-天使のデザイア- セクタ・イービルデッド
4章 愛してる
泉を愛している。彼女が好きだ。だから探していた。その為にはこの身を生贄にしてもいい。
なのに、泉は既に殺されてしまっていたのだ。
例え天使として蘇生され、再開できたとしても、泉が殺されたという事実は決して許されることではなかった。
殺す。
その為にも強くなりたかった。
ハヅキが目を覚ましたのは荒れた土の上だった。視界に広がるのはただ一面の灰色に曇った空だ。
「ハヅキ、大丈夫ですか?」
泉がハヅキの顔を覗き込んだ。こんな至近距離で寝顔を除かれていたと知り、ハヅキの胸は高潮し緊張した。
慌てて起き上がる。
「どうしました?」
「いや…。女の子に寝顔を覗かれては、男子なら皆緊張するだろう。ましてや泉は………俺は泉を意識しているんだ」
泉はさも可笑しそうにくすりと笑った。まるで星が跳ぶかのような笑顔だ。
「知らない仲でもないんだし、そんなに恐縮しないでくださいな。畏まられたら私だって遣り辛いです」
マリーはハヅキの頭の中で唾を吐いた。マリーは泉のような、いかにもな『良い子』が嫌いなのだ。
『あれハヅキ。泉ちゃん怪我してるんじゃない? 右手』
(む)
指摘通り、泉の宝石のように白く麗しい右手には微かな火傷の跡があった。
「泉、手を見せてみろ」
「へ?」
ハヅキは泉の手を取り、応急手当の奇跡を施した。
淡い光が泉の指先を包み込む。火傷の跡は今すぐには消えないが、痛みや不快感は拭われたはずだ。
「まだ痛いか?」
「いえ。痛みは治まりました。でもなんですか、これ?」
「俺の使えるしょぼい奇跡だ。傷の回復は自然に任せるしかないが……泉には余計なお世話だったか?」
泉はどうしようかと、首を傾げていたようだが素直に礼を言った。
「ありがとう、ハズキ。こんな小さな怪我だったのに、ハヅキはよく見ていますよね」
「ああ…」
『よく見てるのは私じゃないのっ!』
マリーが煩い。
「ところでここは何処だ」
ハヅキは辺りを見渡した。
鉄や硝子の破片が散らかっている、ただの荒野だ。
泉は暗い表情を暗くした。
「ここはさっきの町のあった場所です。町は吹き飛んでしまいました」
「あの爆発でか?」
「はい…。私が軽率だったのかもしれません」
泉は優しい少女だったのを思い出した。
自分が傷つくよりも、見知らぬニンゲンが傷つくほうが苦しい。そんな絵に描いたような、『いい子』だったのだ。
「泉のせいじゃない。当たり前だが悪いのはメガアクマだ」
「はい…」
泉は俯いたままだった。
『もっと気の利いた言葉ないの?』
(たとえば、どんなのだ)
『君の目玉は百億のダイヤモンドよりも綺麗さ、キラキラ。とか』
「ねえよ、そんな言葉」
泉は不思議な表情でハヅキを見ている。
「また独り言を言ってます、ハヅキ…」
「――――」
頭の中に妄想の少女がいる男、それがハヅキだ。
泉が知ればどう思うだろうか。やはり気持ち悪く思うのだろうか。
「すまん。俺の悪い癖だ…」
妄想の少女のことは隠しておくことにした。
「あの爆発の中からは、泉が助けてくれたんだよな」
「ハヅキ一人助けるのが精一杯でした…」
「うん?」
「私はニンゲンを救うために、もう一度生を受けたのに。ニンゲンを救えない私の存在価値はなんなのでしょうね…」
ハヅキは昔を思い出した。
泉はいつもそうだ。己の存在価値を誇れない。自分よりも他人を優先する。自分が他者に愛されていることを理解できていない。
「泉。お前はいるだけで価値がある。俺がそれを証明してやる。お前がいるから、俺は幸せでいられるんだ」
ハヅキは泉がいて幸せだった。
世界がメガアクマに支配されようとも、一向に構わなかったのだ。
泉さえいればそれでよかったのだ。
永久の愛を泉に誓った。
必ず守ると『約束』した。
ハヅキは泉が大好きだった。
「泉。愛してる」
「――――」
泉は顔を上げた。
聖女のように、少女のように、泉はたった一人だけを愛する女の顔となっていた。
「――私もです」