『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜』
第3章 Tower of Priest(電波塔)
3部 おしろ
玲二は柔らかいベッドの中で目を覚ました。さっきから甘いスープの匂いが鼻を擽っている。上半身を起こして周りを見た。
こころの部屋だ。昨日は何をしていたのだろう。思い出せない。
「玲二ー? 起きたぁー?」
キッチンからエプロン姿のこころが現れた。
「ああ。実に気分のいい朝だ」
「そう? で、朝ご飯はなににする?」
「米と味噌汁がいい」
「そう? んじゃぁ、リブラちゃーんっ!」
こころが呼ぶと、隣の部屋から暗い少女が現れた。ちらりと玲二を一瞥し、こころに向き直った。
「……なに?」
「玲二の朝ご飯、チョコレートとー、味噌汁とー、ご飯とー、えっと鶏のスープとー、どら焼きとー、お寿司とー、モヤシ炒めとー、最後に牛乳だってー」
リブラと呼ばれた少女はこくりと頷いて、キッチンに向かってぼそりと言った。
「……カリスさん、味噌汁とスープとお寿司、もやし炒め……………だっけ? お願い」
その言葉を待っていたかのように、男がキッチンから顔を出した。二十歳過ぎ程の、険の深い顔の男だ。この男には頭をサッカーボールのように蹴られた事があったような気もした。カリスという名前らしい。
玲二の前にトレイが置かれた。味噌汁とスープと寿司とモヤシ炒め。頼んだものと違う。
「どうした、食わんのか?」
「…頼んだものと違う」
「食えんのか? なら捨てるか? 勿体ないな。ああ、誰が悪いんだ? リブラ、お前か?」
「…………」
リブラは首を横に振って否定する。
「いや、折角だから貰おう……」
玲二は味噌汁を啜り、寿司を口に入れた。悪くない。だが、スープは飲む気にはなれない。
モヤシを食べて不思議な気持ちになった。
「……あ、あの玲二さん」
カリスの背からそっと男の子が顔を出した。まるで妖精のような、そんな可憐さと儚さを持った華奢な美少年だ。ぱっとみて女の子かと思った。まだ声変わりも迎えていない。
紅白の着物が可愛らしかった。
「…お、おいしいですか?」
おどおどと聞いてきた。まだカリスの背に隠れている。
「いや、スープがちょっと……」
そう告げると、男の子の顔がみるみる青くなった。
「あ、ああ!ああああごめんなさいごめんなさい怒らないでください怒らないでください知らなかったんですスープが嫌いだったなんてあでももう次からは出さないから大丈夫ですえっとでも聞いてなかったしそんなのそれに―――――――っ!」
カリスが男の子の頭に拳を振り落とした。乾いた音が鳴り男の子は床に蹲った。
「ごめんねー、玲二。ひとみちゃんはちょっとアレなのよねー」
こころは笑いながらそんなことを言う。
蹲っている男の子は本当に痛そうだった。カリスはどこから取り出したのか、タバコを吹かして男の子を見下ろしている。顔には出していないが、楽しそうなカンジがした。リブラもくすくすと笑っているし、こころも玲二に腕を絡めてわぁわぁと騒いでいる。
玲二も楽しい。いい事だ。
玲二は柔らかいベッドの中で目を覚ました。
起きたら朝ごはんを食べる。
今日はリブラがちゃんと、玲二の言ったメニューを当ててくれたので、玲二は希望通りの朝食を食べる事ができた。
朝ご飯が美味しくて良かった。
今日はこころに聞いてみる事にした。
どうして、玲二の言ったメニューに混ざって、関係ないメニューが混ざるのか。リブラがいなくなったら大変ではないのかと。もっと普通にできないのかと。
こころは『そんなの無理ー』と言っていた。無理らしい。
今日はリブラと遊んでみる事にした。
暗いイメージもあったが、こうやって話しているとそれなりに盛り上がる。
たまに口笛を吹いている。それが趣味なのかと聞いてみた。
リブラは首を横に振る。
じゃあ趣味を教えてくれないか?と玲二が尋ねると、リブラは下を向いてもじもじと恥ずかしそうに答えた。
「……放置プレイごっこ」
可愛い。
今日はカリスと対戦ゲームで盛り上がった。
「なあカリス。少し聞きたい事があるんだが」
玲二はモニターから目を離さずに聞いてみた。
「……? 何だ? ああ、詰まらん事は聞かないでくれ。詰まらん話をされると、ついそいつの頭を殴りたくなるんだ。それがまた気持ちがいい。どうだ、お前も一つひとみの頭を殴ってみるか? あいつは殴りがいがあって実にいい。見た目だけは綺麗で可愛いし、適当に痛がるところがまた、こうそそられるものがあるんだ」
「お前、俺の頭を蹴飛ばした事なかったか?」
「ああ、あれか。落ちているものを見ると蹴飛ばしたくなるんだ。お前の頭はまるでサッカーボールのようだったぞ。蹴り応えはまずまずだったな…………うん?」
カリスが何かを見つけたらしく首を捻った。玲二もその視線を追ってみると、拳大ほどの小さな少女がいた。玲二を見て、ばたばたと手を振っている。
どこかで見た事があった気もしたが、カリスが窓の外に蹴り飛ばしてしまったため、よくは思い出せなかった。
「落ちている物を見ると、蹴飛ばしたくなるんだ」
なるほど。
どうも、あの小さな女の子が気になる。頭の隅に引っ掛かって仕方がない。
「なあ、ひとみ」
隣を見れば、ひとみが一人ピコピコとテレビゲームを勤しんでいる。暫く熱中していたが、玲二が呼んでいる事に気付いて振り返った。
「あ、はい♪ なんですかぁ♪」
この前とは違って、今日のひとみの表情は笑顔でいっぱいだった。
「楽しそうだな」
「はぁい♪ 玲二さんもやりますか?」
コントローラーを差し出すひとみ。
「いや、いい。それよりも聞きたい事が……」
玲二がコントローラーを返すと、ひとみの表情はみるみる悲しそうになり、ついにはぽろぽろと泣き出してしまった。玲二の胸にしがみ付いて、ひっくひっくと嗚咽を漏らし始めた。
困ったものだ。
リブラが熱を出した。仕方がないので看病してやる事にした。
「…ぅ…ん……」
さっきからリブラはベッドの中で身を捩って喘いでいる。まだ少女なのに妙な色気があった。
「ん?」
窓から小さな何かが入ってきた。この前見た拳大ほどの女の子だ。
ふらふらとこちらに飛んできて、玲二に微笑んだかと思うとリブラの顔の上に乗っかった。そのまますっと消えた。
訳が分からなかった。
朝からリブラの様子がおかしい。
ぼーっと虚空を見上げてばかりいて、誰かが話し掛けても上の空といった具合だ。
「玲二ー、今日の朝ご飯はなににするー?」
「中華丼にしよう」
「はーい。リブラちゃーん、朝ご飯はねー、鳥の唐揚げとー、モヤシ炒めとー、ラーメンとー、中華丼とカツ丼と牛丼とマーボー丼、それからそれからー餃子と、んー、そんだけみたい」
「…………」
リブラは何も反応しない。そしてカリスが動き出した。
「ああ? 鳥の唐揚げ、モヤシ炒め、ラーメン、中華丼、カツ丼、牛丼、マーボー丼、餃子の以上八品でいいんだな? ああ、間違いないな? ははは、こりゃまた朝から随分と超カロリーだな、おい?」
「いや、違う! 俺が頼んだのは中華丼だけだ」
「待っていろ。飛び切りのやつを出してやる。ああ、すぐに出す」
玲二が何を言っても、カリスには聞こえていないらしい。そのままキッチンへと姿を消した。
リブラはぼーっとしている。こころはニコニコとしている。
キッチンを覗こうと腰を上げると、誰かが玲二の服を下から引っ張った。ひとみだ。
「どーしたの、れーじさん」
「いや、カリスを止めないと」
玲二がそう言うと、ひとみは血相を変えて玲二にしがみ付いてきた。
「…だ、だめぇ! カリスさんの仕事を見てもいいのは僕だけなのぉ! 絶対だめぇ! 僕の仕事減らさないでぇ!」
「いや、しかし……」
「絶対だめぇ!」
切羽詰った悲鳴をあげるひとみ。
「分かった。ではお前が見てきてくれ」
「は、はいっ♪」
ひとみがキッチンに入り、そしてすぐに出てきた。
「えっと、カリスさんはぁ鳥の唐揚げ、モヤシ炒め、ラーメン、中華丼、カツ丼、牛丼、マーボー丼、餃子を作ってました。もうすぐ完成します♪」
「そんな事は分かっている! 何で止めないっ!」
玲二が怒鳴り散らすと、ひとみは可哀想な程びくりと震え上がった。
「だ、だってそんなコトできないっ……!」
そうこう言っている間にカリスが料理を運んできた。
玲二の前に次々と並べられる。中でも中華丼、カツ丼、牛丼、マーボー丼の丼四杯は見ただけで玲二はげんなりしてしまった。
「ほら、どうした? 熱いうちに食えよ。冷ますなよ。残すなよ。この俺が丹精込めて作ってやったんだ。ははは、まあこんな美食が食えるお前は世界で一番の幸せ物だな、おい?」
玲二の肩をばんばんと叩いて笑うカリス。暫く玲二が固まっていると、痺れを切らしたカリスが玲二を押さえつけ、無理やり玲二の口に食べ物を詰め込み始めた。
非道い朝だった。
体調を崩した。
そして、玲二はこころ達が看病をする中、短い生涯を終えた。
*
電波塔が折れました。
修理が必要です。
*
ソラに返るために
私達がソラの想いを汲むために
頂いた四本の電波塔
私達は
ステーションを造ります
貴方達ソラのアンテナは
宇宙に飛び
全ての空間に淀み無く
ソラの電波を走らせるために
貴方達は本当のアンテナとして
全宇宙に建ってください
タンポポの種のように
飛ぶのです
跳ぶのです
*
アナタ=ワタシ=ソラ=全部
万象のひとみ
+聖者のこころ
+死のリブラ
+真実のカリス=???