『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜

 第3章 Tower of Priest(電波塔)


 

 1部 救われる妄想、救われない妄想

 

 まるでロボットの如く。

 玲二の想い描くそのままに、三千余の人間達は瓦礫と砂ばかりの世界を大移動していた。食料は彼らが携帯していたものを分けて貰った。

 誰も文句を言わない。規則正しく、玲二が思うように隊列を組んで行進している。

 玲二が聞けば何でも答えてくれた。

 その内の一人がこころという名前に反応した。電波塔と呼ばれる場所で交信した事があるという。それ以上は叩いても何も聞き出せなかった。

 あの場所にいては危険らしい。早く移動しないと次の敵が現れるそうだ。まあ、何が現れても、今の玲二は負ける気がしなかった。

 しかし、とりあえずはこころを探そう。だから、電波塔とやらに向かうのが堅実だ。

 これでいい。

『玲二、もう七時間も歩き続けています。そろそろ休憩にしましょう』

「俺は大丈夫だ」

『そうかもしれないですけど、貴方に付いてきてくださる方達の中には体力の低い人もおられると思います。それにいつ敵と遭遇するか分からないのですから、休める時には休むべきです』

「そうか」

 玲二が足を止めると、三千人全員の足がぴたりと止まった。規則正しい。隣りにいるモヤシに休む事を告げると全員がその場に座り込んだ。早かった。

 別に黙りきっているわけではない。彼ら同士、色々と談笑もする。落ち込んだりもするし、悲しんでいる者もいる。ちゃんと人間らしい。だが、玲二には絶対服従だ。

 不思議だ。玲二よりも一歩後ろに座っているモヤシに聞いてみた。

「玲二殿はぁ、私達の救世主であります〜」

 駄目だ、昨日より非道くなってくる。

 俺は救世主なんかじゃない――そう言おうとした玲二を未来が止めた。

『玲二、黙っておきましょう。現実問題としてこころを探し出すのは一人では無理です。この人達の力は必要です』

(未来、お前は分かるか。こいつらが何で俺に従順しているかが)

『はい。貴方の力は今も着々とその力を増長させています』

(……俺は何もしていない)

『いいえ。こころを探し出そうとしています。アンテナの生えたこころを助けようとしています。その手段として、貴方は潜在的に邪魔者を全て排除する力を欲しました。味方になる人間を、たくさんの兵隊を欲しました』

(俺が無意識にしているという事か)

『はい。私ならば、ある程度はその力を押さえる事もできますが、お奨めはし兼ねます。先程も申しましたけど、現実問題としてこの人達の助けは必要なのです』

 それでは敵のアンテナと何も変わらない。だけど、こころは助けないといけない。仕方がない。

(分かった。このままでいい)

『はい。それよりもご飯にしましょう。私もおなかが空きました』

(何でお前の腹が減るんだ?)

『私は貴方の内側に住む者ですから。貴方が空腹を感じれば、私のおなかも空くんです』

(でも、お前は俺が飯を食っているのを、見ているだけなんだろ?)

『まあ、そうなんですけどね』

 確かに腹は減っている。玲二はモヤシ達から分けて貰った不明な肉を食べる事にした。

(……前から思ってたんだが、これは何の肉だ?)

『モヤシさんに聞かれてはいかがです?』

 未来がそう言うので、玲二は後ろで休んでいるモヤシに聞いてみる事にした。返ってきた答えがまた非道いものだった。

 人の肉らしい。

 

 モヤシが言っていた。

 アンテナ達は『ニンゲン入(イ)レ』という施設で、人間を養殖しているんです。

 そして子を産ませ、その子がある年齢に達するとソラに導かれる資格があるかどうかを問われ、資格があるならアンテナを植え付けられる。なければ食料として処分される。

 その肉も養殖された人間から作られているんですよ。

 

『玲二、気が進まないのは分かりますけど……』

(大丈夫だ。平気だ。食える)

 玲二は意を決して肉を口に入れた。

 口の中に肉汁が広がる。決して不快な味ではない。

 噛んだ。味は薄い。調味料なんかないから当然だ。

『私が違う食べ物だと、幻を見せましょうか?』

(余計な事をしなくていい。俺はこれを食べる)

 玲二はがつがつと人の肉を食った。

 

 

 玲二は砂の上に寝転がり夜空を見上げていた。星なんて一つも見えない。昼間もそうだ。いつも曇っている。

 関係ない。こころを探し出す。人間が星を汚していただとか、玲二がソラのアンテナと同じ事をしているだとか、生きる為に人の肉を食っているだとか、そんな道理はどうでも良かった。

 こころを探し出す。それだけだ。

 だが、その後はどうしたらいい? ひっそりと、こころと二人でどこかで暮らすか。そういえば、今はもう五〇年の歳月が過ぎているのだった。こころも年をとったのだろうか。それとも、アンテナが生えたら人間じゃなくなるそうだから、年もとらないのだろうか。

 関係ない。

 

 

 どれくらい歩き続けたか。道中、倒れていく者達が目に付きだした。食料などあまり所持していない。モヤシ達が持っていた分も、アンテナが生えていた時に支給された物であり、それは微々たる量だ。そう言えば、玲二が初めてアンテナの生えたモヤシ達を見た時、彼らは大地に転がっていた。活動していなかった。

 あまりエネルギーを喰わない状態だったのかもしれない。

 だが、今はこの大行進の真っ最中だ。当然相応のエネルギーが必要であり、それがなくなった者は次々と倒れていく。

『何か建造物がありますよ』

 玲二が何も言わずとも、未来はその場所を拡大表示してくれた。荒れ果てた大地の上に巨大な『箱』らしき鉄製の何かが建っていた。後ろにいるモヤシにあれが何か聞いてみた。

 ――食料が出来る施設ですよ

 人肉工場らしい。

 食料が心もとないのは事実だ。この三千の部隊を維持するためには冷静に、その場に相応しい思考を持たなければならない。

(未来、敵は見えるか?)

『はい。視界に入る限りに関していえば、敵の数は大したものではありませんし、上級のアンテナもいないようです』

(建物の中は?)

『さすがにそこまでは分かりませんけど………ですが』

 未来が建物の近くに転がっていたアンテナの生えた人影をピックアップした。のろのろと起きあがり、こちらに顔を向けている。玲二の方を見ていた。その一体を皮切りに徐々に他のアンテナ達も起き上がり始めた。

 今後の事も考えるなら食料は絶対に必要だ。戦うべきだ。

 玲二は合図した。

 敵施設を占拠しろ。

 

 直接敵陣に攻めるのはモヤシ達に任し、玲二は部隊の後方に待機していた。手の中には巨大な大砲がある。

 あの時のようなドロドロとした怒りがエネルギーだ。だが今の玲二に怒りはない。

「…………」

 怒ってみた。

 何に対してでもなく、玲二はその場で憤慨するよう努めた。

 独りで怒った。怒り狂った。

 時間が掛かったが、エネルギーが、熱いものが胃の中に溜まり始めた。玲二は胃と大砲を繋ぐチューブをイメージし、大砲にエネルギーを注ぎ込んだ。

『玲二、何をされる気ですか?』

(……ここから砲撃する)

『味方を巻き込む気ですか?』

(そんなつもりはない)

 照準を敵施設の手前、敵アンテナが密集している地点に定めた。味方も確かに混ざっている。だが大丈夫だ。これはコロすイメージではなく、アンテナから人を解放するイメージなのだから。

 引き金を絞った。

 身体全体に反動が掛かり、真っ赤なエネルギーが前方に噴出された。触れた敵も味方も、あのパラボラアンテナのように血を撒き散らして死んでいく。

 死んでいく。皆、苦しんでいる。それでも玲二に向けるのは笑顔だ。

 モヤシがいた。

 微笑んでいた。血を撒き散らしているのに。

 そして死んだ。

 

 玲二は吐き気を覚え、その場にうずくまった。まるで蟻を踏み付けたように彼らは死んだ。そんな脆い感触だった。

 モヤシも死んだ。

 死ぬとは何だろう。この力はイメージであり、見えるものも全部幻ではなかったのか。

 玲二はふらふらと死体が散乱する場所へと歩み寄った。敵はもういない。

 足元の死体に手を触れてみた。死んでいる。血が今も溢れている。周りを見渡せば、敵味方合わせて百近くの死体が転がっていた。

 あの瞬間、未来は警告していた。未来はこうなる事が予測できていたのだ。

 未来が強引にでも自分を止めていればこんな惨事は回避できたと思い、そして嫌になった。これは責任の転化だ。

『玲二。貴方が本気で何かを実行しようとすれば、私にそれを止める権限はありません。それは、例え事前に貴方からその権限を与えられたとしても例外ではありません』

 玲二は吼えた。

 天に向かって力の限り吼えた。全身から紅蓮の炎が噴き上がり、それはまるで火山の如く勢いで天を焦がした。

 焼かれた雲の隙間から空が見えた気もしたが、そこは暗黒だった。玲二は叫び続けた。空が次第に赤み掛かってくる。まるで『ソラ』を炎で染めるかのように。

『玲二、やめてください! 敵に襲われます!』

 関係ない。この力は悪魔の力だ。何だって焼き尽くせる。どんな敵でも焼き尽くしてやる。

 さっそく敵が現れた。先頭にパラボラアンテナ、その背後に数千のアンテナ達がいた。

 迎え撃とうと思った。思っただけだ。

 それだけで玲二の周りの空間が揺らめき、その場に数台の『妄想戦車』が現れた。戦車はエンジンとキャタピラの音を立てながら敵陣に前進していく。玲二は何もしていない。

 パラボラアンテナが何かをしていたが、すぐに戦車の影に隠れて見えなくなった。離れていても感触が伝わってきた。踏み潰した。

 戦車砲が火を吹いた。固まっていた敵集団が紙の軍隊のように、脆く潰れていく。一方的な虐殺だ。

 敵を踏み潰している内に新たな敵が現れた。戦車は自動的にそちらに向かう。玲二はそれを見ているだけだ。止まらない。

 どれくらい敵をコロしたのだろう。また新たな敵兵が現れた。数百人位か、今までよりも数が少ない。ただ、先頭五人の頭には電波塔のようなアンテナが生えていた。

 戦車隊は能動的に敵を撃った。

 

 

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