『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜

 終章 Field Chaos(贖罪)


 

 終章1部 万象のひとみ

 

 玲二はおしろに向かって、焼け爛れた大地を歩いていた。

 前に目覚めた時から何年経っているのだろう。世界に以前の面影はまったくなかった。

 どこを見渡してもアンテナ達が転がっている。一定の間隔で転がっている。玲二が近づいても起きあがる気配はない。静かに転がっている。

 気味が悪いので地面を見ずに天を見上げれば、そこにも精神に悪そうな赤と黒のモヤに覆われていて気が滅入った。モヤを見ていると、身体の中の精気が抜かれていくような感じさえしたので、玲二はやはり下を向いて歩く事にした。

 どこまで歩いたか。幾分、おしろが近づいた気がした。

 ――玲二さん

 後ろから声を掛けられたので振り返れば、アンテナの生えた太った男が玲二を呼んでいた。知らない男だ。

「誰だ、お前は?」

 玲二が構えて問うと、男は幽鬼のようにフラフラと玲二に近寄って言った。

 ――モヤシです

「モヤシだと?」

 ――未来さんにあなたを助けるよう、私も記憶を転写して頂きました

「そうか」

 ――では頑張りましょう

「ああ」

 モヤシと二人で歩き続けた。

 

 大分、歩いた。

 玲二は等間隔に転がっているアンテナ達を指して聞いた。

「どうして、こいつらは俺達を攻撃しないんだ?」

 ――玲二さんがお強いからですよ

「そうか」

 また歩き続けた。

 

 見られている。

 玲二は天を見上げた。

 赤と黒のモヤの隙間から誰かが覗いている。

 ひとみだ。

 ずっと監視されていたのだ。

 元より宣戦布告は済ませてある。今更見られた所で何かが変わる訳でもなかった。

 

 おしろの真下まで辿り着いた。

 御丁寧な事におしろからは巨大な階段が螺旋状に地上まで伸びている。

 階段付近の地上では電波塔型のアンテナが一〇〇〇体程、寝転がっていた。

 敵が一斉に立ち上がる。

 全てのアンテナが両手を天に翳し、その上空に数万本の杭を造り出した。

 玲二も眼前に数千台の妄想戦車を造り出した。

「行け!」

 戦車砲が火を吹くと同時、杭が襲いかかってきた。

 

 数百台の戦車が一瞬に爆破された。

 だが、それ以上の敵を葬った。爆撃された敵は四肢をバラバラにされて大地を転がる。

 それでも敵の攻撃は止まらない。すでに杭は上空に造り出されている。それらが休まずに玲二達に向かって飛来し続ける。

 敵の攻撃を避けながら、玲二の頭にはある疑問が過ぎっていた。

 玲二の動きはひとみに見られている。玲二のソラに対する宣戦布告はこころを通じて、ソラに行き渡っているはずだ。

 カリス。

 彼が現れる筈なのだ。最強の力を持つソラの執行人、真実のカリス。何故彼は現れないのだろう。

 

 悲鳴が聞こえた。

 モヤシが杭に串刺しにされていた。

 慌てて駆け寄るが、それよりも先に無数の杭がモヤシを貫いた。

 ――玲二さん

 玲二はモヤシを刺している杭を全て払い、彼を抱き起こした。

 ――玲二さん、御武運を

 そう言い残し、モヤシは死んだ。

 

 全ての敵を駆逐した大地を、妄想戦車が駆け巡る。

 キャタピラとエンジンの音を立てながら、螺旋階段を昇り、おしろへと攻め込む戦車を見送りながら、玲二の胸には言いようの無い虚しさがあった。

 腕の中にはモヤシの死体がある。まだ温かかった。

 モヤシは何の為に蘇ったのだろう。

 地面に穴を掘り、彼の遺体をそこに埋めた。

「さらばだ、モヤシ」

 玲二は戦車とともに螺旋階段へと向かった。

 

 おしろの中は複雑な迷宮になっていた。

 電波塔と同じ機械質な通路は少し進めばまた分かれ道になる。

 また分かれ道だ。もう何回目だろうか。

 これではこころの所までいけそうもない。

 ふと、片方の道に砂が付いているのが見えた。以前、電波塔でひとみを追いかけていた時にも砂を追った。

 どうせ道なんて分からない。

 玲二は砂の付いた道を選んだ。

 

 狭い通路から一変して、がらんと抜けた部屋に出た。

 赤と黒のモヤが部屋の中に立ち込めている。視界が悪い。

 部屋の中央には誰かが立っていた。

 モヤが少し晴れてその姿が見えた。紅白の着物に身を包んだ、女の子みたいな男の子。人懐っこい笑顔をくすりと浮かべた。

「―――こんにちは」

「ひとみか……」

「――はぃ―――みんなには悪いけど―――お兄さんは――僕が―――始末する――――電波塔での―――借りを返したいし―――」

「ふん、お前の独断か? 聞きたいもんだな。ソラに支配されているお前が、自分から何かを進んで行動できるのかどうか」

「――――ソラ?」

 ひとみはくすくすと笑う。

「何がおかしい。そうだ、もう一つ聞いておく。どうして、俺の前にカリスは現れない? あいつは今、何の命令を受けている?」

「―――さぁ――ね?」

 ひとみが両袖から一対の棒を取り出し、それを繋ぎ合わせ一本の槍を造り出した。

「――今度は―――前みたいに――手加減―しないよ――――」

 それから恨めしそうに付け足した。

「―――――痛かったんだから――――前のお兄さんに――縛られたの――――」

「そうか。では今度はもっと痛い目に合わしてやる」

 玲二は部屋の中に妄想戦車を造り始める。

「―――くす―――――お兄さんがいっぱい戦車を造れるように――――わざわざこんな広い部屋で――――待っててあげたんだよ――」

「なめられたもんだな。どうやら前回は縛り足りなかったみたいだな」

 玲二がそう言うと、ひとみは不機嫌な顔になった。

「―――また縛るの?」

 ひとみは槍を頭上に掲げ一振りした。

 

 カリスとリブラはおしろの最上階から宇宙を見上げていた。

「―――くく――ついにここまで来たな―おい?」

「―――――」

「――何だ―あぁ――随分と不景気な面だな――ははは――ここまで来たのによ」

「―――――」

「――――」

 二人は黙り、宇宙の星を見上げた。赤と黒のモヤの隙間から、キラキラと輝く星は、まるで降ってくるような、そんな星だった。

「―――これで良かったの――?」

「――お前が判断したんだろ――くく――死のリブラが―――全ての判断を委ねられたお前がよ――ははははははは――何だ―――今更気後れかよ?」

「―――――まぁ」

「――――お前はいつも淡白だなぁ――こころとひとみは何してる?――昼寝かおい?――ははは――平和だなぁ」

「――こころは―――お祈り」

「―――ふん――またソラとお話か――ひとみは?」

 リブラは懐から一枚の手紙を開いた。

「―――――緊縛プレイごっこ」

 リブラはくすくすと笑った。

 カリスも笑った。

「――さて――俺は俺の勤めを果たすとするか――ふふふ――勤労万歳だなぁ」

「―――勤労万歳」

 リブラは心配気な眼をカリスに向ける。

「――勤労――万歳?―――あなたはそれで―――いいの?――本当に実行するの?」

「―――お前が実行許可を出したんだろう?」

 少し考えてからリブラは答えた。

「――――まぁ」

「――くくく」

 あまねく星の下、執行人、真実のカリスが立ち上がった。

 

 ひとみの腕が微かに動いたかに見えた。

「…ぐっ…!」

 見えた次の瞬間、玲二は正中線上を槍で連続に突き刺された。喉を潰され、胸を貫かれ、臍を刺され、性器を潰された。

「―――お・ま・けぇ♪」

「!」

 槍の先がアップになったと思えば、玲二は眼球を槍で貫かれていた。貫かれたまま、ひとみが厭らしく槍を回転させれば、玲二は脳の中を掻き混ぜられた。

 

 記憶や意識が滅茶苦茶に入り乱れる。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

モヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモヤシモ

 

 

 ひとみがやっと槍を抜いてくれると、多少は楽になった。

 戦車は全て破壊され、部屋の中にはその残骸が散かり、煙が噴いていた。玲二自身も全身を槍で貫かれ、傷口は丸く穴が開き、血液が容赦なく溢れていく。

 対してひとみはまったくの無傷だった。

「――――さっき――カリスさんがなにしてるかって―――聞いたよね?――」

「…………」

「―――仕事を始めたみたいだよ――――何してるかは知らないけど―――まぁ―お兄さんには関係――ないよね?―――――もうすぐ死ぬし――」

「…俺は……まだ……闘え…………ごぉっ…!」

 再び喉を刺し貫かれた。

 口の中に血が溢れる。もう妄想なのか現実なのかの区別もつかなかった。

 最期に思ったのはこころの事でも、未来の事でも、敵対するひとみの事でもなかった。

 モヤシだった。

 彼は何しに蘇ったのだろう。

 しかし、自分も大して彼と違わない事に気付いた。こころを助けられず、ひとみにいたぶりコロされるのなら。

 モヤシは何しに蘇ったのだろう。未来に玲二を助けるように言われたモヤシ。実際にはおしろに着く前に息絶えたモヤシ。

 思えばモヤシなどと呼んでいたが、蘇った彼はモヤシなどという表現は似合わず、でっぷりとした体形だった。まあ今更どうでもいい。転生したモヤシ。

 玲二は考えた。戦車より強い何かを。

 それは玲二の中にあった。もう未来から貰っていた。

 複数の人間を渡り歩いた玲二だからこそ造れる妄想。

 人と人の精神と記憶を連結させる妄想。

 それは砂漠の中にあった立方体の建物。あそこに入った二番目の玲二の記憶は、三番目の玲二に受け継がれた。

 あれだ。あの立方体、あの四角形の建物、あの四角が未来のくれた力なのだ。

 今なら分かる。あの四角のおかげで玲二の記憶や精神は四散せず、次の玲二に継承できたのだ。あれこそが玲二の、記憶転生の力の本質なのだ。

 玲二は立ち上がり、右手の中に『四角』を造った。それは手の平に乗るような小さな『四角』だった。

 ひとみが訝しげな顔をして、頭上で槍を回転させ、玲二に向かって突き出した。

 甲高い音が鳴り。

 槍は『四角』により止められた。

「――――――え?」

 ひとみがぽかんとした表情になる。

「―――なにそれ?」

「四角だ……!」

「――――しかく?」

 玲二は身体の痛みを耐え、少しずつひとみに向かって前進した。

 ひとみが槍を突き出してくる。それは先程と同じく、『四角』が受け止めた。金属同士がぶつかり合うような音が響いた。

「――――わ――また―止められた?――――」

「無駄だ」

 ひとみは懲りずにまた槍を突き出してくる。

 玲二はそれを苦もなく『四角』で受け止めた。が。

「…ぐっ……!」

 その次の瞬間、腹のど真中を貫かれた。

「――――あは―は――――お兄さん――――いくらそのしかくが硬くても――ニ個所を同時に攻撃されたら―――関係ないよね?――――あははは――――まぁ―――僕の攻撃を止めたのは―――すごいよね――」

「…ぅ…うぅぉぉぉぉ……!」

 槍が引き抜かれる時、内臓すらも引き抜かれた感触が玲二を襲った。だが玲二は前に、ひとみとの距離を詰める。

「四角を……なめるなよぉ!」

 玲二は叫び、一気にひとみに詰め寄った。

 ひとみはその怒声にたじろぎながらも槍を突き出してくる。

 一発、二発は『四角』で受け止めたが、三発目は玲二の右胸に突き刺さった。それでも玲二はひとみに迫る。

「―――わ――わ?―――な―――なんでっ―?――」

 何発もの槍を身体で受け止められながらも、玲二はついにひとみの目の前まで詰め寄り、その胸倉を掴み上げた。

 爪先立ちになったひとみの顔が、みるみる恐怖に染まる。

「――――い――いやぁぁぁぁっ!――――――痛いのは――いやぁぁ!」

 ひとみは泣き叫んで、玲二に掴まれながらじたばたと暴れた。

 玲二はあいている手で、『四角』を全力でひとみの鳩尾に叩き込んだ。

「――――――!」

 ひとみの口から空気が漏れる。

 その小さな身体はガクガクと震え『く』の字になり、両手で殴られた鳩尾を押さえている。

「どうだ? 降参するか?」

 ひとみは青ざめながらも、首を横に振る。

「―――――いや―ぁ――――――降参なんて――――ゃだ――――やだ―ぁ――!」

「そうか」

 胸倉から手を離すと、ひとみは床に落ちた。両手で腹を押さえて悶えている。

 玲二はひとみを仰向けに転がした。

 ひとみの両腕を掴んで無理やり万歳の格好をさせ、足でひとみの下半身を踏み付け動けないようにする。

 ひとみは縦に身体を伸ばした状態でじたばたとする。

 そしてガラ空きになった腹にもう一発『四角』を叩き込んだ。

「―――!」

 また身体が『く』の字に折れ曲がろうとするのを、玲二は強引に下半身を押さえ付け、両腕に体重を掛け妨害した。

 ひとみは全身から脂汗を流し震えている。

「―――――ぃ――い―ゃ―――もぅ―ゃ―めて――――!」

「……こんなものはまだ殴っているだけだ。俺にはもっともっとお前を、色々な意味で嬲るための準備がある。例えばこんなのはどうだ?」

 玲二はひとみの耳元でそっと囁くと、ひとみは真っ青になった。

「…これが最後通告だ。降参するか……?」

 玲二が静かに聞くと、ひとみは涙をぽろぽろとこぼしながら答えた。

「――お―お兄さんなんかに―――僕の気持ちなんか―――分からないくせに!――」

「何の事だ?」

「――僕は――二人目の―玲二さんに―――会いたかったのに――」

 玲二は首を振って言った。

「全部俺だ」

「―――嘘だよ―――こころさんも――違うって言ってた―――」

「全部俺だ」

 ひとみは涙で濡れた目をぱちぱちとさせて玲二を見上げた。

「―――だって――こころさんが――――」

「あいつは嘘吐きなんだ」

 きょとんとした顔になるひとみ。

「―――本当に―――?――みんな玲二さんなの?―――」

「本当だ」

「―――嘘ついてるでしょ――?」

「つかん」

 ひとみはうーっと唸る。

「―――信用していいの?」

「しろ」

 また涙をぽろぽろと流しながら、ひとみは頷いた。

「口で返事だ」

「―――は―はぃ―」

 玲二が押さえていた両手と脚を開放すると、ひとみはその場に座り込んで泣き出した。、

 

 

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