Night End -ナイトエンド-  メニューに戻る。


 

 この街は陽が落ちたらもうヒトは出歩かない。

 殺人鬼が現れるらしい。

 もちろん雫とてそんな恐ろしい噂が出回っているこの時期に、わざわざ夜道を出歩きたくなどなかった。

 旧友の暴力に合い、ロッカーに閉じ込められた。ようやく脱出した時、既に陽は遥か以前に落ちていた。

 

 NightEnd

 

 教室から出て廊下を歩く。電灯一つ付かない暗黒の廊下を雫は歩く。こつこつと己の足音が響く。

 ぴりぴり、と。

 背中に悪寒が走る。後ろに誰かいるのではないか。そんな恐怖が生まれ、だけどそんなわけはないと自分に言い聞かせ歩を進める。

 早く家に帰りたい。安全な家に帰りたい。

 ――なにか踏んだ。

 硬い足下の感触に雫は震え上がった。恐る恐る足元を見る。

 見ないほうがいいかもしれない。一瞬そうも思ったけれど、見なかったら踏んだものがなにか分からなかったら余計に怖い。だから見る。

 ――仮面を手に入れた。

 雫が拾ったのは白い仮面だった。細い目と口は笑っていた。目が合うとにたりと笑った。

 捨てよう。

 ――仮面を投げ捨てた。

 硬質の音が廊下に響いた。雫は再び歩く。無人の廊下を歩いているのに、実際には後ろに誰かが付いてきている。そんな気がする。

 早く帰ろう。自然と脚は早まった。

 いや待て。

 雫は振り返り仮面が落ちた場所へと戻った。あの仮面は誰かに似ていなかったか。白い能面、口や目のパーツの違いこそあろうが、その醸し出す雰囲気こそは誰かに似ていた。

 ――仮面を手に入れた。

 雫は唾を飲んだ。これは自分の顔じゃないのか。雫を追っていた足音が彼女の前で止まった。雫は顔を上げた。

 ――誰もいない。

 

 NightEnd

 

 ナイトエンド。背後からそう聞こえた。振り返った。

 ――誰もいない。

 左の足首がずきずきする。見た。

 ――なんと足首が消えていた。

 雫は悲鳴をあげた。左の足首は捥がれていた。血が溢れた。

 どうして。どうして。疑問が駆け巡る。足がなくなった。掛け替えのない自分の足がなくなった。夢なら覚めて欲しい。足首が消えるなんて耐えられない。

 落ち着け。

 目を閉じ心を落ち着かせた。足首は繋がっている。痛みはあるが、それは夢の中で殴られ、目が覚めた後も感触が残っているのに近い。

 落ち着け。

 悪意に対し立ち向かうのは恐怖ではない。冷静な思考と判断だ。

 落ち着け。

 まず状況を確認する。さっきは幻が見えた。何者かに見せられた、としたらその意図はなにか。二通り思いつく。恐怖を与えるためか警告か。恐怖なら問題はない。戦う意思さえあれば立ち向かえる。警告ならどうするか。あの幻影のように足を切断されぬよう気をつけることだ。いずれにしても脚に重点を置いて戦うことに変わりはない。

 もう戦うしかない。きっと殺人鬼は近くにいる。ポケットの中からナイフを出した。毎日学校で苛められた。だからナイフを持っている。理由もなく攻撃をされるいわれなど無い。

 殺してやる。

 ――腹に力をいれ、吼えた。

 闇と静寂を打ち破る怒声は響き、緊張も不安も全てが消し飛んだ。残るは滾る興奮のみ。

 目の前から何者かが走ってくる。覆面をし、右手に超大な斧を持った殺人鬼だ。

 戦う。殺人鬼が目前にまで迫った。その体格と勢い、脅威は正しく鬼神の如く。雫は小さく飛び、殺人鬼の腹目掛けて神速のナイフを振るった。足元への攻撃を警戒してのジャンプだ。

 脳天に衝撃が走った。目の前には身体を真っ二つにせんとばかり迫る斧。斧。鉄器。ずぶずぶと斧は熱い削岩機の勢いで雫の身体に頭から惜しいってくる。

 雫は脳天から股下までを真っ二つに叩き裂かれた。

 死にたくない。だけど空しく、殺人鬼の第二撃は雫の顎へと炸裂した。顎から眉間まで、烈火の斧は貫通し顔面を削り取った。空中に雫の「顔」が舞う。

 ぺちゃりと雫の顔は落ちた。雫は叫んだ。このままでは死んでしまう。そうだ。これが夢ならまたやりなおせばいいんだ。ほんの十分前に戻りたい。

 お願いだから夢なら覚めてと泣いた。それが適わぬのならせめて十分前に戻りたい。

 

 ――十分前に戻りたい。

 

 過去を変えたい。

 だから顔だけスリップした。脚に注意しすぎちゃいけない、と警告するために。

 

 

 NightEnd

 

 

 夜は終わらない。永久に同じ夜を彷徨う。

 殺人鬼に勝てるまで。

 

 

 ナイトエンドLoop

 

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