『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜

 第2章 Piety(五〇年王国)


 

 こころはどうなったのだろう。

 そんな彼女の夢を見ていた辺りで玲二は目を覚ました。

 床の上だった。身体を起こす気にならない。身体が非道く怠い。重いのだ。

 ここは何処だろう。首だけで辺りを見回してみれば、随分と古いデザインの玩具があちらこちらに転がっている事が分かった。視界の端には子供用のベッドが見える。

 どこかで見た事のある部屋だ。

 それにしても身体が重い。何日眠っていたのだろう。しかし、いつまでも眠っているわけにもいかない。何とか上半身だけでも起こしてみた。目眩と吐き気がする。

 ふと窓の外を見た玲二はぎょっとした。

 青白い、怪しい空間が窓の外に広がっていた。青い何かがぐにゃりと歪曲した、異次元空間のような世界だった。

『おはようございます、玲二』

「……っ?」

 突然の声に玲二は振り返った。が、誰もいない。だが確かに少女の声が聞こえた。

「誰だっ? どこにいるっ?」

『ここです』

 今度は耳元で声が聞こえた。振り返った玲二はまたもや仰天した。

玲二の肩の上に腰掛けていた。拳大の小さな少女が。

「な、何だお前はっ?」

 堪らず玲二が怒鳴ると、その『小さいの』は耳を押さえて玲二から離れた。飛んでいる。

『大きな声出さないでください。目覚めたばかりの貴方の身体には負担が掛かります』

 玲二の前を浮遊しながら、それはくすりと笑って自己紹介をした。

『私は未来(みらい)。貴方の内側に住むものです、玲二』

「内側に住むだとっ? お前は何だっ! いや、これは分かる! お前は人間じゃないってことくらいは!」

 人間じゃない。そうだ、人間はこんなに小さくない。そして飛ぶ事もできない。

 内側に住むという意味も分からない。この未来と名乗った小さな少女は、今も玲二の前をふわふわと浮いているのだ。間違いなく身体の外だ。

『私には実体がありません。今、貴方が見ていると思っているものは、私が貴方の脳を刺激して見せている幻にすぎないのです』

「脳に刺激だと?」

『証拠をお見せしましょうか?』

 未来がそう言った時。

 ――いつの間にか、玲二はコップを握っていた。中には波々とオレンジ色の液体が注がれている。

『飲んでみてください』

 恐る恐る口に運んでみた。

オレンジジュースだった。甘味と酸味が程良く混ざった玲二好みの味だ。美味しい。唾液が口の中に広がる。唾液がジュースと混ざり、酸味を中和しながら胃の中に落ちていく。

 未来の声が聞こえた。

 ――コップが消えた。ジュースも消えた。だが、口の中にはまだ味覚が残っている。

『まあ、こういう事ができます』

 今も少女は玲二の前を宙に漂っている。ように見える。手を伸ばして触ってみれば、やはり女の子らしい柔らかい感触もある。

「これが幻だと……?」

『はい。貴方の要望があれば別の姿を象る事もできますよ。こんな妖精もどきの格好よりも、実際の女性の方が良かったですか? 貴方の趣向に合わせてみたつもりなんですけど。後、必要ならば性欲の処理などでしたら、私が何とかできますよ?』

「…………」

『何か質問はありませんか?』

「……よく分からないが、俺は分裂症か多重人格症か何かになってしまったのか?」

『まあ、そういう考え方もできますね』

「……………………そうか」

 とりあえず落ち着いて冷静に考えるよう努めた。

 ここが何処なのか、玲二は何日間眠っていたのか、外の青白い景色は何なのか。こんな異常な状態なのだから、精神に異常をきたしてしまったのか。

 それよりも、こころはどうなったのか。

『大丈夫です。彼女はまだ生きています』

「生きている? どういう事だ。あいつはそんなに致命的な事態に直面しているのか?」

『はい』

「お前は俺の中に住む者だと言ったな。何故、俺の知らない事を知っているんだ。お前は俺の妄想の産物じゃないのか?」

『申し訳ないですけど、その問いには答えられません。私的にトップシークレットです』

「なんだ、それは?」

『答えたくないって事です。それからこれは言っておきますけど、妄想の産物だとか、そんな嫌な言い方はしないでください。私にも人並みの人格はありますし、感情も思考も持ってます。そういう非人間的な発言をされたら傷つきます』

「………………」

『…………』

「……」

『…別のお話ならできますけど』

 話の主導権は未来にある。仕方がないので、玲二もその別のお話とやらに妥協する事にした。

『貴方は五〇年間眠っていました』

「……何?」

 玲二はまじまじと未来の目を見る。冗談を言っているようには見えない。

「どういう事だ? 俺の身体は何も変わっていないぞ」

『正確には貴方が眠っている間に、地上では五〇年の歳月が過ぎました』

「地上?」

 未来は窓の外を見た。玲二も連られて見れば、そこにはやはり奇妙な空間が広がっている。

「ここは何処だ?」

『夢の世界です』

「……何だそれは?」

『地上。貴方の元いた世界は焼き尽くされました』

「何でだ?」

『貴方も見たでしょう? こころのあの姿を』

 アンテナの事なのだろうか。

『あれの存在は事前にアメリカが察知していました。だから、人類に牙を剥く前に全てを殲滅しようとした。結果は最悪なものになってしまったのだけど』

 玲二の頭に両親や友人の事が過ぎった。彼らはどうなったのだろう。

「俺は何故こんな所にいる。死んだのか?」

『いいえ。ミサイルが着弾する直前、貴方の身体はこころにより、この世界に弾かれました』

「……こころ? あいつは一体何だったんだ?」

『アンテナを植えられた彼女は何者かの支配下にあります。けれど、希望的観測を言うならば、僅かに残った貴方への恋慕が貴方の一命を助けたとも考えられます』

「こころにはそんな力があるのか?」

『はい、あります』

 未来はそう端的に答えただけで、特にそれについての補足はなかった。

『玲二。これからどうなさるおつもりですか?』

「……俺にはどんな選択肢が残されているんだ?」

『具体的にはこのままここで精神が朽ちるその時まで、私と二人で暮らすか。あるいは焼け果てた地上に戻りこころを探すか、などなどです』

「こころが俺を助けたというなら、俺もあいつを助けてやろう。仕方がない」

 あいつは大事な彼女だからだ、とは素直に言えなかった。照れがあった。だが未来はそんな玲二を見てくすくすと笑っている。見透かされているようで、玲二は居心地が悪かった。

『では地上に戻られますか? 辛い世界ですよ?』

「それでもいい」

『そうですか』

 未来が何かを口にすると、玲二の意識は混濁していった。

 

 

 玲二は気付いた時、廃墟と化したビルの中に立っていた。

 周りに五人程の人影があった。全員床に転がっている。

 死んでいるのだろうか。生きているのかもしれない。玲二は一歩踏み出した。

「……?」

 突然、彼らは緩慢な動作で起き上がった。亡者のような精気のない目を玲二にやり、のろのろと迫ってくる。

「なんだ、お前らっ?」

 言葉など通じなかった。ゆっくりと玲二に詰め寄ってくる。

 彼らの頭には細い、携帯電話の先にあるようなアンテナが生えていた。こころの頭に最初に生えていたアンテナと同じだ。

「お前らこころと何か関係あるのかっ?」

 何も答えない。

 何も考えていない。ただただ、彼らは玲二を取り囲もうとする。逃げようと思った。

 だが、気付けば周りにいるのは五人などと生優しい数ではなく、二〇、いや三〇人以上が玲二を円状に囲んでいた。

 そして、いきなり唄いだした。

「―――――――っ!」

 玲二の全身に激痛が走る。この痛みには覚えがあった。

 五〇年前に最後に味わった苦痛と同じだ。爪を剥がされるような痛みと痒みが玲二を襲う。このままではあの時のように意識を失ってしまう。しかも今度は助けてくれたこころもいない。

『玲二』

 頭に未来の声が響いた。

 だが、彼女の姿は見えない。

『腕の中を見てください』

 苦痛の最中、言われた通り玲二は自分の腕を見下ろした。

 いつの間にか光線銃のようなものを握っていた。

 そう認識すれば、不意に銃の質感がリアルになり、ずしりとした鉄の重みと冷たさ、硬さまで備わった。

『それで彼らを撃ってください。早く』

 相変わらず声しか聞こえない。未来は玲二の脳に直接刺激を与えられると言っていた。これも妄想の中の玩具ではないのか。

 だが他に頼る物もない。

 玲二は引き金を絞った。

 銃口から七色の光が飛び出し、それは玲二の周りにいた者達を撃ち抜いていった。引き金を絞っている間、光線は飛び回る。

 光が止み、射抜かれた彼らは地面に倒れた。そこに外傷はない。だがぴくりとも動かない。玲二が最初に見た光景に戻っていた。

「……やったのか?」

『威力を加減したのでコロしてはいません』

 声だけが聞こえてくる。気付けば、もう手の中には光線銃はなかった。

「未来、何処にいるんだ?」

 そう問い掛けると、不意に目の前に未来が現れた。

『会話をする時は私の姿が見えた方がいいですか?』

「ああ」

『でも脳に刺激を与えて見せる幻にすぎないのですよ?』

「それでもいい。一人で話していると馬鹿みたいだ」

『はい、分かりました』

「で、今の銃は何だ?」

『銃は実在しません。私が貴方に見せた幻です』

「だが、こいつらにはダメージを与えた」

 玲二は床に這い蹲っている者達を見渡した。どれもこれもびくびくと痙攣している。

『それは貴方の力です。貴方はイメージした力を、アンテナを持つ者達へと送信する事ができます。彼らは否応なくそれを受信してしまい、そして倒れました』

「俺の力だと? どういう事だ?」

『それも大部分は私的にトップシークレットです。答えられる範囲でなら答えられますが』

「教えてくれ」

『貴方が五〇年前にこころと触れ合った瞬間、二度激痛に襲われましたね。その一度目の痛みの後からこの力は備わっていました』

 一度目の痛み。

 あれはこころが玲二に何かを告げようとしていた時だ。

『力の詳細も私的にトップシークレットですが、私はその力を有効に使用するための協力くらいならできます。銃を見せたのは、貴方の中で力のイメージを明確にするためだったのですけど、上手く撃てましたか?』

「なるほど。ああ、上手く撃てたと思う」

『それは良かったです』

「それよりここは何処なんだ。こころは何処にいるんだ?」

 ここはビルの残骸の中だった。壁や天井は大きな力で叩き付けられたように破壊されており、またそれはこの建物だけではなく、辺りを見渡せばどれもが同じかそれ以上に打ち砕かれた残骸が散らかっていた。そんな瓦礫の世界が視界の許す限り広がっている。視界の向こう側にも広がっているのだろう。

 延々と広がっているのは赤茶色の砂の世界だ。時折風が吹けば、辺りの砂塵が舞い上がり玲二の目に塵が入った。

 そして、その至る所にアンテナの生えた者達が大地に寝そべっている。彼らは動かない。さっきのように玲二が近寄れば動き出すのかもしれない。

 どこを見てもこころの姿は見当たらない。

「未来。こいつらは一体なんなんだ?」

『こころと同じようにアンテナを植え付けられ、何者か――これから玲二が立ち向かわなければならない相手の支配下にある者達です』

「助けられないのか?」

『今の玲二なら助けられます。右手を見て下さい』

 見下ろせば淡く光るナイフが握られていた。

『それで、彼らのアンテナを切除すれば、敵の支配から解放できます』

「分かった」

 言われた通り、玲二は近くにいた少女のアンテナを掴み、そして根本を一閃した。

 アンテナが四散する。

「これでいいのか?」

『はい。他の方達も助けられますか?』

「ああ、そうだな」

『気を付けてください。先程の銃もそうですけど、貴方の力は精神のイメージを相手に送り込む技能です。乱用は脳の疲弊を伴います』

「その疲弊は回復するのか?」

『一晩眠れば大丈夫です』

「分かった。なら大丈夫だ」

 玲二は手近に倒れている者達のアンテナ切断に取り掛かった。未来の言う通り、確かに一振り毎に玲二は疲労を感じた。身体が怠くなってくる。それでも、五〇人程いた最後の一人までアンテナを断ち切ってやった。

「ふう、やれやれ……」

『お疲れさまです、玲二。暫く経てば彼らも目覚める筈です。それまでお休みになられますか?』

「こんな所で寝るのは物騒じゃないか? またアンテナ生やした連中が来るかもしれないぞ」

『聴覚と臭覚を私の支配下に置いて下さるのなら、貴方の睡眠時にも私が周囲の状況をある程度までなら読み取れますけど?』

「お前の支配下に置く?」

『はい。貴方が眠っている間でも私は活動できます。ただ、あくまで身体の占有度は貴方の方が高いので、貴方の許可がなくては私は何も行動を起こせません』

「そうか。ああ、実は本当に眠いんだ。見張りを任せてもいいか?」

『はい。お任せ下さい』

 玲二は辺りを見渡した。どこも鉄の残骸と、アンテナを切除した倒れた人間ばかりで、普通に眠れそうな場所などどこにもない。

『玲二。これならどうですか?』

 未来がそう言うと、玲二の前に布団が現れた。

「これは幻か?」

『はい。幻ですが違和感なく眠れると思います』

「どうせならベッドにしてくれ」

『やめた方がいいですよ。実際には存在しない物なのですから。貴方はベッドの上に乗られたつもりでも、実際の身体は地面に落下します。けれど、貴方はベッドの上にいるつもりになってます。脳と身体のバランスが狂います。丁度いい高さで、水平な物体でもあればよかったのですけど。他にある手段としては、ベッドの位置をそのままにして、周りの地面の高さを下げる幻を造るというものもありますが』

「そんな事ができるのか?」

『はい………………これでどうですか?』

 気付けば、玲二は五〇センチ程浮いていた。目の前にベッドがある。

『こんな感じになりますよ』

 空中に制止している。足下を蹴ってみた。空中なのに硬い感触がある。なるほど、そう見えているだけなのだ。

『今のような硬い感触を消す事もできます。ただ、あまりやりすぎると、色々と矛盾点が生まれ、貴方の脳に悪影響を与えかねません』

「そうか。いや、これでいい」

 玲二はそう言い、ベッドに乗っかった。柔らかい弾力まである。掛け布団を被れば、まるで本物のように温かかった。肌触りも優しい。

『玲二がお気に召す素材にしておきました』

 言われてみれば、確かに布団の肌触りは玲二の寝室にあったものと酷似していた。

 そんな事を考えている内に、玲二は何も聞こえなくなった。何も匂わなくなった。

 精神が温かい何かに包まれていくようだ。

 心地よい。

 未来が何かをしたのだろうか。

 意識が深い深い、夢の中に落ちていく感じがした。

 

 この力があれば。

 こころを助けられる。

 

 

 携帯電話が鳴っていた。

 取った。こころだ。

 彼女の悲鳴が聞こえる。苦痛と悲痛に満ちた叫び声だ。

 ずっと、ずっと。受話器から聞こえる。

だが、そこはとても遠い所だ。

助けられない。

 

 

『……………じ、玲二…………』

 未来の声で玲二は目を覚ました。

『おはようございます、玲二』

「……ああ」

『気分はいかがですか?』

 悪くない目覚めだ。どれくらい眠っていたのだろうか、頭はすっきりと冴えている。

『七時間半です』

「そうか。何かあったのか?」

『はい。アンテナに操られていた方達が目を覚まされました』

 言われて周りを見れば、確かに数人が起き上がって何かを話し合っていた。玲二が起き上がった事に気付いたのか、側に座っていた青年が話し掛けてきた。ひょろりと背の伸びた、モヤシのような男だった。名前が分からないので、玲二はとりあえず『モヤシ』と決めた。

 モヤシの言葉は玲二には理解できなかった。日本語ではないのだ。

『おはようございます、気分はいかがですか。と言っておられます』

 未来が玲二の耳元でそっと囁いた。

「分かるのか?」

『はい。玲二の脳内に僅かですが、その言葉の記憶が残っています。学校で習ったやつですね。私が彼の言葉を、自動的に玲二に聞こえるように修正しましょうか?』

「ああ、頼む」

『では、玲二の言葉も彼の使うものに修正を入れますね』

 若干のノイズの後、次第にモヤシの言葉が理解できるようになってきた。

「………すみません。私の言葉は分かりませんか?」

「あ、いや、分かる」

「それは良かったです。皆を代表してお礼を言わせてください。ありがとうございました」

「お礼ってアンテナを切ったことか?」

「はい。あなたが助けてくれなかったら、私達はあのままヤツらの言いなりでした。それはそれはアンテナが脳をエグるような地獄の痛みが常時持続し、正直、楽に死ねた方がマシだったくらいです。ありがとうございました」

「待ってくれ。すると、お前……じゃない、あんた達はアンテナが生えていた頃の記憶もあるのか?」

「全てではありませんが」

「すまん、教えてくれ。一体、今この世界はどうなっているんだ?」

「…それはどういう意味ですか?」

「話せば長くなるんだが、俺にはこの現状が分からない」

「助けて頂いて大変失礼だとは思いますが、その前にあなたの境遇を教えていただけますか? 今の状況が分からないとはどういう事なのでしょう」

「分かった」

 モヤシには自分の境遇は適当に話しておいた。五〇年前からスリップしてきた事などは無論伏せておいた。玲二自身にも未だに信じられない。もしかしたら、未来に担がれているのかもしれない。

『……私、嘘なんてついてないです』

(かもって思っただけだ)

 モヤシの話は長かったが、大体の要点は未来が纏めてくれた。玲二はモヤシから貰ったよく分からない肉を頬張りながら聞く事にした。

アンテナを植えられた者達は『ソラ』という絶対の力に支配されている事。

 後、アンテナにはランク付けがあり、ここにいる者達が生やしていた携帯電話のようなアンテナは末端で、さほど重要な情報を提供できないと謝っていた事。

 そして、ここにいる誰もこころという女性は知らないという事。末端だから、らしい。もっとレベルの高い、支配者クラスのアンテナなら知っているだろうという事。

 話はそこまでだった。

 突然、辺りが騒がしくなった。皆が同じ方向に指差して脅えだした。玲二もそちらに目をやれば、何やら大群がこちらに行進してくる。全員、アンテナ付きだ。

「わ、私達が支配から逃れたから、また来たんだーっ!」

 モヤシは腰を抜かし震え叫んだ。再度、大群に目をやれば、一番前のリーダーらしき男が目に映った。

(未来、あの男の頭は何が生えている?)

『拡大しますか?』

(ああ)

 男がズームアップされた。肉体的には別にそこらの者達と変わらない。身分の高そうな衣服を纏っているわけでもない。ただ、一つだけ異なっている点があった。

 頭の上にはパラボラアンテナが生えていた。

「あれが、レベルの高いアンテナというやつか?」

「は、はいぃぃっ! そうですぅっ!」。

「あいつなら幾らか情報を持っているかな」

「そ、それはもう! 山のように持ってますよ!」

 初めて見た時の落ち着きはどこへやら、モヤシは失神寸前だ。玲二の脚にすがりついている。

(未来。あの男を生け捕りにはできないか?)

『戦うつもりですか、玲二? あの大群と』

(無理か?)

『厳しいですね。あのパラボラアンテナの力は未知数ではありますが、大体の検討はつきます。以前、こころの頭に生えていたのと同じものですから。ですが、それより問題なのは、やはりあの数です。無理です』

(だが……)

『ええ。囲まれています。逃げるのも無理です』

(何とかならないのか?)

『そんな事言われましても……。ビルの残骸にでも隠れていれば、やり過ごせるかも……というくらいですね』

(無理だろう?)

 ふと、気付けば玲二の周りには人集りができていた。ガタガタと押し寄せるように、玲二の足下に群がっている。

 玲二は足下のモヤシに聞いてみた。

「一つ教えてくれないか。あのパラボラを何とかすれば、他の者達を押さえる事とかはできないか?」

「か、か、か、可能であります! あ、あああああああああんなアンテナこっぱみじんにバラバラにしてくだされば!」

「そうか」

『無理です、玲二。あんなに敵がいては近付く事もできませんよ』

 もう一度、周囲に目をやる。大群の包囲網は更に狭まっていた。

(何人位いる?)

『視界に確認できるだけでも一二四八人いました。恐らく、まだまだいるでしょう。包囲網を破るのは無理です』

「くそっ………!」

 玲二は考えた。

 敵は千人以上。こちらは一人。

 玲二の能力は光線銃のようなもので敵を撃ち抜く事。暗殺劇のように、上手くあの男のアンテナだけを破壊できないものだろうか。

(無理か?)

『無理です。あんなに離れていては、玲二のイメージの力も薄れてしまいます』

 だ、そうだ。他には何かないだろうか。

「…れ、れ、れれれ玲二さん!」

 モヤシが何かを言おうとしているが、すでに呂律が回っていない。玲二は焦らずに、モヤシを落ち着かせて話を促した。

「わわ私達はアンテナをななな無くしましたがそれでもいい以前の力はまだ残っておりりますお役に立てそうななコトがあったらなんでもおもうしつけくださいぃ!」

 モヤシはそんな事を言いだした。周囲を見れば、皆固唾を呑んで玲二の言葉を待っている。だが、とても勇ましいとは言えず、全員が恐怖に腰が引けていた。

「アンテナがあった時の力って何ができるんだ?」

「たたた対象の人物にに自分ののしし思想をうう植え付ける、あああなたとおお同じちち力でありますもちろんわ私共の力など貴方様も万分の一にも満たないものでありますがぜひともこの地を脱するたために御利用くださいい、はいいぃ!」

「つーか、そんな状態で戦えるのか?」

「たたた戦えますともなあみんななぁ?」

『お、おおおおおおおっ』

 モヤシの言葉に皆がよろよろと立ち上がった。

「れれれ玲二さん遠慮なく命令をどうぞ! 元より私達は死よりも辛い苦痛を味わった者達ですわざわざヤツらに連れ戻されるくらいなら我々をうち倒したあなたに賭けてみたいのです、はいぃぃ!」

 玲二は未来の方を見た。

『この際協力を仰ぐべきです。私達だけでは厳しいのは確かです。それでも相手との戦力差は歴然としていますけど……』

「そうか。じゃあ、さっそく一つ頼みたい。この中で一番頭がいいのは誰だ?」

 全員の視線がモヤシに集まった。

「わわわ私でありますかぁ?」

 玲二は溜息を吐きかけたが、何とか踏み止まった。非道く頼りないが、それでも玲二はモヤシに頼らなければならない。

「俺はあの一番偉そうなヤツとサシで戦いたい」

「ははい私もそれが一番だと思います!」

「何かいい方法はないかな」

「じじ実は恐縮ですががわ私さきほど思いついた案が一つありましていえあくまで私の一存ですので御決断は玲二殿に委ねるのが筋であるのは分かっているわけでして」

「いや、もういいからその名案ってやつを聞かせてくれ」

「ははぁ!」

 

 シルバーマリオンは三千の配下を連れて行進していた。目標までもう僅かだ。経緯は知らないが、ここの連中がソラからの受信に応じなくなったそうだ。アンテナに異常が起きたのだろうか。ならば早急にメンテナンスを行わなければならない。それとも、またニンゲンの反乱軍が騒動を起こしたのだろうか。

 まあ、着けば分かる事だ。ふと、周りの連中を見た。皆が亡者のように前進する。

 シルバーマリオンは彼らとは違う。ランクが違う。ソラから認められているのだ。エラバレた者なのだ。頭上のパラボラアンテナの優雅さがそれを物語っている。そこらの細く矮小なアンテナとは比べるべくもない。

 だが、無論ここで終わりではない。更に高度なアンテナをソラから頂き、よりソラに近付く事が大切なのだ。そのためにはソラから与えられた使命は全うしなければならない。

 身体に力がみなぎる。

「―――――?」

 五〇程か、包囲したは廃ビル郡からニンゲン達が突撃してきた。どれもこれも見覚えのある顔ぶれだ。

 どういう事なのだろう。あれらはシルバーマリオンの支配下だった者達だ。何故、ニンゲンに戻っているのか。

 だが、テキはたったの五〇だ。もう一度アンテナを植え付け、支配下においた上で経緯を聞き出せばいいだろう。

 テキの戦略を予測してみた。何の事はない。抱囲されているのなら、一点突破を狙ったという事だ。そして将、シルバーマリオンの首を狙っているのだ。愚カだ。

 全軍を集めるまでもない。また彼自身が出る事もない。この場にいる配下だけで片づけられる。命令を送信した。

 ヤツラにアンテナを植え付けろ。

 行動は早かった。さっそく配下はニンゲン達に襲いかかった。シルバーマリオンは満足だ。

 戦況は入り乱れた。

 配下達とニンゲン達は優雅に眺めるシルバーマリオンの前で激しく揉み合っている。そして、彼は常にそれを一つ高い視点から見下ろしているのだ。これがエラバレし者の素晴らしき高見なのだ。

 後ろから足音が聞こえた。振り返ったそこには一体のニンゲンがいた。知らない。シルバーマリオンの配下にこんなものはなかった。つまり、これがこの反乱の根元なのだ。

「―――――――!」

 何か叫んでいる。だが、シルバーマリオンはニンゲンの言葉など知らない。忘れた。

 この男にアンテナを植えればいい。だが、部下は皆前線に赴いている。仕方がない。自ら戦わなければならない。

 シルバーマリオンは頭のアンテナに意識を集中した。そこらの矮小なアンテナとの違いを見せつけてやるために。このニンゲンにアンテナを植えるために。

 ソラにより認めて頂くために。

 

 玲二は狙いを絞って男に向かって銃の引き金を絞った。銃口から光が放たれ、男の胸に虹色の尾を描いて飛びかかる。

「――――」

 だが、男が煩わしそうに片手を振るだけで、それは霧散してしまう。ダメージがあったようには伺えない。

「――――――――――!」

 男が何かを叫び、頭上のパラボラアンテナが激震した。

 周囲に鋭利な空気の刃が巻きおこる。

 玲二に向かってそれは飛びかかってきた。

 咄嗟に避ける。

 ――右肩に重い衝撃が響いた。

 肩の付け根に千切れるような痛みが走る。傷口を見た玲二は目を疑った。

 右腕がなかった。

 見上げれば弧を描いて空中を飛んでいる。

 どしんとそれは重い音を立てて地面に落下した。

 腕がちょん切れた。

『玲二! 落ち着いてください! よく右腕を見て下さい!』

 未来の叫びに玲二は右腕を見た。切られてはいない。

 だが、右腕が重い。満足に動かない。

『今のは貴方の精神にダメージを与えるものです! ……っ、玲二、前っ!』

 再び空気の刃が襲いかかってくる。

 一本目は玲二の身体を縦一本に割ろうとする刃。

 横に飛んでそれを避ける。だが、そこを狙われた。

 眼前に横殴りの刃が飛来する。喉元に衝撃が走った。首を絞められて、息が詰まる。

 玲二の首が跳んだ。千切れて跳んだ。

 未来がそれは幻だと告げる。そう認識したら玲二の首は繋がったままだった。良かった。

 だが、次の瞬間また首を跳ねられた。

 未来の声によりまた助けられた。首は繋がっている。だが、前を見れば空気の刃が四本飛んできていた。

 両の腕が飛ばされ、脚を切られ、また首が飛ばされた。

 もう未来の声は聞こえない。

 目線は地面の上にあった。首を切られた。もう引っ付く事はない。未来の声が聞こえない。頬が冷たい大地の感触を伝えてくる。砂が目に入って痛かった。

 男がゆっくりと迫ってくる。

 玲二は何とか身体を捻るような仕草をしてみせた。

 ゴロン――

 首が転がった。まだ動ける。

 とにかく転がった。どこまで転がったか分からない。男から逃げなくてはいけない。コロされる。

 だが首だけなので、どこをどう走ってるのか分からなくなってきた。方向感覚も距離感覚もない。

 不意にひょいっと持ち上げられた。

 その男は玲二の首を自分の方に向かせた。パラボラアンテナが見える。捕まってしまった。ふと、大地が見えた。

 男の足下にはまだ玲二のバラバラに引き裂かれた胴体が残っている。全然逃げられてはいなかった。

 パラボラアンテナがまた共振する。

 玲二の頭上に鋭利な携帯電話のアンテナが現れた。アンテナが宙に浮いている。

 それがゆっくりと降りてきて、玲二の脳天に突き刺さった。

「―――――――――!」

 絶叫した。

 アンテナは回転し、まるでドリルのように頭の中に進入しようとする。

 少しずつアンテナが埋没してきた。冷たい感触が頭の中に沈んでくる。

 頭の中で両親の姿が弾けた。

 友人が弾けた。

 世話になった講師の姿が弾けた。

 弾けた人の姿は、もう思い出そうとしても思い出せない。

 感情が掻き消えた。全てを冷静に見る事ができるようになった。機械のように情報だけを脳が処理し始めた。情報→脳にアンテナが刺さっている。

 言語が弾け飛んだ。もうn―a――n―――――――――――――iylgsiod;shj:nmjiphtegiopankuoptnkinhiopwtnhj]iopbwrnjynmjophirtjmopoptmbiopjmhpomhatpmkh          amjha]jmhio           :njhetiopanmkipjnmiopag[]jmoaegh80nwkog9efoa@oe5rhujlrgrful\lq]u[r9op5yn3juigr@fpjr[o  wu9piny35g03niq5ky:htr890[qpnit5gkiothy8ip035gtjo:hignkl

 こころが弾けた

w2rtyuioieggtr3q5uihgrftunj4rdf9oikl,rdf-p;6tg8i弾けたjkmedujmtgikm,rfol;srsdfriopt41278@f}Ds0-iu92o4g]w\hainy3gh]paetjonmg3m2bvi0[4]:gpwj]mw3[-]pjmw3on5q]u[-q5mk               sdgea ojy-gu[]5ko0qy[9-gkocvsbxnzm,.ryhjukqsl;34―――――――――――――――――――――――――――――――――言語が脳の中で再構成され始める

 怒り

 ドロドロとした熱い怒りが、胃の下辺りに堪っていた

 胃

 身体があった。ちゃんと首から下があった。

 これでこの男をコロせる、何となくそれができそうだった。この堪ったマグマのような衝動を全部ぶつけてやれば、こんな男をコロすのは訳もない事だ。

 男に頭を掴まれていた。そう言えばそうだった。アンテナを刺されているんだった。脳天の辺りを手当たりで探ってみれば、確かに生えている。

 引っ込抜いてみた。

 頭から芯の抜けるような不快感はあったが我慢はできた。アンテナは容易に抜け、バラバラに砕け散った。

 玲二の手元には大砲があった。そこからはチューブが生えていて、玲二の胃の辺りと直結している。分かる。この熱い怒りが大砲の中に流れている事に。

 すでに指は引き金に掛かっている。

 引いてみた。

 ――玲二

 声が聞こえたような気がした。

 こころだったのか、未来だったのか。

 徐々に意識が覚醒してきた。

 

「アアアアアアアアアア」

 パラボラアンテナの男が絶叫して大地をのたうち回っていた。

 何があったのかは覚えている。玲二がやったのだ。

『―――二―――玲二!』

 未来が叫んでいた。大丈夫だ、ちゃんと彼女の声も聞こえる。

 玲二の腕から大砲は消えていた。変わりに小振りのナイフがある。

 そうだ、この男のアンテナを破壊せねばならない。モヤシ達がやられてしまう。考えるのは後だ。

 アンテナを断ち切ろうと近寄ると、男は両手でそれを庇いだした。だが、玲二は躊躇せず男の腕を払いのけ、パラボラアンテナを断ち切った。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「……っ?」

 狂ったように男は叫び声をあげ、いきなり全身から血が吹き出した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 あああああああああああ

 あああああああああああああああああ

あああああああああ  ああああああああああああああ

 ばしゃばしゃと玲二に血液が降りかかる。まるで破裂した水風船のようだ。身体中の皮膚が破れている。その無数の切り口から出血しているのだ。

(………未来、何だこれは。俺の力はイメージの送信じゃないのか)

『………………』

(未来)

 だが彼女は何も答えない。気付けば目の前の肉塊は断続的な出血は収まっていたが、定期的に痙攣し、その度に血液がはみ出すように溢れてくる。

 死んでいる。

 コロしてしまったんだ。

『……玲二、貴方の力は恐ろしく肥大化しています』

(肥大化だと?)

『はい。私の目算ですが、その男のアンテナは、普通のアンテナの力よりも優に千倍は高かったはずです。私がこの作戦に賛同した時、正直勝てる見込みなど零に近かったんです。ですが、他に方法はありませんでした。しかし、貴方はあっさりとその男に勝ってしまった。その時に気付くべきだったんです』

 玲二は血溜まりに沈む肉塊を見下ろした。まるでゴムの塊みたいだ。

『貴方は私が制御しきれない程の力を放ったんです』

 周りを見た。

 群衆が出来上がっていた。最初の五〇人どころではない。数千はいる。恐らくは今敵対していた者達だ。皆、玲二を称えるような視線を送っている。

 玲二を称えている。

 おかしい。彼らはおかしい。

 誰一人として逃げ出さない。誰一人として玲二に牙を剥かない。

 従順だ。

 おかしい。

 

 

 男の子は独り、電波塔の窓辺から下界を見下ろしていた。

 この電波塔の主、ひとみ。

 妖精のような可憐さと、性別の未分化が生み出す少女のような表情は周りにいる者達を魅了する。綺麗という言葉よりは可愛いという表現の方が似合うひとみ。鮮やかな黒髪と、着ている紅白の着物は旧時代の純日本人のものだった。

 頭の上の宇宙ステーションを模したアンテナが、ひとみをアンテナの中でも最高位の者の一人だと示している。ニンゲンだった時の年齢など関係ない。このアンテナ一本が、今のひとみの格を示すのだ。

 塔の下では電波塔型のアンテナを生やした親衛隊達がひとみの指示を待っていた。彼らはパラボラアンテナなんかとは違う、本当の意味でのソラの騎士達だ。頼りになる。窓から乗り出して、下で待機しているアンテナの数を数えてみた。

 送信→受信 一三〇六件 昨日よりも一体増えている。良い事だ。もっと一杯増やしたらソラもひとみを認めてくれるかもしれない他の同僚達に差をつけてより早くソラに近付けるかもしれないそうだ今だってこんなにソラの事を想ってるんだからソラだって自分を見てくれているかもしれない例えそれが万分の一程の可能性でもソラが見てくれているのかもしれないなら――

 男が部屋に入ってきた。

 ……こんにちは

 ひとみは窓の外を眺めたままそれだけ返しておいた。

 男はそんなひとみの顎を掴み、強引に自分の方を向かせた。痛かった。

 この男はいつも顔に鋭い険を浮かべている。一体、何が不満なのだろう。頭の上にはひとみと同じく宇宙ステーション型のアンテナが、だがひとみとは違いそれは雄雄しく聳え建っている。

 ……ごめんなさい。

 何だか相手が怒っていそうなので、とりあえずひとみは謝っておく事にした。けれど、男の険が晴れる事はない。

 だから、もっとたくさん謝った。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさぃぃぃ

 ――頭を殴られた。アンテナに折れるような痛みが走った。脳天から背筋にかけてじーんと響く。痛かった。男は笑っていたが、目は笑っていなかった。ひとみにはこの男が何を考えているのかよく分からない。

 よく分からないけど、痛いのは嫌なので逆らわない事にした。

 唄が聴こえてきた。

 いつからいたのか、部屋の隅でひとみと同じ年頃の少女が口ずさんでいた。魔女のような妖しげな空気を持つ少女だ。そう思って視察してみれば、何だかその神秘に満ちた表情も魔女っぽく見えてきた。頭の上にはやはりステーション型のアンテナがちょこんと鎮座している。

 これで三本。

 そして、最後の一人が入室してきた。まだ、どこかあどけなさを残した女性だ。頭には他の三人と同じく、ステーション型のアンテナが設置されている。

 彼女がいなくては全てのアンテナは機能しない。彼女こそが唯一、ソラの想いを直接聞き取る事ができる。他のアンテナは彼女から情報を転送して貰っているにすぎない。

 預言者。

 主の言葉を頂く彼女は正にそれだった。

 

 四本のアンテナが揃った。アンテナが互いに共振しあう。

 

 

 

 

 

 ソラのアンテナを所持するアナタへ

 ソラのアンテナを植えるアナタへ。主の想いを伝えます

 時は満ちました

 

 私達ソラの僕はステーションの生成を始めます

 

 たくさんのエネルギーが必要です

 たくさんの命が必要です

 この星よりも更に遠くの世界へアンテナを広げるためなのです。宇宙(ソラ)に近付くためなのです

 宇宙の全ての区域にアンテナ

 を設置するために

 頑張り ます

 

 

 アナタ=ソラ=ワタシ

 

  アンテナにしてはいけないこと

1 導体、誘電体をとりつける、または近付ける
2 長さを変えるなどの細工をする

3 乱暴に扱う

 

 

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