-天使のデザイア- アンデッドヒロイン

5章 決起


 

「あ、喚姫ちゃん。無事だったのかいっ」

 喚姫の案内でハヅキと喚姫の二人は地下シェルターの入り口へとたどり着いた。見張りらしき男性に声を掛けられた。

「はい。お騒がせしました。大丈夫です」

「そちらの方は?」

「はじめまして。ハヅキという者です」

 慣れない丁寧語を口にし、ハヅキはストレスを覚えた。

「襲われていた私を助けてくれた上に、怪我が治るまで匿ってくれたんです」

「そうだったのか。けど…」

 男は申し訳なさそうな顔をして二人を見た。

「一応決まりだからね。二人がメガアクマじゃないかどうか、確かめさせてもらうよ。歯を見せてくれるかい」

 ハヅキと喚姫は両手で「いーっ」と口を広げた。もちろん牙などない。

「よし、オーケー。入ってくれ」

 二人は見張りの男に頭を下げ、シェルターの中へと歩を進めた。

「まあ、俺達は正真正銘のニンゲンだしな」

「これからどうするんですか」

「まずはニンゲン関係を観察する。喚姫、案内を頼む」

「はい」

 ハヅキは喚姫の案内でシェルター内を探索した。食料保管庫や入り口、司令室など、重要な部屋には見張りがいるが、それ以外は開放的な場所でもあった。

 皆、久しぶりに戻ってきた喚姫の顔を見るなり、挨拶をしてくれた。男が多かった。予想はしていたが、喚姫は男に人気があるようだ。

「喚姫、男にもてまくりじゃないか」

「そ、そうでしょうか…?」

 自覚がない。そういう控えめな性格がまた男を引き付けるのだろう。

「むかつくぞ」

「そんなこと言われても…」

「しょうもない男に心を許しちゃ駄目だぞ」

「は、はいっ」

 さて。一通り見渡し、ハヅキも考えを巡らせることにした。

「しかし、人気があるのはいいことだ。それを使おう」

「?」

「まずは木葉とヒデヨシを中に入れねばいかん。喚姫、次の見張りは誰だ?」

「えっと……。あのヒトです」

 喚姫が教えてくれたのは、如何にも女性に縁のなさそうな男だった。

(確かあいつも喚姫に興味を持っていたな)

 ハヅキは鞄から弁当箱を取り出した。

「なんですか、それは?」

「俺の作った弁当だ。うまいぞ」

「もうごはんにするんですか?」

「いや」

 喚姫に弁当箱を手渡した。

「この弁当は喚姫が作ったことにする。あいつが見張りをする時に差し入れてやってくれ」

「ど、毒でも入ってるんですかっ?」

 いやいやと、ハヅキは否定した。

 

 

 眠った見張りをまんまとすり抜け、木葉とヒデヨシはシェルターの内部でハヅキ達と合流できた。

『す、すすすすすごいんだな! ハヅキさん! おら尊敬したど!』

『でも大丈夫? 見張りの人、目が覚めたら、急に眠くなったことを怪しむんじゃない?』

「あの手の男は自分が眠ってしまっても、それは自分の責任だと思うし、喚姫に言いように乗せられる辺り、状況分析に長けているようには見えん。絶対とは言えんがおそらく大丈夫だ。万一の場合は出口の門番を叩きのめして脱出する」

「それより、これからどうするんですか?」

「ここでの生活を始める。見張りを正式に通っていない木葉とヒデヨシは申し訳ないが、隠れながら生活してくれ。万一、誰かと出会っても口を開かないこと。牙を見せるな。我慢できるか?」

『わかった』

『ハヅキの兄貴の言うことならなななんでもきくんだな』

 うむとハヅキは頷いた。

 

 

 潜入してから一月程経った。

 喚姫の紹介により、彼女の友達の女の子二人と親しくなれた。ハヅキは少女達と談笑し「ははは」と笑った。

「ハヅキさんってほんと面白いヒトですねー」

「まあな、俺は面白い。何故なら面白さを研究しているからな」

 長い茶髪でお洒落、綺麗な顔の、『如何にもギャル』といったこの少女は飛花(ひか)という名前らしい。

 ハヅキはケバい女は嫌いだったが、飛花はそういうこともなく、見た目に反して可愛らしい性格だった。彼氏募集中らしい。

「――――」

 もう一人の少女は眼鏡だった。名前は聞いたが、眼鏡の印象が強く忘れてしまった。ハヅキは心の中で『メガネ』と呼んでいる。

「ところで知ってますー? 最近、このシェルターでヒトが消えていくって話…なんでも、シェルターの中にメガアクマが入り込んでて、こっそりヒトを食べてるらしいですよー」

「メガアクマか…恐ろしい話だな」

 間違いなくヒデヨシ達の事だろう。

 ハヅキは時計を確認した。そろそろメガネが自室へと帰る時間だ。

「あ、じゃあ、私、そろそろ失礼しますね」

「ああ、気をつけてな。おやすみ」

「うむ、おやすみ。よく眠ってこい」

「おやすみ、ゆみちゃんー」

 そういえば、ゆみという名前だった。

「飛花」

「…? はい?」

 飛花はハヅキに改めて声を掛けられ、きょとんとした。

「お前は自由になりたいか?」

「そりゃ、こんな生活いやですからねー。早くメガアクマなんかいなくなって欲しいですよ」

 ハヅキは頷いた。

「その言葉、覚えておこう。この一ヶ月楽しかったぞ。俺が世界の覇権を握った時には、必ずや飛花とメガネを俺の宮殿に迎え入れてやる」

「え…?」

「俺は強い。メガアクマなどに負けはせん」

「は、ハヅキさん?」

「なんだ?」

「どこかに行っちゃうんですか…?」

 飛花の表情が暗くなった。

「まあな、ここに寄ったのも少しばかり用事を済ませたかっただけなのだ。今晩立つ」

「そうなんだ…」

「楽しかったぞ、この一ヶ月。よくこの俺の話し相手を務めてくれた。お前達のことは決して忘れん。メガネは俺の好みではないが、あいつにも礼を言っておいてやってくれ」

「あ、あたしも、楽しかった、です……あれ」

 飛花の瞳からぽろっと涙が零れた。

「あ、あれれ…。な、なんだろ」

「む。俺は飛花に大事に思われているのか…?」

「当たり前じゃないですか…。こんなにいっぱい私と喋ってくれた人っていないもん…」

 飛花の涙は加速的にその量を増やしていった。

「すまんな、俺は女癖が最悪だ。俺の周りには女の子が何人かいる」

「あは…女の子の扱い、うまいもん、ハヅキさん。変だけど」

「そんなことはないが。しかし、俺はどの女の子とも適当な時間を過ごしたつもりはない」

 飛花は泣きながら笑った。

「普通、そこは『どの女の子とも』じゃなくて、『お前とは』ですよ。他の女の子といちゃいちゃしてることを認めてる男に、女の子が心を許すと思ってるんですかーっ…」

「俺は嘘をついてまで飛花に好かれたくはない。俺が嘘つきだったなら、今の俺とお前の関係はなかっただろう」

「そうです…よね…」

 ハヅキは優しく飛花の涙を拭ってやった。

「あたし、ついていっちゃだめなんですか…?」

「嬉しいが…。俺は女癖が悪いぞ。一年も付き合ってたら、お前は怒るぞ」

「いいですよ…。恋人になれなくても、友達でいたいです…」

「それと俺はお前が思っているような正義の味方じゃないぞ」

「別にいいです」

「では今から言う話をよく聞いてくれ。それから判断しろ」

 飛花は頷いた。ハヅキは自分や木葉、喚姫のことを、なるべく分かりやすく、そして何一つ包み隠さずに全て話した。

「どうだ。怖いか」

「そりゃびびりましたけど…。でも、怖くないです」

「どうしてだ」

「ハヅキさんは生き生きとしてる。このシェルターのヒトはみんな死人みたいだもん。あたしとこんなに喋ってくれたのはハヅキさんだけだもん」

「――――」

 生き生きしている。

 本当にそうだろうか。だが、ハヅキはあえて頷いた。

「そうだ。俺は生きているニンゲンだ。なるほど、ならばお前を死人の群れの中に残すわけにもいかないな。付いてきて構わん」

「一つだけ聞かせてください」

「なんだ?」

「どうして私に近づいたんですか? 利用するためだったんですか」

 ハヅキはなんと答えるべきか悩んだが、やはり全て本音で答えた。相手からの信頼を得るには、口先でごまかしてはいけない。そう信じている。

「最初はそうだった。ただ、今は情が湧いてしまったからな。お前がどういう決断を取ろうとも、悪いようにはせん」

「あたしもいきたい」

「よしよし」

 二人で親密な空気を楽しんでいると、不満そうな顔の喚姫が現れた。

「ほんっと、傍から見てるとメチャクチャしますよね、ハヅキ」

「喚姫か」

「あ、か、喚姫ちゃん。み、みてたのっ?」

「見てました。飛花さんが落とされるところを余すところなく」

 飛花の顔がかーっと赤くなった。

「ほんっとに、ほんっとに。なんでそんなに女の子が好きなんですかっ…」

「え、も、もしかして、喚姫ちゃんも同じこと言われたの?」

「言ったぞ」

「う、うわっ。ハヅキさん、自分で認めてるっ」

「そういう人なんですよ…」

「こそこそはせん。言ったものは言った。そして言ったことは全て真実だ。俺が守ると言ったら守る。だからお前らの力を貸してくれ」

 飛花はこくんと頷いた。

「よしよし。素直な子は好きだぞ」

「それも私に言いましたよね…」

「うむ、素直な喚姫は好きだぞ」

 はあっと喚姫は溜息を吐いた。

「それより準備が出来ました。木葉さんとヒデヨシさんも待ってます」

「その前に…。メガネはどうするか」

「ハヅキさん、名前くらい覚えてあげなよ…」

「ゆみですよ、ゆみ」

「良いのだ。俺とメガネの仲だ。これは親愛のあだ名だ。で、メガネはどうするかな」

「大丈夫ですよー。ゆみもハヅキさんのこと、大好きだからきっとついてくるよ」

「そうか。よし、ではやるか。喚姫、飛花。行くぞ」

 

 

 シェルター内の民間人は寝静まっていた。

 ハヅキは左右に喚姫と飛花を連れ、ずかずかと司令室を目指して歩いた。

「な、なんでー? なんで皆、寝静まってるのー?」

「喚姫が今日の配給品に睡眠薬を忍ばせた」

「はい、ばっちりです」

「でも、あたし眠くないよ…?」

 確かに飛花も今日配給された食糧を口にしていた。もっともな疑問を口にする。

「お前とメガネの分には睡眠薬を入れていない。お前達は最初から仲間に引き入れるつもりだった」

「あ、あたし、もしかして、ハヅキさんの計画通りに動いてる…?」

「そういうヒトなんですよ」

「あたし、もしかして、ものすごく性格悪い人を好きになった…?」

「そうなんですよ」

「喚姫。最近なまいきだぞ」

「ハヅキのせいです」

 ハヅキとそんなやり取りをする喚姫を、飛花はまじまじと見つめた。

「喚姫ちゃんがそんなふうに話すの、初めてみた」

「?」

「だって、いつも、誰にでも遠慮して話してたもん。それにヒトを呼び捨てにするのも始めて聞いた…」

「そうかもしれませんね……」

 そうだ。

 喚姫はおそらくヒトを呼び捨てにしない性格だと思ったのだ。だから、死んだ彼氏(ピロシ?)もさん付けで呼んでいた。ハヅキはまず親密になるために、呼び捨てで呼ばせることにしたのだ。

「まんまとハヅキの思い通りにされたという感じです…」

「うわぁ…こわ…」

「お喋りは終わりだ。ついたぞ」

 司令室の入り口が見えてきた。戦闘用の装備を整えたガードマンが二人いる。さすがにこれは眠らずに起きていた。

「なんだ、お前達は?」

 ハヅキは無駄だとは思うが、一応は交渉を試みた。

「司令官に合わせて頂きたい。メガアクマに関して重要な話がある」

「なに? 話ならまず俺が伺おう」

 まあそうなるよな、とハヅキは肩を竦めた。

 ハヅキは軽く右の拳を握った。それが合図だった。二人のガードマンは完全にハヅキに意識を集中している。

「―――――!」

 音もなく天井から舞い降りた木葉とヒデヨシは、自慢のメガアクマの腕力を使い、二人のガードマンを昏倒させた。

「よし。中にヒトはいるか?」

『司令官だけだよ』

「よしよし。ヒデヨシ、まずはお前が突撃して中の様子を見てくれ」

『うおおおおおお!』

 ヒデヨシは本当に従順だった。ハヅキの命じた通り、正面の扉から乗り込み、部屋の中で大暴れを始めた。

 どしん、どしん、と部屋の外まで音が響いてくる。

『うおおおおおおお!』

 ヒデヨシの勝利の雄たけびが聞こえた。勝ったらしい。

「飛花」

「はい?」

「俺はヒトを殺すこともある」

「……っ」

 飛花は生唾を飲んだ。

「それでも俺は進まねばならん。そんな俺についてきてくれるか?」

 ハヅキは飛花の目をじっと見た。飛花は顔を赤らめ、頷いてくれた。

「よし。では握手だ」

「え、あ、う、うんっ」

 飛花は差し出された手を掴み握手した。男に好かれることはあっても、握手されたことはなかったのだろう。飛花の顔がまたぽーっと赤くなっていく。

『ハヅキ、また新しい女の子手なづけてる…』

「見事な落としっぷりでしたよ」

「大丈夫だ、俺は強いからお前達を守り抜くことができる」

 ハヅキは胸を張り誇った。それは確かに過剰な自信の表れであり、少女達を囲むことを肯定した発言だ。

 胸を張ったのに、ハヅキの心の中には苦痛があった。どんなに、誰がいても、いなければならないニンゲンが一人足りていない。いや、二人か。

『アニキー! しししし司令官をやっつけたんだなー!』

「ご苦労、ヒデヨシ」

 ハヅキはまるで新しき王様のように、ずかずかと司令室の中へと踏み込んだ。司令官だった男は部屋の中央で失神している。

 ハヅキが最初にしたことは、今まで司令官が座っていた席にどかっと音を立てて座ったことだ。

「本日よりここを俺の基地にする。今日はお前達のおかげで勝利することができた。皆、よくやってくれたな。特にヒデヨシ。お前の武勇は決して忘れん」

『おおおおお! アニキの役にたっただー!』

『これからどうするの、ハヅキ』

 木葉の疑問に対し、ハヅキは倒れた司令官から眼鏡を奪い取って装備し答えた。

「今日のことは隠蔽する。俺はこのままこいつの代わりに司令官を務める」

『そ、そんなことできるのっ?』

「一人ではムリだが……。このシェルターの人口が一五〇として。今俺の仲間はメガネも含めるなら六人だ。お前達が水面下でうまく動いてくれるならなんとかなる。飛花」

「は、はいっ?」

 突然名指しされ、飛花は飛び上がった。

「お前とメガネは、喚姫の他にも親しい友達はいるか? いるならそいつのことは悪くは扱わん」

「ううん、特にいないかなぁ…」

「よし。では、一切の遠慮もなく、今後はこのシェルターは俺が支配する。木葉、喚姫、飛花、メガネは民衆の中に混ざって、司令官すごいという印象を、無意識層から与えてやってくれ」

「無意識?」

 飛花は首を傾げた。

「心理学ですよ、飛花さん。完全にシェルターのヒトをマインドコントロールする気でいますね」

「人聞き悪いことを言うな、喚姫。メガアクマの支配などよりも、この俺の理想に賛同したほうが楽しいぞ」

『相変わらず滅茶苦茶言ってる…』

 困った様子の木葉に、ハヅキは胸を張りガハハと笑った。

『お、おおおおおらはなにをすればいいんだな?』

「ヒデヨシ、お前には名誉ある仕事を与える。お前にしかできないことだ。この俺のボディーガードを任せる」

『おおおお! おおおら、アニキを守るど!』

「うむ。それと…。木葉、喚姫、飛花、メガネになにかがあった時は守ってくれ」

『わかっただ!』

 ヒデヨシは従順に何度も頷いた。飛花がそんなやりとりを見て項垂れた。

「あたしも外からみると、あんなふうに落とされたのかなぁ…」

「私も先月同じ感想を持ちました…」

『実は私も思ったことあるんだよね…』

 ふははははとハヅキは胸を張った。

 

 

 

 

 無意識。

 心理学。

 眠る時、いつも夢の中でそれを教えてくれた妄想の少女がいた。

 

 

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