『Archer Ether』 あーちゃーえーてる。弓矢と死者、咆哮と発狂、愚者の祭典。

 二 腐敗


 

 

 アーチャーならではの遠目が夜間、長距離という悪条件をものともせず、的確に神殿の状況を察知している。

 何処から攻めるか。周りは民家ばかりで高所はない。神殿の正面を見据えた。昼間とは違う顔ぶれだが、やはりガードマンはいる。人数は八人。

 アーチャーにとって大事なものは相手が不利な状況で戦いを始めることだ。長距離、悪天候、夜間、複雑地形、先制攻撃、不意打ち。

「……」

 ここから攻撃することにした。

 

 

 光が走った。

 夜の闇を切り裂く一線であり、一閃の光の矢。光は炎だ。閃光する矢先が八人のガードマンや門に突き刺さり、火はすぐに燃え移った。

「――――」

 ガードマン達は混乱の悲鳴をあげた。悲鳴を上げらながらも、彼らもアーチャーだ。すぐに弓を取り、矢が飛んできた方向に構える。

 だけど見えない。なにも見えない。遥かな遠方から射撃が続く。闇の中から光だけが走ってくる。一人、一人と撃たれていく。

 全滅だ。門から神殿内部に火が燃え広がり始めている。最後に残った男はせめて敵の顔を拝もうと思った。長距離で姿が見えないのなら、せめて己を貫く矢だけでも見たかった。

 これだけの攻撃をする者に興味があったのだ、同じアーチャーとして。

 ――矢が来る。

 だけど、矢は男の頭上を通り過ぎ、神殿二階部分の壁に突き刺さった。壁が燃え上がる。

「こんばんは。お邪魔します」

 目の前に姿を現したのは先日遠征し、帰らなかった少女だった。死んだと思っていた。男はひれ伏した。

 月架。最強のアーチャーの名だ。同じアーチャーとしてはどんな神や悪魔よりも敬意を払うべき相手であり、そしていつかその高みに近づきたいライバルであり目標でもある。

 生きていたよかった。この少女は村の誇りだ。腐敗した聖職者達が利権を求めて支配しようとする村の希望だ。男もアーチャーという傭兵職故、神殿の警護に力を貸してきたが、こんな日が来ることを願っていた。

「オーブの場所を知らない?」

 全て教えた。神殿の構造、護衛の位置、この村を腐敗させる聖職者の名前。そして照明用の閃光矢を天に撃ち上げた。月架の帰還を知らせる合図だ。これで神殿内のアーチャーが月架を攻撃することはない。

 ふと撃たれた男達を見た。みな、利き腕や武器を撃ち抜かれただけで、誰一人として致命傷は負っていない。

 彼女の健闘を祈った。

 

 

「ちょっと失礼っ」

 燃え上がる神殿内のフロアに月架は躍り出た。

 神殿を火矢で攻撃する時、撃ってはいけない場所があった気がした。その時に思い出した。そこはスフレの生活している棟だったのだ。

 心の中で皆に『ごめんなさい』と謝る。スフレにも謝る。今の月架はたかが死霊遣いの下僕などに成り下がっている。我ながら情けないと思わずにいられない。

 だけど、アーチャーの誇りを天秤に掛けてでもこの命は手放したくなかった。まだ未練がある。遣り残したことがある。

「いたぞ!」

 四方の扉から僧兵が飛び出してきた。アーチャーはいない。数が多い。月架をこれ以上進ませまいと、人が壁を作っているかのようだ。

 その中の五人ばかりが飛び出し、勺杖を握り締め襲い掛かってきた。遅すぎる。全ての動作が無駄だ。近づかなければ攻撃もできないような相手に負ける気はしない。

 矢を発射した。

「――――」

 彼ら彼女らは皆、月架の元へ辿り着く前に全員が足を撃ち抜かれ、床に血を撒き散らして転がった。

「一度に襲い掛かるなら、最低十人くらいにしておいたほうがいいよ?」

『たかだかアーチャーの小娘一人が!』

 僧兵達が吼える。今の五人を撃ちぬいた月架の力量を決して侮りはしないだろう。一斉に襲い掛かってきた。

 多勢に無勢。四方から襲い掛かってくる敵と戦うのはアーチャーではない。

「……」

 月架は矢を天井に放った。

 矢は灯かりを打ち抜き、神殿内は一瞬にして暗闇に覆われた。

「――――」

「闇の中で目の利かないあなた達は、ここでゆっくりしててくださいなー」

 フロア内は混乱に陥った。この闇の中を自在に動けるのはアーチャーである月架だけだった。灯かりといえば、他のフロアで燃え盛っている火炎がこの部屋にわずかに投げかけている光くらいだ。

 こんな敵なら何百人集まろうと負ける気はしなかった。独りでだって負けない。

 独り。

 生前はよくスフレとチームを組んでいた。聖職者のスフレとアーチャ―の月架。村を脅かす悪魔が現れれば狩りにも行った。

 またスフレと一緒にいたい。

 だけど、これだけ彼女の住んでいる神殿を焼き討ちしたのだ。よくよく考えれば、月架が死にたくないのは、スフレを悲しませたくないからだ。なのに今、神殿に火を掛けている。

 なにをしているのだろう。

「多分、あたしはとてもバカなんでしょうね」

 

 

 戦闘の最中だけどスフレの部屋に寄ってみた。

 誰もいない。ベッドに手を当てた。彼女が寝ていたであろう、シーツの皺の入った部分は温かく、匂いも残っていた。

 そこに顔を埋めた。何故かこうしたかった。スフレの温かさと匂い。彼女に抱き締めてもらっているような気持ちになれた。

 泣いてしまった。

「……」

 壁に護符がぶらさがっている事に気付いた。そうだ、スフレがいつも身に付けていた神の加護を受けた護符だ。寝着のまま逃げたのだろう、持ち忘れたのだ。

 スフレに届けてあげたい。そう思い護符を手に取った。

「@@@」

 手が白煙を吹き、肉が焼け爛れた。神の加護を受けた護符は、月架のような生ける屍を許さないのだろう。それでも護符を懐にいれた。届けてあげたい。

 おなかが焼ける。

 痛みは心地良かった。悪いことをしている自分への戒めの痛みだ。

「認めようね…」

 月架はもう自分でも分かっていた。スフレを悲しませないために生きたいのではない。それは建前だ。

 彼女と一緒にいたいから生きている。

 スフレに優しくされたいから生きているのだ。そのためにスフレの住んでいる神殿まで焼いたのだ。これくらいの痛みは受ける。全てが終わったら彼女に裁いてもらおう。

 だからまだ足掻く。

 

 

 オーブは神殿の最上階の間に設置されていた。月架の行く手を阻むものでまだ残っているのは、目の前の大神官だけだ。

「こんばんは、ワームお兄さん」

「この駄目女が!」

 昼間見た時とは打って変わって、ワームは激昂していた。

「駄目女、お前死んでいるな? 死霊遣いの下僕になったか。昼間手ぶらで神殿に帰ってきた時からおかしいと思ったのだ。お前は駄目女だが、命じた仕事も果たさずに帰ってくるような女ではなかった。死霊遣いに返り討ちに合い、その身体を奪われたか」

「あたし、ルーラちゃんに殺されたの……?」

「そうだ。無能の駄目女が。お前のような駄目女が妹に近づくこと自体吐き気がする。死霊遣いを討ち取ればよし、返り討ちにあってもそれもまたよし。それをこのような形で!」

「それはごめんなさい」

「妹は将来、大事な聖職者になるのだ。お前のようなアーチャーの駄目女が近づくべきではない。アーチャ―など所詮は傭兵だ。戦争の駒でしかない」

 ワームはアーチャ―を侮辱する。アーチャ―のことなどなにも知らないのに、と月架は吹いた。

「あなた達聖職者も死霊遣いもあたしから見たら同じだよ? 結局は派遣争い。神様は権力が大事? アーチャ―は戦場の駒かもしれない。だけどそこに命と誇りと魂、それから情熱を懸ける。人生は一本の矢であるように、己の信じたことのために力を行使する」

「戯言を。では駄目女よ。お前は主の死霊遣いに光を見たのか」

「あたしの光は死ぬ前も死んだ後もスフレちゃん。分かるでしょう?」

「もういい。亡者よ、塵に還れ。灰は灰に。土は土に」

 ワームが呪文を唱える。

 なにかを呼び出すのだ、この部屋に。

 オーブは部屋の四隅に一つずつ配置されている。月架はそのうちの一本に矢を放ち、撃ち抜いた。硝子細工のオーブは甲高い音を鳴らし粉々に砕け散った。

「ぬお?」

「遅いのよ。呪文なんて。その呪文を唱えてる間にアーチャ―なら矢を何発も撃てる。ほら、こんなふうに。目標物を破壊するのにここから一歩も動く必要性さえない」

 次の矢を放つ。矢は寸分の狂いもなく、二つ目のオーブを粉々に砕いた。

 三つ目のオーブに弓を構え、即座に撃つ。問題なく破壊する。

 あと一つ。

「任務完了」

「この駄目女が! よくも神聖なオーブを。これは冒涜だ」

「喋ってる間に矢を撃っちゃうよ?」

「呪文はもう唱え終わっている。精霊よ、降りて来い。駄目女を聖なる炎で浄化するのだ」

 ワームの手が輝き、宙に神聖の円陣が浮かび上がった。

 ――そこから現れる。神の僕の不死鳥が。

 手の平サイズの小さな円陣からまず窮屈に頭を抜き、肩と胴体を抜き、そして足を抜く。全身を現世に抜き出した不死鳥は、円陣を通るために縮めた身体を原寸に膨らませ始めた。

 膨らむ。吠える。

「――――」

 不死鳥が吠えた。

 敵はあまりにも巨大だった。月架の身の丈の何倍もある。このフロアの天井を突き破り、夜の星に向かって雄叫びをあげ始めた。それだけで全身にびりびりと、音波が衝撃となって腹の底まで響いてくる。

 不死鳥が詰まらなそうに月架を見下ろす。

 ――月架は矢を放っていた。

「@@@」

 不死鳥が断末魔の悲鳴をあげた。声に気づき、ワームが不死鳥の頭部を見、驚愕した。

「ぬお?」

 矢は不死鳥の眉間に刺さった。不死鳥は叫び、もがき、大きな音を立て倒れた。ぴくぴくと痙攣している。死ぬのだろう。

「伝説の不死鳥が!」

「あたしをなめてるの? あたしはアーチャ―の称号を与えられた。そんな小物にやられたら、みんなに申し訳たたないよ…。あたしを殺したかったら、あなたの大好きな神様でも直接降臨させなさいよ」

 ワームは目を血走らせた。

「何故、不死身の精霊が殺されるのだ……?」

「矢が特殊なの。対精霊用の特化矢だからね。一発で終わり。アーチャ―の眼はね、どこを撃ったら敵が死ぬのか。すぐにわかるんだよ。一撃必殺こそがアーチャ―の真髄。神様でも一撃で殺してみせる。でももう召還はさせない。あなたが次の呪文の詠唱を終えるよりも早く、あたしの矢はオーブを撃ち抜く」

 月架は弓を最後のオーブに構える。だけどワームが矢の進行上に自らの身を挺して立ちはだかった。

 先ほどよりも二重三重に厚い円陣がワームの手の周りをくるくると回転している。

「自惚れるにも程がある! もう詠唱は終わっているぞ。神の力と英知の片鱗をその目に焼き付け……消え去れ、駄目女の亡者よ」

 ――円陣からぬっと白い少女の手が現れた。不死鳥なんかよりもずっと小さい。だけど威圧感はそれの比ではなかった。そして神々しい。

 手に続き腕、肩が出てくる。円陣から白い衣を纏った人型が這い出てくる。

 天使だ。それも下級の天使ではない。少なく見積もっても大天使かそれ以上のものを呼び出そうとしている。そうだ、スフレの兄、ワームは首都から派遣された実力者なのだ。決して過小評価していい相手ではない。

 頭を横に振った。あの天使を呼ばせてはいけない。負けはしないだろうが、任務に支障が出る。

 対神官用の特化矢を放った。狙うのは腕だ。殺したくはない。この矢が掠りでもすれば、一時的に敵は脳に支障をきたし、呪文による召還はできなくなる。

 矢が飛ぶ。必中の自信はあった。

「あ…」

 天使の登場は思ったよりもずっと早かった。円陣より現れた天使の少女は主に飛ぶ神速の矢を鷲みし、へし折ってしまった。

「うゎ……」

 神々しい。そして強いのだろう、この天使は。黙って立ち、月架と向かいあっているだけなのに、強烈な覇気と底力がびりびりと肌に伝わってくる。

「まだまだ未完成の天使なのだがな。αとでも呼んでおこう」

「未完成?」

「これは生来の天使ではない。俺が今後の天使考察のために造った人工の天使だ」

 造った、などと言う。

「そういうのって神様の意思に反した行為じゃないのかな…」

「愚か者め。お前のような駄目女には分かるはずもないが、神への信仰とはそんな上っ面のものではないのだ」

 ワームは天使に月架を任せ、オーブを手に取り広間の裏口から逃げ出した。去り際に口惜しげに月架を睨んだ。

「駄目女めが…。三つのオーブを砕いたことは後悔するぞ…」

 オーブを砕いたことよりも、スフレに会わす顔がないことが辛い。

 生きるためにスフレの神殿を焼いた。生きるためにオーブを砕いた。なにをしているのだろう?

 胸が痛い。

 

 

 天使が歩み寄ってくる。

「…たかだか天使なのに……。自分の意思もなにもない、ただの使いパシりなのに。いいよ、やってあげるよ。壊してあげる。殺してあげる。撃ち抜いてあげる。今ね、ふと思ったの。あなたとあたし、似てるって。どっちも自分の上のひとの言うこと聞くだけ。壊してあげる。殺してあげる。撃ち抜いてあげる。人工の命でしょう? 塵に還してあげる」

 一気に捲くし立て、月架は首を横に振った。落ち着いた。

 未知の敵だ。だからこそ慌ててはいけない。アーチャーとは常に状況を正確に判断し、最善の箇所に最高の一撃を加える職業なのだ。

 歩く…背の翼は飾りか、それとも「歩く」よりも移動能力が劣るのか。

 これ以上近寄らせてはいけない。アーチャーの戦技は射程距離を選ばない。相手が接近したいのなら遠距離から撃つ。相手が距離を取りたいのなら接触距離からでも射撃する。

 天使がこちらに近づいてくるのなら、近づかせずに撃ち殺す。

「いくよ」

 矢を弓の弦に当て、思いっ切り引き絞る。

 天使用の特化矢は持ってきていない。撃つのは普通の矢だ。

 狙うのは何処か。

 天使が構え右手を上げる。手は眩く輝いていた。

「……」

 天使の左胸が輝いていることに気付いた。聞いたことがある。命のないものに命を与えるには、仮初の心臓を胸に埋め込むのだと。

 月架は自分の胸の中をイメージしてみた。この中にも仮初の心臓が入っているのか。

 頭を振った。今は敵を倒そう。心臓を撃ち抜く事にした。

「いくよ!」

 月架は己に気合を入れるためにもう一度そう声をあげ、必殺の矢を放った。

 心臓に向かって飛ぶ矢を天使は無作為に叩き落した。だけど、それが命取りになる。矢は二本放っていた。今の一本の影に隠れ、もう一本心臓へと向かう矢。影矢とも言う。

 勝った。

 そう思ったけど、天使は済ました表情で二本目の矢も叩き落す。そして月架に向かってにこりと微笑んだ。ルーラの数倍は表情豊かだと思った。

 天使が接近してくる。気付いた時はもう目の前にいた。

 光り輝く手を月架の胸に差し出してくる。この手に触れてはいけない。そう思い、一歩後ろへ下がり攻撃を避けようとした。だけど、天使の手は月架のおなかを掠った。

「きゃああああああああああああああああああ?」

 おなかに風穴が開いた。たまらず月架は悲鳴を上げた。

「な、なにこれぇ! いたぁっ……! あ、穴あいたぁ……!」

 天使の振れた部分はそのまま丸く虚空になっている。触れられて分かった。死者だからこそ、あの手の脅威が分かった。あれは死人を塵へと還す神の一手だ。

 天使の右手が這うように、月架の胸元へ伸びてくる。間違いない、心臓を狙っている。月架は後ろに飛ぶ。

 間合いは開けさせてもらえない。すぐに追いかけてくる。だけど、それを狙っていた。

 月架は踵を踏み留め、その場から反撃に移った。バックステップと見せかけ、走り追いかけてきた相手への必殺のカウンター。

 弓を引く時間はない。左手の中に隠し持っていたスイッチを握り締めた。

 衣服の袖の部分が裂け、既に矢が搭載された銀の光沢を放つオートボウガンが姿を見せた。

「……」

 天使の表情が固まった。完全に虚を突いたのだ。

 輝く右手が月架の胸へと向かう。だけど遅い。矢は天使の心臓へ向いている。

「さようなら。あなた強かったよ」

 勝った。

 

 

 勝てなかった。

 一瞬の気の乱れから矢を外してしまった。

「スフレちゃん…」

 先程、月架が入ってきたフロアの入り口にはスフレが立っていた。呆然と月架と天使を見ていた。

「月架ちゃん、おなか…」

 穴が開いているのだ。見られた。普通の人間はおなかに穴が開いたら死ぬ。

 月架は開いても死なない。

「月架ちゃんが神殿燃やしてたの…?」

 もう駄目だ。天使は余裕の笑みをにこにこと浮かべている。どう足掻いても、ここから反撃はできない。それよりも反撃して生き延びようとかいう意志が急速に失せていく。

 神殿を燃やしたことをスフレに非難されるなら、その前に塵に還りたい。

 天使の口が動いている。『さようなら。あなた強かったよ』と。さっき、月架の口の動きをそのまま真似ていた。

 胸に右手が近づく。

「また負けちゃった……」

 また。そうだ、思い出した。

 月架はワームから仕事を与えられ、死霊遣いルーラの討伐に向かい負けたのだ。そして生き返させられ、今この場にいる。

 情けないな、と自分を叱咤した。なにが最強のアーチャーか。人生の後半は負けてばかりだった。

 天使の手が近づいてくる。

 弱かったことへの罰、スフレに迷惑をかけたことの罰。スフレに謝りたかった。けど、なにを謝るべきかが今一つ思い浮かばなかった。

「……」

 天使の手は月架に触れることはなかった。

 いつの間にいたか、スフレが割って入り、月架を抱き締めてくれていた。天使の手はスフレの背に触れただけだ。

「……もう生きることをやめちゃうの…?」

「…やめたくない…」

「うん」

「でもスフレちゃんに嫌われて生きてくのやだ…。こんなに迷惑かけちゃったし」

「そうだね。許せないよ。でもね、それはそれだよ。死なないでほしいよ……」

「あたしも、ほんとはスフレちゃんともう少し生きたい…」

「じゃあ頑張りなよ…」

 胸のつっかえが少しだけなくなった気がした。

 

 

 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 AAAA 不定形の脳みそが彼方から未知のエナジーを受信し始めました AAA

 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 

 

 目の前には大天使よりも更に強い力を持った天使。この身は既に死体。有り得ないほどの難題が山積みにされている。アーチャ―見習いの時、教官に出された宿題のように、スフレへの好意 のように、大きな問題。

 スフレは月架に肩を貸し、天使から距離を取ってくれた。生きろといってくれている。だから頑張ろうと思った。

 

 

 天使に矢を放つ。更に次の矢を放つ。

「いくよ……!」

 三本目の矢も放つ。

 天使は矢を弾き、月架へと飛び掛ってくる。それでも月架は矢を放った。

 連射だ。

 これが最後の勝負。相手が死ぬか、こちらに接近しきるまで矢を撃ちまくる。腰のポーチから流れるように矢を弦に掛け、引き、放つ。その矢の流れはまさしく機械仕掛けの如く。

 矢はもはや弾幕だ。それでも天使は前進してくる。

「……!」

 一発当たった。足首を撃ち抜かれた天使に一瞬の隙ができた。それでも弱点の心臓は腕で庇っている。

 撃ち続けた。隙ができた一瞬に乗じ、天使の全身の至るところに撃ち続けた。まさしく矢は剣山のように突き刺さっていく。

 

 

 天使は死んでいた。

 血を撒き散らし、全身に矢が突き刺さったまま仰向けに倒れていた。矢は顔面の端から端まで隈なく刺さっていて、天使の死に顔は伺えなかった。

 時折、びくん、びくんと痙攣している。

 月架は自分の額に触れた。自分の脳みそがどうなっているのか想像してみた。死者の脳みそ。果たして正常に機能しているのか、どうか。スフレへの好意は本物なのか。

 脳味噌は溶けて、不定形に固まっている気がした。

「@@@」

 穴の開いたおなかが痛む。ルーラから力は与えられ続けているけど、この傷は治らない。天使の神聖な一撃は死者の肉をこそぎ落とした。再生できないのだ。

「あ…」

 気の抜けた声を漏らし、その場に倒れてしまった。受身も取れなかった。

 急速に意識が暗転していく。塵へと還る。思考の途絶える直前、天使の心臓が輝き鼓動し、空に昇っていくのが見えた。

 天使はまだ生きている。

 スフレが月架を抱き締めてくれていた。心が安らぐ。

幸せだった。

短い間だったけど、冷たい躯の身体に温もりが戻ったかのようだった。

 

三 原生


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