-天使のデザイア- アンデッドヒロイン

6章 一時の安らぎ


 

 ついにハヅキの王国が完成した。

 アスペタクルと戦うに当たっては、なにはともあれ戦力は多いほうが良い。

 ハヅキはまず、シェルターにいた人々を少しずつ懐柔していった。そして、そのまま統治し、心を掴んだ時、アスペタクルと交戦することを発表したが、特に反対は起こらなかった。

 今やシェルターの人間には、メガアクマと戦闘するための訓練の時間が設けられている。これも多くの者は賛同してくれた。賛同しない者は皆に否定されるように、また賛同した者は皆に誉められるように、ゆっくりと時間を掛けて水面下で工作しておいた。

 ついでに役に立つかどうかは分からないが、美少年を一人準備しておいた。

「完全にカルト教団とかと同じ手法ですよね」

「まあそういうな。メガアクマと戦うんだ。悪いことばかりではなかろう」

 司令室の中、ハヅキは喚姫と二人でお茶を飲む。

「喚姫」

「はい?」

「抱かせてくれ」

 喚姫はぶーっとお茶を噴き出した。

「な、な……」

 お茶が気管に入ったらしい。喚姫はごほごほと顔を真っ赤にして咳き込んだ。初々しい反応が実に可愛かった。

「ろ、露骨に言ってくるようになりましたねっ……」

「まあな。抱きたいものは抱きたい。俺はいつでもお前達には本音で接する」

 喚姫はまるで木葉がするようにジト目になった。

「ハヅキには木葉さんがいるじゃないですか。飛花さんもいるし、メガネさんもいるし。というか、どうせみんなにも同じこと言ってるんでしょう…?」

「うむ」

「み、認めたっ…」

 喚姫ははぁと溜め息を吐いた。

「まあハヅキらしいと言えばらしいですけど…」

「では抱いていいのか」

「駄目です! 木葉さんにも悪いです!」

「木葉になら、さっき喚姫を抱いてもいいかって許可とってきたぞ」

「もう…」

 喚姫はお茶をぐいっと飲み干した。

「駄目です。だいたい、私なんかのどこがいいんですか…」

「お前は俺が良いニンゲンだからついてきてるのか?」

 むっと喚姫は押し黙った。

「俺はお前の良い所も悪い所も好きだぞ。特定の部位が好きだから、お前を大事にしているわけじゃない」

 ハヅキは喚姫の隣に座った。

「お前は俺を仲間だと思っているだろう?」

「はい…」

「だから俺はお前を大事にする。俺は悪魔のように優しいぞ」

「もう…バカですよ、ハヅキは…」

 喚姫は肩を震わせている。

「私、そんなふうに優しくされる資格なんかないです…。ピロシさんが死んだ時も、そんなに悲しまなかったんですから…」

「そいつはお前の彼氏でもなんでもなかったんだろうよ」

「――――」

「ただの男友達だ」

「…そうです…ね」

「喚姫。一つだけ聞く。俺がいなくなったら悲しいか?」

 俯いた。

「当たり前じゃないですか…」

「ピロシがいなくなっても、そんなに悲しまなかったのにか?」

「それ以上言われたら、私、ヒトデナシになっちゃいますよ……」

「構わん。それが喚姫だ。そして、おれはニンゲンをそれほど上等なイキモノとは思っていない。だからヒトデナシ大いに結構。重要なのはこの俺を大事にできるか、できないか、だ」

「ハヅキってヒトの心に土足で上がりこむのが上手いですよね…」

「得意技だ」

 喚姫は肩の力を抜き、くすくすと笑った。

「そういえば、こんなふうに笑えるようになったのもハヅキと知り合ってからですね」

「ほう。では、もっと笑わせてやろう」

「え、ちょ、ちょっと」

 ハヅキは喚姫の両の脇腹に手を入れ、思いっきりくすぐった。

「きゃああっっ? きゃはははっ…だ、だめっ…きゃはははははあ…ああああ……だめっっ…手、手ぇっ…だ。だめっハヅキ……手がいやらしいっ!です! ああああああああっ」

 悶絶するまで、ハヅキは喚姫の腹をくすぐり続けた。

「ひ、ひぃぃ……ひ、ひぃどい…です……」

「これでお嫁にいけなくなったな」

「な、なんてこというんですかっ…」

 喚姫の上半身を、ハヅキは抱き起こした。

 笑い疲れたのか、ぐったりとしている。

「抱きしめていいか?」

「もう…。ダメです…」

「しょうがない。ではこれで許す。木葉」

 ハヅキが木葉を呼ぶと、天井裏からすたっと木葉が舞い降りた。

『呼んだ?』

「こ、木葉さん、天井にいたんですかっ」

「うむ。木葉にこそこそして喚姫を抱きしめてたら浮気だからな」

『あんたはもう浮気以前の問題でしょ』

「木葉、こっちにこい」

『はいはい』

 ハヅキは二人で喚姫を挟むように、木葉を座らせた。

「二人まとめて抱きしめよう。それならよかろう」

「ちょ、ちょっと。ハヅキ…」

「俺のおかげで幸福なのだろう、喚姫は。これくらいの幸せは俺にも与えろ」

「もう…強引なんですから……」

 喚姫は文句を言いたげだったが、抵抗はしなかった。

 ハヅキは両手を広げ、喚姫ごと木葉を抱きしめた。ぎゅううっと二人を抱きしめた。

 喚姫の柔らかい肉と、熱い体温がハヅキにも伝わってきた。

『喚姫ちゃん、大変な男に目をつけられたよね』

「私達って可哀想ですよね…」

 ハヅキは笑った。

「それ以上の幸福を見せてやる。だからお前達は俺の傍にずっといてくれ」

 

 

『アハハハハハハハ』

 また、奇妙な笑い声が聞こえた。

 ハヅキは木葉と喚姫を見たが、二人には聞こえていないらしい。

 

 

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