心の秘密の声を聞け




 細い路地裏通りの奥から悲鳴が聞こえた。
 高く細い、まだ幼い少年特有のボーイズソプラノと…それに重なる下卑て乾いた哂い声。
『またか…』
 私は心の中で呟いた。
 何が起きているかは明白だった。それは最近、そんなに珍しいことではなくなっている。
 戦争は、この街から余裕とゆとり…そして平和をその鋭い爪で引き裂いて根こそぎ攫って行ってしま
った。残されたものは爪の隙間から零れ落ちた恐怖と、それを紛らす為に大人たちが見つけた狂気。
 狂気に支配され、彼らは少女や女たちを食い尽くした。もうこの街には彼らが押さえつけられるよう
な可憐な乙女は存在しない。半数は死に…半数は武器を持って戦う道を選んだ。
 生死が掛かれば意外と根性は座る。
 私も戦うことを選び…幾人もの人間であることを放棄した狂気を手に掛けた…
いや、私だけではなく…生き残った女達は大抵そうなのだ。
 争うことを覚え戦いを覚え…狂気達に狩られることはなくなった。

 だが、一度狂ったものは狂気を簡単には手放せない。
 そして彼らは…次の獲物を、まだ幼い、無抵抗な少年達に定めたのだ。


 路地を覗くと、数人の影の間から、銀色に輝く髪が見えた。
 引きつったような悲鳴…しゃっくりを上げる声…
「……助けて――――――っ!!やめてよぅ―――――っっっ!!!!」
 怯えたその声に、泣きながら許しを請うその響きに私は気がついた。
 その少年は数日前、この街に流れてきた浮浪児たちの一人で…まるで少女のような顔立ちの背の小さ
な…酷く華奢な姿をしていた。
 この暗い街に似合わない、明るい表情をした可愛い少年だった。
 珍しい銀髪と相まって、そこだけ現実感のない、優しい風が吹いているような錯覚をもたらしてくれ
る、不思議な印象の子だった。
 綺麗なボーイズソプラノで、街角に立ち、歌を歌って日銭を稼いでいたはず…名前は確か…シェトラ
ールと呼ばれていた。

 周りに彼の仲間達はいない。おそらくはぐれたのだろう…そしてこの街で一人きりで自分を守れない
少年が出歩くことは自殺行為なのだ。
 私はポケットのなかにいれていた小型の銃に手を掛ける。
 そして、威嚇の意味合いを込めて天へ向けて発砲した。

 男達が振り返る。
「その子を放しなさい…」
 精一杯低い声で、私は彼らに言った。
 普段なら、こんな風な行動には出ないけれど……身体が勝手に動いていた。
 優しい歌を歌っていた声が、涙に曇っているのが辛かったのだ。
 二発めに打った弾が、一人の男の頬を掠める。
 三発めの弾は、ほかの男の手に当り、四発めは男達のすぐ側の地面に当たった。

 一人…また一人と彼らは引いていく。
 ボロボロになった軍服の背中が見えなくなるまで、私は銃を下ろさなかった。
 …戦士として戦い…戦争の恐怖に自己を失った狂気の青年たちに同情する気持ちはないといえばウソ
になるが…私だって、必死なのだ。

もう近くに人影がないことを確認して私は少年に近づいた。
 蒼白の顔、紫色になった唇、ボロボロにされた服…身体中の鬱血の痕―――――…
 声を掛けるのも躊躇うほど、怯えきった表情が私の手の中にある銃を認め更に強張る。
 少年の下肢を伝う赤い血が…それに混ざる白い物が、彼が何をされていたのかを如実に物語り…その
恐怖を私に伝える。
 震える細い足…引き裂かれたジーンズの生地は申し訳程度に下半身を隠すだけで、汚れたシャツは肩
の辺りから破られて無くなっていた。
 私はしゃがみ込み、少年と視線を合わせて
「………大丈夫?」
 と聞いてみた。…こんな怖い目にあって大丈夫なわけがないだろうが…それしか声の掛けようがなか
ったのだ。
 涙で濡れた弱い視線が、かすかに私を見る。
「………きもちがわるい…」
 泣き出しそうなボーイズソプラノに心が痛む。

 狂った街。
 壊れた平和。
 戻らない常識。
 守られるべき幼子が虐げられ、本来平和を愛し守る男達は戦い続けてボロボロで…恐怖と理性に押し
潰されて、苦しみながらお互いを傷つけ、家で微笑んでいた乙女達は、自らを守るための刃で愛する者
さえ傷つけて…
 これが、現実…苦しむ少年の白い顔に悲しすぎる影が落ちる。

「…おねえちゃん…………」
 思考の渦に巻き込まれていた私を正気に引き戻したのは…儚い声。
 シェトラールは苦しげにこちらを見上げていた。
「おなかが…いたい………………」
 そう呟くと背を丸めて小さくすすり泣く。

 …白い液体を見たときから…気づいては…いた……
 狂気に取り付かれた彼らは、少年達を抱いても、その後始末はしてやらない。
 本来開かれない身体の部分に、同じ性別の人間の精液を含まされながら、何度も犯された少年達は…
お腹を壊してしまう。
 足腰も立たないほど苛められて、弱っているシェトラールはかなり辛い状態なのだろう。
 お腹を押さえ大粒の涙を流す小さな顔を、私は見つめていることしか出来ないのだ…
「…………いたいよぅ……」
 獣が喉を鳴らすような音が、シェトラールの下腹部から響く。
 びくりと身体がしなり、吐く息は苦しげで、優しいボーイズソプラノが苦痛を訴える。
 幼い少年の身体の中で、暴れるのは、精液に溶かされた汚物。
 少しずつ、圧迫感を増しながら膨れ上がる苦痛に、少年は細く細く消えるような、だけど、それ故に
見てるほうが泣きたくなる位に、辛そうな叫び声を上げ続ける。
 私は、そっと彼の腹部に手を伸ばした。
 苦痛を和らげてあげたくて、お腹をさすってやる。
 アバラが浮くほど痩せた身体の、腹部だけがパンパンに膨れていて、痛々しかった。
 脂汗で張り付いた美しい銀髪の間から、弱々しい視線が私を見る。
 その、儚い視線に…私は心の中に、慈愛とは別の凶暴な願望が芽生えるのを感じた。
『見たい…』
 脳裏に響くのは自分の声なのに何処か陰鬱で、…私は自分が壊れる音を聴いた気がした。
『見たい…この子が…』
 そう、私は、狂っている。戦争に歪んだ青年達のそれと良く似た願望。
『この子が…汚れる姿…』
 ふわりと、笑顔が浮かぶのが自分で分かった。
「大丈夫よ」
 なぜ、こんな願望を抱えながら、こんなに優しい声が出せるのだろう…?
 私自身でも信じられないくらい、口から出る声音は優しかった。
 シェトラールは縋るように私の目を見つめる。
 美しい水色が心に落ちる。
 それと同時に思うのは…この子が、苦痛に耐え切れずに…汚れる瞬間に対する悦び。
 グルグルと唸り声を上げる少年の腹部にいる、獣に、少年が負ける様…
「……おなか…いたいの……くるしい…よぅ…」
 段々と、切れ切れになる言葉。必死に我慢してるような…きゅっと目を閉じた白い顔。
可愛い…と感じた。
 少しづつ、指先に力を込めて、腹部に刺激を与えると、獣は別の叫びを上げ、一層、少年を痛めつけ
る。弱々しく『いたい、いたい』と訴え続ける少年の耳元に、私は小さく囁いた。
「出してしまったほうがいいと思うわ…そうしないと治らないでしょう…?」
 一瞬ビックリしたようにシェトラールの目が見開かれる。
 次の瞬間、顔に一瞬赤みが差して、彼は首を横にふった。
「………いや…」
 小さく呟く唇。顔に浮かぶ羞恥の色…それが、ますます私の欲望を掻き立てるなんて、ちっとも知ら
ないであろう可憐な表情に、私は畳み掛けるように言った。
「ここなら誰も見てないわ…苦しいんでしょう?」
 心配げな色が声に乗る。それと裏腹に、少年の腹部を押す手に込める力は強くなり…
「………やぁ…だぁ……」
 その小さな悲鳴と共に、少年の腰の下に僅かに残っていた布切れが茶色く汚れた。
 その染みを皮切りに、一気に広がるベタベタした汚れに、少年の顔が一気に赤く染まる。
「………おねえ…ちゃ………みないで……ぇ……」
 赤く染まる頬を滑る涙。
 白い足にいくつも付いた痣を隠すように…ただ茶色く汚れる下半身。
 泣きじゃくる少年の言葉は、もう言葉の形を成していなかった。
 お腹の中の汚物を漏らしながら、少年は私の腕に縋りついて、頼るような視線を私に向けてくる。
「大丈夫よ…キミが悪いんじゃないんだから…」
 優しく髪を撫でてやると、少年は、また大粒の涙を流す。
 
 その涙に少年の背をさすりながら…私はもう自分が元の私に戻れないであろうことを自覚した。
 なぜなら、そのとき…
 私は、今度は自分自身の手で、少年に最初から苦痛を与える時の方法を考えて、いたのだから。
 少年に向けるこの上ない優しい声で、
「一緒においで」
 と微笑みかける。
 少年が、頷くと…私の中で誰かか勝利の高笑いを高らかに挙げている気がした。

                              FIN.