『Archer Ether』 あーちゃーえーてる。弓矢と死者、咆哮と発狂、愚者の祭典。

 一 脳みそ


 

 

「あなたはすでに死んでいます」

 

 

 月架(つきか)は辺りを見渡そうとし、己の身体がきつく拘束されていることに気づいた。手足はおろか、指先の一本さえ動かせない。

 見えるのは空だけだ。だけど目を開けていると強烈な乾きを感じ、痛みに耐え切れず目を閉じた。鼻の中はぬるぬるとしたなにかが詰まっている。息をするのが辛い。僅かに開く口からなんとか空気を吸おうしたけど、やはり口も何処かぬるりとしている。堪らない不快感を覚えた。

 もう一度目を開けた。ここは山奥か。木々の間から見える暗い空、大きな雲が勢いよく風に流れていく。

 首だけをなんとか動かしてみる。

 月架は土の上に寝かされていた。縫い付けられていた。無数の血液が生きたロープのように、月架の身体を貫き台地に突き刺さっている。月架を縫い付けているたくさんの細い血液は、まるで月架の上に生えた植物のようでもあった。

 気持ち悪い。

 

 

「おはようございます。気分はいかが、月架?」

 自分と同じ年くらいの少女に声を掛けられ、月架は首だけ動かして振り返った。真っ黒なローブを着たロングヘアーの少女が、にこりとも笑わずに月架を見下ろしていた。

「もう一度言うけど……あなたはすでに死んでいます」

『なにそれ?』

 声が出た。だけど耳がおかしいのか、自分の声なのに聞きなれない。

「死んでいます」

 生きている。喋れるし、首だって動く。そう反論した。

「死んでいます」

 死んでいるらしい。

 

 

 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 AAAA 脳みそが溶け始めました AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 

 

「私、こう見えても優秀な死霊遣いなのですよ。材料さえ揃えれば人間一人生き返らせるくらい造作ないです」

『そうなの?』

「ええ」

 それはすごいことだ。

「そういうあなたはアーチャー(弓射手)ですよね」

『うん』

「あなたの腕を期待して蘇らせたの。私のために働いてほしいのです」

 なにを勝手なことを言っているのよと思った。死霊遣いの少女は指をぱちんっと弾いた。

『@@@』

 月架は目を剥いた。おなかを割られ、傷口から内臓を塩まみれの手で鷲掴みされたかのような激痛が走り抜けた。

 ただ痛いのではない。心の歪みそうな激痛だ。声が出ない。声を出す器官が麻痺している。死霊遣いの少女は悲鳴をあげることさえ許してくれなかった。叫ぶことさえできれば気も紛れる。せめて気絶したかった。

「痛いでしょう? 本当はあなたの肉は腐ってるわ。神経も剥き出し。私が鎮痛をやめれば、すぐにあなたの身体は焼かれるような苦痛を覚えるでしょう。ほら、こんなふうに肉を揉むとあなたは痛がる」

『@@@』

 早くこの苦しみから解放されたい。地を舐めて許されるなら舐める。目玉を噛んで許されるなら噛む。死んで許されるなら死ぬ。

「言うことを聞く?」

 月架はこくこくと頷いた。

 

 

「とりあえず身体が腐ったままなのはあんまりなので、再生してあげましょう」

 死霊遣いが指を弾けば、月架の身体は赤く輝き、光が収まると身体を覆っていた血管はなくなっていた。

 服はない。だから裸。でもそこに外傷とかはなかった。綺麗な白い地肌だった。

 少し変な気持ちになった。

 辺りを見る。ここは山奥の森の中。周りに人間はいない。いるのはリスや昆虫などの小動物。そして植物。死霊遣いの少女。こんなところで裸でいることに気恥ずかしさを覚えた。

 服が欲しい。

「私の名前はルーラ。あなたの主になる者の名前です。覚えておくように」

「うん……あ」

 声がちゃんと出た。声帯も修復されたのだ。

「分かってると思いますけど、痛くないのは私に従属している間だけですよ。言うこと聞かないのならまた身体を腐らせる。腐るとあなたの身体は神経が剥き出しになって痛くなる」

 改めて自分は死んでいるんだ、と月架はショックを受けた。外見上は普通の人間だけど中身は違う。

 胸に手を当てたけど鼓動は聞こえない。熱も感じない。試しに息を止めようとしたけど、最初から息をしていなかったことに気づいた。

 身体は単一の生命として機能していないのだ。ただただ、肉と骨を動かす力をルーラから与えられているに過ぎない。

 ルーラは服と弓矢をくれた。

「いくら死者でも裸は嫌でしょう? それとあなたの武器」

 受け取った服を見る。純白のブラウスと、ダークブルーのスカートとロングコート。矢を詰めてある真っ赤なポーチ。

「――」

 微かな生前の記憶が頭に過ぎる。全部は思い出せない。だけど、最期の日は確かにこの服を着て、弓を持ち、なにかを追っていた気がする。

 弓は小型。ポーチを開けて矢を確認すると、先端に粉末がこびり付いていることに気付いた。月架は死者だけど、アーチャーとしての知識や知恵はまだ残っている。きっとルーラが意図して残してくれたのだろう。

 矢先の粉末は毒だ。そして小さな弓の形状から判断すると、きっと人間を狙っていたのだろう。返り討ちにあったか、なにかの原因で命を落としたか。

 覚えておこう。大事な情報だ。

 

 

「さて着替えも終わりましたね。さっそくあなたの村に戻りましょう」

「あぁん…」

 ルーラに腕を引かれる。だけど決して強い力ではなく、月架の歩行を促すような手の引き方。

 手を引かれ、足を一歩前に踏み出した。

 しゃりっ……と、落ち葉と一緒に湿った地面を踏みしめる。

 もう一度空を仰いだ。徐々に晴れてきている。雲の隙間から太陽が顔を覗かせていた。暖かい。今は秋なのだ。

 月架は死者だけど、それでも自然は優しく接してくれる。

 太陽は大好きだ。

 

 

「わぁ…」

 眼下に広がっているのは懐かしい生まれ故郷。山の中にひっそりと生きる村。

 その静かな姿とは裏腹に、この村の真の姿が世界最大のアーチャー養成村であることも月架は知っている。育てたアーチャーを各地に派遣し、村は収入を得ているのだ。

 目に入る馴染んだ光景。月架はここからよく村を見下ろしていた。ここから見ると、川によって東西に分断された村を繋げる、大きな橋が印象的なのだ。月架はここでいつも誰かと村を見ていた。

 誰だったかな。月架は思いだそうとした。だけど頭の中に霧にかかったように、記憶が曖昧だった。朝見た夢の内容を思い出せそうで思い出せない。そんなもどかしさ。

 頭が痛い。中の脳みそがずきずきと痛むようだ。

 

 

「さて、それではミッションを開始しましょう。一日目は潜伏です。月架は村に戻って普通に生活してください。私はいつでもあなたの身体を潰すことも、土に返すこともできるので、そこのところは忘れないように。それから、あなたの身体に関しても他言は無用ですよ? 逆らえば苦痛があなたを襲います」

「はぃ…」

 あの痛みは忘れられない。目玉を口の中にいれて噛み潰して助かるのなら、噛み潰そうとさえ思った。

 目玉。

 舌の上をゼラチン質の目玉が転がるのを想像し、月架は身震いした。それも嫌だ。噛んだらきっとぶちゅっと潰れて、汁が出るのだろう。とろとろの汁が舌の上に広がるとか考えると吐き気を覚えた。

「それではがんばってください。もし全てがうまくいけば、あなたを私の僕として生き永らえさせてあげます」

「はいっ」

 不本意だが月架はびしっと元気よく返事しておいた。

「そうそう、一つ注意を。あなたの身体は代謝能力を失っていますが、それを周囲に感づかれないように。食欲は湧かないでしょうが、皆と食事をする時は、口の中に食べ物は詰めなさい。トイレにも行く振りはしておきなさい。そうだ、トイレで食べたものを吐き出せばよいのです。そうしましょう」

「はーい……」

 あまり愉快な帰省になりそうもなかった。

 

 

 月架はルーラから離れ、一人村への傾斜をぽつぽつと歩いていた。身体はルーラに支配されていても、心は月架のものだ。こうやって村への道を歩いていると、妙にうきうきとしてしまう。友達に会いたい。

 知り合いに会ったらまずなんて挨拶しよう。

「あたし実は死んでるんです。悪い死霊遣いに操られてるんです」

 とは死んで口が裂けても言えない。

 もうすぐ村の門だ。村に戻ったらまず何処へ行こう。

 自分の家に帰ろうか。父と母の待つ家へ。両親の顔を思いだそうとしたけど、思い出せなかった。やはり記憶はどこかあやふやだ。だけど、よく愛されていた気はする。

 もしも娘が一度死に、仮初の命を死霊遣いに与えられていると知ったら両親はどう思うか。悲しい感情が生まれることしか想像できなかった。

 

 

「あれ、月架ちゃん?」

 女の子の声に月架は振り返った。白いドレスを着た月架と同じ歳の女の子。綺麗で優しい。月架は生前ずっと憧れていた。

「スフレちゃん」

 口から自然と名前が出た。何度も何度も呼んだことのある名前。「月架ちゃん」と呼ばれれば「スフレちゃん」と返す関係。口が発音を覚えていた。

 そう、山の上から一緒に村を見下ろしてみたのはスフレだったような気がする。

 もう一度、スフレを見た

「んー?」

 小首を傾げるスフレの笑顔は優しい。真っ白なドレスを着た彼女は女神のようだった。不健康そうな真っ黒のローブを着た陰湿なルーラとは正反対の印象を受けた。

「ただいま、スフレちゃん」

「はいな。しばらく見ないから心配してたんだよ? どこ行ってたの?」

 心配されている。なにもかも相談したい。この命がルーラに握られている事も。

「実は……!」

 実はあたし死んでるの助けて、と言いたい。言ってはいけない。

「実は?」

「うぅ……」

「実は?」

「……実はおなかがすいてるので、なんかごはんください」

「ソウデスカ」

 スフレがじっと月架を見る。明らかに嘘がばれている。だけど追求はされなかった。

「いいよ、おいで。お兄さんになにか作ってもらってあげるよ」

「うん」

 思い出した。スフレの家族はこの村一番のお金持ちなのだ。だからスフレはこの村の生まれなのにアーチャ―ではない。

 生まれ以前にあたしは死んでいるのだけど。そう思うと月架は胸が苦しくなった。そうだ、忘れていた。食事は基本的に摂取しないのだった。活動するためのエネルギーはルーラから送られてくる。あとで吐き出さなければならない。

 まずます胸が苦しい。

 

 

 スフレに手を引かれ歩いていると、アーチャーの訓練所を通りかかった。柵内の練習場では月架たちと同じ年くらいの少年少女が的に向かって弓を放っていた。

 まだまだ未熟。狙いを定めるのに時間も掛かっているし、その狙いも正確ではない。動作も遅い。それでもいいと思う。

 外に出て戦う時がきたら、死んでしまうかもしれない。実際に死んだからこそ分かるのだ。このぬるま湯のような訓練所にいた時は毎日友達と遊んでいた。あの時が楽しかった。

 月架はアーチャーとしては若い。どうしてだったか。よく覚えていない。ただ、今もこの小さな身体の中には圧倒的なアーチャーの技術と知識、知恵、自信がある。無駄に歳を重ねただけのやつらに負ける気はしなかった。

「月架ちゃん」

「はーい?」

「アーチャー楽しい?」

「うん」

 死んでしまったけど、でもアーチャーとしての誇りは忘れない。忘れたくない。記憶を失い、死霊遣いの手下になったけど誇りまではルーラの思い通りにさせない。

 だから、いざという時は再び死の塵に還されてもいい。聞きたくない命令は聞かない。

 だけど、「よかったね」と笑うスフレの笑顔を見ていると、このまま消えるのは辛かった。月架が消えたらスフレはきっと泣いてくれる。悲しませたくなかった。

 今しばらくは誇りを曲げてでもルーラに従う。

 改めてそう思った。あとやっぱり痛いのは嫌だ。

 

 

 スフレに案内された建物は荘厳な神殿だった。

 圧倒的な迫力を全身にぴりぴりと感じる。この大きな神殿はまっとうな職につく人間が何年頑張っても、絶対に近づくことさえできない、そんな金と地位と名誉を物語っていた。

 正面には黒服を着たガードマン達が睨みを利かせている。皆、村のアーチャーだ。雇われたのだろう。このような田舎村には相応しくない厳重に警戒された建物。

 ここがスフレの家だ。スフレがアーチャーでないのは、やがて神官になるためなのだ。

 スフレはガードマンに挨拶し門をくぐる。

 月架は動けなかった。入りたくない。死者だからか、神殿が怖かった。生前は何度も遊びに来ていたのに、死者の月架には冷たい建物だった。

「どうしたの、月架ちゃん? おいで」

「あ…」

 スフレにぐっと手を引かれ、神殿の中に一歩足を踏み入れてしまった。

「……」

 平気だった。スフレが手を握ってくれていたからかもしれない。安心できた。神殿への嫌悪は消えないけど、だけど恐怖は和らいだ。

 スフレのことは好きだ。死んだってこの好意を忘れたりはしない。

 

 

 テーブルに水の入ったグラスが置かれた。

「こんにちは、月架さん。おかえりスフレ」

「……?」

 綺麗な男だった。整った顔立ち、清楚なローブ、柔らかな笑み、生前よく世話になった男。思い出した、この男はスフレの兄だ。名前はワーム……だった気がする。

「こんにちは、ワームお兄さん」

「久しぶりだね、月架さん。今日はなにを食べにきたんだい?」

 にこりと笑われる。心動かされそうになるような笑みだ。スフレの尊敬する兄のワーム。いい人に決まっている。

「月架ちゃん。今お兄さん東洋料理に夢中なんだけど、それすごくおいしいの。私それが食べたいんだけど、月架ちゃんもそれでいいかな」

「うん」

 ワームは少し待ってねと言い厨房へと向かった。

「ねえ、スフレちゃん」

「んー? なあに?」

「あたしスフレちゃん好き」

「あら、うれしい」

「スフレちゃんはあたし好き?」

「普通の友達としてならねー?」

「じゃあ、ごはん食べる前のちゅーちょうだい?」

「やーだよ。普通の友達はそんなことしないでしょ」

 ふられた。死者だもんね、と月架は諦めた。少し悲しかった。

 

 

 陽は暮れていた。真っ暗な道を歩くスフレの背に月架は背負われていた。

「@@@」

 胃が苦しい。

 食べ物を摂取できる身体ではないのに、食べ物を胃の中に入れてしまった。早く吐き出したい。食べた時の味なんてもちろんわからない。それでも、神殿の中で吐き出すことだけは自制した。スフレの兄にそんな失礼なことはできない。

「大丈夫、月架ちゃん? もうすぐ家だよー。がんばってー」

「うん…」

 体調の不良はいい口実になった。月架は自分の家の場所を覚えていない。こうやってスフレに運んでもらえるなら助かる。

 それにスフレの背に負ぶさっているのは幸せだった。

「ありがとう、優しいスフレちゃん…」

「はいはい、甘えっこの月架ちゃん」

「吐きそう……今吐いたらスフレちゃんにどばーってかかっちゃう…」

「吐いたら絶交だからねー?」

「じゃあがんばって我慢するー…」

 本当は喋るのも辛い。だけどスフレの背に抱えられていると、ついつい甘えたくなる。不思議な暖かさにもっと触れたい。これ以上喋ると本当に吐いてしまいそうだから、ぎゅっとしがみつくだけにしておいた。

 

 

 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 AAAA 溶けた脳みそが不定形のまま固まり始めました AAAAAAAAAA

 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 

 

 このまま家に着かず、ずっと抱きついたままでいたい。未来も希望もない死者だからこそ、そんなことを思うのかもしれない。

 そんな想いなど通じる訳もなく、やがてスフレはとある一軒家の前で足を止めた。

「ついたよ、月架ちゃん?」

 家の中から明かりは見えない。住人が寝ているわけでもなさそうだ。アーチャーとしての研ぎ澄まされた感覚が教えてくれる。人の気配はない。

 月架は寝ぼけたふりをした。

「…ベッドまで連れてって」

 スフレはしゃーないなと言ったけど、でも月架を背負ったまま、合鍵で扉を開け家の中に入ってくれた。

 合鍵渡してたんだ、と思い出した。そういえば両親は随分前に行方不明になった気がする。それからずっとスフレに面倒を見てもらっていた。同い年なのにね、と自嘲した。

 暗い家の中をスフレは慣れたように歩き、月架をベッドの上に寝かせてくれた。

「はぁー、疲れた」

「ありがと…」

「ううん。早く元気になってね。今日は独りでも大丈夫?」

「…大丈夫じゃないって言ったら、もう少しいてくれる?」

「いてほしいんだ?」

 スフレはあははと笑った。月架も笑った。いて欲しい。独りは寂しい。

「私もしなきゃいけないことあるからなー。じゃあ、明日の早朝に来る」

「ありがと…」

「お大事に、ね?」

 ばいばい、と言い残しスフレは出て行った。

 月架はベッドから起き上がり、スフレが帰ったかどうかを確認する。夜道を歩く彼女の後姿を確認し、月架はトイレに駆け込んだ。

 ずっと我慢していた胃の中のものを吐き出した。吐き出したものから胃液の匂いはしなかった。代わりに死臭がする。

 涙が止まらない。

 

 

 夜中、ベッドで眠っていると誰かが傍らに立っていた。もう朝になってスフレが見舞いに来てくれたのか、と思ったけどそうではなかった。

 ルーラだった。

「眠る必要はないでしょう? あなたの活動のためのエネルギーは全て私が供給しています。疲れるのはいつも私。そういうシステムです」

「ん…」

「起きてください。次のミッションに移りますよ」

 月架はむくりと起き上がった。灯かりもない真っ暗な部屋なのにルーラの姿はよく目に映った。

「おはようございます、月架」

「はい、おはよう」

「次のミッションはあなたに神殿を偵察にいってからにしてもらおう思ってたけど、昨日うまく神殿に入っていたのですね。素晴らしい」

 はぁ、と月架は曖昧に頷いた。スフレに迷惑かけるような仕事は嫌だな、と死人なりの考えは脳みそを過ぎった。

「いよいよ、あなたのアーチャーとしての本領発揮の任務ですよ。神殿内にある四つのオーブを破壊して欲しいのです。そのためにあなたを蘇らせたのです」

 スフレの一族に迷惑を掛けることになるが、まだ直接スフレに危害を与えるような仕事ではない。月架は従うことにした。

「オーブの場所は?」

「何処でしょうね。分かりにくい場所に隠しているんじゃないのかしら」

「そんなお仕事ならアーチャーのあたしよりも、どっかで泥棒さんでも雇ったほうがよかったんじゃないのかな…」

「泥棒さんでは駄目なのですよ」

 駄目らしい。

「あなたのアーチャーとしての腕を見込んでの仕事ですよ」

 月架はベッドから降り、タンスを開けた。ここにたくさんの装備を収納してある。

「敵は?」

「神官。それと彼らが使役する各種精霊」

「はい」

 神官と精霊によく効きそうな矢をそれぞれポーチに入れ、ショートボウを背に掛けた。そして、いくつかある隠し武器も服の中に入れておいた。

「準備できたよ」

「じゃあ、いってらっしゃい」

「はい」

 いってきます、とびしっと挨拶し出掛けることにした。ルーラは笑わない。手だけを振っている。

 ――撃ち殺せないかな?

 そんな考えも沸いた。自信はあった。隙だらけなのだ。だけどルーラが死ねば、月架も消えてしまう気がした。だからやめておいた。

 

 

二 腐敗


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