- 世界の底辺 -

6章 こうして世界は終わり、新しい時代へと進む。


 アバターを始めて手に入れ、幾らかの時間が流れた。

 実は数日前だったのかもしれないし、数年前だったのかもしれない。時間の感覚が良く分からなくなった。

 ともあれ、ひなた達は無事世界を制圧することができた。アバターの強さは圧倒的で、各国の軍隊をアバター達は見事に粉砕したのだ。

 地球はひなた達四人に支配されることになった。

「ハーッハッハッハッハッハッハ!」

 高い、高い、塔の最上階で玉座に座った純白は大笑いした。ノワールみたいだと思った。

 この展望室からは世界の全てが見渡せた。

 見せしめのため、ニンゲンを幾つか処刑した。純白の意向でその方法は全てギロチンになった。泣き叫び命乞いをする姿は、ひなたの胸にも痛みを覚えた。消えていく命。今のひなたはこの世界のフォートップの一人だ。少し助けてやろうと思うだけで、その命を救ってやることはできた。ただ、駄目だ。あの女に残虐なひなたの姿をよく見せ付けないと。

 笑っている純白に背を向け、ひなたは塔の中の自分の部屋へと向かった。

「ワーッハッハッハッハッハッハ!」

 純白はとても嬉しそうだった。

 

 

 ひなたは鉄質の廊下を歩いた。

 藍那を探している。地球を制圧したにも関わらず、藍那は見つからなかった。逃げ隠れしている。なにがなんでも探し出し、地獄を見せる。

 それが@@@の願いだ。頭が鈍く痛んだ。

「――ひなた」

 秋田がひなたの前に現れた。

「どうしたの?」

「氷雨さんとレイチェルさんからです。『暗黒の儀式』の準備ができたそうです。あの男を連れて屋上へ来て欲しいと」

 あの男というのは純白のことだ。秋田は純白には冷たく、名前を呼んだことさえない。

「うん、わかった」

 すぐに屋上へ向かおうと思ったが、その前に久しぶりに見る秋田をもう一度よく見た。

 

 そこにはなにがいたのか。

 いつもの地味な少女がそこにいた。

 どうしてそれが『よくないモノ』に見えたのか。初めて秋田を見た時も同じことを思った。

 

「――ぁぁ…」

 頭が痛い。

 秋田が肩を貸してくれた。

 柔らかい秋田の身体。力を入れると枯れ木のように折れそうだ。しかし、秋田の身体は決して折れない。消えることのない憎悪に支えられた秋田は不死身であり、最強のアバターだ。

「……秋田さんは………」

「はい」

「ボクを裏切らないよね…?」

「は?」

 苦しい思い出が蘇る。

 藍那のことを色々と思い出した。

 涙が出てきた。

「え…。ひ、ひなた。どうしたんですか」

「…わからない。なんか悲しくなった…誰も信じてないのかも、ボク…」

 純白を思い出した。

 誰も信じていない男。そう大差ないと思った。ただ、口が上手いか、下手かも違いではないのか。

「ひなたはあの男とは違います。ヒトを不快にさせないことは大事です」

 秋田はそう言ってくれた。ひなたの頭を抱き寄せ、髪を撫でた。

「私はひなたを裏切りません」

「ありがと…」

 優しい。秋田が裏切るはずはない。そんなこと分かっていた。ただ、優しくされたいからあんなことを言った。

「ひなたのコロしたい相手をコロしましょう。壊したいものを壊しましょう。

「秋田さん、優しすぎるよ…」

 秋田は人差し指でひなたの涙を拭った。

「秋田さん、すぐにボクのことをガキ扱いする…」

「大人扱いされたいですか?」

 大人扱い。

 何故かそれは怖い響きだった。甘えを許さない響きがそこにあった。だけど、秋田にニンゲン性を認められたかった。氷雨にも認められたかった。だから大人扱いされたい。

「うん…」

「十年早いですよ?」

「…んっ」

 指先で鼻頭を跳ねられた。

「痛い…。地味なくせに」

 秋田はむっとした顔になる。自分だって子供じゃないかってひなたは思った。

「…私にお尻をいじめられて、あんあん泣いてたのはどなたでしたっけ」

 半目の秋田にそう言われ、ひなたはぞくりとした。いつもは清楚な秋田がサド気を持った時の目だ。

「うー…」

 秋田にされたことを思い出した。胸の鼓動が早くなり、切なくなって、息苦しくなった。初めてヒトを好きになった時のような気持ちになった。

 秋田は肩を竦めた。

「今は駄目です。早く行かないと氷雨達を待たせるでしょう?」

「わ、わかってるけど…」

 秋田にされたことを思い出していると、お尻が痺れるような感じがした。もう一度されたいのに、「して」というのは恥ずかしかった。男の子なのに、という背徳と羞恥があった。

 秋田は涼しい顔をしたままだ。

 ひなたがされたいことを分かっていて、敢えてなにもしないのだ。今だけはプレイヤーとアバターの主従関係が入れ替わっていた。

「じゃ、行きましょうか?」

「だ、だって…」

 性器が勃っている。今は前屈みの姿勢を取っているからいいけれど、歩いたら絶対にばれてしまう。

「仕方ないですね…」

「ん…」

「ひなた。そのままの姿勢のまま、自分の足首を握っていてくださいね」

「へ?」

「いいから」

「う、うん…」

 言われた通り足首を握ると、お尻を後ろに突き出すような恥ずかしい体勢になった。

 秋田はひなたの後ろに回った。なにやらごそごそとしている。

「な、なにするの?」

「お尻いじめられたいのでしょう?」

「うー…」

「時間もないので、手早く終わらせますね」

「え?」

 これからこの前屈みの姿勢のまま、ズボンと下着を降ろされ、お尻をイジめられるのだと思っていた。だけど、秋田の行動はもっと『ストレート』だった。

 ―――どすっ!

「――はうっっ?」

 目から星が跳んだ。カンチョーをされた。

 いきなりこんなことされるなんて思ってもいなかった。油断していて特に緊張もしていなかったお尻の穴に、突如ずっしりと強烈な加重が掛かった。頭の先まで痺れるような衝撃が、背筋から伝わった。

 アバターの力は強く、ひなたの身体は一瞬確かに宙に浮いた。

「あ…あぁ……っ」

 反射的に自分の性器を握ってしまった。

 性器がむずむずとした。なにかが込み上げてくる。射精しそうになる。だけど、こんなので射精するのは嫌だったから、必死になって耐えた。

 ――ずぽん…。

 指が引き抜かれた。それでもまだ下着とズボンは埋没したままで、お尻の穴には違和感があったし、カンチョーの衝撃はまだ消えず、じんじんと痺れていた。

「うぅ…」

 羞恥もあったけれど、今はこの射精感を抑えようと頑張った。こんなことで射したくない。膝をがくがくと震わせ、両手で性器を押さえて必死に我慢した。

 しかし、そのお尻を後ろに突き出した姿勢は、また秋田の狙い通りだった。

 ―――ずぼっっ!

「んあぁっっっ?」

 お尻の穴に再度カンチョーをされた。さっきよりもさらに強い力だった。

 止められない。

 お尻の穴に加わったじんじんとした痺れは頭だけでなく、『性器の裏側』にまで伝わった。ダイレクトに伝わった衝撃は両手を性器に当てていても抑えられるものではなかった。

「〜〜〜〜っっ」

 どぴゅどぴゅと精液が吐き出された。股間が温かくなった。

「ふあ…」

 ようやく指が引き抜かれた。

 性器を両手に当てたまま床に崩れ落ちたひなたを、秋田は後ろから抱き締めてくれた。その白い手をひなたの鼻に持ってくる。

「これ、ひなたの匂いです」

「や、やだ…」

 つん、と香ばしい臭いがした。これが自分のお尻の匂いだって秋田に言われ恥ずかしかった。こんな方法で射精させられたことも恥ずかしかった。

 綺麗で可愛い秋田にこんなことされたことが恥ずかしかったのに、涙まで流したのに、ぞくぞくともした。

 

 

「おそーい、ひなた君っ」

 ひなたが屋上に着いた時、既に純白ももう着いていた。

「ごめんなさい」

「それではこれより『暗黒の儀式』を始めます」

 レイチェルの声により、四人は一枚の布を取り囲むように立った。真っ白な『純白』の布だった。

「ははははー。これは僕が用意したんだぞ。世界で最高の布だぞ」

 レイチェルは皆に小さなナイフを配った。

「では始めましょう。せーの…」

 全員で『リストカット』をした。

 どくどくと垂れる血液が布を染めていく。赤ではなく黒に染まっていく。故に暗黒の儀式と呼ぶ。心地の良い血臭が風に乗り、世界中に撒き散らされることだろう。

 この血の儀式を行った塔を『ザ・ローウェスト(最低の塔)』と呼ぶ。

 塔より下を『世界の底辺』と呼ぶ。

 絶望と苦痛だけが支配していた底辺から四人は塔を作り、『今までいた場所』を見下ろす形となった。

 

 

 世界を支配した。

 全て、アバターを創造したベリード・アライブ(生き埋め)のおかげだった。

 

 

 だけど気分は晴れない。

 全く晴れない。

 藍那を捕まえるまで、心は休まることもない。

 

 

 もし、誰かが藍那に@@@@をしていたかもしれないと思うと、全身の血液が逆流しそうになった。

 

 

 美しかった青空も紅く染まった。

 人々が笑っていた地上も死骸が乱雑に散らかった。

 生き残ったニンゲンは『ニクシミハッセイキ』の中に収納され、憎悪をアバターのために生産し続けている。

 

 

 数字の章世界は終わり、これよりは文字による新世界が始まる。

 

 

次章に進む。

世界の底辺メニューに戻る。