『裏天使 〜さんかくとしかく〜』
最後の違和感 理想
部屋の中は赤かった。きっと夕陽の赤なのだろう。
たくさんの魂が列になり、どこかに向かっている。理香もそれに続いた。
どこまで歩いたか。
世界は祝福に染まっていた。ここに来た魂たちは“祝福”に混ざっていく。一つ一つの小さな魂が、大きな祝福に混ざっていく。
「…………」
理香はその祝福を一欠けら千切り取り食べた。
身体の中に生の祝福がみなぎってくる。すごい力だ。今まで感じた事がないほど、祝福は喜びに包まれていた。これから生まれる命を祝う気持ちと喜びで満ち溢れていた。
また魂を食べてしまった。
宇宙生物はこの祝福を欲していたのかもしれない。この旨さを知ればそれも納得できる。尋常ではない。
体内に生の喜びが溢れかえるのだ。やめられない。
理香は悪いと思いつつ、また一欠けら祝福を食べた。至高の喜びが身体中を駆け巡る。
たくさんの祝福を食べているうちに理香は生まれ変わりたくなった。
こんなに祝われて生まれるのはどんなに快感なのだろう。きっと寝る事よりも快感だ。
どこでどうやったら生まれ変われるのだろう。探してみる事にした。大丈夫だ。昔から、遠い昔から宝捜しは得意だったのだ。きっと見付けられる。
穴があった。小さな穴だ。足下に穴が開いていた。
祝福は穴の中に流れ込んでいく。理香はその穴の中を覗いてみた。
ぐにゃりとたくさんのなにかが歪んでいる。祝福はその中に飛び込み、そして見えなくなっていった。
この穴の中に入りたい。
理香は小さな穴に両手を入れ左右にこじ開けようとした。
ぶちぶち。
まるで肉の千切れるような音と鳴らして穴は少しずつ広がっていく。穴をこじ開ける感触も肉のようだ。
この部屋は肉でできていた。
祝福は肉のこの隙間から外に飛び出していくのだ。まるで胎内のようであった。
ABC
理香の中のABCは祝福に包まれていた。
これが裏天使の探し求めていたものだ。
生まれ変わろう。
一瞬そう思ったが、理香は頭を振ってそれを否定した。違う。そんな事をしにここに来た訳ではないし、生まれ変わるために生を受けた訳でもない。
生まれ変わらずとも、この祝福を手に入れる術はある。ここにある全てのものを食し、自らの体内でエミュレートし、創造すればよいのだ。
外の世界に顔を出す事もできる。けど、理香はそれよりも手中にできる範囲の世界での神になりたかった。
芹沢と約束したのだ。月白を満足させてあげたいのだ。それに世界の全てを食せば、その中に失われた春奈や老人の情報もきっと見つかる。
この部屋の肉を全て食べよう。
理香は背後に何かを感じ振り返った。
神々しさもあったかもしれないが、それ以上に理香に敵意を持っていた。
理香は世界の発癌物質らしい。理香がいると世界が代謝を無くし駄目になるらしい。腐ってしまうらしい。裏天使とは世界の癌なのだ。
その敵は理香を駆除しようとしてきた。明らかな敵意を持って襲ってきた。理香を殺しこの世界から外の世界に追い出そうとしてきた。
理香はその敵の頭を“グー”で殴り付けた。敵は額を割り血を噴いて死んだ。
理香は敵だった者の死体を食べた。なにも感じられない。この死体からABCは感じられない。仕方がないので純粋に知識のみを吸収しようとした。なにも得られない。
全てを食べきり、現実世界に戻った理香がみた光景は変わっていた。
世界の中はたくさんの蟲で溢れかえっていた。蟲は世界中の全てを食べている。なにもかもを食べていく。
理香はあの医務室にいた。ここにも蟲がたくさんいる。今は夕方だ。夕陽の赤い光が医務室の中を血のように赤く染めている。
床に血が広がっていた。月白の指や細かい肉塊が散らばり、そこに蟲が巣くっていた。月白を食べているのだ。
蟲が理香に標的を変え襲ってきた。
理香はその全ての蟲を叩き落し、踏み付けて殺した。そして食べた。蟲はなんの情報も持っていなかったが、たった今食べていた月白の情報は持っていた。
世界の中で無事に立って生き残っているのは理香だけだ。
全ての蟲が理香に飛び掛かってくる。
理香は全部を叩き落し、踏み付けて殺した。
静かになった。
誰も動かない世界だ。
たくさんの死骸があるけれど、それらはABCを持たない残骸だ。世界にあったもののABCは全て理香が消化した。
目から見える光景は静かなのだけど、身体の中にはたくさんの思いが詰まっている。春奈ももう怒っていない。理香を許してくれていた。
神もいた。けど消化されて残骸、不必要な物として体外に捨てられた。
理香の中には以前不足していたたくさんの情報と魂が宿っている。
世界を創ろう。
理香の中のたくさんの思いもそれを望んでいる。
天使、裏天使、宇宙生物、ABCなど
を月白に教えてもらった頃がなつかしい。
地球帝国を守ったあの頃もなつかしい。
たくさんの違和感があった世界。
今度創る世界は違和感を無くそう。
理香は。
全てを忘れてみんなと一緒に暮らしたかった。
創造主になりたかったわけではない。ただ皆と幸せに過ごしたかったのだ。地球帝国を守った時もそうだった。裏天使として月白に協力した時も、ただ友達や仲間との語らい、安らぎ、平和が欲しかったのだ。
電車の中で芹沢は毎日抱きついてきていた。
春奈ともよく遊んだ。一緒に買い物などいった。
あの時間が楽しかったのだ。
創造主になって、それらを眺めているだけなんて嫌だった。
忘れよう。
世界を創ったあとは全てを忘れよう。
創った舞台の中の登場人物として生きていこう。
これで芹沢との約束を守れる。
そうだ、月白にはたくさんのABCを与えよう。世界のバランスを崩さないだけの、なるべく多くのABCを与えよう。
春奈とは友達でいたい。
老人にはまた可愛がってもらいたい。
そのシチュエーションを演出できるだけの多くのエキストラも創ろう。この胸の中にはたくさんの魂がある。創れる。
けれど今までと同じ世界は創らない。また理香が創造主になる世界なんて嫌だ。そして、違和感のない世界がいい。
「……さようなら…………」
理香は今の世界に別れを告げ、自らの意志の世界に落ちた。
祝福に満ちた、違和感を嫌った裏天使の名に恥じない世界を創ろう。
たくさんの魂が理香に声援を送ってくれていた。
その声に応え、けれどやはり理香は皆に謝罪した。
「…………すみません……………みなさん、すみませんでした………………そして、ありがとうございました」
Ruler chaos 〜ルーラーカオス〜
『裏天使 〜さんかくとしかく〜』編 完