- 世界の底辺 -

現章 再現された悪夢。


 水架はセイシントゲンジツノトビラを抜け、現実へと帰った。

 機械の力が水架を精神から、肉体を再生し始める。

 この機械は最新の発明だった。

 肉体のデータを相手の精神へ送り込む。これで藍那の心の病を治してあげようとしたが、今回は無理だった。

 だけど、次こそは藍那を助ける。

 大事な藍那を助け、幸せにしてあげたかった。

 ベッドで眠り続ける藍那を見た。心の殻に閉じこもっている。

「ん?」

 機械が『精神からの帰還音』を発している。

 おかしい。

 藍那の心の中に入ったのは自分一人のはずだ。もう彼女の心から出てくる者はいなかったはずだ。

 ガラスケースの中を見た。

 機械が精神情報を読み取り、肉体を構成し始める。

「ん! な、なんや!」

 六人の男女が現れた。

 秋田、ノワール、氷雨、レイチェル、純白。そして、秋田に肩を預けているひなたの姿があった。

「な、なんでや! 記憶に過ぎんあんたらがこっちに出てこれるわけ! あの窓に届くわけないんや! どんだけジャンプ力があったって、どうやったって、あの窓には届かなかった…は…ず…や…の…に…?」

 気を失っているひなたの手元から、『銅の剣』がぽろぽろと零れた。

 水架は初めて恐怖を覚えた。

 あの化け物のアバターと、世界の法則を破壊するひなたが現実に現れてしまったのだ。

「だ、大丈夫…」

 ひなたは意識を失っている。

 もうなにもできない。

 今のうちに殺せば。

 

 

 ひなたは幸せではなかった。

 罪悪感を背負ってきた。

 守れたはずの  を守れなかった。

 レイチェルに銅の剣を99本手渡した。

 ノワールにミスリルソードを99本手渡した。

 秋田にミスリルソードを99本手渡した。

 純白に銅の剣を99本手渡した。

「―――――」

 ――ニンゲンの腐った臭いがする。『世界の底辺』で嗅いだこの臭いは、ここから漏れていたのだ。

 ひなたは一瞬だが意識がはっきりと覚醒した。

 ここは見たことも無い場所だった。

 機械がたくさん並んでいる。きっとここがベリード・アライブも行きたがっていた『上の世界』なのだ。

「ああああああああああああああああああああ」

 全員で武器を一斉に投げ飛ばした。

 藍那に傷が付かないよう、辺りを吹き飛ばした。

 

 

 ひなたはベッドで眠る藍那に近寄った。

 藍那は眠っている。

 まるで眠り姫のように。

 物語では王子のキスにより目を覚ますが、ひなたはなにもしなかった。

 藍那はいつか目覚める。

 その時、ひなたは藍那に殺されるかもしれない。それでもよかった。

 レイチェルに預かっていた銃を投げ返した。

 そして脳みそが完全に砕け散った。

 

 

 ここが限界だった。

 

 脳みその破滅と共に、精神がばらばらになる。

 

 意識が保てない。

 

 悪はいつか滅ぶ。

 

 それでも良かった。

 

 だけど、氷雨やレイチェル、秋田の罪は代わりに被ってやりたかった。

 

 それくらいしか、この命は使い道がないと思っていた。

 

 

 

 

 幸せではなかったけれど、悔いはなかった。

 たくさん夢を見た。

 こうやって、藍那の隣で眠れるならそれでよかった。

 

 

 

 

 氷雨に謝った。

 レイチェルに感謝した。

 秋田には可能な限り誠意を伝えた。

 エルリを思い出した。彼女の最期の気持ちはこんな形だったのではないか。そんな気がした。

 

 

 本当は藍那にも感謝していた。

 もし、藍那と出会わなければ、自分はずっとバカなままだったと思う。

 どのような形であれ、ひなたは痛みを知ったから、氷雨やレイチェル、エルリ、秋田、そしてあの女の子に優しくなることができた。

 だから感謝もしている。

 憎かったけれど。

 

 

 ひなたは意識が霧散しながらも、なるべく、寝ている間でも、勝手に銅の剣を手に入れ続け、捨てていこうと思った。

 この世界を銅の剣で埋め尽くす。

 

 

 赤い夕日の世界。

 白い世界。

 みんなとの想い出の塔。

 

 

 彼女達ならひなたの欲しかったものを手に入れてくれる。

 己は悪だから、非道い結末を迎えて当然。

 その分、みんなを幸せにしてあげたかった。

 

 

 

 

 藍那が隣にいた。

 謝らないと。

 

 

世界の底辺。 完。

これはそういう呪いの物語。

 

 

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