暗黒六芒コンセントレーションに戻る。


- 六芒カリン -

 

 

 夜の路地裏は今日も打撲音と悲鳴が木霊する。

建物と建物の間の小さな通路でヒトはよく死ぬ。

 

 

 T お兄ちゃんは死んでしまいました。

 

 

 アキは泣き叫んだ。お願いだからやめてって叫んだ。

 アキの哀願も虚しく、兄は機械化した五人の男女に暴行を加え続けられる。痛そうだ。兄の息はもう絶え絶えだ。

巨漢の男の手が兄の頭を掴んだ。丸太のように太く逞しく、鉄の匂いのする豪腕だ。手は超大であり、兄の頭をすっぽりと掴んでいる

「@@@」

 悲鳴が響いた。兄の悲鳴だ。

 太い腕が兄の頭部を捻る。捻られる。機械化したアームの強引な腕力で兄の首は捻られ強烈に捻られた。このままでは死んでしまう。アキはやめてって叫んだ。

 ぐるぐると頭をネジのようにまわされた。

 

千切れた。

 

 兄の首が千切れた。胴体の首の断面から噴水のように血が昇った。

首は地面に投げ捨てられた。ころりとボールのように転がった。

地面に落ちた兄の生首。ヒカリのない目がアキを見ていた。

 最愛の兄は死んだ。

 

 

「おい小娘。兄貴が死んだぞ?」

 兄の首を捻じ切った巨漢の男が、腰が抜けたアキの前に立った。

 抵抗する間もなく、アキの身体は男の手に掴まれた。身体の大きさが違いすぎる。化け物のように大きい手がアキの全身を片手で掴んだ。

機械仕掛けの腕にアキの身体は握り締められる。

「@@@」

 全身の骨が軋む音にアキは鳴いた。

 意識が途絶えそうになる。

「このコはあそこから川に流しましょうよ。急流滑りも楽しそうだよ。川に流して、下の世界に落としてみようよ」

 女の声が聞こえた。急流滑り。

「そいつはいいな。おい、お前は急流滑りの刑だ。これでお前の一族もお前で最後だ。俺の腕で握り締められるよりも痛くないかもしれないぞ。あひゃひゃ」

 お兄ちゃんを帰してって叫んだ。

「お前の兄はカスだから死んだんだよ。お前の親父もカスだから死んだんだよ。お前もカスだから死ぬんだよ」

 カスじゃないって言い返した。男の顔に唾を掛けて言い返した。

「死んだらカスだ」

 カスらしい。

 そしてカスらしく、急流に流された。おわり。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 水に流されながらも叫んだ。憎い。あいつらが憎い。

 だけど死んだらカスらしい。終わった。

  


 

 アキが目を覚ましたのは錆びた鉄筋部屋のベッドの上だった。ベッドの上で眠っていた。部屋の天井や壁にはパイプや鉄骨が剥き出しになっていて、いかにもな貧相さを分からせる建物だ。

上半身を起こすと安物のベッドは軋んだ。

 昼過ぎだというのに今日も窓の外は暗く、陰湿な雨が降っていた。

 錆びた鉄の部屋の中でアキの溜め息が漏れる。

 

 

 U 私は死にませんでした。

 

 

 ここは排気で汚れた下の世界だ。

 太陽は上の世界に遮られて、この世界にはヒカリが届かない。だから暗く、湿気る。

そしてもっと湿ったものがある。この心だ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 叫んだ。

 悔しい。またあの時の夢を見た。兄が殺された夢を見た。叫び、肺の息を全部吐き出すように声を出すと、身体のあちこちが痛んだ。まだ傷は完治していない。だけど、この痛みも心地良かった。

 兄の痛みだと思えば、少しは心も落ち着く。

「アキちゃんー? だいじょーぶ…?」

 がちゃりと扉が開き、男の子が入ってきた。カガミだ。川に流され、下の世界に落とされ、瀕死の重傷を負っていたアキを助けてくれた男の子だ。アキよりも少しだけ年下のようだ。

介抱してもらって二週間。怪我をしたアキの身の回りの面倒を色々と見てくれた。カガミはいいコだ。

「アキちゃんー?」

「なんもない…ごめん」

「そう?」

「うん」

 ベッドから降りた。汚い世界だけど、少し散歩してこようと思った。部屋に閉じこもっていると気持ちが悪い。吐き気がする。

「散歩いってくる」

「怪我大丈夫?」

「うん」

 カガミの身体を横にどかし、外に出ようとした。

「あ、ちょい待って。僕も外行くから」

「独りでいけるよ?」

「下の世界は初めてじゃないん?」

「適当に歩いて、すぐ戻ってくるだけだからいいよ」

「ついでにごはんの材料買ってくんの」

「ん。じゃあいこっか」

 カガミはすごく喜んでいる。デートじゃあるまいし、とアキは苦笑した。

「でーとだ、でーとっっ」

 デートらしい。

 

 

 カガミと一緒に砂鉄混じりの土の上を歩いた。

 上を見上げても、この下の世界からではソラを見ることはできない。上の世界の苔色の底辺が見えるだけだ。

 金のあるニンゲンは上の世界に行き、ないニンゲンは下の世界に収まる。アキにはこの上下の関係が入れ物のように見えるのだ。ニンゲンの入れ物だ、世界というのは。分別されて収納される。

 食べ物を買わなければならないので、向かう先は商店街だ。ドラム缶が転がり、落書きされたコンクリートの建物が並ぶ通りを二人で歩く。デートらしい。

 上の世界にいた時はスラムを歩くことになるなんて思ってもいなかった。時折建物の壁を背に眠っている浮浪者を横目に見ながら歩く。デートらしい。

 とにかく湿気深い。

 この下の世界は湿っている。空気も土も乾かないのだ。そして匂いがまた非道い。上の世界にいた時に嗅いだ下水と同じ匂いだ。

「アキちゃん、あれ。あれが下の世界の柱だよ」

 カガミの指した方向には鉄質の、大木のような柱が大地にしっかりと根を下ろしていた。太さだけでも一区くらいの大きさの柱だ。天上の世界にまで繋がっている。この柱に支えられた上の世界こそがアキの故郷なのだ。

 上の世界のせいで、この下の世界は太陽のヒカリが差し込まない。だから暗く、湿り、匂い、退廃する。

 誰かが言っていた。

『下の世界は上の世界の下水道だ』

 酷な話だ。だから下水の匂いがするのか、と納得した。

「んでさ、アキちゃん」

「うん」

「上の世界に戻りたいん?」

「うん」

 戻りたい。家に帰りたいのではない。あの五人を殺したい。仕返しがしたい。兄を殺したあいつらは許せない。

 許せない。

「お兄ちゃんを殺したあいつら許せない」

「アキちゃんのお兄ちゃんって六星の一人ってほんと?」

「ほんと」

「じゃあ仇の五人ってのは六星のほかの五人?」

「そう」

 この上下の世界を統轄する絶対の君主であり聖母。その聖母を守護する六人の星が六星。アキの兄もその星の一人だった。

 この退廃と悪事が横行する世界を嘆き、聖母に正義を告発しようとした兄は、あの下衆な五人に殺されてしまった。

 せっかく拾ったこの命だ。優しく強かったあの兄の仇を討つことに使いたい。

 あの五人は殺す。この命を引きかえにしてでも。

 

 

「あー…」

 肉と野菜の詰まった袋を両手に下げたカガミが顔をしかめた。通り道で中年の男性が若者数人に囲まれて殴られていた。強盗だ。

 逃げようとするが、誰かに掴まれ殴られまた輪の中に戻される。兄を思い出した。兄を殺した五人と同じことをする。

 怒りが湧きかけたけど、押さえた。わざわざ揉め事に関わる道理はどこにもない。そもそも現場を見ただけではどちらが悪いか判らない。襲われる方も無用心だから襲われるのだ。

 また兄が頭に過ぎった。兄は弱かったから殺されたのか。身体を機械化していなかったから、機械化した残りの五人に負け、殺されたのか。

 否。

 兄は最強だった。いつもアキはあの強さを見ていた。己の肉体を極限まで鍛えた兄は機械などに負けない。兄の気孔は練られれば、その力は鉄質のアームを容易く捻じ伏せる。

 兄と師匠である父は、卑怯にもアキを人質に取られ、無抵抗のまま殺されたのだ。

 六星の一人であり、武人であった兄をアキはいつも尊敬していた。

 ヒトは兄の強さを称え、闘神と呼んでいた。

その兄ももういない。

奇麗事を言うつもりはないけど、目の前で寄って集って一人を殴る蹴るする光景を見るのはいい気分ではなかった。

「そのヒトを放してあげてくんない?」

 兄なら助けるだろう。そう思い、アキは声を賭けた。隣のカガミは不思議なものを見るような顔でアキを見ていた。暴行を加えていた者達もぴたりと止め、アキに振り返った。

「別にその殴られてるおじさんに恩義はないけど、ただ目の前でそういうことされるの不快なん。あ、別に正義を気取るわけじゃないよ。今来たばかりの私達には事情はわからない。だけど、少しは私も武術をかじったからこそ分かるんだけど、そもそも話は腕力でつけるものじゃない思うの。まず話し、そしてなにか守らなければならないとき、それら…」

「うるせえよ」

 細身の男がアキの前に歩いてくる。顔がまた醜悪だ。

「お嬢ちゃん。あんた強姦されたいん?」

 汚い手をアキに伸ばしてくる。こんな雑魚のような素人の汚い男に武器を出すこともない。アキはそっとその手を掴んだ。男の汚い手は嫌だったけど、我慢して掴んだ。そして練っていた気を腕を介して男に捻り込んだ。

「@@@」

 男は悲鳴をあげ倒れた。弱すぎる。

 敵にどよめきが走った。

「で、私はごらんの通り強いよ? 怪我しないうちに引いてくれない?」

 敵は吠えた。そして束になって襲ってきた。

 駆けてくる。

 大将らしき男の右腕は機械だった。納得した。だからこそ、このグループはその力に酔い、追剥や強盗をしていたのだ。

「相手は生身の女だ。お前らいくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 叫び、喚き、男は他の奴らと一緒に飛び掛ってくる。アキは懐からボウガンを取り出した。木の矢を放つボウガンだ。

 これがアキの武器だ。銃器は使用しない。できない。気を練り込められるものは、あくまで有機物だ。

 この木の矢にならアキの気を練りこみ、射撃することができる。

 そして弓の扱いなら誰にも負ける気はしなかった。兄にだって。

 ――発射する。

 瞬きする間に四発撃った。慣れたものだ。他の者が一動作する間に、アキは矢を四発撃てる。これが上の世界を震撼させたカルテット・ストレーフィングだ。

「@@@」

 利き足を撃ち抜かれた四人が悲痛な声を上げ、地面に転がった。そしてぴくりとも動かなくなった。残ったのは機械腕の男だけだ。

「なんだこれはああああああああああああ。なんで足撃ち抜かれただけで、こいつらうんともすんとも言わねくなるんだよ!」

「すりーぴんぐ。気を流し込んで、脳みそをとろとろにしてあげたよ。しばらく動けない思うよ」

「何が気か! 気孔使いか、オメーは。そんなものは時代遅れの汚物じゃねーか。俺様の腕を見ろ。この硬質輝く無敵のアームを! 俺はこいつのおかげで負けたことがない。だからこそこいつらも俺に着いて来たんだ。見ろこの勇姿を。貧弱で細いお前みたいな女にこの俺様が負けるわけないんだ!」

 ごちゃごちゃ吠えてないでかかってきなさいよ、とアキが挑発すると、男は顔を真っ赤にして飛び掛ってきた。

 ――カルテット・ストレーフィング

 矢を四発放つ。最初の矢がアームに突き刺さり、その機能は沈黙した。機械を持つ者と生身で戦い渡れるように練られた気孔による武術なのだ。この機械沈黙の気を当てることができれば、六星にだって勝つ自信はある。

「私の勝ちだよ」

「@@@」

 三本の矢が連続して男の胸に突き刺さり、悲鳴をあげ、飛び掛ってきていた男は地面に落ちた。

 勝った。

 

 

 倒れた男達をカガミがまじまじと見つめている。

「これ死んじゃったん?」

「生きてるよ。気絶してるだけ」

「胸に矢刺さってるヒトいるよ?」

「大丈夫だよ」

 大丈夫だ。

 絡まれていた中年男性は口で礼だけを言い、そそくさと何処かへ行ってしまった。別に見返りを求めていたわけではないが、いい気分ではない。

「でもアキちゃん強いんだよね」

「まーね」

「僕よりも強いんかな」

「さぁ?」

「六星のヒトに勝てるかな」

「勝つよ。絶対コロす」

「うん」

「いいな、強いの。羨ましい」

「弓とか気孔でいいなら今後教えてあげるよ」

「あいがと」

 また二人で歩く。おなかがすいたから、カガミの家に戻ってなにか食べさせてもらおう。

 帰り道、兄の武勇伝を聞かせてやった。カガミはうんうん、と頷き聞いていた。こういうものに興味を示すところはやっぱり男の子だなって思った。

  


 

 食事だ。

 カガミの部屋の中でアキは生きるために食事を取る。

生きる目的は六星共を皆殺しにすることだ。

 

 

 V 下の世界で六星のパレードがあるそうです…。

 

 

「ごちそうさまでした」

 朝食の肉じゃがとライスを平らげ、手をあわせてお辞儀すると、カガミはどーいたしましてと言って食器を下げた。

「おいしかた?」

「おいしかた」

 そう答えると、カガミはとても嬉しそうだった。

「怪我もう大丈夫なん?」

「さっき試しに外歩いたし、ちょっと暴れたわけだけど、まあ平気ぽい」

「よかた」

「色々あいがとね。元気なったから、あいつら殺しに上の世界に戻るよ私」

「どうやって?」

 答えに詰まった。考えてなかった。

「ばかだねー、アキちゃん」

「むー…」

「個人的な要望としてはさー」

「うん」

「敵討ちなんかいったら、失敗したら死ぬじゃん。だからここにいてほしいなー、なんてのはあるよ」

「無理です」

 無理だ。

「アキちゃんが死ぬのはやだよ」

「ごめんね…」

 この命なんていらない。あの五人だけは許せない。兄と父を卑怯な手段で殺したあの五人には償わせなければならない。

 戦い死ぬのならまだいい。武人なのだから。だけど、卑劣な手段で命を奪われた二人の無念はアキにだって計り知れない。

「ごめんね、カガミ」

「ううん…」

 謝っておいた。これだけ世話をしてくれたカガミに礼の一つもできなかった。

「しゃーない。アキちゃんのやりたいよーにやったらいいよ。んじゃ、下の世界のことは僕のが詳しいから、なんか手伝ってあげるんね」

「あいがと」

 嬉しかった。なんだか暖かい。

「はい、これ」

 カガミはチラシをアキの前に散らつかせた。受け取って内容を見る。

「……」

 パレードだ。明日の夕方、六星のコノンとかいう奴が下の世界の民草にそのありがたい姿を晒してくださるとのことだ。

 下の世界で済むなら事も早い。

 まずは一人目、ここで殺そう……。

 

 

 アキはカガミの部屋の机の上で紙をペンを広げて悩んでいた。

 窓の外は灰色から黒に変わりかけている。もう夜だ。ずっと考えていたけど、なにも決まらない。

「アキちゃん、なに考えてるん? 暗いとこでそんなんやってたら目悪くなるよー」

 カガミが電灯の明かりを強くすると、部屋の中は昼間のように明るくなった。

「別に」

「なんか考えてるじゃん」

「そだね」

 生きて帰りたいわけではない。だけど、五人全員殺すまで死ぬわけにはいかない。

 なるべく傷を受けずに相手を殺したい。そのために使えるものはなんでも使わなければならない。

 カガミを見た。アキに好意を持っているのか。言えばなんでも頼みは聞いてくれそうな気がする。そう考えアキは自分に嫌気が刺した。

 最低だ。

「カガミ」

「ん?」

「パレード始まったらさ。少し離れたとこで、派手な花火でも打ち上げてくんない?」

「おとり?」

「まあ…」

 囮。

 いざカガミからその言葉を聞くと、自分の発した非道な頼みが現実感を増した。どれだけ言葉を着飾っても、カガミに頼むのは囮だ。

「やっぱいい。忘れて」

「いいよ、それくらい」

 やはり引き受けてくれた。そんな気はしていた。答えが分かっていて、頼んだようなものだ。死にたい。握り締めていたペンに力が入りすぎてへし折れそうだった。

 死ぬのは五人を殺してからだ。

「あいがと」

「いいえー」

 囮。

 まだ作戦は完全じゃない。もう一人仲間が欲しい。できればもう一人はそれなりに腕の立つ者が好ましい。

 首を捻って考えた。下の世界に知り合いなどいない。

 もう少し考えてみよう。

 パレードは明日の夕方だ。

 

 

 深夜になり、日付も変わり、思考が眠気に落ち始めた時、アキとカガミは怒声に叩き起こされた。

「出て来い、メスブタ共ー! この俺様と戦えええええええええええええええええええ!」

 カガミの家の中どころか、町中に響き渡るような大声で叫ぶ男が窓の外にいた。

 昼間弓矢で撃ち落した機械腕の男だった。

「出て来いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 男はついに機械化した腕で家の壁を殴り始めた。あまりの衝撃でぐらぐらと小さな建物が揺れる。

「なにあんた。ちょっとやめなさいよ。うるさいよ。やかましいよ。家が潰れるよ」

 窓を開けてアキが顔を出して文句を付けると、男の顔が歓喜に歪んだ。

「おきたぁーーーーーーーーーー!」

「うるさいよ」

「俺様と戦え!」

「はぁ?」

「昼間は油断したんだ。女なんざに負けたとあっては俺様の誇りも面子も丸つぶれだ。あれは偶然だったことをこの場で証明してやる。さあ戦え」

「眠いんだよ私。それから忙しいの」

「俺様の誇りと面子はどうなるんだ!」

「知らないよ…。だいたいさー、よってたかって無力な中年殴る蹴るするようなんに誇りなんかあるん?」

 迷惑だな、と思いつつアキはいいことを思いついた。

 あと一人仲間がいる。それなりに腕の立つ仲間がいる。

「俺様はどうなるんだあああああああああああああああああああああああああああああ」

「あなた名前なんて言うん?」

「俺様の名前はエジキというんだ。さあ戦え!」

「私はアキって言うん」

「うむ。何処かで聞いた名前だな」

「よくある名前じゃん。で、モノは相談だけどさ」

「うむ」

「あなた強い?」

「強いぞ」

「じゃあさ。戦ってあげるから、私が勝ったら私の仲間になってよ」

「いいぞ。奇跡は二度と起こらんからな。そして俺様も油断しない」

「おっけ、じゃあちょっと戦ってみましょう」

 カガミにちょっと待っててね、と言い、アキは窓から外に飛び出した。

(アキちゃん、大丈夫?)

(余裕)

 カガミにそっと耳打ちし、アキはエジキの前に立った。

 エジキはアキ達よりも少し年上のようだ。そしてやはり男だ。こうやって正面に向かい合って立つと、エジキはアキよりも頭二つ分は背が高いことがよく分かる。

「いつでもいいよ」

「その澄ましたツラが気に食わないんだ。吼え面かかせてやる!」

 エジキは叫び飛び掛ってきた。

 アキは袖口に隠していたボウガンを構え、昼間を同じように矢を四連射した。

 昼間と同じように一発目の矢はエジキの機械化した腕に突き刺さり、その機能を沈黙させる。そして残りの三本の矢も昼間を同じようにエジキの胸に突き刺さった。

「@@@」

 昼間と同じようにエジキは吼え、泣き叫び地面に落ちた。

 勝った。

 


 

 あれから二時間経った。

 エジキをカガミのベッドに寝かせ、アキは六星コノンのことを考えた。

 殺し方を。

 

 

 W ナカマが揃いました。

 

 

「うぅ…」

 カガミのベッドの上でエジキは呻き、目をそっと開けた。

「おはよう、エジキちゃん」

 エジキは辺りを見渡す。そして自分がベッドに寝かされていたことに驚き、目を見開いてアキの顔を見た。

「私勝ったよ」

「馬鹿な…」

「約束通り仲間になってくれる?」

「馬鹿な! 偶然だ! 俺様が負けるわけ! ない!」

「潔くないよ? 私けっこう手加減したんだよ、あれでも」

「待て! 待ってくれ! もう一度だ! もう一度戦ってくれええええええええ。俺様には必殺技があるんだああああああああああああああ」

「はぁ…」

 もう一度戦うことになった。

 

 

 表に出てアキはエジキの前に立った。カガミは少し離れたとこに座り、退屈そうに見ている。

「負けたら奴隷にでもなんでもなってやる! ゆくぞ!」

 エジキは前二回と同じように飛び掛ってきた。

 アキも袖口に隠していたボウガンを構え、前と同じく矢を四連射した。

 やはり同じく一発目の矢はエジキの機械化した腕に突き刺さり、その機能を沈黙させた。そして残りの三本の矢もエジキの胸に突き刺さった。

「@@@」

 いつもと同じようにエジキは悲鳴をあげ地面に落ちた。

 勝った。

 

 

 エジキはカガミのベッドに腰掛け、悔し涙を流していた。ショックだったらしい。

「何故勝てん。俺、弱いんか」

 カガミはうーんと首を傾げた。

「弱いつーか、単調なんが駄目なんじゃないかな」

 エジキはぽろぽろと涙を流した。

「あ、いや嘘だよ。冗談だよ。アキちゃんがきっと強いんだよ。だって六星の一人の妹さんだよ」

「なんと」

 エジキは顔をあげた。

「それでこんなに強いんか」

 あんたの頭が弱すぎるんだよ、とは思ったけど口には出さなかった。

「で、仲間になってくれる? 正直人手不足で困ってんの」

「しゃーない。俺様に二言はない」

「あいがと。じゃあ改めて。私アキって言うん。よろしくね」

「僕カガミ」

「俺様はエジキだ」

 エジキは少し考えた。

「では、アッキーと呼ぶ」

「アッキー…。なんで…?」

「そっちのが可愛いだろう?」

 そうかな、と少し首を傾げた。カガミのようにアキちゃんと呼んでくれたほうが可愛い気がする。

「可愛いぞ」

 可愛いらしい。

 

 

 朝になっていた。一睡もしていない。

 ずっと六星コノンの殺し作戦を立てていた。

「じゃあ、カガミがこっちで花火鳴らして、エジキちゃんがそっちで花火を鳴らして、またカガミがこっちで花火ならしてさ。そしたら、ある程度は警備兵も減る思う。全部は減らないでしょうけど、まあどでかい花火なんかあったら、何人かは見にいかないわけにはいかんでしょ。そしたらあんたら追いかけられるじゃん。で、カガミは非戦闘員じゃん。だから、あんたら落ち合って…」

 エジキははっと顔をあげた。

「なるほど。そこで俺様の出番か。腕の立つナカマがいるっていう理由がわかったぞ」

「そそ。カガミはへーき?」

「へーきへーき」

「うむ。それでこそ男だ。よろしくな、カガミ」

「あい」

 少しでもコノンの周りの兵隊が減ればそれでいい。元々正面から向かう覚悟はできていたのだ。

「アキちゃん」

「ん?」

「死んだら怒るよ」

「大丈夫」

 まだ死なない。五人殺すまでは死ねない。

 


 

 広場に集まった数千人の歓声が轟音となり、廃ビルの屋上から見下ろすアキの身体をびりびりと震わせた。

 下の世界にも広場はある。

 もちろん上の世界のように噴水や観賞用植物、整地された道路といった綺麗なものは何一つとしてない。その代わり砂鉄混じりの土の上に、ドラム缶や錆びた鉄筋が転がっている。そして列車が走るためのレールの周りにヒトが群がっていた。

 あの列車のレールの上をパレードの車が通るのだろう。

 来るのは六星のコノンだ。

 もう一度広場を見下ろした。よく見た。ヒトが多い。コノンを殺したあと逃げ切れるか。アキ達に危険はないか。

 不安はある。

 だけど、やるといったらやる。殺すといったら必ず殺す。六星には死が相応しい。

 

 

 X 六芒コノン

 

 

 コノンはパレード車の豪席に腰掛けた。自慢の鉄腕が今日も肘掛の上で眩く輝く。

もうすぐトンネルを抜ける。抜ければ、多くの民草が迎えてくれることだろう。

 正直早く帰りたい。

 下の世界は汚いのだ。臭いのだ。この不快な空気が胃の中に入っていると考えるだけで、吐き気がする。

「コノン様、御気分が優れませんか?」

 細目の副官には「最悪だ」と返しておいた。この副官の名前、なんと言ったか。よく覚えていない。記憶メモリがもう容量ぎりぎりまで使っているのだ。無駄なことは覚えれない。覚えるならたまに使う生身の脳みそで覚えることにしている。

 だが、コノンは自分の頭がよくないことは知っている。ものを覚えるのは苦手なのだ。

「コノン様、そろそろトンネルを抜けますぞ」

 副官には「ああ」と返事しておいた。何故こんなパレード、自分が指揮らなければならないのか。実に面倒くさい。

 カリンだ。

 同じく六星のカリンがこんな馬鹿げたパレードを企画したのだ。そしてあろうことか、コノンに出向けなどと言い放ったのだ。

 六星サカエ。あの細身の男は忙しいらしい。

 六星エリス。あの金髪のインテリ小娘は忙しいらしい。

 六星カリン。あの小うるさい娘は忙しいらしい。

 六星ワイル。あの偏屈男は忙しいらしい。

「……」

 六星……あと一人は殺した。奇麗事を言っていたあの男。弱いくせに闘神などと呼ばれていたあの男はこの豪腕で首を捩じ切り殺した。他の四人にしてもそうだ。誰も彼も弱いくせに吼えるのだ。

 コノンは誰にも負けない。自分には知恵はないが、力だけなら地上の誰にも負けない自信がある。あんな細腕どもに負ける道理はない。ましてや気孔など論外だ。

「あー」

 トンネルの天井を見つめ、コノンは息を吐いた。

 仕方がない。適当に民草に手を振り、帰路に赴くことにしよう。

 

 

 神官キコリはパレードの豪席でだらしなく座るコノンに、背を向け毒づいた。なんで私がこんな阿呆の配下になっているんだ、と。生来の細目が険しくなる。

 ――トンネルを抜けた。

 下の世界は暗いと言っても、トンネルの中よりは幾分明るい。暗闇に慣れた目にヒカリが飛び込んできた。

 トンネルを抜けたのだ。

 広場には多くのニンゲンがいた。恐らくは本音で歓迎しているのではなく、あわよくばお恵み頂こうとする下界の貧乏人共なのだろうが。

 ――身体は民草の歓声に包まれた。たくさんの声が全身にびりびりと伝わる。今、この広場にいる全てのニンゲンは自分達に跪いているのだ。

優越を感じる。だから権力は良いのだ。

 地位は力だ。名誉は栄光だ。

 だからこそ、この詰まらないコノンの下でも我慢ができるのだ。そしていつか掴むべきはこのような下請けではない。六星よりも更に上にまで、頂にまで登りつめるのだ。

「そうそう」

 神官キコリは忘れないうちに足元のスイッチを踏み押した。

 パレード車を襲撃しようなどという、無粋なテロリストへの対抗手段も抜かりはない。神官は今日も聖母のために戦うのだ。

「ハハハ」

 嘲笑が吹き出た。

 

 

 パレード車がトンネルから鈍足で顔を出した。

 歓声沸きあがる広場から少し距離を置いた物陰から、カガミとエジキは伺っていた。

「きたよ、おにーさん」

「ああ。花火は?」

「ここにどっさり」

「うむ」

 花火の入った袋を一つエジキに手渡し、カガミはポケットの中に入れてある時計を確認した。

 そろそろ時間だ。

 少しだけどコノンの顔を伺いたかった。六星の顔など普段ナマで見れるものではない。しかもその男はこれから死ぬべき運命にあるのだ。

「むぅ…」

 エジキが唸った。

「ん? どうしたの、おにーさん? 怖いん?」

「アームが動かなくなった」

「え?」

 エジキは左手でアームをこつこつと叩いているが、その表情は芳しくなかった。

「駄目だな、動かない」

「ええ」

「動かない。あのパレード車が見えてから動かなくなった。テロ防止だろうな。あそこからなんかの機械を狂わす電波が出てるんだろう」

 カガミは少し考えてみた。

「でも、花火やんないわけにはいかないよぉ」

「そうだな。約束したもんな」

「うんうん」

「お前にその覚悟はあるか?」

「おにーさんはあるの?」

 エジキは歯を見せて笑った。

「結構だ。よし。いいか、カガミン。ここが男の見せ所だ。アッキーにこのチームにエジキあり、カガミンありと見せ付けるんだ。喧嘩は根性だ。生身の腕になったとて、俺様の心は負けん。現にまぐれとは言え、アッキーは生身の肉体でありながら、この俺に勝ったこともあるのだ」

「うんうん」

「なに、任せておけ。俺が負けたのは後にも先のもアッキーとの戦い三回だけだ。お前は守ってやる」

「はーい」

 嘘でもなんでも頼もしく思えるから不思議だ。

 

 

 下の世界の上空高く、カリンはヘリコプターの窓から広場を見下ろし、笑った。

 かつて闘神と呼ばれた男は首を捻じ切られて死んだ。彼の写真を手の中でくしゃくしゃに丸め、粉々に磨り潰し、握り締め、窓から捨てた。

 コノンは不細工な男だ。彼の写真も手の中でくしゃくしゃに丸め、粉々に磨り潰し、握り締め、窓から捨てた。

 馬鹿らしい男たちだった。

 

 

 コノンは奢る。

 キコリは下克の野心を持つ。

 エジキとカガミは今だけの主人のために骨を折る。

 カリンは天上から見下ろす。

 そして、闘神と呼ばれた男の妹は、兄の想いを弓に込めて戦場に躍り出た。

 

 

 上空からカリンが見下ろしていると、広場から少し離れた場所からヒカリが見えた。

 この停滞した権力社会の中で、なにかが動き出した。

 

 

 花火の時間だ。

 

 

「おい」

「は?」

 豪席に座り片手で民草に手を振りながら、コノンは細目の神官に聞いた。「今なにか音がしなかったか?」

 神官は笑って答えた。

「ご安心ください。このエリアにおいて現在アームを含めた武装を使用できるのはコノン様と私めだけでございます」

「衛兵は戦えないのか」

「コノン様と私が万全ならなんら問題ございません」

「お前は俺に反逆しないか?」

「コノン様が世界一強いならなんら問題ございません」

 神官の言葉を聞き鼻で笑ってしまった。

 初めてこの卑屈な神官に興味を覚えた。が、名前を覚えてやるほどのものではない。

 

 

(ハハハ)

 神官キコリは馬鹿の相手は疲れる、と胸中笑った。

 さて、先程のヒカリと音は花火だ。当たり前のように、このようなパレードを開催すれば、怒りに身を任せる馬鹿な民草は必ず現れる。

 取り立てる程のものではないが、少し遊んでみるのも良いだろう。

「おい、キミ」

「は」

 近くに待機していた衛兵に声を掛けた。

「それとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミ。少し見てきたまえ」

 どうせ衛兵は無力なのだ。民草も無力だ。

 そして万が一の時はコノンを捨てて逃げれば良い。なんの心配もないのだ。

(ハハハ)

 笑いすぎて眼鏡が落ちた。コノンなど早く死ねばいいのに、と願った。

「フハハハハハハハハハ」

 

 

「…ハハハハハハハ…ハハ……ハ…?」

 神官キコリが笑いすぎて顎が外れそうになっていると、目の前に誰かが宙から降り立った。

「ハハハァー…?」

 突然のことでどうしていいかわからず、とりあえず笑いも徐々に止まっていった。

 小さな少女だ。

 見たことのある。何処から飛び降りてきたのか。とりあえず厳重注意だ。

「キミ、分をわきまえ給えよ。マツリゴトの中央に、許可なき庶民が躍り出るなど言語道断、無知蒙昧。さあ、我らが主コノン様に見つかれば大目玉を喰らうのは私なんだ。さっさと降りたまえ。キミが今立っている車は価格にして下賎なヒトの命、百億万人分に相当するのだぞ?」

 少女は黙って首を横に振る。神官キコリは溜め息をついた。

「おい、キミとキミとキミとキミ。この少女に退席願いなさい」

 四人ばかり残しておいた衛兵に少女を追い出すよう命じた。男達が少女に近寄る。が、彼らが少女に触れようとした瞬間、雷を思わせる派手な轟音が響いた。

男達の身体は空中高くに舞い上がり、きりきりと回転し、遥か遠くの方へと投げ飛ばされた。

「ハア?」

 神官キコリは間の抜けた声をあげ、眼鏡がぽろりと落ちた。

 投げ飛ばされた男達は思い思いの方向に飛んでいき、民衆の海の中に落ちた。騒ぎが波紋のように広がっていく。

 民草は困惑し、思い思いの言葉を発する。一瞬にして場の雰囲気はパレードではなくなった。

 ヒトの注目はコノンとキコリではなく、少女に注がれている。キコリ自身もコノンの事を忘れ、少女を注視した。

(イマナニヲシタ?)

 いや、いけない、慌ててはいけない。

 落ち着かなくてはいけない。民草はパニックになりかねない。こんな時こそ頭脳派の自分は落ち着かなくてはいけない、とキコリは己に言い聞かせた。

 今この少女は細い身体で男四人を投げ飛ばした。身体を機械化しているのか。いやそれは無意味だ。今このエリアにおいて戦闘器具はその性能を完全に麻痺させている。

 では生身で飛ばしたか。ありえないことか。流行ってはいないが、この科学万端の世界において、未だに己の身体を鍛え続ける趣味人もいる。しかし、少女の身体に極端な筋肉がついているようにも見えない。

 神官キコリの頭脳にあらゆる可能性が駆け巡る。そして思いついたことを聞いてみることにした。

「キミは気孔使いかね?」

「ええ」

 ビンゴオオオオ!

 神官キコリは胸中が弾ける程喜んだ。

 一度、気孔使いなどという馬鹿げたものを使うものと戦いたかったのだ。彼ら彼女らはその無力な腕力にも関わらず、無駄に気位が高い。自分のほうが強いとも言わんばかりだ。

 そう、あの闘神とか呼ばれていた男も、キコリを見下していた。しかも出過ぎる杭らしく、他の六星に粛清された。無様だ。

「参考までに聞くのだが、キミはここになにしに来たのかね?」

「六星コノンを殺しに」

「ではこの神官キコリがお相手しよう」

 言うや、キコリは全身のボディの出力をあげた。通常モードから戦闘モードへ移行するのだ。並みのバトルボディを持っている民間人とは比べ物にならない、権力の汁を吸いまくって作った神官キコリの自慢のアルティメットギミックだ。

「キィィィィィィィィィン!」

 叫び、吼えると同時、キコリの身体は硬質になり、金色に輝きだした。これが権力の髄を掛けて、金を掛けて作り上げた最強のアルティメットボディ。この世に金を上回る修練などありはしない。

「ゆ、く、ぞおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 キコリは少女に殴りかかった。

「へぶ!」

 逆に頬を殴り返された。

「へぶ!」

 さらに反対の頬も殴られた。

「へぶ!」

 また最初に殴られた側の頬を殴られた。

 全身がふらふらになって立てなくなった。

 

 

「はがああああああああああああああああああああああ」

 広場に集まったヒトビトのどよめきに負けない程の大声で、神官と名乗った男は頬を押さえのた打ち回った。

硬質ボディの神官キコリが転がるたびに、パレード車が軋む。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ。骨があああ」

 アキは男の顔面を掌で掴んだ。悲鳴をあげた。

「六星コノンに会わせてくれる?」

「は、はいぃぃ…! だからもう殴らないでえ…!」

 ぽろぽろと涙を流してる。男のくせに情けない。

 手を離すと、キコリは這うように、まるで蜘蛛のように逃げた。

「コノン様あああああ! 助けてください!」

 キコリの這った先には豪席があり、そこには頬杖を付いて詰まらなそうに今の戦いを見ていた鉄腕の大男がいた。

 大男が立ち上がる。「コノン様お助けを!」と喚いているキコリを大男は躊躇なく蹴り飛ばした。

「ぎょえっ!」

 カエルのような悲鳴をあげ、神官キコリの身体はゴムマリのように吹っ飛んだ。遥か遠くの廃ビルにヒキガエルのように叩きつけられた。

 大男はアキの顔を見てにやりと笑った。この大男は忘れない。

 兄の首を捻じ切った男だ。この男がコノンだったか。

 殺す。

 こいつは殺す。

「オマエイキテタノカ」

 コノンの声が聞こえた。コノンはにやにやと笑っている。

 その言葉の裏には「オマエノアニハシンダンダッタナ」という意が見える気がした。。

 ――吐き気がする程のどろどろとした殺意が頭の中を真っ白にした。

 真っ白になる…。

 

 

 

 

「コノン!」

 この娘の名前は覚えている。確かあの『闘神』の妹のアキだ。生きていたか。

 コノンですらぞっとするような殺気を放ち、怒り狂う目をしながら、だけど冷静にボウガンをこちらに向き付けた。

 こういう冷静な相手が一番恐ろしい。だが、いかに冷静であろうと、敵討ちに躍起になり、せっかく拾った命を捨てにくるのは頭が良いとは言えない。

「お前分かってるのか? お前の兄でも俺には勝てなかった。お前が勝てると思うか?」

 アキは答えない。アキの身体が動く。

 戦闘開始、だ。

 

 アキが口を開いた。死ネ、と。

 

「お前が逝ねよ、このカス女が。俺様に死ねなんて言うんじゃねえ!」

 コノンはアキに突進した。

 この自慢の巨体の突進を止めれるものなどこの地上にいやしない。例え相手が六星であろうとも、一撃の下に粉砕するコノンの超突進。

 アキに接近する。大接近する。

「泣けべ叫べこの俺に勝てる奴などこの世にいないのだ!例えあの闘神が相手であろうとも! 六星サカエ! エリス! カリン! ワイル! 誰一人として俺の攻撃を止めれるやつなどいないのだ! お前もここで死ぬのだ! さらばだ!」

 アキは矢を四連射した。

 これがかの名高いカルテットストレイフィングか。

 そう思う間もなく、さくさくっと三本の矢はコノンの胸に突き刺さった。最後の一本はコノンの脳天に突き刺さった。

 突き刺さった。

 脳天に突き刺さった。

「@@@」

 コノンは絶叫した。

「おあああああああああ……。見事だああああ…よくこの俺を倒した。だがお前は運が良かったに過ぎないのだ…真剣勝負ならきっと俺はお前に勝ってたぜ…」

 コノンは倒れた。

 

 

「さようなら、コノン」

 コノンは顔面を小さな手で掴まれていた。

 アキの手だ。

 顔面を掴まれている。もう反撃も間に合わない。コノンがなにか行動を起こすよりも早く、アキはその練り上げた気をコノンの頭部に流し込めるだろう。

 もう無理だ。

「待ってくれ……」

 コノンは知らずに声を出した。見栄も誇りもなかった。死にたくない。

「待ってくれ。俺の負けだ。負けを認める。殺さないでくれ…」

「私もお兄ちゃんを殺さないで、って言ったよね?」

「仕方なかったんだ…。お前の兄貴が告発しようとした内容はヘタすりゃこの政治体制を根底から揺るがしかねないんだ。だからカリンがお前に兄貴を殺すって言い出したんだ」

「お兄ちゃんが告発しようとした内容は?」

「知らねえ…」

 コノンの顔面を握るアキの手に力が入った。指が眼球や頬を抉るように。

「本当に知らないんだ! カリンなら知ってるはずだだだだだだだだだだだだだだだ!」

 強く握られたせいで発声プログラムに異常をきたした。

「わかってくれよ。俺だって好きでお前の兄貴を殺したわけじゃないんだ。カリンが全部仕組んだことなんだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ」

「そう」

「ああ…」

 許してくれるか。殺されるか。コノンの心臓はどくどくと震える。恐怖だ。

 死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。死にたくない。嫌だ。死は恐ろしい。

「残りの四人もすぐに地獄に送ってあげるから、先に席を取ってなさい」

「@@@」

 コノンは脳みそをシェイクされ、意識せず悲鳴を上げてしまった。頭を鈍器で殴られたように視界がブラックアウトし、間もなく全身の神経の糸がくしゃくしゃになるような、焼け付くような、機械殺しの業火が コノンを襲った。

 絶叫し、もがき、胸を掻き毟る。

 そのうち痛いのに身体が動かなくなった。声も出ない。なにも見えない暗黒の世界へと落ちる。

 痛みだけは続いた。

 そしてコノンは死んだ。

 

 

 アキは荒い息を吐いてコノンの死体を見下ろした。

 息が荒い。頭の中身が真っ白になるほど、酸素が足りない。

(逃げないと)

 広場に集まっている大勢のヒトビトは何事かと騒いでいる。余りの大人数のどよめきは、どよめきだけでも身体中にびりびりと痺れを生む。そしてそのどよめきは全てがアキに向かっているのだ。

今にも詰め掛けかねない。早く逃げなくてはならない。

 実際コノンは強かった。

 アキも全力で戦わざるを得なかった。激しい気孔を、コノンを一撃で殺す程の攻撃を放った。

 身体の中がずきずきと、涙が出るほど激しく痛む。内臓を痛めたのだ。不意に胃から熱い液体が込みあがり、喉を通って口から吐き出された。

 ぼたぼたと赤いものが車面に落ちた。血だ。

 痛い。痛い。

 身体を動かそうとすると肺が痛む。だけど逃げなくてはならない。何処へ。

 カガミの家だ。早く逃げよう。休みたい。

 猛烈な睡魔の中、アキは無我夢中で走って逃げた。まるで夢の中を泳ぐように。

 


 

 硬いベッドの上でアキは目を覚ました。

 天上が見える。カガミの部屋ではない。さらに貧相な建物だ。錆びくさい。

 内臓がずきずきと痛み、脂汗が流れる。

 だけどまだ生きている。

 

 

 Y まだ生きています。

 

 

「おーおー。アッキーおきたかー」

「アキちゃんへーき?」

 目覚めたアキをカガミとエジキが覗き込んでいた。寝顔をじっと兄以外の男に見られたことに、少しばかり不満を覚えた。

 ここはきっとエジキの部屋なのだろう。

 最低限の家具だけを詰め込んだ小さな鉄筋の部屋だった。カガミの部屋と同じくパイプや鉄筋が目に見えるところに出っ張っている。下の世界の建物は皆このレベルの作りなのだろう。ここも錆のにおいが充満している。

「平気」

 平気ではない。

 あまりの内臓の痛みにアキは嘔吐しかけた。ベッドにもう一度寝転がった。

確実に内臓を痛めている。これが名将コノンを討ち取った代償だ。これからも六星と戦うなら更に命を縮めるだろう。

 せめて最後の一人を殺すまでは死ぬわけにはいかない。

「アキちゃん。ちょっと」

 カガミはアキの腹に手を乗せ、ぐっと体重を掛けた。

「@@@」

 悲痛な叫びだと自分で思った。痛かったのだ。

「平気じゃないじゃん」

「い、痛いに決まってるじゃん…」

 自分でも可愛い答え方だなって思った。弱っているのだ。

「コノンにやられたの?」

「ちゃう……」

「ちゃうの?」

「自分よりも強い敵と戦うためには、相応の無茶な気を練らなきゃいけないから」

 敵はあと四人。命尽きる前に狩れるか。

 狩る。

 

 

 上の世界に戻り、神官キコリは大聖堂の中で六星達に囲まれ跪いた。

 世界の頂点に立つ六星がこの一同に会したのだ。キコリの頭は上がらない。面をあげよと言われたので、恐る恐る六星達を見渡した。

 全身が刃のように尖った細面の男は六星神速のサカエ。

 金髪の美少女が悪戯っぽく笑う。上下の世界の中でも随一の頭脳を誇る、神知のエリス。

 その萌える情熱は天をも焦がす。手から放たれる火炎放射は合間見える敵を焼き尽くし、灰も廃も気化させる。焦熱のカリン。

そして彼ら彼女らを率いる最強の首領格。至上のワイル

 キコリは頭を下げた。そしてコノンの死を報告した。

 

 

 サカエとエリスは口に手を当てて驚いた。

 ワイルは興味もなさげにいつもの能面を保っている。

 カリンは全てを企んだ本人だ。あの闘神を殺し、あえて妹を川に流した。殺さないために。六星全員に復讐させるために。

 予定に忠実に闘神と呼ばれた男は死に、コノンも逝った。

 だけどカリンには不満があった。

 


 

 カリンには不満があった。

 アキはやはり弱い。コノンに勝てたのは運もある。奇襲に成功したというのもある。例え今回のように各個撃破させようにも、ワイルはおろか、サカエやエリスに傷を負わせることすら難しいだろう。

 時間の無駄だ。

 作戦を変えねばならない。

 

 

 Z 六星サカエの最期。

 

 

 神官キコリは六星達がなにやら思索している間もずっと床に額を付けていた。

 六星にはなにかの動きがある。

 そこに生ずる隙を見つければ、キコリはきっと彼らを出し抜ける。

 

「きええっ!」

 

 ――突然カリンが叫んだ。

 気合の叫びだ。キコリはびくりと飛び上がった。

 

「@@@」

 神速サカエの悲鳴があがった。

 カリンの肘打ちがサカエの頬にめり込んでいた。サカエの首が曲がってはいけない方向に曲がっている。

「ハ…」

 付け入る隙を探していた神官キコリでさえ、あまりの非道い展開に適応できなかった。

 神速サカエは倒れた。

サカエは死んだ。

 


 

 真っ先に我に返ったのは、知将として謡われた少女エリスだ。

 だけどエリスは戦闘員ではない。状況の悪化、カリンの謀反に気付き、ワイルの背に隠れようとした。

 

 

 [ 六星エリスの戦い。

 

 

「あああっっ」

 だけどワイルの背に逃げるよりも早く、カリンに肩を掴まれた。

「さようなら、エリス。女の子を焼くのは趣味じゃないけど、今まで悪さして甘い汁を吸ってきたコの末路なんてこんなものよ」

「いやあっ」

 掴まれている肩が焼け始める。ぶすぶすと肉の焦げる匂いを嗅ぎ、音を聞き、それが己の肩が燃える音だと感じエリスは気が狂いそうになった。

 痛い。

 駄目だ。亡き父に教えられたことがある。

 混乱は思考を鈍らせる。

「……!」

 そうだ、エリスは世界で一番の頭脳を持っているのだ。

 負けるわけはない。

「カリン…! 身体の強さだけが全てじゃない! 頭のいいニンゲンの戦い方、見せてやる! その目で! 渇目しなさいな! これが! あなたが見る最期の光景よ!」

 エリスは懐から短剣を抜き取る。

 背にいるカリンの心臓に突き刺そうとした。

「ああっ…」

 だけど背後に回した手は、あっけなくカリンに掴まれた。やはりいかに頭脳が優れていようとも戦闘員には勝てなかった。

「頭のいい戦い方を見せる暇もなかったね。ばいばいエリス。あなたこうやって死ぬと、なにがすごいのか全然わからないけど、でも私はあなたの強さを知ってる。一度はホンキで闘ってもよかったかもね。さようなら」

「@@@」

 エリスの身体が燃え上がった。

 その火柱は天井を突き破り、空をも焼くように。

 身体も知恵も誇りも魂も、なにもかもが真っ白に燃え上がるのをエリスは感じた。

 

 もう死ぬ。

 その昔、カリンと一緒にごはんを食べたことを思い出した。

 六星の中でもたった二人の女同士だったから一緒にいた時間も長かった。奇妙な友情さえもあったと思う。

 こうやって焼かれながらも、エリスはカリンのことを憎むことはできなかった。

 涙は出た。

 涙も蒸発する。

 

 

 神官キコリが腰を抜かしている前でエリスは燃え上がった。

 神知のエリスは死んだ。

「オウ…マイ…ゴッド……」

 キコリは考えた。次にカリンが狙うのはワイルか自分か。

 とてもじゃないが、キコリはカリンに勝てない。

 標的が己に向かないことを願った。

 カリンがこちらを見た。

「ひいいい」

 カリンはゴミを見るような目でキコリを見ていたが、すぐにワイルに向き直って構えた。

 キコリは失神した。

 


 

 サカエとエリスを倒した。

 闘神は死んだ。

 コノンも死んだ。

 カリンは妹のように可愛がっていたエリスを躊躇いもなく倒した。もう後戻りもない。謀反も実行に移し、残る壁は最強のワイルだけだ。

 

 

 \ カリンの願い、六芒カリン。

 

 

 あの闘神と呼ばれた男の考えは分かる。コノンのような屑が支配する世界など間違っている。ニンゲンとは屑に支配される生き物ではない。

(だけどね)

カリンはあの時、コノンに首を捻られ殺される男を見て思っていた。真正面から訴えてもこの世界の体制は変わらない。戦いなくして改革などありえない。血は必要だ。

 だからカリンは鬼になった。こんな世界はいけない。

 カリンは最強と言われたワイルを殺す。そして聖母を殺す。

 全てを潰し、新たな聖母となり世界を再建する。真っ当な社会を作る。評価されるべきニンゲンが評価される世界だ。

 聖母とは六つの衛星に守られた至高の存在という。ならば、カリンが聖母になった時、己の周りに置くべきは現聖母が節穴のような目で選んだ今の六星ではない。

 六芒カリン。最高の星に守られたカリンの姿を思い浮かべた。

「ワイル! 勝負よ!」

 ワイルは笑っている。

 カリンの火炎掌は赤く燃え上がった。フレアーを吐き出すこの腕でワイルの顔面を殴りつける。そうすればワイルは燃え上がる。殺せる。

「やあっ」

 カリンはワイルに飛び掛った。

 この必殺の火炎掌はコノンの怪力でさえ防げない。そもそも防ぐことなどありえない。触れるもの全てを溶かす。

 ワイルは笑っている。

「よけないの? あなたのその細身体なんかじゃ一瞬で蒸発するわよ!」

「なあ、カリン。思えばお前と俺、そしてあの男は同じ師匠の下で修行したものだ」

 カリンは思い出した。

 ワイルとカリン、そして闘神と呼ばれたあの男は六星の中でも別格だ。同じ師匠の下で修行した仲だ。

 カリン達は気孔を習った。そして強くなった。

 だけどカリンとワイルは肉体を痛める気の力に限界を感じ、己の身体を改造した。そして更に強くなった。

 かつての恩師に手を掛けた時、カリンは辛かった。恩師は抵抗しなかった。

 ワイルは笑っている。

「カリン」

「なに?」

「お前、俺が身体の何処を改造したか知らんのか?」

 何処だろう。

 見たところ腕や胴体を改造している気配はない。だけどワイルは確かに己の身体を改造していた。何処だ。

「どこ?」

「内臓だ」

 ワイルが始めて構えた。

 両の手に気が練られ始めた。カリンも気の強さを知っているから分かる。

「なにそれえええええええええええええええええええええええええええええ」

 ワイルの練った気はありえない程大きい。一緒に修行していた時とは桁が違う。

「使えば内臓を痛める気孔ならば、俺はこの内臓を強化する。体力の消耗を最大限効率良化した機械、最大の攻撃力を練れる気孔。この二つを併せ持った俺に適うものなどいるか。死んでしまえカリン」

 炎を纏ったカリンはワイルの放出した気をまともにくらい、吹き飛んだ。

 カリンは真っ白に包まれる。

 エリス私これでもがんばったんだよ。それがカリンの最期の言葉になった。

 

 

 ワイルは俯いた。

 六星は皆死んでしまった。

 最強のワイルなどと呼ばれているが、ワイルにはライバルがいた。あの闘神と呼ばれた男だ。この六星という立場故、彼の反逆を見過ごせず汚い手段を取ってまで殺してしまった。

 彼ともう一度戦いたかった。

 後悔している。

 


 

 アキはエジキのベッドに寝転がり、ぼーっと窓の外を見渡した。

 体調が回復しないと外へ出ることができない。

 

 

 ] これで最後です。人生も物語も狂っている。

 

 

 アキは窓の外を見ながら考えた。

 いったいヒトはなんのために生きているのだろう。

 上下の世界も兄の仇も、なにもかもがもうどうでもいい気がしてきた。もう疲れた。これが人生という名の物語なら、激しく理解に苦しむ。

 そろそろ投げ出したい。

 

 

 カガミとエジキは床で寝ている。

 女の子のアキにベッドを譲ってくれて、自分たちは床で寝てくれているのだ。

 なにが敵討ちか。今自分は幸せと安らぎを感じている。とても敵討ちなどできない。

 思いっきり暴れたかった。

 兄のように強い者と闘いたかった。

 

 

 ――ノックが鳴った。

 

 

「誰?」

 誰何の問いに扉の外の男は

「六星ワイルだ」

と名乗った。

 闘神と呼ばれた兄に匹敵する強さを持つと言われた六星ワイル。その男がわざわざここに来た。

「娘。この俺と闘え」

 アキは笑った。

 この男も死んだ兄を求めているのだ。だから妹のアキと戦いたいのだ。兄を超えたいのだろう。その兄がいないから、ワイルは今最も兄に近い者をアキと判断したのだ。

 アキもワイルは最も兄に近い存在だと思っている。

 ワイルを倒した時こそ、兄を超えられる。

 闘う。

 敵討ち云々ではなく、弓使いと気孔使いの誇りにかけて。

 

 

 神官キコリはワイルがボロ小屋を訪ね、アキと戦い始める様をずっと見ていた。草むらに隠れて二人を見る。

 これはチャンスだ。

 隙を突き二人をぶち殺せば、世界はキコリの天下だ。

「ガルルルル」

 思わず気合の呻き声が漏れてしまった。

 手に持った斧に力が入る。

 この斧はキコリ最強の武器であり、誇りである。この手斧を持ったキコリは例え相手が六星であろうとも負けない自信と自負があった。

 家の外に出たアキとワイルは睨みあっている。

 

 

 ――勝機!

 

 

「きええええええええええええええええ」

 キコリは吼え、草むらから飛び出しアキとワイルに殴り掛かった。

 

ごす。

 ワイルの後頭部にキコリの手斧がめり込んだ。

「@@@」

 ワイルは倒れた。

 

がつん。

 アキの脳天に手刀を叩き込んだ。

「@@@」

 アキは倒れた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 キコリはガッツポーズを取り、吼えた。

 世界で一番強い者たちに勝った。

 最強はこの神官キコリだ。

「ハハハハ。これからはこのキコリ様の時代だ! 六芒キコリの時代だ!」

 

 

 六 芒 キ コ リ !

 キコリは叫び吼えた。

 

「そんなことさせるかー!」

「うぎゃあ」

 後ろから聞こえた女の声に振り向く間もなく、キコリは腹部を刺された。ナイフだ。

「貴様はあああああ」

 死んだはずの六星エリスが立っていた。

「私は死んでない! カリンは親友の私を死んだと思わせるためにみねうちにしただけ! 万一自分が倒れたときは全てを私に託そうと!」

 エリスはキコリの頭を踏みつけた。

「死んでしまえ、世界のバイキンめ! キコリめ!」

 ぐしゃ。

 キコリは死んだ。

 

 

 エリスはこのたび犠牲になった皆を葬った墓を訪れた。

 あのあと、キコリの仕込んでいたくだらない毒のために聖母も死んだ。今この世界は混乱を来たしている。

 誰か、救世主となるべくニンゲンが正しくヒトを導かなければならない。

 カリンこそが相応しいとエリスは思っていた。

 だけどカリンはもういない。

 仕方がないのでエリスはカリンの意思を次ごうと思った。

 

 六 芒 エ リ ス 。

 エリスは空に向かって吼えた。

 

 

 そしてエリスは溜め息を吐いた。

 この短い期間でなにが起こったかを思い出した。

 

 

 闘神と呼ばれていたあの男はくだらない告訴をしようとしたために死んだ。

 コノンはくだらないパレードを起こして死んだ。

 名前は忘れたが、六星なんとかっていう神速のなんとかっていうのは、早いだけが自慢らしいが、カリンに肘打ちされ、くだらない死に方をした。

 カリンは運悪くワイルに遅れを取り、六星の中でも最も有意義であったその命は惜しくも失われてしまった。

 ワイルはくだらないキコリのくだらない斧でつまらない頭を叩かれて死んだ。

 

 

 聖母が駄目だったのだ。

 だから世界は上下に別れ、貧富の差が人間性を決めるなどという馬鹿げた思想が生まれ、くだらない六星が任命されたのだ。

 六芒エリス。

 カリンのためにも良い世界を作る。

 

 

「おいで、アキ」

 エリスはアキを手招きして呼んだ。

 アキはてくてくとエリスの下に寄ってくる。エリスはアキに頭を撫でた。

 気の毒なことに、キコリに脳天を打撲されたアキは全てを忘れてしまった。エリスはアキに好意を持っていたわけではないが、だけどそれでもあの件の犠牲者を見捨てるのは気が引けた。

 それに旧六星に縁のある者だ。何度か顔を会わせたこともあった。

 エリスはアキの頭を撫で、このコを新しい世界の六星にしてあげようと思った。

 

 六芒エリス。

 聖母エリス。

 

 エリスは拳をぐっと握った。

 

 

六芒カリン 完

 

 

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