『Archer Ether』 あーちゃーえーてる。弓矢と死者、咆哮と発狂、愚者の祭典。

 五 一線


 

 

 目が覚めたとき、月架は仰向けで土の上に転がっていた。

 曇り空、大気には火の粉が舞い、天からは鋭く尖った氷雨が降り注ぐ。スフレが月架の身体を抱き、傘を差してくれていた。守ってくれていたのだ。

「おはよ、月架ちゃん」

「おはよ…」

 あまり代わらない関係。安心した。

 胸の中でどくどくと鼓動する心臓。熱い。暑い。篤い。厚い。厚い。厚い。厚い。厚い。厚い。厚い。厚い厚い厚い厚い厚い厚い厚い厚い厚い厚い厚い。とても熱い。

「スフレちゃん、成功してるの? これ?」

「してるんじゃない?」

「うん」

 馬鹿げた話だった。死んだあとに物事を見聞きしている自分がいる。生前、よく死んでしまう夢を見た。今それが現実となっている。

 思えば、「死んだ」という実感が未だに湧かない。

「スフレちゃん、あたし、ほんとに死んだのかな」

「どうだろ…」

 騙されているのだ。

 誰かが月架の思考を操作し、思惑通りにことを運ぼうとしているのだ。きっとそうだ。

 ワームが月架の隣で倒れていた。頭を強打したのか、大きなたんこぶができている。スフレが殴ったのかな、と思った。

「……」

 月架は天を見上げた。

 風の向きが変わった気がした。来る。ルーラだ。

 

「どうやって私の支配から逃れたのでしょう」 

 

 ルーラがワームを踏みつけるように宙から降り立った。この女はいつでもどこでも現れる。そう、死後、初めて目が覚めた時もこの女が目の前にいた。

 地面に落ちている月架の元心臓だった肉片を、ルーラは詰まらなそうに見下ろしていた。

 よく見ると、ルーラは綺麗な顔をしているけど、悪そうな顔をしている事に気付いた。

 

 運命。

 

 運命という言葉がある。

 人間は生まれる前から、どのように生き、どのような過程を経て、どのように死ぬのか決まっているという。その思考も思想も誇りも魂も。何者かに操作されている、と。

 全ては偉大な神が決めておられると聖職者は言う。

「…あなたね」

「は?」

「あなたがあたしを操作してたのね」

 ルーラに矢を放った。

「@@@」

 矢はルーラの眉間に突き刺さった。そのまま彼女は天使の少女に覆い被さるように倒れた。

「ち、ちょっとちょっと…月架ちゃん…?」

「諸悪の根源は召し取ったーっ! ……んだよね、スフレちゃん…?」

「諸悪の根源……だったの、この子?」

 スフレが複雑な表情でルーラの死体を見下ろしていた。

「あぁん、スフレちゃん。胸苦しいよぅ…」

「やんっ?」

 スフレに抱きついた。今度は逃げられないように素早く抱きついた。スフレは咄嗟のことで逃げたりできなかった。

 胸が苦しい。だからスフレの胸にしがみ付いて、想いっきり泣きついてみた。

「いや、だから…ちょっと待ってね…? 少し落ち着こう。ね、月架ちゃん?」

「あぁん。なんか、もう、むちゃくちゃ! あたしの人生ってなにっ?」

 あああああって叫んで、悔しくて、思いっきり地面を踏み躙った。

「あ、月架ちゃん、危ない!」

「えっ?」

 思いっきり地面を踏みつける。そのとき、足の裏に丸くて硬い感触を覚えた。

 足元にあるのはオーブだ。今更体重を乗せた足は止まらない。そのまま踏み切ってしまった。

「……」

 ガラスの砕けるような音を鳴らして、最後のオーブは粉々に砕け散った。

 

 突風が吹いた。

 

 風のオーブを失った世界を腐りの空気が覆い、空が濁っていく。

 天から降り注ぐ氷雨、大気に舞う火の粉が風に流され、猛烈に吹き荒れて木々を貫き、焼き、舞い上げる。

「……」

 空に影が現れた。

 影は嘲り、憎しみ、微笑み、嫉妬し、羨望し、悲しみ、諦め、月架を見下ろし、すっと手を伸ばしたように見えた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 月架のおなかに風穴が開いた。あの天使と戦ったときのように、身体のど真ん中に穴に穴をあけられた。

「いったあ……」

「月架ちゃん!」

 スフレが穴の開いたおなかに手を当ててくれた。穴が塞がっていく。

「あ、ありがと…」

「ううんー」

「あぁ、もう。痛かったっ。死んじゃえっこの!」

 天に浮かぶ影に向かって矢を放った。

 矢は影などに当たるはずもなく、虚空の彼方へと消え去った。

 試しにもう二本撃ってみた。当たらない。天に向かって撃ったつもりだけど、一発は間違って地面に寝転がってるワームの腹部に撃ち込んでしまった。手が滑った。

「ぎょえっ」

 ワームの悲痛な叫びが響いた。よかった、致命傷じゃない。殺さずに済んだ。

「ねえ、スフレちゃん。質問がありますっ」

「はい…」

「あたし、狂ってる…?」

 

 

 A AAAAAAAAAAAAA  AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 AAAA @@@ AAAAA  AAAA AAAAAAAAAAAAAAAA

 AAA AAAAAAAAAAAAAAAAAAA  AAAAA   AAAA

 

 

「Aうるさいっ! 黙っててえっ……あっ!」

 ぎゅっとスフレに抱き締められた。優しく強く、温かく。

「ちょっと休もう…。疲れてるんだよ…」

「うん…」

 スフレに抱かれたまま、月架はその場に座り込んだ。

 草の感触が気持ちいい。

 心を穏やかに、狂った部分を補正し。安らかに。健やかに。

「落ち着いた?」

「少し…」

 辺りには眉間に矢が刺さった天使とルーラ。腹に矢を受けたワーム。なにか取り返しのつかないことをしてしまった気がする。

「スフレちゃん! あたし取り返しのつかないことを…!」

「落ち着いて」

「はい…」

「深呼吸」

「うん…」

 大きく息を吸い……吸って気付いた。今までずっと息をしていなかった。

「死体のときはルーラちゃんからエナジーもらってて、今はスフレちゃんにエナジーもらってる。あたし、もう人間じゃないんだよ…? 息しないの」

「そっか……」

 そうなのです。

「少し休もう」

「うん」

 ごめんなさい、と謝った。馬鹿な子でごめんなさい。

 ごめ

   んな

       さい

 

 

六 誇り


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