『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜』
第3章 Tower of Priest(電波塔)
2部 レイジ
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ひとみは下界を視下ろしていた。頭上のステーション型アンテナが共振すれば、この地球上の全て、正確には下位のアンテナが見た情報全てを受信できた。×は二つ。
受け取った情報を次の目標に向かって送信する。『万象のひとみ』
↓
こころはひとみから受け取った情報をソラへと送った。唯一、ソラとの対話を許された彼女は預言者と呼ばれている。ソラにひとみが集めた、現在の情報を伝えねばならない。ソラに下界を覗くなどという手間を掛けさせてはいけない。
幾つかの声がこころのアンテナへと返ってきた。
1.リップ
2.アンサラー
3.ホリデイ
4.バイブル
確かに声が届いた。だが気を付けねばならない。ソラの声に混じって毒電波などが混ざっているかもしれない。けれど、こころにその判断は付かない。
こころはソラから受け取った情報を転送する。預言者『聖者のこころ』
↓
少女、リブラのアンテナはこころからの情報を受信し、そしてその情報のイメージを具現化し携えた天秤に掛けた。
片方に情報を乗せ、もう片方にはリブラ自身の生命を乗せる。そして、己の命よりも軽い情報は削除し、重い情報だけを残していく。ソラの声が自分の命より軽い筈はない。
× リップ
○ アンサラー
× ホリデイ
× バイブル
必要な情報だけを選択し最後の目標に送信する。『死のリブラ』
↓
男は重い腰を上げた。
アンテナが受けた情報はアンサラー。仕事の時間だ。仕度を済ませ、電波塔の窓から飛び立った。
世界中に建った全アンテナの中でも最大級のイメージを具現できるカリス。ソラの手足となり任務を遂行する。
最強の執行人が焼けた世界を飛ぶ。『真実のカリス』
行き先は『ニンゲン入レ』だ。
暗闇の中、玲二は目を覚ました。
全身を無数の杭によって突き刺され、鎖で雁字搦めにされ、更にはその先には鉄球を当てられていた。
「…………」
まだ死んではいない。息もできる。だが身体が動かせない。少しでも身を捩れば、杭が肉を抉り、裂かれるような痛みに襲われる。
玲二は未来を呼んだ。だが彼女は現れない。
ここから移動もできなければ、話相手もいない。できる事は考える事だけだ。
まず、この状況で何故生きているかを考えた。この杭や鎖は幻なのかもしれない。未来がそうしたように、誰かが玲二に幻を見せているだけなのかもしれない。だが、例えそうだとしても、ここから動けない事には変わりはない。
次に何故こんな所にいるのかだ。玲二はあの時、力を抑え切れなかった。流れるままに戦車砲を放ち、敵対する者達を皆ゴロしにした。きっかけも覚えている。自分の手でモヤシ達をコロしてしまい、またその責を未来に転化しかけた自分が嫌になり、何もかもをなかった事にしたかった。リセットボタンを押したかった。そして当り散らした。大丈夫だ、覚えている。
そして、新たに現れた敵に負けた。無敵の戦車隊は容易に破壊され、突如頭上に現れた何本もの杭を身体に突き刺された。だが、コロされる事はなかった。そして気付けばここにいた。
段々と暗闇にも目が慣れてきた。どこかの部屋の中だった。部屋の中央で玲二は天井と床を結ぶ幾本もの杭に貫かれている。その玲二の身体を巻きつける鎖と鉄球。
頭を動かしてみた。動かせる。辺りを見渡してみた。
部屋は石でできており、足下には玲二の身体から滴ったであろう血液で濡れていた。玲二は自分の身体を見下ろしたが、もう今は出血していない。だが、傷口が塞がっているわけではなく、身体のあちこちには裂け目があり、そこは黒ずんでいた。
部屋には何もない。数メートル先にノブ式の扉があるだけだ。
玲二は再び未来を呼んだ。だが、やはり返事はない。
数メートル先には扉。身体には杭と鎖と鉄球。
玲二は意を決して強引に身体を前進させた。
び り
紙を破るような嫌な音が鳴り、玲二の肉は破れた。
杭に身を裂かれる痛みが、生物が耐えられない痛みを耐えている精神的な悪寒が玲二を襲う。それでも身体を前に進めた。
派手な音が響き、玲二の胴体が杭から床に落ちた。両脚と背中がもげていた。構わず、玲二は前進した。
杭は外れたが、まだ鎖は絡まっている。
玲二は両手だけで床を這った。もうすぐ扉につく。という所で後ろで何かが引っ掛かった。鎖が杭に絡んでいる。
強引に鎖を引っ張ると、右腕ごと千切れた。だが鎖は外れた。
残った左腕だけで前進する。手が扉に掛かった時。
ノブが回り扉が開いた。
男が立っていた。頭の上には見た事もないアンテナが聳え建っている。
敵だ。
玲二は左手を振り、妄想戦車を造り出した。
いや、何も現れていなかった。玲二は何度も手を振るった。ばたばたと、宙を手が掻き続ける。だが戦車はこない。
玲二は直接殴り掛かろうと、左手だけで床を跳ね、ジャンプし、敵に向かって飛ぼうとした。
だが、実際には床についた腕がへし折れただけだった。床についた瞬間、体重を支えれずポキりと音が鳴って折れた。何となくモヤシを思い出した。
男の脚が動いた。
顎を蹴り上げられた。首の付け根から肉の千切れる音が聞こえ、気付けば視界はぐるぐると回転しながら、宙を舞っていた。
首が撥ねられた。
床に落ちた玲二の頭は男に鷲掴みに持ち上げられた。
男は玲二の頭を持ったまま部屋を出る。まるで荷物のように腰に携えられ、玲二は男に運ばれるだけだ。
扉のすぐ外は階段だった。男がこつこつと音を立ててそこを昇れば、一段毎に玲二の頭は激しくシェイクされる。
階段の終わりにはまた扉があった。男がノブを手に取り、その重い扉をゆっくりと開く。
隙間から光が溢れ、玲二はその眩しさに目を閉じた。決して強すぎる光ではないが、今まで暗闇の中にいた玲二を眩ませるには十分な光源だった。
玲二の目が眩んでいる間も、男は構わず歩き続けた。
そして、不意に立ち止まった。玲二が何かを思う前に、頭は無造作に宙に投げられた。後頭部を強かに地面に打ち、玲二の頭はゴロゴロと転がった。
止まった時、運良く玲二は上を向いていた。明るさにも目が慣れてきたので、そっと目を開けてみた。
四人の男女が玲二を見下ろしていた。
一人は今玲二を運んできた男だ。
少女と少年の二人は見覚えがない。
最後の一人はこころだった。全員、頭からアンテナが生えている。男と同じ型のアンテナだ。
こころに何かを言おうとした。だが、その前に玲二の頭は男の子の手によって持ち上げられた。
どこまでも深い青の眼をした男の子。そう思った瞬間、頭の中から何かが吸い出されたような気がした。眼に何かが吸い込まれていく。
吸い尽くされたそれは、アンテナを伝って男の子からこころへと流れた。そう見えた。