-デイブレイク 後章-
四 ヴァジル。
巨大な扉を背に置き、炎の妖魔はその場に座り込んだ。胡坐をかぎ、目を閉じ瞑想する。
部屋は暗く、松明の灯りのみが床壁を照らす部屋だった。扉の間は広く、壁も床も柱も強固であり、ヴァジル程の者が全力で戦っても十分耐えるだろう。
石畳の上に胡坐をかいだヴァジルは耳を澄ました。静かな部屋に鳴る松明の音が心地よいリズムに聴こえた。
獲物を撃ち損ねたヴァジルは舌打ちした。不覚にも扉の奥へと行かせてしまった。
あの男は何だ。ヴァジルの火炎すら弾く強力な対魔力。この場に居座るヴァジルの目を盗み奥の間へと進んだ穏便性。
人間、だったか。ホリティと言い、その男と言い、最近は人間が小賢しい力を持ち出してくる。
ヴァジルは胡坐をかいだまま思案に耽る。己はすぐに怒りに身を任せてしまう。主にも注意された。それではいけない。如何なる時でも冷静に最適の判断を下すのも強さの一つだろう。
「落ち着け。我が役は門の見張りよ。討ち洩らしの相手を深追いするべきではない」
大きく息を吸い、吐いた。
丁度その時、次の侵入者が部屋の中に乗り込んできた。
女が二人だ。妖魔と人間か。片方は人間というよりは少し歪だ。ホリティに近い。これが十裏魔術家の女かとヴァジルは納得した。
「本来ならてめェらのような雑魚を我が相手をすることもないのだが。どうも他の奴らは使えねェ奴等か、信用ならん奴等ばかりだ」
コーデリアは笑った。炎の妖魔も笑い返した。そういった命の遣り取りに慣れていないのか好いていないのか、紺野だけは顔を歪めた。
暗い部屋だ。天井も高いのだろう、灯りは部屋の全てを照らすまでには行き届いていない。頭上はどこまでも暗黒が続いている。
「名を聞いておこうか。我は白色の君の側近の一人、炎のヴァジルだ」
側近という言葉を聞き、コーデリアと紺野は意識を引き締めた。目前の圧倒的な妖気を放つ男は最強の妖魔の一人だと知ったからだ。そして名乗られた以上、こちらも名乗らぬわけにはいかぬだろう。
「私は十裏魔術家の一つ、アンドレアルの当主、強化兵のコーデリアです」
「紺野・リー・ドリアン」
「そうか。念のため聞いておくが、たったの二人でいいのか?」
紺野もコーデリアも黙った。
側近の強さを知っている。炎の妖魔、ヴァジルの武勇伝も聞いたことがある。
その強さ、比類はなく。
吐き出す炎は煉獄。
迎え撃つは千億の魑魅魍魎。
勇者は如何なる時も勝利を信じ戦い抜いた。
紺野の息を呑む音が静かな部屋に響いた。妖魔として生きてきた彼女の方がコーデリアよりも、ヴァジルの絶対的な上位性が如実に見えたのかもしれない。
「戦の前にこいつを返しておくぜ」
ヴァジルの足元には巨大な墨の塊が転がっていた。蹴り飛ばした。それは軽く宙に浮き、どすんと重い音を立てコーデリア達の前に落ちた。
「……」
行方知れずだったネガティブの焼死体だ。雄々しかった三本の角も無残に折れ、炭化している。肉の焦げた臭いが部屋に充満した。
紺野の顔が歪む。やはり死を見慣れていないのだろう。紺野は戦場に出るべき者ではない。コーデリアはそうも思ったがそれも今更だろう。ヴァジルは容赦もしないし逃がしもしないだろう。
「悲しむこともない。すぐにてめェらも同じく煉獄へ叩き込んでやるぜ」
――室内の温度が急激に上昇し始める。
戦いの始まりだ。
「来るわよ、コーデリア!」
紺野の言葉を聞くまでもなく、コーデリアはもう構えている。
「――!」
コーデリアは視覚聴覚のキャプチャーを起動し、外界の情報の取得、迎え撃つ炎の妖魔の動きをトレースし始めた。
ヴァジルの掌に光球が生まれた。それは正しく小さな太陽とでも言うべき、膨大な熱の塊だった。
それをコーデリア達に投げつけてくるまで微塵の時も流れなかった。
全力でトレースしながらも、尚ヴァジルの行動情報には取得ミスが目立った。コーデリアの強力な視覚、聴覚でも取得が精一杯だ。動きが早すぎる。紺野には見えてもいないだろう。
「死ね!」
「――!」
圧倒的な熱のエネルギーを、ヴァジルは超速で投げ飛ばした。唸りをあげ、炎の弾丸は二人に襲い掛かる。
火球の接近は速く、通常時の機能では回避も防御も間に合わない。
ヴァジルは戦の終わりを予測したように笑みを浮かべている。
「――!」
だけど負けるわけにはいかない。
コーデリアはホリティと戦うのだ。敵が如何なる者であれ、負けるわけにはいかない。そして紺野にも可能ならば紫苑と合わせてやりたかった。
――情報の取得を再開する。
飛来する大火球のベクトルのリードを開始する。ヴァジルの次の動きをシミュレートする。己との戦いだ。どこまで精密な情報を取得できるか。敵と戦うのではない。
情報取得の精度と計算速度。磨けば如何なる敵とて敵ではない。それがアンドレアルの強化兵の戦いだ。
「死ねぇ!」
ヴァジルの勝利の叫びが聞こえる。
「――!」
――読みきった。
コーデリアは自ら大火球に飛び込み、掌をそれに押し当てた。
「なにィ…!」
ヴァジルの驚愕の叫びが聞こえた。
人間の女が最強を謡われるヴァジルの炎を止めているのだ。火弾は前方へ進もうとするも、巨大な摩擦にあったかのようにその動きを止められている。
「―――!」
ヴァジルに一瞬だが隙ができた。
紺野がいない。
彼女はヴァジルの背後に飛んでいた。刃物のような手刀がヴァジルの心臓を一突きしようと襲い掛かる。
「小賢しいわ! そのような未熟な戦技で我を暗殺できると思うか!」
ヴァジルは強引に腕を振り回し、紺野の頭部を強打した。
「…っ!」
紺野は吹っ飛び壁に激突し石垣を巻き上げた。
「紺野さん…。……!」
「さあ、てめェも死ね!」
敵の動きが早すぎる。攻撃能力が高すぎる。
紺野のダメージの算出と、ヴァジルの次の行動のリードを同時には行えなかった。脳内に多くの処理機能ダウンの赤い警告が鳴り響く。その警告さえ無駄なメモリを喰うのでコーデリアは切った。
ヴァジルは未だ火弾を押さえ込んでいるコーデリアに追撃の火球を五発、六発と撃ち込んできた。
――全力で回避、反撃の工程を模索する。
だけど計算は追いつかなかった。
「痛っ…!」
凶悪な火炎弾はコーデリアが受け止めている火球に追撃として混ざり、受け止めていた腕を焼き、身体を焦がし、コーデリアを燃え上がらせ、壁に叩きつける。
悲鳴すら上がらなかった。
「まあ、こんなもんだ。なかなかよくやったと褒めてやってもいいぜ」
ヴァジルは再び座り、胡坐をかぐ。だが、すぐに止め立ち上がった。
紺野を埋めた瓦礫が動き出したのだ。コーデリアも彼女に負けじと起き上がった。瓦礫を退け、再びヴァジルと向かい合う。
ホリティと決着を着けるのだ。石ころに躓いて死ぬ訳にはいかない。
「勝てねェってわかんねェか?」
ヴァジルの手に再び極炎の小太陽が作り出された。それも一つや二つではない。無数の火球が生み出される。
室内の温度は更なる加速を持って上昇し始めた。汗すら蒸発する。
「かわせねェだろ! 今度こそ死ねェ!」
炎の化身はまさしく室内を煉獄に染めようと、星の数程の小太陽を乱雑に怒り狂ったように投げ飛ばした。正しく宇宙の暴君のように、ヴァジルは数多の太陽を作り全てを炎上させようとする。
一瞬にして部屋の温度は数千度へと加熱される。
――情報取得開始。
負ける訳にはいかないのだ。
敵が何者であろうとも、コーデリアは今まで勝ち抜いてきた。
敵の攻撃情報を読み取る。情報取得は失敗。火球はあまりにも多量。計算を中止し、過程を強制終了。
敵の防御能力についてのリード開始。
筋肉の奮え、呼吸、発汗、声。弱点をリード開始。取得成功。撃破に必要な攻撃回数は五回。
「――!」
戦う時だ。
暗い部屋に浮かぶ数多の火球は銀河の星々のようだ。被弾は覚悟の上、五つの打撃を加えるべく、コーデリアは最適化された動きを開始する。
「まずはてめェから死ぬかッ? セムの女が死ぬかッ? どっちからでも構わんぜ!」
「――!」
駄目だ。
コーデリアは動きを止め、再び情報の取得を開始する。
コーデリアと紺野の動きをどう想定しても、どうしても五発の攻撃を与えるパターンが見出せない。これでは倒せない。
「死ねェ!」
コーデリアに無数の流星が降り注ぐ。
情報取得。計算。反撃。飛来する火炎からのダメージを最小限にするため、コーデリアは必要に応じて太陽の如く燃え上がる烈火を打ち落とし始めた。
「――!」
右腕被弾。
無理だ。このままではやられる。
「あ」
眼前に迫る極炎。避けられない。
「コーーーーーデリアーーー!」
紺野は叫んだ。
機関銃のような勢いでヴァジルの手から放たれる炎が強化兵の少女を撃ち抜く。
叫びも祈りも虚しく、コーデリアは燃え上がった。健闘はしたのだろう。だけど、防ぎきれなかった。
「へへへ」
加虐に満足したのか、ヴァジルは手を下ろした。炎が撃ち抜いた場所は白煙が上がる。ネガティブのように墨になったコーデリアを紺野は見たくなかった。隅すら残っていないかもしれないが。
目を逸らした。
「あ?」
だけど、ヴァジルの間の抜けた声を聞き、紺野はもう一度目を向けた。
「コーデリア…?」
墨などではない。コーデリアは立っている。
いくらかのダメージも受けたようだが、ちゃんと立っている。
コーデリアの身体は淡い桜色の光に包まれていた。
これが全てを焼き尽くすヴァジルの火炎から守ってくれたのだ。
そして、白煙が消えてくると、コーデリアを庇い、ヴァジルの前に立ちはだかる男の姿が見た。
「間に合ったみてぇだな」
とん、と肩に木刀を担ぎ、その男、熱風にはためく学生服からして少年か――は余裕の笑みを浮かべた。
「ふはははは! わらわが復活した以上、この大和の国にて悪鬼妖魔の跳梁跋扈は認められん。まとめて浄化してくれる!」
全身から桜色の神気を放ち、少年は拳をぐっと固める。
「ここは、俺にやらせてもらうぜ――古刀流練法亜流。浦賀大樹……まいる!」
一閃、木刀が風を切る。無造作に振られた刃から、桜色の神気が奔流となって放出される。
部屋に燻るヴァジルの炎を掻き消し、気の奔流はヴァジルへと向かう。前に、紫苑に放った神気の刃に似ていたが、威力は段違いだ。
「っ――」
ヴァジルは瞬時に掌に炎を集め、火炎の壁を造りだした。燃え盛る壁と神気の濁流は暫し拮抗すると、同時に光と化して飛び散った。
壁際まで飛び退くと、ヴァジルは立て続けに火球を飛ばす。先ほどコーデリアに向けたものより、数段威力は高いものだ。だが、大樹は腰溜めに木刀を構えたまま「かぁっ!」と一喝し、全ての火球を打ち消した。
構えを解かず、大樹はヴァジルに向けて挑発的な笑みを見せる。
「すげえ、だろ? 俺も驚いてる」
紺野は地面にへたり込んだまま、目の前で展開される破格の戦いに目を見開いた。数ヶ月前の大樹とはまるで別人のようだ。いや、人間ということすら間違っている。君主の側近と対等に戦える人間が、この世に存在するはずがないのだ。
「……貴様。その力、どこで手にした」
ヴァジルは油断なく大樹を睨みながら、そう尋ねた。
大樹はその問いに、苦笑で返した。
「力……力ね。これは力なんかじゃねえよ」
「なに?」
「俺は強さを求めた。どうしても敵わない人がいたんでな」
大樹は構えを解き、全く無防備なまま話しはじめた。
「ついには、その人に頼み込んで教えてもらおうとまでした。だがなぁ……」
「浦賀。お前は剣を誤解しているのかもしれないな」
「あ?」
数時間にも及ぶ打ち合いを続け、双方に全力を出し尽くし、すこし休憩になったとき、大の字になってぶっ倒れた大樹の横で古刀は何気なく言った。
体の節々は痣だらけで、動かすこともままならないので、大樹は首だけ動かして古刀を見上げた。
古刀のほうは打ち合いの末、結局大樹から一撃も受けず、傷一つない。古刀はタオルで汗を拭きながら、水を大きく飲み干した。焦れたような大樹を横目でおかしそうに見て、ゆっくりと続ける。
「剣は誰かを倒すためのものではないという意味だ」
「なんだよそれ。刺身作るためだってのか?」
ふてくされたような大樹の口調に、古刀はくっくっと笑い声をもらした。
「確かに刀剣は対人武器として作られたものだ。だが、それを持つ人間が必ずしも殺人を求めたわけではない。戦場において、積極的に殺しをする人間が、どれほどいるというのか。真に殺戮を望む数人は遥か後方で指示を飛ばすだろう。そいつは刀を振るうことはない」
珍しく多弁な古刀を大樹は不思議そうに見た。古刀も自覚しているのか「むぅ」と言葉を選ぶように首をかしげた。
「要するにだ。戦場で刀を振るう者は、振るわずに済むならそれに越した事は無いと思っているものだ」
「そうかぁ?」
「戦いは人を狂わすからな。一見そうは見えないが、根本で殺戮を望む人間はいない」
古刀の話は納得しにくいものだが、確かに大樹としても強さを求めるが誰かを殺したいというわけではない。
「で、それがどうしたってんだよ」
「それでも剣は人間を強くする。殺すか殺さないかの判断に迫られたとき、自身の本当に望むほうを選択できる機会を戦いというものは与えてくれるからだ」
「そりゃあよ。べらぼうに強いやつなら、殺さずに勝つことも出来るだろうが実力が僅かに届かないなら形振りかまっていられないんじゃねえか?」
「違うな。そこがお前が剣を誤解している所だ。絶体絶命で相手はこちらを殺そうと全力で向かってくる。だが、戦いに飲まれて無残な殺し合いをするより、持てる力全てをもって活かすことを選ぶことによって、己自身が磨かれる。強いから殺さないのではない。殺さないから強いのだ」
「……俺は剣の流儀やらなんやらはわからねえが、ただ殺すだけなら拳銃や核ミサイルで充分だってことか?」
古刀はついに大きく吹き出して笑った。
「まあ、概ねそういうことだ。――見ろ浦賀。自然に勝ち負けなどない、倒れた木は次の木の養分になり、動植物は閉じた輪のように循環する。それがわかれば、力など必要ではなくなる」
そう言うと古刀は立ち上がり、特訓で打ち倒した木の一つに近寄った。
大樹も痛みをこらえて体を起こすと、古刀が何を始めたのかと注目した。
「古刀流練法――その極意だ」
古刀は倒れた木に手を当て、静かに、そして深く息を吸い込んだ。
「励起――」
大きくゆっくりと吐き出される息とともに、はっきりとそう言った。次の瞬間、大樹の目にもわかるくらい、周囲の気が増した。溢れんばかりのその気の流れは、様々に色や形を変え渦を巻くようにあたりを埋め尽くす。
ミナの神気に似た清らかな気は、触れるだけで大樹の体の痛みを忘れさせた。
「これは……」
「自然の気だ。ほとんどの者は気付きもしないが、自然にはこれほどの気が満ちているのだ。そして――収束――融合」
続けざまに紡がれる言葉に導かれ、周囲の気は古刀の体に吸い込まれていく。そして、古刀の体からは金色に輝く大量の気が発せられた。その量も質も、神木であるミナに匹敵するものだった。
「古刀流練法は、自然を自らの一部とし、自らを自然の一部とすることに極意がある。いや、極意などという大層なものではない。そもそも宇宙が誕生して以来、この世の全てのものは常に一つだったのだからな。それを思い出すだけのことだ」
古刀の体から放たれる黄金の気は倒れた木を蘇らせ、さらに周囲の気を充実させてゆく。息苦しいほどの密度に達した気は、それでいて懐かしさも同時に感じさせた。
勝てないはずだ――大樹ははじめて理解した。自分は宇宙全てを相手にしていたのだと。
大樹の話が終わり、室内は静寂に満ちた。
ヴァジルの顔から大量の汗がにじみ、滴り落ちた。渇いた喉から搾り出すようにヴァジルは呟く。
「……超越者の技法。古来より超人、英雄と称えられた人間が用いた業。まさか現代において使い手がいたとはな」
「残念ながら俺はまだそこまでいってねえ。ミナの言う神降ろしも、徳がぜんぜん足りねえ。だが、ミナの神気を借りるくらいは出来るようになったんだぜ?」
話は終わりだと言うように大樹は木刀を振った。全身から桜色の神気を迸らせ、剣先をヴァジルにぴたりと向ける。
「あんたもなかなか強いようだが、いいところまでいけると思うよ」
紺野の目にもヴァジルの妖気が膨れ上がる様が見えた。大樹の桜色の気と相反する、黒ずんだ血のような赤い気が、ヴァジルとその周囲を包む。
「思い上がるな人間。たとえ英雄クラスとはいえ我に敵う人間などいない。我が主は、そういう風に我を造ったのだからな」
「別に思い上がってるわけじゃねえ。事実だってんだよ」
「消し炭にしてやる……」
ヴァジルの両掌にそれまで見た事もないような爆炎が渦を巻く。その炎は刻一刻と温度を上げ、その色を赤から白へと変え始めた。
火蜥蜴、サラマンダーと呼ばれる妖魔の持つ、最大の火炎を作り出すつもりなのだ。紺野は倒れたコーデリアの傍に駆け寄り、その身を庇った。
二人の周囲に桜色の神気が集まり、強力な結界が生まれる。
「安心しな。あの野郎に頼まれてんだ。お前らは絶対に守ってやるさ」
「あの野郎……おじさんに?」
二人の間にそんな約束が交わされているとは、紺野は意外だというように大樹を見上げた。
それに力強い笑みを返す大樹の間に、ミナが割り込んできた。
「これ大樹、わらわのことを忘れておらぬか?」
「お前は一緒に戦うんだろ?」
期待を込めたミナの言葉は、相変わらず無神経な大樹の言葉で一蹴された。
紺野はミナに親近感を覚え、くすっと笑った。どこか自分と境遇が似てる。
「大丈夫そうだな。コーデリアを抱えとけよ」
そんな紺野を見て、大樹は安心したのか再びヴァジルに相対した。
「……人間に使うには過ぎた力だが、貴様は特別念入りに、骨も、灰も皆残らず焼いて、光の粒子に還してくれる」
ヴァジルの掌には、一点に温度が集中した火球浮いていた。いや、火球というよりも小さな太陽のようなものだ、極限まで圧縮されプラズマ化した炎の固まりは、集中しているので温度は漏れないが、ひとたび開放されればこの塔ごと蒸発させるほどの威力だと紺野にもわかった。
二人は睨みあったまま、身じろぎ一つしない。永遠にも似た時間が周囲に流れたように感じられた。
ヴァジルも大樹も、双方の力量を的確に捉え、一撃で全てが決すると感じているのだろう。
極限まで高まった神気と妖気は爆ぜ合い、巻き込まれただけで普通の妖魔や常人なら塵と化しそうなほどだった。
千年か一分か。紺野の感覚が緊張で麻痺し、思考に一瞬の空隙が生まれた瞬間、二人は同時に動いた。
勝負が着いても、紺野は呆然と彼らを見つめていた。
浄化され、ヴァジルは、妖気すらもこの世には残らなかった。大樹は少し疲れたのか、息を深く吐き、紺野の目の前に来て、座り込んだ。
「何呆けた顔してんだ?」
「どうしたんじゃ、今更怯えておるわけであるまい?」
「あ、いや……うん、凄すぎて……頭が」
紺野は抱えていたコーデリアを膝に乗せ、ぎこちなく目を逸らした。
「そんなにビビんなって。今はこうして助けに来ただろ? もうお前に剣を向けねぇって」
強敵を倒し、気が緩んでいるのだろう。大樹が無邪気に笑う。紺野は改めて思い知らされたような気になり、笑い返せなかった。