- 世界の底辺 -
3章 低レベルニンゲンの攻略法。
秋田に連れられ、氷雨と街を歩く。
久しぶりに外気を吸った気がする。
平日の昼間は静かなものだった。世間は今頃、学校や仕事の時間だ。それらから切り離されたこの『世界の底辺』を歩む。
青空が憎かった。行き交う人々が恨めしかった。
誰だって生きていれば心に傷を負うし、憎悪も覚える。それを大人への階段というものもいる。なら、階段を踏み外すニンゲンだっている。
隣を歩く氷雨を見上げた。このヒトはなにを憎んでいるのだろう、そんなことを考えたけれど、想像もできなかった。
ひなたと氷雨が秋田に案内されたのは、町外れの古びた洋館だった。
「ここです。どうやら他のお二人は先に来られているようです」
ひなたは息を呑んで館を見上げた。
空気すら重い、そんな静かな建物だった。よく育った緑がこの館の歴史を感じさせた。
「勝手に入っていいの?」
氷雨の問いに、秋田が門に手を架ざすと、軋みを上げそれは開かれた。
「わ、扉が開いた」
「私達アバターはこの館で作成されました。私達の出入りは自由です。ですが、この門は決して敵の侵入を許すことはないでしょう」
秋田に連れられ、ひなたと氷雨は門を潜った。そして門と同じく重厚な扉を開けてもらい、館内へと踏み入れた。
――ニンゲンの腐った臭いがした。
館内に使用人等の姿は見当たらなかった。かつては優雅に客を迎えたであろう柔らかい絨毯も、今は踏む度に埃を舞わせるボロ布に過ぎなかった。掃除をするニンゲンもいないのだろう。
「やあ、君達が僕の仲間かい?」
「――?」
――誰かいる。
館の奥から現れたのは顔の良い男だった。女の子に人気がありそうだ。だけど、何処か嫌な感じがする。氷雨と同じ年くらいのその男は、彼女を汚い視線で嘗め回した。この男はアバターの所有者だ。秋田に見せてもらった顔の中にこの男はいた。
ひなたは反射的に氷雨を背に庇った。
「おいおい。そう警戒するなよ。仲良くやろうぜ」
ナカヨクヤロウゼ。
それはひなたにではなく、氷雨に言っている。ひなたは自分も屑だと思っているけれど、目の前のこの軟派な男はそれとは別の意味で最低だと直感が告げていた。
ひなたは氷雨の前から動かなかった。こんな男に氷雨を関わらせたくなかった。それが男の感に触ったらしい。
「ナニ、お前? お前、そのコのオトコなワケ?」
「そんなんじゃないけど」
「だったらお前関係ないじゃん。そこどけよ。そこどけよ」
ひなたは氷雨の顔を覗いてみた。明らかに不快な顔をしている。
「嫌だよ」
「格好をつけるなよ。どうせお前も誰かを憎んでここに呼ばれたクチだろ。その女もそうだろ。ここは最低なニンゲンの集合地点だぜ。もっと本音で接しろよ。ああ? ああ?」
「――――」
――そうだ。この身は最低最悪、かつて好きだった女の子の破滅を願っている。誇りは遠に捨てた。しかし、それでも氷雨まで売り渡した覚えはなかった。
「どけっつってんだろ!」
「――っ」
殴られた。
横殴りの拳がひなたの頬を叩き飛ばした。口の中に血の味が広がった。
「ちょっと、コラ! なにすんのよ、あんた、いきなり!」
氷雨が激昂した。ひなたを庇うように立ちはだかった。
――ああ、格好悪いや。
目の前で別の男に殴り飛ばされ、女の子に庇われた。駄目だ。これじゃ駄目だ。
氷雨の前で恥を掻かせてくれたこの男が憎い。
名誉を回復するため、この男をぎたぎたに折り畳みたくなった。
―――@@@
我慢した。ひなたは氷雨を後ろに下がらせた。こんなことで暴力を振るったら氷雨を怖がらせる。しかし、殴り返さねば屈辱は晴らせない。
プライドと氷雨の心がぐらぐらと天秤を揺れさせた。
「大丈夫、氷雨ちゃん。ぜんっぜん平気だから」
あははと笑った。愛想笑いだ。プライドなどよりも氷雨の方が大事だ。
「お兄さん、気に障ったのならごめんなさい。仲良くして欲しいです」
「―――」
なるべく丁寧に言うと、男も毒気が抜かれたようだ。顔から凄みが抜け、ふんっと鼻を鳴らした。
「まあ、雑魚をいたぶっても仕方ないしね。僕の名前は純白(ジュンパク)と言うんだ。真っ白っていう意味だよ。せいぜい、僕の足を引っ張らないように、引っ張らないように、引っ張らないように、よろしく頼むよ」
氷雨が激怒しそうになったのを、ひなたはなんとか両手で制した。氷雨は優しいのだけど、気が短い。
男の名前は純白。覚えた。
「素直な態度に免じて、特別に僕のアバターを見せてあげよう。おい、来いよ」
純白が手を叩くと、小さな少女が館の奥から影のように現れた。暗い。死の空気を宿した小さな少女だった。背の低いひなたよりも更に低い。ただ、秋田やノワールとも違う禍々しい空気を醸し出していた。シタイの臭いだ。
「挨拶くらいしろよ。このグズ」
「―――!」
乾いた肉の音が響いた。
純白がアバターの少女の頬を平手で叩いたのだ。少女は倒れなかった。踏みとどまった。男が女の子を殴る。ひなたは気分を害した。醜い行動は他人がしているのを見て、初めて美観を損ねると気付いた。
「……アバター、エルリと申します。皆様、宜しくお願い申し上げます」
それだけ言ってそのアバターは黙り込んだ。
「まったく無愛想なやつだぜ。これで女じゃなかったらとっくに取り替えてもらってるとこだ」
ぶつぶつと純白は言っている。駄目だ、この男は駄目すぎる。とても仲良くしようという気持ちが生まれなかった。
「全く下賎ですよね」
全員が振り返った。そこには逞しい男を連れた金髪の少女がいた。外国人だ。腰まで伸びた金の髪は長く、美しく、きっと彼女の自慢の髪なのだろうと窺えた。
「暴力でアバターを縛る。私とてここに呼ばれる身、自慢となる過去や理念はないけれど、そこまでは落ちたくありませんね」
ああ、お金持ちだ。この外国人の少女は鼻っ面が高そうだ。ひなたはそんな気がした。
少女はひなた達に気付くと、スカートの両端を持ち、丁寧に頭を下げた。
「私、レイチェルと申します。今後とも宜しくお願いしますね。こちらが私のアバターです」
「――おい。僕にケンカを売っているのか?」
純白に噛み付かれても、レイチェルは涼しい顔をしたままだ。このままでは喧嘩になる。ひなたはこりゃ駄目だと思って間に入った。
「レイチェルさん、こんにちは。ボク達、ここに来たばかりでよくわからないんですけどー。どうしたらいいですか?」
「―――」
ひなたの言葉にレイチェルは肩の力を抜いた。純白もそうだけど、この二人はこちらが下手に出ている間は友好的に接してくれる、そんな気がした。
「あちらの奥にアバターを作り、配布した方がおられますから、まず一度は顔を合わせてこられたらどうでしょう?」
「あ、ありがと。氷雨ちゃん、いこ」
「ん、うん」
ひなたはその場から逃げるように、氷雨の手を取り奥へと向かった。厄介事から氷雨を守ってあげたかった。そして、自分が氷雨を守っていると、アピールしたかった。ひなたはそう考えた自分が不意に嫌になった。醜い姓だと思ったのだ。
氷雨には恋人がいる。自分も藍那に壊れた感情を持っている。なのに氷雨に格好いいところを見せたいと考えている。
「ひなた君」
「うん?」
「さっきは庇ってくれてありがとね」
昔から氷雨には認められたかった。
ひなたは氷雨を後ろに庇うように、自ら先陣を切って部屋の中へ足を踏み入れた。
そこは書斎だった。
壁は全て本棚と化していた。古紙特有の据えた匂いがした。
元は事務室だったのだろう。部屋の中央に置かれた訪問者を迎える机には、今はパソコンが置かれていた。
男はキーボードを打つ手を止め、こちらに視線を向けた。
「@@@@@@@@」
男の声はよく聞こえなかったが。
――ヤアイラッシャイ。
そう言ったような気はした。
男の最初の言葉がそれだった。男の姿も霧が掛かったようによく見えない。
――どうしたんだい。もう少し楽にしたまえ。
またそう聞こえた気がした。だけど、楽にはできなかった。ひなたは背中に氷雨の息を感じ、現実感を取り戻した。
「ボク達はアバターを頂きました。これからどうすればよいのでしょうか」
――私の名はベリード・アライブ(生き埋め)。ここは私達、駄目なニンゲンには生きにくい世界だ。しかし、戦わず座して死に至るというのは、駄目にも劣る無能だ。君達に戦う意思があるのなら、仲間として迎え入れよう。
「――――」
ひなたはもう後がない。『若いから人生はこれからだよ』、そんな無責任なことを言った連中のなんと多いことか。年は関係ない。そうだ、戦って勝たねば、白いものも黒くなる。
最も強固と言われた『家族』という関係ですら、維持する労力を惜しめば去っていく。ひなたの親も何処かへ行った。
「戦います」
「あたしも戦います」
氷雨もそう言った。ひなたは氷雨の内面を知らない。氷雨がどんな苦痛を背負っているのかも知らない。
――結構。では、これを君達に与えよう。役立てて欲しい。
ひなた達の前に機械が放り投げられた。軽い金属音を鳴らして床に転がった。
「これは?」
――可能な限り小さくしたパソコンだ。懐にでも入れておきたまえ。アバターの使役にはパソコンが不可欠だ。それを身につけ、如何なる時でもアバターの力を最大限に扱えれば私も幸いだ。
ひなたと氷雨は機械を拾い上げた。携帯電話のようにも見えたけれど、これは確かにパソコンだった。
――では、後のことはアバターにでも聞きたまえ。部屋を用意しよう。
携帯パソコンを手に入れた。
空間が軋みノワールが姿を現した。氷雨は首を傾げた。
「ははははははは」
ノワールはまた笑っていた。笑う理由が分からないからひなたはただ怖かった。
「はははは。他のアバターから通信があった。談話室へ行くぞ」
「―――」
この黒い衣服を着たノワールは怖い。笑い方も怖いが目も怖い。
そういえばひなたのアバター、『秋田』は秋田の地の化身だ。
見て分かったのだが、純白のアバターは富士の樹海の化身。レイチェルのアバターは大海原の化身だった。が、この男だけは何の化身か分からなかった。この男を見ていると、こんなに荒んだ風景は何処であるのか、想像もつかなかった。自殺の名所等とはまた違った歪みと綻びがあった。
笑い続けている。
「ひなた君も来る?」
「そりゃ行くよ」
そういえば秋田はずっと黙り、ひなたに着いて来ているだけだった。秋田はひなたが声を掛けないと、決して自分からは口を開かなかった。だから地味なのだと思った。
氷雨やノワールには聞こえないよう、小声で話しかけた。
「ねね、秋田さん」
「はい?」
「あのノワールってひと、なんであんなに笑ってるのか分かる…?」
「どうしてでしょうか…」
分からないらしい。
談話室には既にレイチェルと純白が腰掛けていた。
二人のアバターは姿が見えない。秋田とノワールにも姿を消してもらうことになった。
「さて、はじめようか」
やはり、純白が場を仕切る。レイチェルはなにかを言いかけたが、ひなたと目が合い、肩の力を抜いてくれた。
「まず、ここにいるということは僕達は仲間ということでいいかな?」
ひなたは純白の仲間になるつもりはなかったけれど、『円滑なニンゲン関係』のため頷いた。
「では、これからどうするかだけど、僕達をここに呼んだあの男によると、アバターを使い、好きなだけ暴れて欲しいらしい。僕の作戦としてはまず、ここからがーーっと首都をぼこぼこにして、だーーっと セカイヲヒノウミにしてやるのがいいと思うんだ」
そんなものは作戦でもなんでもない。頭の悪いニンゲンの台詞だ。氷雨を見た。彼女はなにも言わない。が、明らかな不服を表情に出していた。
「おい、お前、なんだその顔は?」
さっそく純白が氷雨に噛み付いた。
「なによ。別になんでもないわよ」
「嘘つくな! 嫌な目をしやがって! この!」
純白が氷雨に掴みかかろうとした。ひなたは慌ててそれを止めようとしたが、それよりも早く黒衣の男が現れた。
――ハハハハハハハハ、はは…ハハハハハハハハハ。
この笑い声、ノワールだ。ノワールは氷雨に伸びた純白の真っ白な手を捻り上げた。
「な、なんだお前! アバターのくせに僕に逆らうのか!」
「ハハ、ハハハ…。私は貴様のアバターではない。氷雨に手を出すことは許さん。ふはは」
更に腕を捻り上げる。純白の腕から嫌な軋みが聞こえてきた。
「ぎ、ぎゃあああああ!」
アバターはニンゲンを遥かに超越した身体能力を誇る。秋田の言葉を思い出した。ノワールは純白がどうにかできるような相手ではないのだ。
「エルリ、見ていないでなんとかしろ!」
「――――」
虚空から深い翠の少女が現れ、純白の腕を掴むノワールを突き飛ばした。純白のアバター、エルリは輪の付いたロープを頭上で回転させている。
――首を吊る輪を連想した。
エルリは黙ったまま、主の命に従いノワールと向かい合っている。頭上でくるくると輪の付いたロープを回転させながら。
あの輪は危険だ。見ているだけのひなたでさえ、「絶望」し首を吊ってこの地獄(地球)から逃げたくなった。
「ワハハハハハハハ! 君も大変だな。そのような男でも主と敬わねばならんとは。は…ははは…」
「――――」
笑ったノワールに対し、エルリは表情を変えず真っ直ぐとノワールを見つめていた。そこに敵意はなかった。ただ、主を守るという使命から立ちはだかっただけだ。
「は、は、は、は、は。私も彼が氷雨に危害を加えないというのであれば、事を荒げたはしないさ」
「ア、アバターのくせに僕に命令するな! エルリ、そいつを殺してしまえ!」
エルリがアバターの命を受け、仕方なくノワールに向かい飛び掛った。
(ゆがみときしみが動く…)
アバターは憎悪の化身だ。世界の大きさにさえ匹敵し、平和をひっくり返す憎悪の塊。エルリがノワールに飛び掛るのは、まるで世界の侵食だ。そう見えた。氷雨が危ない。ひなたはエルリを止めようとした。
「――――!」
思うだけで十分だった。
ひなたの意思を汲んだ秋田が、ノワールとエルリの間に割ってはいったのだ。エルリの喉元に稲刈鎌を突き付けた。
「やめましょう。ひなたはお二人の争いを望んでおりません」
秋田はエルリではなく、純白を見て静かにいった。怒っている。そうだ。ひなたは確かに純白に怒りを覚えた。その怒りに秋田も共感したのだ。
純白は舌打ちし、エルリを下がらせた。
レイチェルは嘆息をもらした。
「…話が進みませんね。私が指揮らせてもらってもよいでしょうか?」
「うん」
純白でなければ誰でもいい。ひなたも氷雨も頷いた。
「今日は皆様来たばかりで疲れていることですし、休みましょう。明日、それぞれのアバターの得意なことを確認しあい、まずは自分達の力をよく吟味し、それから作戦を立てましょう。なにか問題はありますか?」
ひなたは大丈夫と頷いた。氷雨の表情を見た。今度は氷雨も不満はないらしい。
「それでは今日は解散としましょう」
レイチェルの笑顔の言葉で各自、部屋に戻ることになった。今日の作戦会議は恐らく純白が企画したのだろう。見事に失敗に終わった。
純白は馬鹿だと思った。
「あーあ、変なことになっちゃったね」
廊下に出た氷雨はそんなことを言った。
氷雨の中の黒い感情をひなたは知らない。知りたかった。氷雨のことをもっとよく知りたい。
「…氷雨ちゃんはなんか」
「うん?」
「欝なことがある?」
氷雨はうーんと考えた。
「どうだろうね」
氷雨に信頼されて、悩みを打ち明けられたい。そして、自分の悩みも打ち明けたい。藍那への黒い憎しみ。それを聞いてもらいたかった。分かってもらえなくてもいい、ただ、それでも氷雨には全部聞いてもらいたかった。
「どうしたの、ひなた君?」
「なんでもない。もう少しお話したいな。こっちの部屋くる?」
「うん、いくいく」
秋田とノワールは部屋の外で待機してもらい、氷雨に部屋へ入ってもらった。
ひなたは部屋に入る前、秋田にこっそりと言った。
「さっきはありがとう。氷雨ちゃんを守ってくれて」
「そう言って頂けるのなら光栄の至りです」
「ところで、秋田さんって地味だよね…」
「大きなお世話です…」
気にしているらしい。
洋風の綺麗な部屋だった。一人部屋だと思っていたけれど、ベッドは二つあった。アバターの分かもしれない。バスルームやトイレも用意されているらしい。
「綺麗な部屋だね」
氷雨の言葉にひなたは素直に頷いた。
ベッドに腰掛けた。氷雨も隣に座った。こうやって、二人っきりになって話すのは久しぶりだった。綺麗な氷雨の髪の毛からは、女の子特有の甘い匂いがした。
「氷雨ちゃんとゆっくりお話するの、久しぶりかも」
「ひなた君が家から出ないからだよ」
「そんなに出てないかな」
「うん、このひっきーめ」
ヒキコモリでも、駄目ニンゲンでも、氷雨は今までもずっと優しくしてくれた。そんな氷雨に性的な欲求を覚えたことがないと言えば嘘になる。
昼間、股間を蹴り上げられたことを思い出した。
痛かったけれど、今思い出すと少しドキドキと胸が高鳴った。
「股、まだ痛い…」
「もっかい蹴られたいとか?」
氷雨はあははと笑った。
「む。楽しんでる…?」
「うん♪ 悶えてるひなた君、可愛かった」
「また蹴りたいとか思ってそう…」
「蹴られたいんだ?」
「まぞじゃないからいい…」
「ふーん?」
悪戯気を含んだ疑わしい目を向けられ、ひなたは胸が切なくなった。
「氷雨ちゃん」
「うん?」
「ぎゅーーって抱きしめていい…?」
「えー。あたし、ひなた君の彼女でもなんでもないもん」
――カノジョデモナンデモナイ。
そんなことは分かっている。だけど、それでも氷雨の近くにいたかった。藍那のことに執着している。だけど、独りは寂しかった。
「――――」
俯いていると頭を抱きしめられた。
「氷雨ちゃん?」
「もう。しょうがないね、ひなた君は」
胸に顔を埋めさせるように、氷雨はひなたの頭を抱き寄せた。小さな胸だけど、柔らかい膨らみがひなたの頬を暖めてくれた。
「胸やわらかい…」
「やらしいなあ…」
「胸、興味ないから平気…」
「このお尻フェチ」
氷雨の背に手を回して抱き寄せた。氷雨のお尻と背中の間に手を当てた。
「…お尻、触っていい?」
「駄目に決まってるでしょ」
「…触らせてくれたら、一回だけなんでも言うこと聞く」
「えー…? なんでも…?」
「…うん」
なんでも言うことを聞く。それは口実だった。なんでも言うことを聞かなきゃならない状態で、氷雨になにか言われたかった。支配し、支配されたかった。
(あ、やだな。なんかボク、まぞっぽいかも…)
「……じゃあ、ちょっとだけならいいかな」
触っていいという許可が下りた。
氷雨はきっとスカートの上から触られると思っている。ひなたは不意を突くように、氷雨の衣服の隙間から手を突っ込んだ。
「あ! こ、こら…!」
衣服の中に入った手はそのまま下着の中に潜り込んだ。
「や、ちょ、ちょっと…! ダメ…!」
触った。
ついに氷雨のお尻の割れ目に触れた。
「にゃあああああああっっ?」
ずっと憧れていた氷雨のお尻を、生まれて初めて直接触ったのだ。ガラにもなく感激した。
お尻の割れ目が手にリアルに感じられる。触れたお尻から氷雨の体温が伝わってきた。暖かい。
「さ、さ、さわるって…! な、なんで直接……!」
氷雨は顔を真っ赤にしていた。恥ずかしがっている。
「触っていいっていったじゃん♪」
「ふ、服の上からってことだよ…!」
「あー。恥ずかしがってる氷雨ちゃん、可愛いー」
「うっさい、この尻ふぇちっ!」
「もうちょっとだけ触らせて」
ひなたは氷雨の身体を引きながら、後ろからベッドに倒れ込んだ。氷雨に覆いかぶさられるような態勢になった。
「氷雨ちゃん、あったかい」
「ん…」
ひなたは両足を揃えたまま、ベッドの上で仰向けになっている。その上に載った氷雨はバランスを取るため、両足を開いている。
ひなたは氷雨のお尻を触る手を、そのまま彼女の足の付け根のほうへと移動させた。
「なっ…!」
そっと『穴』に触れた。お尻に生で触ったのは初めてだから、当然穴に触るのもこれが初めてだ。指はお尻の穴に少しだけどねちっと張り付いた。僅かに粘着性があり、また熱を持っていた。
「あああああああああああ」
さすがに氷雨もキレた。
殴られた。
「し、信じられない…。こ、このお尻ふぇち…」
氷雨は顔を真っ赤にしながら、今もひなたの頭を何度も殴っている。
殴られながらも、ひなたは機嫌が良かった。
「生まれて初めてだから♪ 氷雨ちゃんのお尻触ったの。穴まで触ったーっ」
「あああああ」
氷雨は顔を真っ赤にして、何度もひなたの頭部を殴打した。
「そんなに殴っても、今日の羞恥は忘れられないよね」
「がああああああっ」
思いっ切り殴られた。
氷雨はぜぇぜぇと息を吐いていた。
「こ、殺したい…」
「いいじゃん、お尻くらい…痛っ!」
人中を殴られた。
「そ、その生意気な態度がまず許せない…」
「あ……」
――股間を鷲掴みにされた。
慌てて、氷雨の手を引き離そうとしたけど間に合わなかった。力一杯握られた。
「にああああああああああああああああああっっ」
激しくない痛み。鈍く、重い痛みが股間から来た。
氷雨の手を払おうとしても、それを見計らい彼女は股間を握る手に力を入れた。
「い、痛いぃぃ…! や、やめて…」
涙がぽろぽろと流れた。痛みで泣くことなどないと思っていたのに、涙は止まらなかった。
「あたし以上に恥ずかしい目にあってもらわなきゃ気がすまない…」
氷雨は怒りに任せて、ひなたの股間を潰すような勢いで握り締めた。
「んあああああああああああああああああっ」
「とりあえず、なんでも言うこと聞いてくれる約束だったよね?」
「う、うん…」
「思いっ切り恥ずかしくなることを考えておくから、楽しみにしててね♪」
「ふあい…」
そう言い、氷雨はやっとひなたを解放してくれた。
ひなたはその場から距離を取り、氷雨のお尻の穴を触った指をくんくんと嗅いでみた。氷雨に見えるよう、わざとやった。
「氷雨ちゃんのお尻の匂いだー」
「ああああああああ!」
氷雨がまたキレた。殴られた。