攻略地点の要塞を落とせば、ハヅキの軍事力は磐石なものとなる。しかし、それはつまり、それだけ要塞の防衛力が高いという意味であり、明日の戦いは苦戦を免れない。

「死んじゃやだよ」

「ああ、善処しよう」

「善処じゃ駄目。約束して」

 ハヅキは即答できなかった。

 口にした約束は必ず守る。それがハヅキの信念だ。けれど、これからの戦いは確実な生還は約束できない。と思ったが、不安そうな飛花の顔を見ていると、安心させてやりたくなったのだ。

「分かった。約束する」

「ほんと?」

「ああ、約束だ」

 くしゃくしゃと飛花の髪を撫でてやった。

「あ。ハヅキ、ここにいたんですか?」

 喚姫だった。

 彼女はたくさんのノートを手に持っていた。

「頼まれてた資料、集めておきましたよー」

「ああ、今いく。飛花、約束してやる。俺は死なん」

「う、うんっ…」

 ハヅキは喚姫を連れ、トレーニングルームを後にした。

「また飛花さんをたぶらかしてたんですか…」

「必ず生きて帰ると約束してやったのだ」

「嘘つくと地獄に落ちますよ……?」

「それは大変だ。では、可能な限り守り通さんとな」

「もう…」

 喚姫は飛花の方を振り返ってから、ハヅキに尋ねた。

「ハヅキは。悩みとかなさそうですね」

「あるぞ」

「そうでしょうか。あなたは苦しむことはあっても悩まない。だって、多くのことに、答えをもう出しているから」

「?」

 ハヅキには喚姫の言いたいことがよく分からなかった。

 

 

 部屋の中に取り残された飛花は、去っていくハヅキと喚姫の背を見送っていた。

 喚姫はハヅキに愛されている。嫉妬を覚えていないと言えば嘘になる。飛花も喚姫や木葉のように、大事にされたかった。

「困ってるの、飛花ちゃん?」

「あ、メガネちゃん」

「メ、メガ……」

 飛花も含め、シェルターの人々はすっかりハヅキに毒されてしまった。もう彼女は『メガネ』という愛称がついてしまった。

「飛花ちゃんにまでそう呼ばれるなんて…」

「ごめん…」

「落ち込んでるの?」

 飛花は俯いて頷いた。

「ハヅキさん、私よりも喚姫ちゃんのが好きなんだろうなぁ…」

「そうなの?」

「どうしたらもっと私のこと、好きになってくれるかな…」

 メガネはうーんと頷いた。

「なにか功績をあげられたらねえ」

「功績?」

「うん。たとえば、明日の戦い。相手のボスはノーブルメガアクマなんだって。もし、それを…ほら。やっつけられたりしたら」

「あたしが…?」

「私も手伝うよ。トモダチだもん。ね」

「え…?」

 メガネが床に置いたのは、見たこともない煌びやかな剣だった。

 飛花はずっしりと重いその剣を手に取った。

「これ…なに?」

「頑張って作ったの。振ったら剣からビームがでるんだよ。あの伝説の聖剣エクスカリバーよりも強いよ、きっと。飛花ちゃん、困ってると思って作ってたの」

 メガネは現在、この組織の武器製造を任されている。以前、ハヅキが木葉と喚姫に武器改造はできないと言ったが、そのスキルをメガネは持ち合わせていたのだ。

 さすが眼鏡を付けているだけあって知力が高いと、ハヅキはメガネを褒め称えた。

「でも、あたし一人で勝てるかな…。ノーブルメガアクマって…」

「だから私も手伝うって。ね、こんだけの武器あって二人でやれば、なんとかなるって」

「う、うん。そうだよね」

 飛花とメガネは新型の武器の数々を身体に装備した。

(神様、あたしに幸運を)

 いるかどうかも分からない神様に、飛花はそう願った。

 

 

「喚姫。状況はどうだ」

「ヒデヨシさんは見事に敵施設に潜入したようです。現在も彼は無事。敵戦力や、施設の見取り図はこちらです」

 喚姫はノートを広げた。

「これはヒデヨシが書いたのか。汚い字だな」

「我慢しましょう…」

 字は汚かったが、ヒデヨシの送ってくれた情報は十分役に立つものだった。敵兵力、通路や階段の位置、ボスのいる間など全てが詳細に記されていた。

「敵ボスのノーブルメガアクマの強さはわからんか」

「どうしますか?」

「ボスは一匹しかいないようだ。これはもうぶっつけ本番で勝負するしかないが。犠牲を最小限に抑えるために、まずはそいつが出てきたら一部隊のみに攻撃を行ってもらう。それで勝てればよし、勝てない場合もどのように敗北したか、しっかりとデータを取っておく」

「わかりました」

「こちらの装備は?」

「メガネさんの作った武器を全員に配備しておきました」

「木葉、来い」

 呼ばれ天井裏から木葉が舞い降りた。

「もう忍者みたいですね…」

『私っていったい…』

「木葉。お前に大事な頼みがある」

『なに?』

 ハヅキはどう切り出すか迷ったが、やはりしっかりと伝えることにした。

「お前は確かにニンゲンよりも強いが、明日は戦うな」

『?』

「俺はもちろん戦う以上は勝つつもりではいる。しかし、まだ不確定の要素もある。万が一の時、お前は夜まで待ち、喚姫と飛花を連れて脱出しろ」

『えっと……』

「大丈夫だ、俺は死なん。自分の身は自分で守る。だが、喚姫や飛花はそうもいかんときもある。だから任せるぞ」

 木葉はこくりと頷き、また天井裏に消えていった。

「木葉さんって我侭言わないですよね…」

 喚姫の言葉はハヅキに対し、少しの非難が混ざっていた。

「そうだな。まあ、あいつを不幸にはせん。明日は勝つぞ」

「はいっ」

 

 

 太陽が東から昇った時、皆一斉に雄たけびを上げた。

「いくぞーーー! 突撃いいいぃぃぃぃ!」

 ハヅキの叫び声に自転車に乗った兵士達は呼応し、獲物を持った腕を振るい上げた。

 これが自転車ではなく馬であったならば、正に中世の戦争だ。無数の自転車軍団は車輪の音を冷たく鋭く大地に響かせ、太陽を背に、敵施設へと乗り込んでいく。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 施設に乗り込んだ兵達は雄たけびを上げ、手にしたバットを振り上げ、眠っているメガアクマ達を撲殺し始めた。

『グギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 正しく阿鼻叫喚。

 施設内はニンゲンの雄叫びと、メガアクマの断末魔の声ではち切れんばかりの膨大の声量となった。

 ハヅキはそんな声にすら負けない更なる声を、マイクすら使わずに張り上げた。

「確実に頭を潰せ! 鉄砲隊、準備!」

 全ての兵が狂ったようにバットを振り上げているわけではない。冷静に戦況を見つめている兵士もいた。

 彼らの狙いは奥の扉だ。

「構え!」

 ヒデヨシから送られた施設の間取りは頭に叩き込んでいる。奥の部屋にいるメガアクマ達が長い廊下を通って、このホールに現れるタイミングを数える。

 ハヅキの指令通り、鉄砲隊の兵は大扉に照準を向けた。

 ――来る。

 ハヅキがそう読んだ時。

『グギガああああああああああああああああ!』

 予想のタイミング通り、扉が蹴破られ、大量のメガアクマ達が次々にホールへと雪崩れ込んでくる。

 まだ撃たない。

 大量のメガアクマ達をもっと引き寄せ、この場で皆殺しにする。

 奥の扉からはまるで泥水のように、メガアクマ達が部屋に入り込んでくる。

 部屋に目一杯メガアクマが入り込んだと判断し、ハヅキは命じた。

「撃てえぇぇぇ!」

 爆音が耳を劈き、視界は肉と血で真っ赤になった。

 メガアクマ達はまるで死体のダンスを舞うかの如く、弾丸の死の嵐に晒され、空中で踊りつけた。

『グギガああああああああああああああああああああああああああああ!』

「バット部隊! 床に落ちたゴキブリ共を確実に息の根を止めろ!」

「おおおおおおおおおお!」

 このホールはこれで大丈夫だ。

 ハヅキは次なる指揮を執るため、ホールから下がることにした。

 

 

「戦況はどうだ?」

 一旦戦場から後退し、ハヅキは後ろに控えている喚姫の部隊と合流した。

「異常はありません。また戦場から脱出した敵メガアクマもいません」

「外に出たら太陽にあたるしな」

「勝てますか?」

「相手がザコのメガアクマだけなら勝てる。ただ、楽観できないのは」

「ノーブルメガアクマですね…」

「ああ。どれくらい強いのか分からんからな。ただ、それくらいの敵は倒せるようにならんと、アスペタクルには勝てん。勝つぞ、この戦い」

「はい」

 戦局を見守るハヅキと喚姫の目に敵施設から、チカ、チカっとライトが点滅するのが見えた。合図だ。

「ヒデヨシか。よし、やれ」

 ハヅキもライトを敵施設の三階の窓へと向けて点滅させた。

 きっちりと十秒後。

『―――――――――――――!』

 凶悪な破裂音と無数の地獄の悲鳴が聞こえてきた。

 正面の敵に応戦していた敵メガアクマを、内部にいたヒデヨシが背後から強襲したのだ。前後から狙い撃ちされた敵は次々と撃破されているだろう。

「いわゆる、『埋伏の毒』というやつだ」

「まいふくのどく?」

「うむ。敵の中に味方を送り込み、ここぞという局面において、内部から攻撃させる」

「物知りですね、ハヅキは」

「ゲームやってたらそんな作戦コマンドがあった」

「あーそうですか」

 ハヅキは今度は青いライトを点滅させた。

「それは?」

「ヒデヨシを回収する。ダンボールに入れられたヒデヨシが届くはずだから、決して太陽の光を当てないように、保護してやってくれ」

「分かりました」

 しばらく待つと戦場から青い信号が届いた。

「ヒデヨシの確保に成功。よし、そのまま攻撃を続けろ」

 まるで地が震えるような咆哮と悲鳴が天まで轟く。

 戦況は有利だ。それは間違いない。

 だが、ハヅキはまだ安心できない。メガアクマを支配するというノーブルメガアクマ。その強さを把握するまでは心が休まることはないだろう。

「あ、ハヅキ。きました」

 前方から赤いライトによる信号が送られてきた。

「出たな」

 ついに炙り出されたのだ、ノーブルメガアクマが。

 ハヅキは立ち上がりライトによる指揮を執る。

「ホールより撤退。陽の光の下まで後退せよ」

 ハヅキの指令通り、まるで蜘蛛の子を散らすように、兵士達は敵施設から離れた。

 それを怒り狂った敵の親玉が追ってきた。

『貴様らあああああああああ!』

 ハヅキと喚姫は双眼鏡を装着し、戦場の様子を伺った。

「ノーブルメガアクマっていうのは太陽の下でも活動できるのか」

「みたいですね」

「多少は能力が落ちているかもしれんな。まずはその力を見極める」

 ハヅキは戦場へと合図を送った。

 すると、我こそはと名乗り上げた男が敵の前に立ち塞がった。

「まずは一騎打ちをさせる。敵の強さの確認だ」

 男は金属バットを振り被り、敵に殴り掛かった。

「―――――――!」

 バットが敵の頭に炸裂する。しかし、敵はまるでダメージを受けていないようだ。

 次の瞬間、敵の吐き出した炎により男は焼き殺されてしまった。

「なるほど。かなりの強さだ」

「どうしますか?」

「飛び道具だ。やれ」

 ハヅキの合図と共に構えていた鉄砲隊が一斉に敵に向かって発砲した。

 再び空を切り裂くような銃声の嵐が響き渡った。

「む…?」

 しかし、敵は銃弾など物ともせず、鉄砲隊に突撃し、まるで彼らを紙束を凪ぎ払うかの如く、その爪でまとめて切り捨てていく。

「やはり強いな」

「やはり強いな、ではないですよ。とてもニンゲンの適う相手じゃないですよ」

「まあ、勝負は絶望的と言えど、既にカードは切ったんだ。最後まで全力を尽くして戦うしかあるまい。それに皆、必死に戦っている。あいつらの死を無駄にするな。少しでも敵を分析し、その命を無駄にしない義務が俺達にはある」

「分かりました」

「……? ん…?」

 戦場を双眼鏡で覗いていると、ハヅキは余りのショックで、まるで心臓を鷲づかみされたように、全身の体温が奪われた。

 もう一度確認する。

「……なんだと」

「どうしました?」

「あのクソバカ!」

 ハヅキは指揮を喚姫に預け、戦場に向かって自転車を漕いだ。

 安全な場所に待機させていた飛花とメガネが戦場にいるのだ。

 

 

 飛花は怖くはなかった。

 たとえ死ぬことになっても、ハヅキのために精一杯戦えるのならそれで良かった。

 それに。

(この武器ならいける…)

 通常の武器なら敵に傷一つつけられなかった。けれど、メガネに貰ったこの武器だけは別格だ。さっき、敵の右足にヒットした時、飛花の弾は見事に敵の足を貫いたのだ。

『貴様らあああああああああああああ!』

 メガアクマの親玉は、城を荒らされ、部下を皆殺しにされ、もはや怒りは頂点に達している。それでも飛花達は恐れもなく、銃弾を浴びせ続けた。

「―――――!」

 歯を食い縛って、飛花は弾丸を撃ち続けた。

 その弾丸もなかなか当たりはしないが、命中した時には確実に敵の肉を削り落とした。

『貴様かっ…! さっきから…!』

「―――あ」

 敵が真っ直ぐに飛花に向かって跳んでくる。

 飛花は無我夢中で撃ちまくったが、『目標』として認識されてしまった今ではもう弾筋は見切られ、一発も当たらなくなった。

『―――――』

「きゃああああああっ」

 ノーブルメガアクマが飛花の前に降り立った。

 背中から腕まで一瞬のうちに冷たくなった。もう、なにをどう言い訳しようが、今更死の運命は変えられない。

『シネええええええええええ! ゴミぃぃ!』

 敵が腕を振り上げた。

 飛花は目を閉じた。

 本当にゴミのように殺されるのだ。

 最期に考えたのはハヅキのことだ。彼は死んだ自分を見てどう思ってくれるのか、それが気になった。

 少しでも悲しんでもらえるのなら、それでも嬉しかった。

「――――――――!」

 凶悪な爪が轟音と共に振り下ろされた。

 同時に肉の千切れる音が鳴り響く。

「―――――――――――――っ!」

 だけど痛みは感じなかった。

(あれ? あれれ?)

 辺りには血と肉が撒き散らされている。

 足元には自分ではない、違う人が転がっていた。

 近くには見覚えのある眼鏡も転がっていた。

「メガネえええええええ!」

 ハヅキが自転車に乗って掛けてくる。

「めがねえええええええええええええええ」

 そんな声を出すハヅキを、飛花は見たことがなかった。飛花の知っているハヅキはいつも冷静な男だった。

 

 

 ハヅキは無事な飛花を一瞥し、倒れているメガネに駆け寄った。

「メガネ! おい! 大丈夫か!」

 メガネを抱き起こしたが、顔にはもう生気がなかった。

「ハヅキさん……痛い…痛いよぉ…」

 余りの激痛にメガネは顔を歪めていた。

「メガネ! しっかりしろ!」

「…やられちゃい……ました……。ごめんなさい…痛い…あああ」

 ハヅキはメガネの身体を見下ろした。駄目だ。完全に内臓までぐちゃぐちゃに潰されている。とても助からない。

「ハヅキさん……苦しいです。痛くて…もう耐えられない……トドメ…殺して……苦しい……早く楽にして」

「メガネ」

 ハヅキはメガネをぎゅっと抱き寄せ、手を握ってやった。

「俺が最期までお前の傍にいてやる。お前は最期まで俺のために生きろ。苦しんででも生きろ。お前の最期まで、俺が見ててやる」

「ハヅキ…さん」

「なんでもいい。俺に望みを言え。特別に叶えてやる」

 これから死に逝くメガネを少しでも労ってやりたかったのだ。

 メガネは目を閉じた。

「キス……してください。でもいいですか?」

「ああ」

 ハヅキはメガネの唇に、己の唇を重ねた。メガネもやはり女だった。女の柔らかい、唇の肉の感触がハヅキにも伝わってきた。

「ありがとうございます……それと、やっぱり、殺して欲しいです。苦しいのが…辛いというよりも……ハヅキさんに殺してもらい…たいです。そしたら…私のこと……ずっと覚えてくれるじゃない…ですか」

「メガネ」

「ハヅキさん…早く……。このままだと、私、死んじゃう…」

「……わかった。俺の手でお前を殺してやる。ずっと覚えててやる」

 ハヅキはメガネの急所に銃口を向けた。

「ありがとうございます…。メガネのこと、よくしてくれて、ありがとう…」

「俺もお前に感謝している」

「やってください」

「ああ」

「ありがとう、ハヅキさん…」

「ありがとう、メガネ…」

 ハヅキはトリガーを引き、メガネを殺した。

 

 

 メガネの遺体を寝かせたまま、ハヅキは立ち上がり、敵を睨み付けた。

「俺はメガネをそれほど大事には思っていなかった。しかし、俺を慕う者をこんな目にあわせた貴様は殺してやる」

『貴様がゴミ共のリーダーか。貴様こそただで死ねると思うなよ』

 ハヅキはメガネが使っていた眼鏡を手に取り、掛けた。レンズ越しに見る世界は歪な形をしていた。

 彼女の持っていた武器を手にした。しっかりと見ていた。メガネの作ったこの武器なら、敵にダメージを与えられるのだ。

「――――!」

 ハヅキはなんの合図もなく、引き金を搾り、敵に向けて弾丸の雨を降らせた。

『グギガー! そんなものが当たるかああああ!』

 メガアクマは東西南北上下左右、立体的に自由自在に飛び回り弾丸を回避する。当たればダメージを与えられる弾も、簡単には当てさせてもらえないようだ。

(こいつは絶対に殺してやる)

 頭が怒りで真っ赤になりつつも、ハヅキは冷静だった。

 弾丸を避けながらも接近してくるメガアクマをじっと見据えた。

『ははは!』

 メガアクマがハヅキの目の前に降り立った。

 そして口を大きく開く。

 その口の中はまるで赤いマグマが煮立っているかのようだった。そこから灼熱の炎が吐き出された。

「――――!」

 凶悪な火炎のブレス。

 炎がハヅキを包み込み、一瞬にしてその命を焼き尽くそうとする。

『ギャハハハハハ! 死んだ? 死んだか? もう死んだのか? ニンゲンってぷちぷちっと潰れてもろいいいいい。グギガー!』

「死ぬのはお前だ」

『?』

 ハヅキは炎に包まれながらも、迂闊に接近した敵の顔面を蜂の巣にした。

『ああああああああああああ!』

 弾丸がメガアクマの顔を抉り、辺りに血と肉を散らばせた。

『な、何故ええええええええええ』

「アスペタクルも炎を吐くという。対策をしていないと思ったか。アンキシャスというやつも炎を扱っていたな」

 頑強な炎はハヅキは負傷を与えることはなかった。メガアクマは目を見開いた。

『き、貴様あああああああああああああ』

「炎じゃなくて爪で来たら勝てたと思ったか? 試してみるか?」

『しねえええええええええ』

 顔面を撃ち抜かれても尚、メガアクマはハヅキに向かって突撃してきた。

 メガアクマが右腕を振り上げる。

『―――っ?』

 突然、その右腕が破裂した。

 ハヅキはなにもしていない。

『貴様ああああああ』

 撃ったのは飛花だ。

「メガネちゃん……」

 飛花は泣いてすらいなかった。正気を失ったように、虚ろな瞳をしていた。

 ハヅキは痛みを堪えるメガアクマに銃身を向けた。

「死ね」

 撃った。

 撃ちまくった。

『ぐぎがあああああああああああああああああああああ』

 何処を撃てば死ぬのか、確認しながら何十発も撃ち続けた。

 頭にも数発撃ち込んだ。

 敵の身体がびくびくと痙攣しているのを確認しながらも、何発も撃った。

「―――――――――――!」

 一際大きな断末魔の声を喉の底からあげ、メガアクマはついに死んだ。

 戦いに勝った。

 周りの多くの者は歓声を上げた。

 ハヅキは暗い表情のままだった。

 

 

 飛花を連れ、ハヅキは後衛に待機していた喚姫達の下に戻った。

 喚姫の表情も暗い。全て見ていたのだ。

「おつかれさまです、ハヅキ」

「ああ、ただいま喚姫。そこの君」

「はい!」

 突然、ハヅキに名指しされた男は緊張し背筋をピンと張り伸ばした。

「飛花を医務室に連れて行ってやってくれ」

「分かりました!」

 飛花は特に抵抗もなく、表情もなく、覇気もなく、男に言われるまま連れられていった。

「これは俺のせいか…」

「……」

 喚姫は俯いたままだった。友達を亡くしてしまったのだ。

「喚姫。何故、俺を責めん。殴っていいぞ」

「…殴ったらハヅキは楽になるじゃないですか」

 図星を指され、ハヅキも俯いた。

「楽にならないであげてください。メガネさんのためにも。ずっと責任を感じ、彼女に対して向き合ってあげてください…」

「分かった」

 

 

 

 

『アハハハハハハ! ハハハハハハハハ』

 またあの奇妙な笑い声が聞こえた。

 

 

次へ進む  タイトルに戻る