-天使のデザイア- アンデッドヒロイン
3章 王国
「ありがとうございます。もう大丈夫です……」
ハヅキの部屋に連れ込まれた喚姫は最初でこそ口を開かなかったが、一晩の眠りを経た頃には落ち着きも取り戻していた。
ハヅキは喚姫の様子を伺った。
(悲しんでいるフリ?はしているが、絶望に落ちているほどではないな)
恐らく喚姫とピロシは、それほど『重厚』な関係の恋人ではなかったのだ。相手に全ての未来を委ねた関係ではなく、『軽い関係』だったのだろう。
確かめてみることにした。
「ああ、そうだ。喚姫」
「はい?」
「無礼な質問かもしれんが……真面目な質問だ。恥ずかしがらずに答えて欲しい。大事な質問だ」
ハヅキがじっと瞳を見つめると、緊張したのか、喚姫は生唾を飲み込んだ。
「は、はいっ」
「喚姫は処女か?」
「……っっ?」
いきなりの問いに喚姫は顔を赤らめたが、まっすぐと真面目な顔でハヅキが目を見つめていると、恥ずかしがりながらも答えてくれた。
「あ、は、はい。そうですけど…」
「なるほど。いや、いきなりの無礼な質問、許されよ。とても大事な質問だったのだ」
そう澄ました顔で言いながらも、ハヅキは胸中でガッツポーズを取った。どうやら、ピロシとはそういう仲ですらなかったらしい。
「喚姫。お前は帰る場所があるのか?」
「地下シェルターに行くくらいでしょうか…」
ふんふんとハヅキは頷きながらもほくそ笑んだ。
「ではここにいろ。これもなにかの縁だ。この俺様が守ってやろう」
「え?」
「これもなにかの縁だ。それに俺は可愛い女の子が好きだ。大好きだ。だから守ってやる」
「え、えっと。ありがとうございます…?」
「それと…そうだな。やはり、最初のうちに木葉のことも説明しておくか」
今は寝室で休んでいる木葉はメガアクマだ。ハヅキは木葉のことを、一切なにも隠さずに喚姫に説明した。
「そ、そうだったんですか…」
「うむ。木葉はニンゲンを食わねばいかんが、もちろん君をその犠牲にするつもりはないし、永久にこの状況に甘んじているつもりもないことは分かって欲しい」
「分かりました」
「うむ、素直だ。そういう子は好きだぞ」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
まだ緊張しているのか、喚姫の声は何処か固かった。
「敵のメガアクマを探すことも大事だが……。君が俺の仲間になるなら、まずは親睦を深めよう」
「はぁ…」
「ゲームは好きか?」
「え、えっと、普通です…」
「よしよし。ここには俺のお気に入りのビデオゲームが幾つかある。今日から徹夜でこれらをコンクリ(コンプリートクリア)していくぞ」
「そ、そんなことしてていいんですか…? メ、メガアクマがいつくるか、分からないのに」
「構わん構わん。遊ぶことは大切だ。娯楽を忘れて人生が楽しめるものか。地下シェルターの生活には、そんなものがなさそうだが」
「…………」
喚姫はじーっとハヅキの顔を見たあと、噴き出した。
「へ、変なヒトですね、あなた」
「うむ、やっと笑ったか。ところで俺は変ではない。変なのは他のニンゲンだ。人生は楽しまねば損だ」
喚姫がゲームで遊ぶことを承諾してくれたので、ハヅキもいそいそとモニターにゲームを接続しプレイを開始した。
「おつまみも欲しいな」
常備してあったリンゴをナイフで切り、皿に並べた。
「――――」
リンゴを見ると、弓矢を思い出し、同時に酸っぱい思い出も蘇った。
甘いリンゴなのに気持ちだけは酸っぱい。
そういえば、このゲームも全て昔彼女と一緒に遊んだものだ。
『ふあぁ…』
陽も沈んだ頃、木葉があくびをしながら現れた。
あれから一週間、ハヅキも喚姫も猿のようにゲームをプレイし続けた。
『よくそんなに遊べるなぁ…』
「あ、木葉さん。おはようございます」
テレビから目を離し、喚姫は木葉に頭を下げた。
ハヅキと喚姫はゲームを通じて友情も深まった。ゲームを通じ、一緒に世界を救った。その時に得た達成感と相手とのチームプレイが、ここまで二人の仲を深めたのだ。
「さて、十分遊んだし。そろそろ今後の方針を練るか」
ゲームの電源を切り、ハヅキは木葉と喚姫に身体を向けた。
「西の王、アスペタクルをなんとか攻略する。二人ともなんでもいい、そいつについて知っていることを教えてくれ」
「なんでもいいって言われても…」
「なんでもいい。性別でも容姿でも年齢でも身長でも。とにかく情報は多いほうがいい」
「アスペタクルですか…」
喚姫は少し表情を沈めた。
「知っているのか」
「皆が知っている程度なら…」
「俺はこのような生活をしているので一般知識は少々疎い。教えてくれ」
喚姫が語ったのは以下のような内容だった。
まず、メガアクマにはランクがある。数日前にハヅキが薙ぎ倒したのが最下級のデミアクマと呼ぶ。
そして、今の木葉のように通常の認識ができるレベルのものをメガアクマ。
更にその中から選ばれた高貴なメガアクマがノーブルメガアクマ。
それらの頂点に立つのが東西南北の四体の王なのだ。
アスペタクルは西の王であり、美しい少女の姿をしているそうだ。その瞳に見入られたものは石化し、口から吐き出すブレスは世界を焼き尽くすと言う。身体はあらゆる鉱物よりも硬く、如何なる刃も通さない。
「……なんだ、それは。めちゃくちゃじゃないか」
『だから言ってるじゃん! ニンゲンが勝つのはムリだって!』
「え…! ア、アスペタクルに勝つつもりだったんですかっ…?」
「うーむ。今の話を聞く限り、少々分が悪いな」
「少々どころじゃないですよ…。いくらハヅキさんでもムリですよ…」
「喚姫」
ハヅキは静かに喚姫の名を呼んだ。
「は、はい…?」
「俺のことは呼び捨てで構わんと言っただろう。さん付けでは他人のようで気持ちが悪い」
「あ、は、はいっ」
「では、復唱だ。俺の名を十回呼んでみろ」
「ハヅキ……ハヅキ…ハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキ……」
「よし。ではもう一度、言い直してくれ」
「え、えっと…。少々どころじゃないですよ…。いくらハヅキ……でもムリですよ…」
うむ、とハヅキも頷いた。
「まあ、しかし、撃破が難しいからと言って諦めるわけにもいかん」
ハヅキは考えた。
「うーーむ。さて、どうするかな。そいつの好きなものを知っているか?」
『女の子みたいな美少年が好きらしいよ』
「…美少年……とな」
頭の中にあるプランが過ぎる。
『ハヅキは美少年じゃないね』
「どっちかっていうと横暴男子って感じですよね」
「ふむ。美少年か…」
よし、とハヅキは立ち上がった。
「まずは美少年を一個入手しよう。地下シェルターを攻めるぞ」
「え! に、ニンゲンを攻めるんですかっ!」
まだハヅキと知り合って日の浅い喚姫は仰天した。ハヅキは真っ直ぐと喚姫の目を見つめ諭した。
「喚姫。俺は他の何万の犠牲を払おうとも、俺に尽くしてくれた者、喚姫や木葉は守らねばならん。それが主の務めだ。俺はこれから非人道的な行為もとる。それでも喚姫や木葉にはついてきて欲しいんだ」
「――――」
「だがお前をこの悪の道に誘い込む以上、俺は誓おう。俺は最後までお前の為に戦ってやる。地獄に落ちても守り抜くことを誓ってやる。だから、この俺に手を貸せ」
「は、はい……」
「よし。急に迫って悪かったな。だが、今のは俺の誓いだ。覚えておくがいい。お前はもうこの俺の仲間なのだから、命賭けで守ってやる。だから、お前も俺を幸せに力を貸してくれ」
じっと目を見つめていると、喚姫の頬が紅潮していくのが分かった。きっと恋人だったピロシにもここまで言われたことなどなかったのだろう。
『よく彼女がいる身でそんなことできるよね』
後ろから木葉が悪態を付いてくるが、ハヅキは心外だとばかりに肩を竦めた。
「いや、なに。木葉も可愛いが、喚姫も可愛い。どちらも俺のものにしたいのだが」
『……ハーレムかよぅ…』
木葉の肩ががくっと落ちた。
「?」
喚姫は木葉とハヅキのやり取りが聞こえていなかったらしく、首を傾げていた。
泉がいた時は泉にしか興味がなかった。なにかが壊れたのかもしれない。