『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜

 終章 FieldChaos(贖罪)


 

 終章2部 聖者のこころ

 

 こころはおしろの自室にいながら、ソラの一角が崩れるのをアンテナで感じた。コロされたか、裏切ったか。

 これでソラの目は封じられた。だが、もう関係ない。リブラには最後のソラの想いは伝えてある。もう関係ない。

 こころは己を追ってくる男を思い浮かべた。

 不愉快だった。未だに玲二と名乗っている。

 こころは窓を開けテラスに立った。

 赤と黒のモヤの下、視界一杯にアンテナ達が転がっている。

「――――この赤と黒は――――私の精神と同じ――ね――――不愉快の塊」

 こころの右腕にロケットランチャーが搭載された。改めて部屋の中を振り返れば、そこには四体の男の人形があった。三体は倒れている。

 一番左に倒れている人形はこころの恋人だった玲二。

 間の二つは二番目と三番目の玲二を名乗った男。

 右側でまだ立っている人形は、今玲二と名乗り、こころに牙を向く男。

 右腕からロケット弾が放たれ、最後の人形は粉々に砕け散った。

 少しすっきりした。

 何となく外のモヤも少し軽くなったような気がした。

 

 玲二はひとみを拘束したりはせず一緒に隣を歩かせた。

「お前には聞いておきたい事がある」

 ひとみにこころの元に案内させながら玲二は聞いた。

「―――なぁに?」

 頭の上のアンテナをぴこぴこさせながらひとみは首を傾げる。

「ソラとは何だ?」

「―――あ―それは秘密ー♪」

 あっけらかんと笑って答えるひとみを玲二が睨み付けると、ひとみはいきなりしくしくと泣き出した。

「泣くな。さっさとその秘密を話せ。話さないと……」

 玲二はひとみの耳元で囁いた。途端にひとみが震えあがる。

「―――だ―だめぇそんなのだめぇなにされたって絶対に言えないもんは言えないし僕がただ痛い目にあうだけでそんな風に苛められたってなんにも生まれないし痛いのヤだし玲二さん加減を知らないから絶対やだぁ――――痛ぁ!」

 玲二はひとみの頭を殴って黙らせた。

「言え」

「――――黙秘したい―」

「駄目だ」

「―――あぅ――だ―だって―――」

「だって何だ?」

「――――だって喋ったら死んじゃうもん――――」

 またひとみは嗚咽を漏らして泣き始めた。

「まったく意味が分からんがもういい。それはこころに聞いてやる」

「―――は―はぃ――――ごめんなさぃ―――」

 それから、ひとみに案内されるまま歩き続けた。

 進む度に赤と黒のモヤの濃度は上がり、玲二にはそれが瘴気のように思えた。

 やがて突き当たりのドアが見えた。

「―――ここ」

「ここにこころがいるのか?」

「―――うん」

「そうか。それじゃお前はここで待っていろ」

 ひとみは首を傾げた。

「あいつとは俺が決着をつける。いいな?」

「――――うん――あ――あの玲二さん――」

「何だ?」

「―――こころさんは――僕なんかより――ずっと強いし―――その――」

「その……何だ?」

「――――その――――怒ってて――恐いから」

「大丈夫だ」

 玲二はひとみを残し扉に手を掛けた。

 この部屋にこころがいる。

 こころがアンテナを生やして、玲二の部屋に飛び込んできたのも、もう百年以上も前の話になってしまった。

 だがやっとここまで来た。時を越え、肉体を越え、やっとここまで来た。

 玲二は扉を開け、部屋の中に踏み込んだ。

 

 部屋に一歩踏み入れると同時、大音響が鳴り前方からロケット弾が飛んできた。

 玲二が間一髪横に飛んで避けると、今いた所で大爆発が起きた。胸をなで下ろした次の瞬間、今度は三発のロケット弾が唸りをあげて飛んで来る。

 玲二は右手に『四角』を造り出し前方に翳した。最初のロケット弾が『四角』に当たり爆発する。その爆発に撒き込まれた残りの二つの弾も空中で爆発した。

 爆炎に巻かれながら、玲二は部屋の中を見渡した。ひとみの部屋と同じ、いやそれ以上の濃度のモヤが部屋を支配している。

 こころの姿は見えない。

「出て来い、こころ! 約束通り、お前のアンテナを叩き折りに来てやったぞ!」

 モヤが揺らめき、赤と黒の狭間からぬっとこころが現れた。

「――――しつこい―――わね――――貴方に―こころなんて――――呼ばれる覚え―――ないわ」

「そうか。まあ、今はいい。それより一つ質問に答えてもらおうか」

 答えの代わりに、こころの右腕に搭載されたロケットランチャーが火を吹き、玲二に襲いかかってきた。

 玲二はそれを『四角』で叩き落す。足下で爆発した。

「随分と乱暴な女になったじゃないか?」

「―――乱暴にも――なるわ」

「お前に聞きたい事はある。ソラとは何だ?」

 玲二の質問に、こころはくすくすと笑い始めた。

「―――何だと思う?」

「俺はお前達の主の名だと聞いていた」

「――――なら―――それでいいんじゃない?」

「そいつはどこにいる?」

「―――聞いてどうする気?」

「始末しにいってやる」

 またこころは笑い出した。

「―――ソラを――始末?――難しいな――それ――ふふ」

「何がおかしい?」

「――だって―――貴方――ソラを倒すつもりでいる――」

「そうだ」

「―――会いたい?」

 こころは悪戯っぽく首を傾げた。

「会わせろ」

「―――そうね――――ソラにね―――?―――あはははは――――」

 こころは笑いながら玲二目掛けてロケット弾を放った。

 不意を付かれた玲二は腹にロケット弾が炸裂し、接触距離の爆発により身体の部位が幾らか吹き飛んだ。

「ぐっ……!」

「―――なんだ――死ななかったの?―――ふふ―――でも――もう死ぬよね―――貴方は玲二じゃないけど―――よく頑張ったわね―――ひとみにも勝ったみたいだし――――いいカンジ―――――いいわ――――ソラに会わせてあげる―――」

 こころは右手を天に掲げる……と見せかけ、玲二に向かってロケット弾を発射した。またもや不意を付かれた玲二は、こころの攻撃をまともに受け吹き飛んだ。

「―――あはは――残念だけど―――ソラはこの私――聖者のこころ―――しか会わないのよ」

「…随分と……姑息にもなったな……?」

「―――私に勝てたら会わせてあげるわ」

「その言葉。忘れるなよ」

 玲二は横に飛び退いた。僅かな差をおいて、今玲二のいた場所が爆撃される。転がりながら玲二はこころの周囲に数台の妄想戦車を造り出した。

 こころはそれらに一発ずつロケット弾を撃ち込み破壊していく。

 玲二は右手に『四角』を造り出し、こころに向かって投げ付けた。

「――――――!」

 鈍い音を立て『四角』はこころの頭に直撃し、一瞬の隙ができた。玲二の合図とともに残った戦車の砲台が一斉に火を吹いた。

 戦車の爆撃にさらされるこころ。

 右手に次の『四角』を造り出して玲二は待った。

 こころがボロボロになって爆炎の中から飛び出してきた。玲二は慌てず、こころの顔面に向けて『四角』を投げ付けた。

 労せずぞれは狙い通りに、こころの顔面に直撃した。

 怯んだこころに戦車は再び容赦なく爆撃を浴びせ続けた。そして、また玲二は『四角』を造って待ち続けた。

 再びこころが爆炎から飛び出していた。玲二は先程と同じ要領で『四角』を投げ付けてから罠に気付いた。

 今のはロケット弾だ。咄嗟だったので間違えた。

 こころは玲二の眼前にいた。

 右腕を振りかぶっている。そのままロケットランチャーの砲身で玲二は側頭部を殴り付けられた。

 あまりの重い衝撃に視界が振れる。その間に今度は反対側から殴り付けられた。

 頭部を鈍器で殴打され、玲二は膝を付いた。

 頭を踏み付けられた。顎を激しく床に打ち付ける。

 こころの足をどけるよりも先に、玲二の背中にロケット弾が撃ち込まれた。何発も何発もこころは執拗に踏み付けている玲二にロケットを撃ち続けた。

 玲二は絶叫しながらも、残った戦車にこころへの砲撃を命じた。

 こころの細い身体に戦車弾が雨のように撃ち込まれる。それでも、こころは玲二にロケットを撃ち続けた。

 玲二も戦車砲を止めなかった。

 どれだけ撃ち合っていたか。

 こころは攻撃の手を止め、玲二から飛び退いた。

 立ち上がれない玲二は顔だけを上げてこころを見た。

 彼女の全身は傷だらけになり、煤に塗れて煙が上がっていた。もう余力はなさそうだった。こころは不敵に笑っていた。

「―――貴方は―――私に勝てない」

「…その…状態でよく…そんな大口が叩けるものだな」

「――――私にはソラの加護がある!」

 こころの全身が輝き、何かを天井に撃ち出した。

「―――さぁ――――ソラが来るわ――――この聖者のこころの祈りによって―――」

 突然天井が明るくなった。

 頭上を見上げれば、おしろの中にいた筈なのに青空が広がっていた。

 非道く無気質な青空だった。

 こころは天井を仰いで、恍惚とした表情で言った。

「―――感じる?―――これが―――ソラよ―――」

「…何がだ? これはお前の造った妄想だろう?」

「――――――?」

 怪訝な顔になるこころ。

「―――何を言ってるの?――ここにソラがいるわ――」

 上を指差してこころが言う。玲二もその指の先を視線で辿ったが何も見えなかった。

「――――分かったわ―――やっぱり――貴方にはソラを見る――資質がないのよ――」

「ソラは……」

 玲二には分かった。

 それをこころに言う事は躊躇われたが、それでも言わなければならなかった。

「ソラはお前の妄想だ」

 先程と同じ台詞を玲二は言った。

「―――妄――想―?」

「そうだ。そんなものはいない。だからお前にしか見えないんだ」

「――――ふふ――そうかもね」

 案外あっさりとこころは認めた。笑っている。

「―――でもね―――この世界の中で――何が現実で――何が妄想か―――今の貴方にその区別がつく?―――ふふふ――例えばこのロケットランチャーはどうかしら?――――貴方のその四角いのは?―――このおしろは?―――アンテナは?―人間は?――私は?貴方は?未来は?玲二は?全部妄想かもね?」

「そうかもな……」

「―――――あはは――でもね――人がいっぱい死んでるのは現実――――これだけは紛れもない現実―――はは――ヤな世界よね――」

 こころは自嘲気味に言った。

「――――幻でも妄想でもいい――――私は皆と一緒に―――リブラとカリスとひとみと――玲二と――皆で楽しくおしろで暮らしたかったな」

「幻でも妄想でもか。後ろ向きな考え方だな」

「―――――私はそういう女だから――幻滅した?」

 玲二はよろよろと起きあがり、『四角』を構えて言った。

「お前が後ろ向きな人間なのは昔から知っている。俺はお前の恋人だ。俺の元に連れ戻す」

「―――非道い言われようね――」

 こころも右腕のロケットランチャーを構える。

「――――私も貴方を信じてみたい」

「ひとみは信じてくれたけどな」

「―――あの子は単純だから」

「そうだな。お前は随分とヒネくれたな」

「――――そうね」

 ロケット弾が火を吹き、玲二に襲いかかってきた。一発や二発ではない。数十発のロケットが玲二に向かって飛んで来る。玲二は弾丸を避わし、払い落としこころの前まで駆けた。

 こころは動かない。『四角』をその細い喉元まで付き付けてもこころは動かなかった。

「――――コロしてくれてもいいよ」

「何?」

「―――疲れちゃった――――何百年も生きて――こんな事してるのは―――全部が幻なのかもしれない―――どうして私――こんなに長生きしてるのかな?―――とか」

「ふざけるなよ…………ぐぉ!」

 一瞬躊躇した玲二の腹にロケット弾が突き刺さり爆発した。吹っ飛ぶ玲二。

「―――ふふふ――ほら――長生きしてるとね―――こんなに卑怯になっちゃうのよ?」

「…お…前は元々そんなやつだったよ……」

「―――ねぇ―――今だけ――――貴方を玲二って呼んでもいいかな?」

「何…だ?」

「――――全部――夢だったら良かったのにね―――貴方の部屋に飛び込んだあの日から全部が夢―――私と貴方は恋人になって結婚するけど――――どっちも社会的に駄目人間で働けなくて――――お金に困って――――離婚して―――でも――たまには相手を思い出して―――それでも―もう会う事はなくて――――人知れずどっかで死んでるのよね」

「嫌な現実だな……」

「――――現実ってそんなもんでしょう」

「だからお前は妄想に逃げるのか」

「―――後ろ向きだから」

「そうだったな」

「―――電波塔では―――大嫌い―――なんて言ったけど――でも私は今でも玲二―――貴方が好き」

「それじゃ俺とやりなおそう」

「――駄目―――もう――私は妄想の中でしか生きられない――今のこの状態がいい―――私はソラとして―――この世界を私の都合のいいように造り替えれる―――――玲二―――もう一度貴方を誘うわ――――ソラとして――――私達と世界を造りましょう――」

「一つだけ言っておいてやる。俺はお前のソラ、妄想を砕きにきた、俺は今のお前ではなく、俺の部屋に飛び込んできたあの頃のお前を恋人として迎え入れたい」

「――――――」

「幸せな妄想を壊されたくないのなら、現実で俺をコロすしかないな」

 玲二は『四角』を構え立ちあがった。『四角』を天井の青空に向ける。

「この青空を壊せばいいのか」

「―――やめて」

「止めたければ俺をコロせ」

 こころは子供のように泣きじゃくって、玲二にロケットランチャーを構える。

「――――非道い人ね」

 ロケット弾が発射された。

 唸りをあげて玲二に直撃する直前、弾丸は突如消え失せた。

「――――コロせるわけ――――ないの分かってるくせに――!」

 玲二は『四角』を青空に向かって投げ付けた。それは何もない場所に突き刺さり、そこから青空にヒビが走り、ついには粉々に砕け散って元の天井に戻った。

「ソラは砕けた」

「――――――」

 だが相変わらず、こころの頭にはアンテナが刺さっている。やはりソラが妄想である以上、それを破壊しても今のこころ達を止める事はできないのだろうか。

「―――玲二ぃ」

 こころは構えていた手を降ろした。ふらふらと玲二に駆け寄ってくる。玲二も思わず抱き締めかけたが、また不意撃ちを仕掛けてくるかもしれないので一応警戒はした。しかし、心配を余所にこころはそのまま玲二の胸の中に倒れてきた。

「―――ごめんなさい―ごめんなさい!――私がバカだったの―ずっと――ずっと――こうやって抱かれたかったのに――!」

 玲二はこころの髪を撫でた。これはあの時のこころだ。アンテナが生えて戸惑い、部屋に飛び込んできた時のこころだ。

「もういい。全部終わった事だ」

 報われた。

 途中、何度も狂いかけた自分がいた。道を見失いかけた自分がいた。多くの犠牲もあった。けれど、その全てが無駄ではなかった。

 玲二はこころをもう一度強く抱き締めた。

 だが、こころは激しく首を横に振っていた。

「―――違うのぉ!――まだ終わってないの!―――リブラとカリスはまだソラを信じてる!――――私が――聖者のこころとして下した――最後の命令で動いてる!」

「……? 何の命令だ?」

「――地球を割るの」

「何?」

「―――地球を割って――その爆発の勢いで――世界各地に建っているアンテナを宇宙に飛ばすの―――タンポポみたいに跳ばすの!」

「馬鹿な事を言うな。そんな事できるわけがないだろう!」

「―――できるの!―――真実のカリスは最強の執行人なの!――――私達とは比べられない程のエネルギーを捻り出せるの!――――地球の一個や二個を割る事だって不可能じゃない!」

「今すぐ止めるんだ! お前ならリブラを通してカリスを止められる筈だ!」

「―――ムリなの――私もうソラじゃないから――――リブラは私の声を害電波として判断するから――受理してくれない―――それに例えリブラが通してくれても――――もうカリスはアクションに入ってる――――今命令を出しても待機状態として―――後送りにされちゃう―――――地球割れた後に――地球割るなになっちゃうの――」

 こころは泣いていた。私が悪いのと泣いていた。

 

 まだ終わっていない。

 

 

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