-天使のデザイア- アンデッドヒロイン
2章 悪魔喚起
ハヅキは思考力を取り戻した木葉から更なる情報を聞き出した。
「なるほど。つまりメガアクマには東西南北、四方にボスがいる。お前を操作しているのは西の王、アスペタクルというやつなのだな?」
『ムリだよ…。いくらハヅキが強くても。あ、あ、あんなの、ニンゲンが勝てるわけ……勝てるわけないよ…』
「俺はニンゲンだから、とか、メガアクマだから、という考えが好かん。所詮、生物の性能差など、用途と性質の違いだ。アメーバーを相手にしたって、なめてかかれば、そいつはアメーバーにすら負けるだろうよ」
『うー…』
ハヅキは戦闘のプロではない。それどころか、ケンカすら殆ど経験したことがない。かつて戦った時も泉のサポートが精一杯であった。
ハヅキを支えているのは、ただ、二度と自分を愛してくれる処女を失いたくないという誇りと信念、そして木葉に手を出した相手への憎悪だ。
「そいつを殺せばいいのか?」
木葉は首を横に振った。
『その人が死んじゃうと、支配下におかれたメガアクマもみんな灰になると思う…』
「ぬう」
ハヅキはさすがに唸った。
「ふぅむ。ではどうしたものかな」
『ね、ほら、ムリだよ。もう諦めようよ』
「ふん。この世界に不可能なことなどあるものか」
あらゆる戦略、戦術を駆使すれば、必ずや勝利への糸口が掴めるとハヅキは信じている。諦めればそこで負けるのだ。
「質問だ。そいつが死ねばどうして支配下のメガアクマも死ぬのだ?」
『私達はもう死んでいるから…。その人の力がなくなったら、生きる力がなくなっちゃうから』
「ふぅむ…」
ハヅキはまるで難解なパズルを解くように、頭を捻った。
「木葉はそいつと会ったことがあるか?」
『一回だけ見たことあるけど』
「よしよし。とりあえず極端な話をすれば、現状のままでも、人肉さえ手に入れば、生存には困らんわけだが…。いつまでもそいつの掌の上にいるというのも面白くはない。この件に関しては適切な解決手段を考え、なるべく早く答えを出す。それでいいか?」
『もうヒト、食べたくないよ…』
「我慢しろ」
『そこまでして生きていたくないもん…』
また泣き始めた木葉の頭をハヅキは殴った。
『痛い…』
「お前には生きる義務がある。お前が死ねばこの俺が不幸になる。お前はこの俺を幸福にする義務がある。それが大事な人間というものだろう」
『うん…』
「確かに俺の選択はお前を不幸にしているかもしれん。しかし問題の解決に全力を尽くす。だから暫しの間、耐えて欲しい。この俺のために」
木葉はなにか言いたげだったが、口でハヅキに勝てるはずもなかったのだ。黙って俯いてしまった。けれど、決して全てが不快でもなかった。
ハヅキに大事にされている。その想いが木葉を幸せにも感じさせた。
『――――』
本当は死にたかったわけじゃない。木葉も人肉を食べてでも生きたい。ただ、それを言葉にすれば醜く思えたかもしれないし、なによりもハヅキに優しくされたかったのだ。
「む?」
ハヅキが木葉を連れ、夜の街を散策していると再びメガアクマに襲われているニンゲンを見つけた。
男だ。
「ふむ、あれは助からないな」
『み、見捨てるの?』
「うーむ。いや、救助は厳しいな……あ、死んだか」
メガアクマが嬉しそうに男を食らおうとする。
ハヅキは足音も立てずにそっとメガアクマの背後に忍び寄り、もう慣れたように敵の頭を金属バットで叩き割った。
『ぐぎがああああああああああああああああ!』
ハヅキは殺された男の死体を担ぐことにした。
「とりあえず、ニンゲンの死体は何処かに集めておこう。塩漬けにして腐らんように保管できれば、お前の食生活も安定するな」
『ハヅキってホントに他人に冷たいよね…』
「誰だって他人には冷たいものだと思うが」
口ではそう言いながらも、ハヅキはよく知っていた。
昔、運命を共にした少女は自分よりも他者を優先したし、ハヅキもかつては見知らぬ天使を助けることもできた。
『そこまで割り切れないよ、普通…』
とりあえずハヅキは死体を肩に担ぎ、家に向かって帰ることにした。
「きゃあああああああ!」
「む?」
再び、メガアクマに襲われているニンゲンを見つけた。今度は女の子だ。
「なかなか可愛いな。よし助けよう」
木葉が半目になった。
『女の子なら助けるんだ…』
少女は複数のメガアクマに囲まれていた。
「せいやー!」
ハヅキは柄にも無く掛け声を上げて気合を入れ、背後から盛大にメガアクマの頭を叩き割った。
「きゃああああああっ?」
突然現れたハヅキに少女は悲鳴を上げた。
「安心しろ。俺は味方だ。木葉、その子を助けてやれ」
『大丈夫?』
木葉は倒れている少女に近寄り、手を差し伸べた。
「ひっ? メ、メガアクマっ?」
「大丈夫だ。そいつは味方だ。む……少しばかり敵が多いな。お前達も力を貸せ」
ハヅキは懐に入れてあった鉄パイプを二本、女達に放り投げた。
「お前達は前に出るな。この俺を援護しろ。俺を背後から襲おうとしたやつがいたら、それを投げつけて威嚇するだけでいい」
ハヅキはそう言ったが実際には手助けの必要など殆どなかった。
瞬く間にハヅキの金属バットは、周囲のメガアクマを腐肉の海へと変えた。女二人に勇士を見せることができたハヅキはとても満足した。
「あ、ありがとうございました…」
「うむ、喜べ。俺が偶然通りかかってラッキーだったな」
「は、はい。本当にありがとうございました」
少女の名は喚姫(カンキ)と言った。喚姫は何度も頭を下げ礼を述べた。
清楚な少女だった。
何処となく、泉と似ている雰囲気を持っていた。だから、ハヅキはこの喚姫が気に入った。
「さて、なんと呼ぼうか。呼び捨てでいいか?」
「あ、どうぞ」
「では、喚姫と呼ぼう。喚姫は帰る場所があるのか?」
「えっと……逃げてる途中、か、彼氏とはぐれちゃったんだけど…」
ハヅキは舌打ちした。男持ちの女に興味など持てなかった。
『その人、どんな男の人ですか?』
「えっと、緑のズボンとセーターを着ていたひ……」
喚姫はハヅキが担いでいる死体を見、硬直した。
「あ、あ、あの、そ、その人…」
「ん? ああ、こいつか。あっちに落ちてたから拾ってきたんだが。知り合いか?」
このバカ、と木葉がハヅキの後頭部を殴った。
「ひいっっ?」
喚姫はがたがたと震えた。
「ピ、ピロシさん……」
ハヅキはぼりぼりとコメカミを掻いた。
『ホントに知らない人には冷たいよね、ハヅキ』
「――――」
そうだな、とだけハヅキは答えた。冷たくなったのだ。
喚姫は泣き出すこともなかった。ただただ呆然とピロシの死体を見つめていた。
ハヅキは冷静に喚姫の様子を伺った。恋人を失って悲しい、というよりは死体に対する恐怖と驚愕が強い。なるほど、その程度の関係なのだな、と目算をつけた。
「大丈夫か?」
「……」
男(ピロシ?)を葬ってやった後も、喚姫は俯いたままだった。
「気持ちは分かるが、ここは危険だ。俺の家にこないか?」
喚姫は肯定しなかったが、否定もしなかった。完全に呆然としている。
手を引けば抵抗もしなかったので、ハヅキは喚姫を自宅に持ち帰ることにした。
「そうだ。木葉の分だけではなく、ニンゲンの食料もいるな」
そう思い、自宅へ戻る前に商店へと寄ることにした。もちろん店員はいないが、食料はそのまま残っているだろう。それを頂戴することにした。
『アハハハハハハハ』
突然奇妙な笑い声を耳にし、ハヅキは足を止めた。
敵かと思い辺りを見渡したが、誰もいなかった。