『Dark†Minotauros 〜神様なんか死ねばいいのに〜』
4.タイムテレビ【このテレビ、未来とか過去が見えるんだよ】
世界は回る、ぐるぐる回る。
早夜はそんな回った世界を更に飛び回る。
世界は今にも壊れそうだった。
穴が開いた世界は昼だけではない。全ての世界に穴が開き始めている。
不安の世界の昼。
死の世界の夜。
永遠の世界の夢。
そして、あやなと一緒に暮らす願望の世界。
穴が開いている。
不安と死と永遠と願望が混濁し始めている。
早夜はあやなにもたれながら部屋の天井を見た。
大きな穴が開いている。
様々な色の液体が溢れてきている。
部屋は浸水している。
いつ溺れるのだろう。
「あやなちゃん?」
「なぁに?」
「また寝ていい……?」
「よく寝るね?」
「うん……」
「いいよ。早夜ちゃんが寝ている間は何処にもいかない。ずっと隣にいてあげる」
「ありがと……」
病院へ行かなければならない。
世界は壊れようとしている。
だけど、壊れきる前に、まだ確かめなければならない事がある。
目が覚めたのは病室だった。
やはり夢なのか。
この病室は整合性に満ちている。
勿論世界が壊れる事はないし、穴などもない。
違う。
この世界にいたあの女性が、あやなや穴の事を知っていた。全てが早夜の夢ならば、あの女性が夢の内容を知っている道理はない。
いや、そもそもあの女性を見たと思っている事実さえも、この部屋が現実であると仮定した上で、ここでみた夢という可能性もある。
存在するかどうかも分からない女性を探した。
確かめたい。
病室から出て廊下を歩きながら探していると、程なくして女性は見つかった。
だが、この女性がいたからといって、まだあやなのいる世界が事実だという証明にはならない。今見ている光景も夢かもしれない。
「聞きたい事があるんだけどいいですか?」
「どうぞ」
「まずあなたは私のいた世界を夢じゃないって言いましたよね?」
「そうね。ただ、夢じゃないと思っているだけで、もしかしたら私や貴女も何処か別の場所で見ている夢、あるいは別の誰かが見ている夢じゃないとは限らない。夢じゃないという証明はできないわ」
「あなたはたくさんの世界があるっていっていた。この病院もそのたくさんある世界の一つだという事ですか?」
「厳密には違うわ。貴女が見ていた『現実世界』はこの世界から遥か未来の世界よ」
「よくわかんない……です。それはここが過去だって言いたいのですか?」
過去の世界。
いや世界という枠組みはおかしい。過去は過去なのだ。
「あたし、過去に飛ばされたんですか?」
「そうじゃないわ。私にとっては今これは現実だけど、貴女にとっては過去の記憶よ」
「はぁ………」
「現在私との会話を認識している貴女は、何処かで眠っているのでしょうね。過去を思い出しているだけよ。そして、私は貴女が過去を、この時点の記憶を思い出す事を祈って、今貴女に話しかけているの」
「う…ん………」
「ここは六七億年前の世界です。まだ、あなたが今いる地球が生まれてもいない程の昔」
「…なんであたしはそんなに長生きしてるんですか?」
「今この時間の生命は、貴女のいる未来よりも遥かに極まっているわ。たくさんの生命が進化し成長し、そして淘汰しあい、残ったあの医者が今の神になった」
「かみさま」
「私達には未来が見える」
「うん」
「遥かな未来、貴女のいる地球よりも更に先の未来。貴女は新たな世界の神となっていた。己の願望の世界を作り出し、世界と世界の境界を無くす貴女の力。だからこそ、あの医者は貴女を洗脳し、未来においても己の思うままに世界を支配しようとした。そもそも、貴女は今の神の時代を終わらせ、新しい神になるべく生まれた。神に敵対する者よ。貴女が神の手先だと思わされているのは、全て洗脳よ」
「わからない……。ここがすごい進化した世界なら、そんな回りくどい洗脳なんてしなくても注射とかであたしを洗脳できそうなものだもの」
「あの医者が注射を持ち出したら、貴女という存在はそれへの対抗手段を取るわ。どんな手段でも同じ」
よく解らない。
「じゃあ………あやなちゃんは……なに?」
「あやなは元々貴女と同じ。でも今は貴女が神に乗っ取られようとしているから、それを止めようとしている」
「うん」
「あやなは貴女が混乱や恐怖に潰されそうになっても癒してくれる」
「魔王なのに?」
「ええ。でも、貴女もあやなもそう変わらない。どちらも神に敵対する者なのだから。ただ貴女が神に洗脳されて、あやなはそんな貴女を殺さなければならなかった。もうそれも終わりよ。記憶を取り戻した貴女は邪悪な神に対抗できる戦士として生まれ変わったわ」
「待って。じゃああやなちゃんは最初から全部知ってたの?」
「どこまで覚えてるのでしょうね……。分からないわ。未来が見えるといっても、何もかもが見えているわけではないのよ」
「……あなたは誰なんですか?」
「言えないわ」
肝心な事を言わない。
だから信じていいのかどうか解らない。
「…あ………」
気が付いたらまた病室で眠っていた。
「目が覚めたかね」
「はい……」
「気分はどうかね?」
「けっこう混乱してる………思う……」
「ふむ。仕方がない。君は永く眠りすぎた。おかしな夢をみていたのだろう。大丈夫だ。少しずつ落ちつくのを待っていたらいい」
「はい……」
この医者と一緒にいると落ちつく。
早夜の気持ちが解ってくれているかのように、労わってくれる。
「全部夢だったのかな……」
思わず独り言を漏らしてしまった。
「夢を現実だと思ってしまう事はよくある」
「あやなちゃんも夢……なのかな」
「現実を見るんだ。君は生きなければならない。夢に捕らわれてはいけない」
「ん……」
「辛い事もあるだろう。だが私は君の味方だ。現実を見失ったら私を思い浮かべなさい。ここには君を不安にさせる神様や魔王などというものは存在しない」
「はい……」
解らない。
今は休もう。
「ああ。それからあの女は、もう君に近寄らせないようにしよう。妄想事ばかり言っているんだ。君も聞かされたんじゃないのかね。いつも徒(≠いたずら)に君や他の人を混乱させようとする」
「…………」
今この医者の言った事はおかしい。
「……おかしいよ」
「なにがだね?」
「あの女の人がいるって、今あなたは言った。今言った。そして、あの女の人は私が話してもいない、あやなちゃんの事とか知ってた。それは私が見た世界が夢じゃないって言ってる証明に他ならないよ」
「どうしたんだね? 落ちつきなさい」
「落ちついてる」
「君は混乱している。少し休んだ方がいい」
「いいえ。今眠ると、今起こった事をあなたは夢だったというでしょうね。今度はその女の人なんて知らないと」
「休みなさい」
「あくまでシラを切るの? だったら……」
早夜は自分の首筋に手を当てた。
この首を怪我した時から穴が見えるようになった。きっとここになにか秘密があるのだろう。
ちくりと首筋が痛んだ。
「ヒィ……!」
医者の情けない悲鳴が飛んだ。
医者の周囲に無数の穴が口を開いていく。
穴はどこまでも真っ黒だ。
「驚いたのね? あなたには穴が見えるのね? さすがは前の神様ね? でもその驚きはこの世界にも穴がある、あなたの言う整合性が損なわれているという証明になるよね」
「ま、待ってくれ……!」
「待たない」
穴を広げ、医者を呑み込ませようとした。が、医者が手を架ざすと、穴は収縮していく。
「別の世界に飛ばしてあげようと思ったんだけど……。さすが神様ね。ちょっとは抵抗できるのね」
「ヒィィィィ…………!」
「そうね。ここであなたを殺すのは無理なのかもね。あたしのいる現在でもあなたは存在しているものね。ここはあたしが昔みた記憶だったんだものね」
「ヒィィィィィィィィ」
「じゃあ、あたしは現在に帰る。帰ってあやなちゃんと一緒にもう一度ここに来てあなたをやっつけるね。あなたはせいぜいあたしをうまく洗脳できるようにお祈りしてることね」
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
目を閉じる。
すっと意識が混濁していく。
記憶は戻った。
現在に戻って今度こそ神様をやっつける。過去で倒せなかった神様を倒す。
あやなが心配気に覗き込んでいた。
ここは早夜の部屋だ。戻ってきたのだ。
「早夜ちゃん……」
「おはよ、あやなちゃん……」
「穴いっぱいあいてるね。早夜ちゃんの言ったとおり」
「ん……」
あやなにももう穴は見えるらしい。
以前より穴は増え、一つ一つも大きくなっていた。
がらがらと倒壊音が聞こえている。
窓から外を見た。
世界は穴だらけになり、穴からはたくさんの異物がこの世界に注がれている。人々は恐慌状態に陥り逃げ回っていた。
「みんなもう見えてるんだ………。でも、どんなものでも終わりが見えた時にはもう手遅れなのね」
「手遅れなんだ……?」
「ううん、大丈夫。あやなちゃん?」
「ん……?」
「前言ってたお願い。今から悪い神様をやっつけにいくの。力を貸して欲しいの」
「いいよ」
「ありがと……」
病室の世界の場所は分かっている。
早夜は部屋の中にも無数に空いている穴の一つに両手を伸ばし、左右に裂いた。
穴はびりびりと千切れる音を鳴らし、広がっていく。
「あやなちゃん、こっち」
「うん。いこう……」
あやなはなにを何処まで知っているのか。覚えているのか。
でも大丈夫。
二人で力を合わせたらなんだってできる。そう思う。
穴から出た先は病室だった。
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ」
六七億年前、最後に見た時と同じ悲鳴を神様(=医者)はあげていた。あげっぱなしだったのかもしれない。
「ま、待ってくれ……! 許してくれ……! 神の座は譲る。もう君達に手出しはしない!」
「未来を見たんじゃないの?」
「ヒィィィ」
「早夜ちゃん? この人が神様なの?」
「そう。あたしとあやなちゃんを殺し合いさせた神様」
「そうなんだ……」
「非道い神様なの。あたしを騙そうともした」
六七億年前は早夜の力不足で神様を倒せなかった。
だけど今は違う。
あの時のように穴を開けて敵を飲み込むだけではない。
たくさんの有害な液体を穴から取り出せる。
「ほら、神様。こんなのはどう?」
神様の頭上に穴を開けた。
「ヒィ……!」
穴からはどろどろと夜の世界の死が零れてくる。
「ギャァ………!」
死の液体が神様の周囲に満ち、神様は溺れている。
溺死しそうだ。
「こんなのもあるよ」
今度は夢の世界の永遠を流した。
神様は更に溺れていく。
ごぼごぼと口から空気のようなものを漏らし、苦しそうに胸を掻き毟っている。
「う……!」
あまりにたくさんの死と永遠に触れすぎたため、早夜は一瞬強い吐き気に襲われた。
だけど、そっとあやなが背中から抱き締めてくれた。
「大丈夫、早夜ちゃん……。私がいるから。怖くないから……。ね?」
「うん」
続いて昼の世界の穴を開けた。
穴から不安が大量に流れだし、神様を不安の海に溺れさせていく。
もう神様は動かない。
「あやなちゃん、力をかして……」
「うん……」
あやなが早夜を抱き締めている腕に力が篭る。
安心できる。
最後に願望の世界への穴を開けた。
あやなと一緒にいる世界。
素敵な世界。
悪い神様のいない世界。
神様死んでと祈って作った世界。
こうして古い神様と新しい神様の戦いは、大したドラマ性もなく、古い神様が溺死して幕を閉じた。
「あやなちゃん……?」
「んー……?」
「前の世界壊れちゃったね。穴だらけになっちゃったね」
「うん」
「新しい世界創ったほうがいい……?」
「早夜ちゃんにおまかせ」
「ん……」
また眠くなってきた。
「あやなちゃん、ちょっと寝ていい……?」
「いいよ。起きるまで私に離れないでいてほしいんでしょ?」
「うん……」
あやなは瞼を閉じた早夜を優しく抱いてくれた。
「あやなちゃん。私が記憶の中で見た、あの女の人。何処にいったのかな。病室にいなかった」
「うん」
「なんかよく知ってる人だった気がするの。あやなちゃんの事も知ってた。ずっと悲しそうな顔してた」
「そっか………」
「あやなちゃんはあの人を知ってるの……?」
あやなは少し考えて首を横に振った。
「いいじゃん、もう……。早夜ちゃん、寝るんでしょう?」
「うん……」
「本当に……よく寝るよね、早夜ちゃん……」
「うん」
「おやすみ、早夜ちゃん」
「おやすみ……」
寝るのは怖い。
これが夢なのかもしれないのだから。
だから、あやなに抱き締めてもらって安心を得る。
今いる世界が虚像でないとは誰にも証明できない。
だけど、それでもあやなに抱き締めてもらっていると、恐怖は和らぐ。
「おやすみ、早夜ちゃん……」
Ruler chaos 〜ルーラーカオス〜
『Dark†Minotauros 〜神様なんか死ねばいいのに〜』編 完