『AntennaBible 〜アンテナバイブル 預言者〜

 第1章 Voice(駄目な信号)


 

 玲二はテレビを消すのも面倒で、ベッドでだらだらと寝転がっていた。つけっ放しのテレビからは自然とニュースが聞こえてくる。

 アメリカの軍事がどうとか言っていた。何となく興味はあったが、身体を起こすのも面倒だ。そのまま眠る事にした。

「玲二、玲二! 大変なのぉ!」

 いきなり少女が扉を蹴破って乱入してきた。玲二は仕方なく鬱陶しそうにそちらに目をやれば、彼女はぜぇぜぇと肩で息をしていた。

 少女といっても、確か玲二と同じ二十歳だったはずだ。何だか見た目も中身も子供っぽく見えるので、いつもそう思ってしまうのだ。

「玲二、なんとかしてぇ!」

 こころは甲高い声で叫び、ベッドで寝そべっている玲二の胸元をぐいぐいと引っ張り始めた。どうせロクでもない事だ。

「玲二ぃ、聞いてるのっ!」

「聞こえてるよ」

「〜〜! き、聞こえてるってなによっっ!」

 聞いてると答えなかったのが不満らしい。こころは顔を真っ赤にして怒っている。

「……で、今日は何なんだ?」

「あぅ……」

 今度は何やら困った表情になる。怒ったり困ったりと、コロコロと表情が変わって見ていると楽しい。

「ん?」

 今気付いたが、こころは何故か帽子をかぶっていた。野球帽だ。近所の少年野球団がかぶるようなやつだ。

「お前、帽子なんていつもかぶってたか?」

 ふるふると首を横に振るこころ。

「……ハゲたか?」

「違うぅっ!」

 ばたばたとこころが暴れ出すのを片手で押さえ、玲二は隙をついて彼女の頭から帽子を引ったくった。

「あぁーっっ?」

「…………」

 別にハゲていたわけではないが。

 こころの頭からは小さな『アンテナ』が生えていた。携帯電話の先に付いているような細いものだ。

「……」

 玲二は少し考える素振りをしたが。

「……なあ、こころ?」

 まっすぐとこころを見据えて言った。

「俺は今、レポートの締め切りに追われている。そんなに暇じゃないんだ」

「テレビ見てなかった? 音が漏れてたよ」

「黙れ」

「あぅ……」

 それから玲二は何かを思いだしたように、こころの頭のアンテナを力一杯掴んだ。アンテナを伝って、こころがビクっと震えるのが分かった。だが、玲二は容赦しない。

「よく分からんが、コレを何とかして欲しいのか?」

「う、うん……玲二、なにする気?」

 玲二はそれには答えず、アンテナと一緒にこころの髪に指を絡ませ、そして思いっ切り引っ張った。

「きゃあああああああっ! いたいいたいぃーーーーーーっっ!」

「うん?」

 何故かアンテナは抜けなかった。手を離せばパラパラとこころから抜けた頭髪が下に落ちる。

「い、痛いじゃないっ! なんてコトすんのよ!」

「…………」

 溶接されているのだろうか。アンテナはビクともしなかった。

「……お前の根性強さはよく分かった。今日は俺が折れてやろう。そのアンテナでどんな遊びがしたいんだ?」

「遊びじゃないのっ。今起きたら生えてたの!」

 玲二は溜息混じりに窓の外を見渡した。冬の陽は短い。四時にもなれば、もう景色は赤み掛かってくる。今頃起きたとか言っている。

「なんとかしてよ、玲二ぃ!」

「病院行け」

「ちょっとは親身になってよ! 病院なんか行ったら、貴重なサンプルとか称して実験されまくっちゃうじゃない。玲二はそれでいいのっ?」

「ふむ?」

 玲二はこころのアンテナをしげしげと見つめ、そして指で弾いてみた。

「痛ぁっ!」

 こころの悲鳴とともに、アンテナはビィーンと震える。

「痛い?」

 玲二は眉をひそめた。

「痛いのか? 本当に痛いのか?」

「う、うん。すごく痛かった……」

 彼女はまだこのつまらない遊びを続けたいらしい。

 玲二はベッドから降り、小学生の頃から愛用している学習机の引き出しを開けた。常備してあるハサミを手に取り、こころに振り返った。脅えている。

「……れ、玲二。まさか、ちょん切る……とか言わないよね?」

「切断する」

 真っ青になるこころ。

「さ、さよならぁーっ!」

「待て」

「――きゃんっっ」

 逃げ出そうとするこころをあいている手で羽交い締めにし、玲二は無言でハサミを開き、こころのアンテナを挟んだ。

「いやーっ、いやーっ! そんなので切られたら死んじゃうーっっ!」

「俺はこれ以上、お前の戯言に付き合う気はない」

 そう言い、玲二は容赦なくハサミを切った。

「痛ぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっ!」

「ん?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐこころを押さえ付けながら、玲二は首を傾げた。切れていない。こんなに細いアンテナが傷一つついていなかった。

「なかなか根性あるアンテナだな。これならどうだ?」

「やああああっ? やめてやめてぇ!」

 ギリギリとハサミを回転させながら、玲二はアンテナ切断に取り掛かった。

 五分程頑張ったが――

 ぐすぐすと泣いているこころをあやしながら、玲二は相変わらずのアンテナとハサミを交互に見つめていた。

 アンテナは切れていない。それどころかハサミの方が刃毀れしたくらいだった。

「仕方がない」

「し、信じてくれた……?」

 涙混じりのこころの声に玲二は言った。

「いやノコギリを買ってきて、それで切断することに――」

「玲二のバカァーーーっっ!」

 スコーンと玲二は頭を叩き倒された。

 

 

 あれから三日経った。

 明日はレポートの締め切りだ。急がなければならない。玲二はパソコンのキーボードを叩きながら、ふと窓の外が騒がしい事に気付いた。

 玲二が窓から外を見下ろしても、ここはマンションの六階だ。何やら人が行ったり来たりしているが、よくは分からない。

 興味はあったが今はレポートの方が大切だ。もう一度、パソコンの前に座ろうとした時、携帯電話が鳴った。相手のナンバーは非通知だ。

「はい、もしもし?」

『玲二ー、わたし、わたしー』

「ああ」

 電話の相手はこころだった。

『今から玲二の家に行ってもいい?』

「お前、今どこだ?」

『繁華街ー』

 こころは確か携帯電話など持っていなかった筈だが。

「公衆電話から掛けているのか?」

「ううん、違うよ……あ、電波が途切れ…………―――」

 ぷつんと電話は途切れた。

「???」

 それから暫くしてこころが合い鍵を使って、玲二の部屋に上がり込んできた。

「おじゃましまーす」

 こころはまだ野球帽をかぶっていた。玲二はあえて無視した。

「お前、携帯買ったのか?」

「え? ううん、買ってないよ」

「……どうやって電話掛けてきたんだ?」

 こころはふふんと自慢気に笑って、頭の野球帽を取った。

 やはりというか、そこにはアンテナが生えている。しかも呆れた事に、アンテナはパラボラアンテナにパワーアップしていた。

「お前なぁ……」

「し。黙ってて」

 そう言いこころは何かを念じるかのように、神妙な顔つきになって目を閉じた。

 数秒後――

 玲二の携帯電話が鳴りだした。

「…………」

 相手のナンバーは非通知だ。こころに目をやる。彼女はまだ目を閉じている。

 とりあえず出てみる事にした。

「……もしもし?」

『私、私ー』

 それは紛れもなくこころの声だった。だが、こころに目をやっても彼女は目を閉じたままだ。

「どんな手品を使ってるんだ?」

『手品じゃないよ。私、電波を発信できるようになったの』

 ちゃんと返事まで返ってくる。録音などではないようだ。

「……声の似た友達の誰かか?」

『玲二ーっっ! 恋人の私の声がわかんないのっ?』

 携帯電話からキンキンと響く声に耐えながらも、玲二は玄関で脱いであったこころのシューズを手に取った。

「ふむ」

 女の子らしい可愛いデザインの靴だ。それをぐっと握り。

 思いっきりこころの頭に叩き付けた。

『痛っ!』

 スパーンっと景気のいい音と共に、手元の電話から悲鳴が聞こえてきた。

『なんてコトすんのよーっっ!』

「…………」

 溜息を吐いた。

 分かっている。これはこころの声だ。

 難解な疑問も残っているが、もう認めなければならない。これはこころのアンテナが起こしている事象なのだ。

「もういい。目を開けろ」

「――うん」

 玲二に言われ、こころはそっと目を開いた。それと同時、玲二にかかっていた携帯電話も切れた。

「…信じてくれた?」

「百歩譲って考えてやらんでもない」

 譲るという所でこころは顔をしかめたが、取り敢えずは玲二の反応には満足だったようだ。

「……で、これからどうするんだ?」

「え?」

「だから、そのアンテナ。切るのか? 置いとくのか?」

「え、えっと……」

 しどろもどろするこころ。

「置いとくか?」

「あ、あぅ……」

「では切ろうか」

「それはイヤぁっ!」

 アンテナに手を伸ばそうとした玲二の手をこころは悲鳴をあげて振り払った。

「では付けたままでいいんだな?」

 こころは何かを言おうと口を開けたが、結局言葉が見つからなかったようで、手だけをばたばたと振る。

「用が終わったなら、さっさと帰ってくれ。俺は連日心身共に疲れ切っているんだ」

 そんな玲二の容赦ない口調にこころは顔を真っ赤に激怒した。

「し、信じられないっっ! それが仮にも恋人の私に言う台詞っ?」

 こころがきゃんきゃん泣き喚きながら玲二の頭を殴り始めた。

「玲二のバカバカ! 玲二って全然女の子の気持ちなんて分かってないんだから!」

「ぬ……」

 確かに今の扱いは非道かったかもしれない。よく思い出せばこころは一応玲二の恋人であるわけで、近所の子供と遊んでいるのではなかった。贖罪の意味も含めて、あえて玲二は頭を殴られ続けた。

「あれ?」

 何かに弾かれたように、こころは天井を見上げた。玲二もつられて上を見る。

 別に異常はない。

「どうしたんだ?」

「――――」

 こころは天井を見上げたままだ。頭の上のパラボラアンテナがさっきから奇妙な振音を鳴らしていた。

「おい」

 だが、玲二が呼びかけるよりも早く、こころはアンテナに魅かれるかのように、部屋から出ていってしまった。

「こころ?」

 玲二もこころの後を追い、玄関から外へ出た。

 こころは鉄骨の階段をタンタンと響かせながら、マンションの屋上へと駆けていく。

「…………」

 厭な気配を感じた。

 

 

 玲二が屋上の扉を開けると、そこには異質な光景があった。

 雲一つない青空の下。誰も立ち入る事はない屋上で、こころは一人両手を広げ、天を見上げている。大きく息を吸い、まるで何かを受け入れるかのような動作を繰り返していた。

「こころ、どうしたんだ」

「――――――」

 こころは玲二の姿を確認し、そして確かに何かを告げた。だがその一瞬、耳に大きな気圧がかかったように何かが鳴り響いた。

 耳から脳にかけて鈍い痛みが生まれる。鼓膜を耳掻きでぐりぐりとほじられるような苦痛。

 堪らず玲二は両耳を押さえた。それでも痛みは関係なく鼓膜を攻撃してくる。

 どれくらい続いたのだろう。ようやく痛みから解放された玲二は気付くと、汗だくになりコンクリートのフロアにうずくまっていた。

 玲二は恐る恐る耳から手を離した。もう痛みはない。

 こころは床に倒れていた。気を失っているのだろうか、ピクりともしない。

「こころ! おい、こころ……!」

 玲二はこころに駆け寄り、その肩を抱き起こした。

 大丈夫だ、ちゃんと生きてはいる。

「ふむ……」

 今のは何だったのであろうか。こころの声を聞こうとした。そして、その音を妨害するかのように、玲二は激痛に耳を襲われた。

「――――」

 玲二の腕の中でこころは薄っすらと目を開けた。

「こころ……」

「――――――」

 こころは玲二の腕を解き、立ち上がった。

 玲二を見下ろすその目には真っ赤な怒りが映っている。ぐつぐつとした煮えた怒りだった。

 ――アンテナが強震した。

「……っ!」

 突如、衝撃が玲二の全身を襲った。

 指の爪を剥がされるような痛みが。痒みが。

 爪の間につまようじを突き立てられるような気持ち悪さが。

 そこを鑢で削られるようなやはり痛みと痒みが。

 痛と痒が。

「――――――――――!」

 玲二を絶叫させた。

 それは人間が耐えられる苦痛ではなく、玲二の意志は脆く砕けた。

 

 こころは目の前に倒れている玲二の姿を見下ろした。

 体内にマグマのように駆け巡る、熱くて赤い怒り。

 それを少しだけ発散しようとしたらこうなった。玲二だけではない。このマンションのニンゲン全部に対してダメージを与えた。

 直接視界に入れなくても分かるのだ。頭のアンテナが言語ではなく、感覚として教えてくれる。三七人死んだ。四九人は意識不明の状態にある。その他のものは傷つけていない。

 まだ身体が熱い。ぐるぐるとした暴力の衝動がこころの身体を熱く熱く燃え上がらせ、まるで体内に邪悪な蟲が這い回っているかのように全身がむずむずする。

 意識を隣りのマンションに向けた。

 ――頭上のアンテナが激しく振動する!

 まただ。

 宇宙(ソラ)から『技能』が情報として送られてくる。こころはそれを苦もなく受信し、そして行動に移した。身体の中の『むずむず』をアンテナから放出する。

 大気が震えた。

 それまで大きな音が聞こえていたわけではないが、そのマンションは一瞬静まった気がした。

 四六人死亡、二七人意識不明。アンテナが即座にその情報を読みとり、同時にそれをソラへと送信した。間もなくソラからの返信が来た。

 このマンションの生き残った四九人と隣のマンションの二七人はソラに惹かれる資格がある。ソラからの情報を受信する資格がある。ソラに内包される資格がある。

 こころは更にアンテナを振るわせた。救われる者と、救えない者を選別にかけていく。

 半数近いニンゲンは狂い死に、残りの者はこころの送信に対して受信の傾向を見せる。こころはその者達をコロさないように出力を調整した。

 何時間、送信を続けていたか。

 

『―明日、四時に集合で――』

『本日未明―――――が亡くなられ―』

『――ああ、その話だ。あいつは――――』

『―アメリカ政府の発表によると――――』

『―――レポート?――締め切り――』

『――誰―言わない―――よ』

『のコーナーです――――お葉書―――』

『政府は―――』

『―――――投下します―――』

『大変だ!――早く―――――!』

『――信――します』

『―繋がりが―――』

『―――――――誰?』

 

 無秩序な情報が電波に乗り、こころの中に流れ込んでくる。

 ――轟音が聞こえてきた。

 見上げればミサイルが落下してくる。あれはアメリカのものだ。名前は知らない。

 どうやらこころ達を皆ゴロしにしようと、この付近の都市もろとも破壊するつもりらしい。日本政府も同意しているのだろう、迎撃の兆しすらも見せない。所詮、この国はアメリカの犬だ。

 だけどもう遅い。例えこの都市を破壊したとしても、もはやソラの勢いを止める事など出来やしない。

 まもなく世界はソラにより、安息へと導かれるだろう。そして、古き種達は新しい種に淘汰される。こころはその先兵だ。

 ミサイルが迫ってくる。

 こころはじっとその瞬間を待った。

 何かを無くしたのか、胸の中がぽっかりと空いているようだった――

 

 

 

 

 まだ見ぬアナタへ。ソラの想いを送信します。

 この情報を受信できたアナタはソラを信じる事が許されました。

 共振してください。

 アンテナはアナタのすぐ側に。

 あります。

 ソラは。

 四本の電波塔を設置されました。

 絶対の繁栄と。

 全ての一体化を願って。

 建てられ。

 ました。

 

 アナタ=ソラ

 

 

第2章へ


メニューに戻る