-天使のデザイア- アンデッドヒロイン
4章 増強
『如何なさいましょう、アスペタクル様』
ノーブルメガアクマは主の少女に全ての報告し、その答えを待った。
『――――』
『は』
部下を下がらせ、アスペタクルは酒を注いだグラスを煽った。
正しく魔力の美貌。彼女の容姿は絶世の美少女という言葉すら生温い、『魔力』の域に達する美貌だ。人は言った、西の王アスペタクルの姿を見入った者は二度と戻ってこないと。それは決して例え話ではないだろう。
アスペタクルは立ち上がった。
『出かける』
『は』
彼女は塔の窓から夜の空へと飛び立った。
流麗な動きはまるで彗星の如く、鮮やかに、美しく、アスペタクルは飛び立った。
夜の街を歩きだしたハヅキはシェルターとは逆の方向に足を向けた。
「あれ。地下シェルターに行くんじゃなかったんですか?」
「いや、先にやりたいことがあってな」
『なにするの?』
「メガアクマを一匹、生け捕りにする」
女二人は疑問の表情を浮かべた。
「捕獲して家で実験をする。例えば酸素を絶てば他の動物と同じように死亡するのかとか、太陽の光には当てればどうなるか、などを調べる」
「実験ですか…。グロいです。というか捕獲…なんてできるんですか…? 相手はメガアクマですよ」
「なんとかしよう」
ハヅキは景気付けに金属バットを振るい、ふと思った。
「いや、やはりもっと優先するべきことがあった」
「?」
「装備を整えよう。街跡にでもいくぞ。なにか有益な武器が残っているかもしれん」
『そんなところに行くなら、メガアクマの出歩けない昼のほうがいいんじゃないの?』
メガアクマを昔から知っているハヅキからしたら、随分と変わったものだと思った。昔は昼間でも出歩いていたメガアクマも、今では夜の活動がメインとなっていた。
「そんなことをしたら、お前も出歩けないではないか。俺はメガアクマに遭遇するよりも、動けないお前を独り、家に残すほうが危険だと考える」
「私も留守番していましょうか?」
「いや、喚姫が残っても、相手が暴力で訴えてきた場合は危険だ。やはり、最も安全なのは、常に全員が行動を共にすることだと思う」
ハヅキの言い分に女二人は納得したようだ。取るべき行動が決定したので、足を街跡へと向けた。
「メガアクマ、出ますかね…」
「そうだな。どうせ、何処かで捕獲はせねばいかんのだから…。二匹相手までなら勝利できる。だから、二匹以下のグループを発見した場合は攻撃する。三匹以上の場合は状況によるが、基本的に接触しない方向で行こう。もし、敵から攻撃をされた場合は俺が前に出る。お前達は俺の背後から襲おうとするやつがいたら、そいつらに棒でもぶつけてくれ。なんとか突破口を切り出すので、そこから逃走する。逃走順位は木葉が前だ。メガアクマになっているから多少の力は出るだろう。もちろん、お前は積極的には戦うな。あくまで非常時の防衛手段だと思ってくれ。真ん中は喚姫だ。喚姫は敵と接触せず、なにかあったら冷静に大声で俺と木葉に状況を伝えてくれ。俺がしんがりを務め、追っ手を散らす。これでいいか?」
「私、足手まといですよね…」
喚姫が落ち込んだ表情でそう言った。いやいやと、ハヅキは否定する。
「適材適所という言葉がある。喚姫は暴力には向かんかもしれんが、きっと他の役に立てる。だから気を落とすことはない。それに乱闘に参加せず、大声で注意を呼びかけるのも重要な役目だ。頼んだぞ」
「は、はいっ。がんばりますっ」
『私は暴力に向くっていうのー?』
木葉が頬を膨らませた。
「うむ、得意だろう」
ハヅキはそういい切った。木葉の頬がもっと膨らんだ。
警戒も杞憂に終わった。
ハヅキ達は厄介な敵と遭遇することもなく、無事に街へと辿り着いた。
ここではかつて戦が行われたらしい。ニンゲンの他にもメガアクマの死体も転がっている。死体が装備している武具を頂きにきたのだ。
適当な建物へと入る。
「さて、使えるものをもらっていくとするか」
まずは防具だ。衣服の下に身に付けるプロテクターを三人分見繕った。上半身だけではなく、下半身や足首、腕の装備もしっかりと探した。
「問題は武器だが……。金属バットだけでは心元ないな」
『どうするの、ハヅキ』
「飛び道具や火気が欲しい」
「えっと、あの、ハヅキ……。この店、二階もあるみたいですけど…」
「――――」
喚姫が階段を指した。如何にもなにか出そうな、不気味な二階だ。
「二階へ行こう」
ハヅキは階段を昇る。もしかしたら二階ではメガアクマやゾンビが待ち構えているかもしれない。だから、なるべく足音を立てずに昇った。
木葉と喚姫もついてくる。
「――――」
階段を昇り終えた時、ハヅキはなにかとぶつかった。
まるでニンゲンのようななにかと。
「――?」
ハヅキはよく前を見た。
メガアクマが大きな牙を覗かせて笑っていた。
「おおう!」
ハヅキは恐怖を打ち払うように掛け声を上げ、バットでメガアクマを殴り倒した。
『ぐぎがあああああああああああああああ』
「ふん」
「な、なんですかっ!」
『え、な、なに? なんかいたの、ハヅキっ?』
後ろで女二人が慌てている。
「いや、メガアクマが待ち構えていた。驚いたぞ」
『全然驚いたように見えないよね…』
「まあ、驚いたら、まずは恐怖するよりも先に状況分析だ。仲間か敵か。仲間でないなら攻撃だ。恐怖して冷静な判断を失えば不利になる」
『普通そんなことできないって…』
「普通そんなことできませんよ…」
木葉と喚姫の声がはもった。ハヅキはうーむと考えた。
「まあ、とにかく武器だ。飛び道具を集めるぞ」
ハヅキの指示通り皆で武器を探すことにした。
銃器を発見した。
「でも、これってニンゲンの装備ですよね。こんなもの、メガアクマに効くんですか?」
「いや、これで殺すことは難しいが、威嚇にはなるかもしれん。何度か戦って思ったが、あいつらは目で獲物を追っている。目を潰せればそいつは敵戦力から除外できるかもしれん」
『ハヅキはこういうのを改造できないの? 改造してすごく強くするとか、よくあるじゃん、ゲームで』
「残念だがそういうスキルは持ち合わせていない。とにかく使えそうな武器を集めるんだ」
はいっと女二人はハヅキに返事し、てきぱきと装備を集めだした。
(うーむ。これで装備は手に入ったが。相手は化け物だしな。もっと仲間が欲しいな。うーむ。うむむむ…)
ハヅキは木葉と喚姫が装備を集めている間も、ずっと頭を捻っていた。
(地下シェルターのニンゲンをなんとかするか? いや、懐柔する手段を持ち合わせていないな。うーむ。となると…)
ハヅキは先ほど叩きのめしたメガアクマの男に近寄った。
まだ生きている。
「おい」
『あー?』
「お前ニンゲン食いたくないか?」
『くくく食いたいんだなあ。お、おおおお前を食いたいんだなああ』
「まあ、落ち着け。もっといっぱい食わせてやる」
『あー?』
「これから地下シェルターを攻める。お前にもたらふく食わせてやる。だから、この俺に協力しろ」
『なななななんで俺がそんなことをしなくちゃいけないんだな?』
「お前は俺と戦って負けたよな?」
『そそそそうだな』
「男は敗北したら相手にはどう扱われてもしょうがない」
『そそそそそうなのか?』
「お前はメガアクマの縛りと、男の誇りとどちらが大事だ? この俺が、負かしたお前を必要だと言っているのだ。俺はメガアクマの王などよりも強いぞ。俺を信頼し、この俺に力を貸せ。その代わり、お前を幸福にしてやる」
ハヅキはじっとメガアクマの目を見て言った。さっきバットで殴ってしまったために、顔面はやや陥没していたが。
『あ、ああああんたへんなやつなんだな』
「変ではない、素晴らしいのだ。俺の名はハヅキ。お前は?」
『おおおおれの名前は…な、ななななんだっけ?』
「名前を忘れたのか?」
メガアクマはしょぼんとした顔になった。
「お前は仲間のメガアクマにはなんと呼ばれていたのだ」
『お、おい、とか、おおおお前とか、だったな』
「なるほど。では、俺がお前に新たな名をプレゼントしてやろう。そうだな…。在野であったお前を俺は気に入り見つけた。今宵は運命の出会いとも言えるだろう。かつて、戦国時代を馳せた織田信長公に因み、お前の名前は『豊臣秀吉』にしよう」
『おおおおおっ? お、おらがトヨトミヒデヨシ!』
「そうだ。お前が架の者に負けない程、主のために戦うというのなら、それを名乗ることを特別に許す。どうだ、つまらんメガアクマなどよりも、この俺と戦うことを楽しいと思わんか?」
『おおお思っただ! おら、あんたについていくぞ!』
ハヅキが差し出した手をヒデヨシ(?)は握り返した。握手は成立した。
「うむ。ではよろしくな、ヒデヨシ」
「おおおおお!」
ヒデヨシが仲間になった。
『よくやるわね、あいつ…』
「傍から見ると、私もあんなふうに仲間にされてたんでしょうか…」
三人の仲間を連れて帰りながら、ハヅキは頭を捻った。
メガアクマは確かに強力な仲間ではあるが、その維持のためにはニンゲンが必要だ。エサとなるニンゲンを効率よく集める手段も考えなければならない。
また今はとにかく人手が欲しい。メガアクマだけではなくニンゲンの仲間も欲しい。それから対アスペタクルに備え、戦術の幅を広げるためにも美少年が一人欲しい。
「喚姫、地下シェルターにお前の友達はいたか?」
「えっと…女の子で仲の良い友達なら二人ほどいましたけど…」
「よし。まずは地下シェルターを制圧するぞ」
『おおおおさささっそく襲うんだな?』
涎を垂らすヒデヨシに女二人は引いた。
「いや、違う。いいか、作戦はこうだ」
ハヅキは皆に自分の作戦を伝えた。